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48. グレンの誕生日


グレンたちが魔獣討伐から戻ってきて少しして、ルミネスタに初雪が降った。

今年の初雪は、いつもの年よりかなり早いらしい。


白い息をマフラーの中に隠して外へ出ると、澄んだ青空から乾いた空気が吹きつける。


「さ、む……っ」


もうすぐ昼の鐘が鳴る頃。

朝から巡回に出たグレンの姿が戻ってきていないのを確認して、わたしはレオンさんに声を掛けた。


「あ、レオンさん!」


「おーサクラ、どうした?」


「えっと……ちょっと聞きたいことがあって……」


ひそひそ、とレオンさんの耳元へ近付く。


「グレンの、誕生日って、いつですか?」


「……は? いや……え、お前、知らないの!?」


「え、はい……」


呆気にとられるレオンさん。

わたし、何か変なこと聞いたかな?


「今日だよ、今日」


「……え?」


「うん、今日」


「っえ……えぇえええぇ!?」


思わず出た大きな声。

集まる視線に慌てて口を押さえて、もう一度レオンさんを見上げる。


「ほ、本当に今日なんですか?」


「俺が嘘言うわけないだろ?」


うーん、それに関してはどうだろう……。

でもたしかに、レオンさんはこういう大事なときに嘘をつく人じゃない。


と言うことは……。


「……ほんと、なんだ……」


驚き過ぎて、うまく頭が回らない。


「あのさ、サクラ」


まさか、と言う感じの顔のレオンさん。

わたし、また何かやっちゃった?


「去年さ、グレンのマント縫ってやったじゃん? あれ、偶然だった、ってことか?」


「……と言いますと……?」


「その感じだと、本当に知らなかったんだな」


「え……?」


「あの日、あいつの誕生日だったんだよ。てっきり知ってて縫ってやったんだと思ってたけど、そうじゃないってことか」


レオンさんの声が遠く感じた。

たしかに去年の秋、わたしはグレンのマントが破れてたから、縫ってあげた。

少しでも役に立ちたくて……大人っぽく見て欲しくて……。


でもあのマントを渡したのが、グレンの誕生日?


知らなかった……。

だってグレン、一言もそんなこと……。


「おーい、サクラー、どうしたー?」


あのときは誕生日なんてものがあるなんて、知らなかった。

でもわたしは、偶然グレンにマントを……。


あのときを思い出すと、なんだか恥ずかしいというか、胸の奥がくすぐったくなってくる。


「おーい、大丈夫かー?」


「……え、あ……はいっ」


レオンさんの声にハッとすると、目の前で手がひらひらと振られていた。

わたし、ぼーっとしちゃってた……?


「す、すみません」


「ははっ、大丈夫大丈夫」


「じゃ、じゃあ、レオンさん……グレンの好きなものって、知ってますか?」


「んんん?」


顎に手を当てて考えるレオンさん。


「そうだなー……んー……」


……考える時間、長くない?


「えーとな、わかんねぇ!」


「へっ?」


「いや、ごめんな? 改めて聞かれると、あいつの好きなもの、すぐ浮かばねぇんだよなー」


そんな……。

レオンさんでも知らないなんて。


「苦手なもんならすぐ出てくるんだけどな。甘いもんとか」


……ですよね。

知ってました、それ。


「まぁサクラから貰ったもんなら何でも喜ぶだろ」


えええ、それはないと思うけど……。


「サクラはさ。あいつの誕生日だからって、何か大々的に祝ってやらなきゃ、って思ってるんだろ?」


「はい……」


だってわたしの誕生日のときは、あんなにたくさん祝って貰った。

チョコレートを買って貰って、服とか靴も。

あと美味しいケーキのお店にも連れて行ってくれた。


だからわたしも、グレンに同じくらいお祝いしてあげたい。

いつもありがとう、って伝えたい。


「そういうのさ、いらないんだよ、あいつ」


「え……」


「あ、勘違いすんなよ? 祝わなくていいとか、祝わない方がいいんじゃなくて、そこまで複雑に考えなくていいってこと」


「……は、ぁ……」


いまいちピンとこない……。


「サクラは自分の誕生日にグレンが……例えばチョコレートを一粒しかくれなかったとして、それを不満に思うか?」


「そんなことないです」


「だろ? それと同じなんだよ。相手が自分のために何か考えてくれるだけでいいんだ」


「な、なるほど……」


レオンさんの言葉、なんだか説得力がすごい。

これまで聞いてきた、どのレオンさんの言葉よりも重みがある。


「それに、あいつならお前が「グレンのために探したのよ」って訓練場の石を拾って渡しても喜ぶんじゃないか?」


「そ、それは……」


さすがに喜ばないと思います……。


わたしの声の真似をしているんだろうか、頭のてっぺんから抜けるような高い声を出すレオンさん。

え、わたし、こんな声してるの?


