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4. はじめて流した涙


グレンさんの案内で、神様の大きな家の近くにある、石造りの建物に来た。

木じゃないものでできた建物なんて初めて。


ここまでくる途中、いろんなものを見た。


何もかもが新しくて珍しくて、キラキラ輝いている。


色とりどりの果物や光る石を見ているとグレンさんに手を引かれ、笑顔で何か呼び掛けられたお店の前まで行くと、またグレンさんに手を引かれた。


その様子にゲラゲラと声を上げて笑うレオンさん。

グレンさんの顳顬(こめかみ)が、何度か動いた。


そうして空が暗くなる頃に着いた、この建物。


中に入ると圧迫感のある廊下が奥まで続いている。

灯りは……何だろう、火じゃない。

石の壁に等間隔に硝子の筒が掛けてある。

中に入っている石みたいなものが、無機質な廊下をぼんやりと照らしていた。


奥の部屋は広間のようだった。

大きな木の机、無造作に置かれた椅子。

壁には何かの模様が描かれた旗が飾られている。


別の壁にはグレンさんが着ているのと同じ鎧がいくつも掛けられていた。

囲炉裏はないけど、壁の一部をくり抜いたような中で薪を燃やしているから寒くはない。


そして男の人たちの話し声や笑い声。

何を話しているかはわからないけど、何だか楽しそう。


わたしに「ここに座れ」と椅子を指差すグレンさん。

はい、と座って、何か書いている真剣な横顔をちらりと見る。

手元を覗いてみたけど、文字は全くわからなかった。


ふと顔を上げると、レオンさんと目が合う。


レオンさんは「しーっ」と口元に一本指を立てて。

器用に片目だけパチッと閉じて。

あっという間に広間から出ていってしまった。


わたしがパチパチと静かな音を立てて燃える薪を眺めている間、何度か広間の奥の部屋にいったグレンさん。

戻ってくると、廊下の途中にあった部屋とわたしを交互に指差す。


ここに、いろ?

わたし、一人で……?


嫌だ……こわい……。


グレンさんはどこにいくの?

もう会えなくて、わたしはここに放っておかれる?

これからどうしたらいい?


胸の奥が、ギュッと痛くなる。


一気に不安が押し寄せて、気が付いたらグレンさんの足にしがみついていた。

困ったような視線が降ってくるけど、わたしもここで折れるわけにはいかない。


グレンさんはわたしが離れないのをどうにか宥めて再び奥の部屋にいくと、今度は別の部屋に案内してくれた。

広間に向かう廊下の途中を曲がって、階段を昇った先の廊下を何度か曲がったところの、三番目の扉。


ここは……グレンさんの部屋?


何だかそんな気がする。

飾り気のない、と言えばいいのだろうか、とても、殺風景な部屋。

整えられた寝台、簡素な木の机と椅子、あとは……刀の手入れをするための布、かな?


ここにいろ、と言うようにグレンさんは寝台を指差す。

そしてわたしの頭にポンと手を乗せると、さっさと出ていってしまった。


一人残されたわたしは、どこに身を置いたらいいのだろう。

廊下と同じように石が入った硝子の筒があるけど、灯りのつけ方がわからない。

でも部屋の中は困るほど暗くなかった。


あ、窓。

やけにしっかりした月明かりが差し込んでいる。

さて、今日の月は……。


吸い込まれるように窓に近付いて月を見上げた。


……何、これ……。


月が、二つある……?


隣り合うように並ぶ、二つの月。

こんなの、わたし知らない。

だって、月は一つしかないはず。

それを見上げて、歌を……。


そのとき。


竹林の間から見える白い月。

夜空に散らばる星の光。

見上げて歌をうたっている人。

からからと鳴る朱色の風車(かざぐるま)

たくさんの石灯籠と厳かな祀り。


ほんの一瞬。

頭の中にブワッと映像が流れ込む。


この歌は何?

あれは誰?


わたし、知ってる。

でもわからない。


あの月は、もう二度と見ることができない気がする。

なぜか確信めいたものが胸の中を支配して、涙が零れた。


──わたしはどこから来たんだろう?


思い出そうとしても、何も浮かんでこない。

でも月を眺めていると、何だか胸が締め付けられて、切なくなって、涙が止まらない。


ダメだ、月を見ていると……。

寝台のところに戻ろう。

目を擦りながら、部屋の中央の方へ振り返ると、扉のところにグレンさんが立っていた。


いつの間に戻ってきたんだろう、気付かなかった。


カチャリと鎧が鳴り、グレンさんがゆっくり部屋に入ってくる。


目の前までくると、さっきと同じように頭に手が置かれた。

ぽん、ぽん、と、どこかぎこちない大きい手からは、わたしを安心させようとする優しさや温もりが伝わってくる。


あ、ダメだ……もう……。


堪え切れず、わあわあと子どものように声を上げて泣いた。

どれだけ泣いても涙が止まることはなくて、グレンさんはただ静かにわたしのそばにいてくれた。



目を開けると眩しい光。

冷たい石の壁が、ほんの少しだけ温かみを帯びて見える。

肩までしっかり掛けられた毛布は少しゴワゴワしていたけど、とても暖かかった。


……わたし、寝ちゃってた……?

いつの間に?

泣きながら、寝ちゃったの?


昨日の記憶が蘇る。


や、やってしまった……。


グレンさん、グレンさんはどこ……!?


慌てて起き上がると、頭がツキンと痛んだ。


額を軽く押さえながら視線を巡らせる。


寝台と反対側の壁にある椅子に座るグレンさんが、ゆっくり目を開けた。


ここまで読んでくださって、ありがとうございます。

サクラが初めて涙を流した夜を、少しでも一緒に感じていただけたら嬉しいです。

次回もどうぞよろしくお願いします。

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