6. 琥珀色の瞳
「えっと……あの……」
「……おいアレン、失敗したんじゃねぇだろうな?」
うそ、待って……。
この声……。
「落ち着いてください、グレン。翻訳魔法は成功しました。……それにまずはサクラさんの話しを聞かないと、ね?」
「じゃあ何でコイツは喋らねぇんだ。まずは言葉がわかるようにしてやる必要がある。それはわかってんだろ」
何で……?
「ですからグレン、落ち着いて。翻訳魔法は成功しています。……サクラさん、何か話せますか?」
驚きすぎてうまく言葉が出ない。
深呼吸をしてからグレンさんの目を見て、ゆっくり言葉を絞り出す。
「あの……グレン、さん……何で、言葉……わかるの……?」
グレンさんの切れ長の目が大きく見開かれる。
明るく澄んだ、綺麗な琥珀色の瞳。
いいなぁ……。
思わずグレンさんの目を見つめる。
「……ンだよ、喋れんじゃねぇか」
少しバツの悪そうな顔を背けるグレンさん。
ごめんなさい……でも本当にびっくりしたんだもん……。
「えっと……グレンさん……助けてくれて、本当にありがとうございました。それで……何で急に言葉が聞こえるの……?」
「……グレンでいい。“さん”はいらん。……俺は仕事をしただけだ。言葉のことはコイツに聞け」
グレンさんから顎で指名されて「やれやれ」といった様子で苦笑するアレンさん。
先程と同じように膝を屈めてわたしと視線を合わせ、胸に手を当てる。
「改めて、はじめまして、サクラさん。私はアレン。この国の魔術師団に所属しています。サクラさんの言葉は先程、翻訳魔法を使いました。温かい風が吹いて光が揺れたでしょう、あれが翻訳魔法です」
わからないことが一気に増えていく。
この国? この国って何? どこ?
魔術師団? 初めて聞いた。
翻訳……魔法? 魔法って何?
何でわたしはここにいるの?
どうやってきたの?
「ええと、すみません……この国、って……? それに、魔じゅ、つ、し……とか、魔法も……」
魔術師、って言いにくいなぁ……。
「……サクラさんには、順を追ってお話ししなければいけないみたいですね」
そう言うとアレンさんは、わたしたちを目の前にある大きな塔の中に案内してくれた。
アレンさんが軽く手を振ると、大きな観音開きの木の扉が重い音を立ててゆっくりと開く。
中に入るとアレンさんと同じ外套を着た人がたくさん。
それに本や紙がたくさんあって、ぼうっと光る石や、植物みたいなものも置かれている。
「ここでは王城魔術師たちが日々の業務や魔法の研究をしています」
少し進むと、床に描かれた絵のようなものが仄かに光っている。
丸や線、あとは……文字?
模様かな?
これは何だろう……。
「詳しくお話しするなら、私の部屋でいいですか?」
先頭を歩いていたアレンさんが振り返って、穏やかな青い瞳がわたしの目を覗く。
いいですか? と聞かれても、何が良くて何が悪いのか、わたしにはわからない。
どうしたらいいんだろう……。
返事に困っていると、グレンさんがすっと手を差し出す。
「……不安なら、手ぇ握っとけ」
よくわからないけど、何かあるのかな?
その手を取って床の絵に乗ると、光が強くなる。
チリチリっと、今度は肌全体に痛みを感じた。
思わず一歩グレンさんに寄る。
わたしの手を握る力が、ほんの少しだけ強くなった、気がした。
「怖ぇなら目ぇ瞑ってろ」
光がわたしたちを包み込んで、景色が見えなくなる……。
「……おい……おい、もういい、目ぇ開けろ」
真上から降ってくる低い声に、恐る恐る目を開ける。
ここは……さっきまでいたのとは違う部屋?
本や光る石はたくさんあるけど、その辺に乱雑に置かれてはおらず、棚に整理されている。
壁に掛けられた花冠が窓から入ってきた風に揺れ、チリンと可愛らしい音がした。
肌の痛みは、もうないみたい。
ふと、頬に冷たいものを感じる。
これ……グレンさんの鎧?
……もしかして……。
ようやく自分の状況を理解した。
わたし、いつの間にかグレンさんにしがみついてたんだ。
慌てて離れたけど、グレンさんは何も気にしていない様子だった。
アレンさんに促されて長椅子に座る。
わたしの横にはグレンさんが少し離れて座る。
アレンさんは低い机を挟んで正面に。
長椅子はすごく柔らかくて、ふかふかしていた。
そして。
少し困ったように微笑みながらアレンさんが教えてくれたのは、いきなり信じるには少し、いや、かなり難しい内容だった……。
ここはエイルメーアっていう国で、王様が治めている。
そしてわたしがグレンさんに助けてもらったのは、国の中心の街から東へ進んだ森の中。
あ、そうそう、あの神様の大きな家、あれは王様の家なんだって!
そういえば、王様って何だろう?
偉い人みたいだけど……。
グレンさんは騎士団っていう、王様や国全体を守る集団に所属していて、剣や体術で戦う。
剣は刀のこと、体術は主にその人の素手や身体を使って戦う方法。
あとグレンさんは魔法も少し使えるらしい。
レオンさんも同じ騎士団の人なんだって。
アレンさんは魔法が上手な人が集まる魔術師団の人で、その中でもすごく優秀な人。
わたしに言葉が通じる魔法をかけてくれた。
魔法は魔力っていう人や自然の中にある力を利用して、火や風を起こしたり、敵と戦ったり、生活を便利にしたり……とにかくいろいろできるらしいけど、よくわからなかった。
エイルメーアの人は魔法が使える人が多いけど、全く使えない人もいるんだって。
そして、わたしのこと。
アレンさんが調べてくれたんだけど、わたしには魔力がないらしい。
魔力がないと、魔法は使えない。
でも魔法が使えなくても、水浴びのときや騎士団の廊下みたいに魔石っていう石を使うと、井戸がなくても水を出せたり、何も苦労せずに明かりを灯せるんだって。
「それにしてもサクラさん、あんな森の奥で魔獣に襲われなかったのは運が良かったですね」
「魔獣?」
「魔獣っつーのは、魔力を持った動物が凶暴化した危ねぇヤツのことだ。大抵は気性が荒い。……何だお前、魔獣も知らねぇのか?」
「グレン、それについてですが……──」
……え……。
──どういうこと……?
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
グレンの不器用な優しさが、サクラや皆さんの心をほんのり温めていってくれたらと思います。
次回より【毎週木曜日 夜】の更新となります。
また次回、お会いできますように。