「ま、あんま難しく考え過ぎんなよー」


そう言うと、レオンさんはヒラヒラと手を振って行ってしまった。


「グレンのために考える、かぁ……」


グレンが好きなものはまだよくわからない。

あまり自分のこと話さないし。


よし、こういうときは。


「ガルドさん、お皿洗い終わったら、ちょっと市場に行ってきます!」


実際に見てみなきゃわからない。

わたしは厨房が一段落すると、すぐに着替えて市場へ走った。


雑貨は、なんか違う。

帽子屋は……グレンが帽子を被ってるところ、想像つかない。

焼き菓子屋は、今回はだめ。

勿論チョコレートは論外。


「あ、これなら……」


見つけたのは、香ばしく焼いたナッツ。

これなら塩が薄く振ってあるから甘くないし、巡回の合間に食べられそう。


「あの、これください」


あとは……何か、グレンが喜びそうなもの……。

うーん……。


空はいつの間にか薄暗くなっていた。

夜になる前に、早く見つけなきゃ。


きょろきょろしながら大通り沿いを歩いて露店を覗く。

一人で路地に入らない、って前にグレンやガルドさんと約束したから、歩くのは大きい通りだけ。


それでも秋の終わりの夜は早足で近付いてくる。


完全に日が落ちて、暗くなった王都。

一人で歩くのははじめて。

今までは必ずグレンが隣にいた。


不安を誤魔化すように手を握って、あと少しだけ、と市場を歩く。

そして目が止まったのは、一軒の露店。


「あ……」


魔石灯のランプを店先に吊るした布屋。

そうだ、これなら……。


「あの……これ、ください!」



──ようやく買い物を終えて詰め所への道を歩く。


「うわ、真っ暗……」


見慣れたはずの道なのに、暗いだけでこんなに心細くなるなんて。

でも不思議。

夜道を一人で歩くなんて、大人になった気分になってくる。


詰め所が近付いてくると……なんだかざわざわしてる……?


「あ、サクラ!」

「お前こんな時間までどこ行ってたんだ!?」

「おーい、いたぞ! グレン!」


「え? え?」


何だろう、この騒ぎ。

……もしかして、わたし!?


「サクラ!」


「あ、グレ……ン……」


ぱっと振り向いた先にいたグレンは、なぜかわたしがさっきまで歩いていたはずの市場の方からこちらへ向かってくる。

なんだか息を切らしていて、肌寒いはずなのに汗をかいていて。

そして、顔が、怖い……。


「……どこ行ってた」


「え、ええと」


「こんな時間まで」


「あ、あの……グレン……」


「ンな暗れぇのに、一人でどこほっつき歩いてた」


「……ごめん、なさい」


「……ハァ……とりあえず中入れ。風邪引くぞ」


わたしが詰め所の中に入ると、グレンはみんなに「悪かった」って謝ってる。

迷惑、掛けちゃった……。


グレンと二人でわたしの部屋に入る。

扉を閉めて、最初に口を開いたのはグレンだった。


「……で? こんな時間まで外で何してた」


「ごめんなさい、グレン……その……今日、グレンの誕生日だったから……」


「……誕生日?」


一瞬理解が追い付かなかったような顔で固まるグレン。

え、今日だよね、誕生日……?


「うん……だから、プレゼントを買いたくて……。でも、遅くなって心配掛けちゃって……本当にごめんなさい」


手に持っていたナッツと、さっき買ったばかりの生成りのハンカチを、おずおずと差し出す。


「誕生日、おめでとう……グレン」


「……ったく……ありがとな」


怒っているような、困っているような、それでもさっきより柔らかい顔で頭を力任せに撫でられた。


「うわっ、待ってグレン、髪っ……!」


「うるせー、門限破った罰だ」


「もっ、門限なんてあったっけ!?」


「じゃあ心配掛けた罰だ」


ドタバタと部屋中を逃げ回りながら、グレンの言葉を噛みしめる。

そっか、グレン、心配してくれてたんだ。


「ごめんなさいー!」


口では大声で謝りながら、きっとわたしの顔は笑ってる。


誕生日おめでとう、グレン。


ここまで読んでくださって、ありがとうございます。

ほっこり(?)グレンの誕生日編でした。

グレン、誕生日おめでとう。

ではまた次回、エイルメーアでお会いできますように。

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