47. 厄介な拾いモノの泣きっ面(グレン視点)
七日間の予定で組まれた魔獣討伐の遠征。
そのメンバーの中に俺の名前を見つけたとき、真っ先に頭に浮かんだのはあいつのことだった。
サクラを保護して一年半近く。
正直、まさかここまで長く面倒を見ることになるとは思わなかった。
冬の終わりから入団したトビアスとは、最初は折が悪かったようだが、俺に頼ることなくどうにかした。
新人どももいつの間にかサクラと普通に口を聞くようになっている。
今思えば、広間に響く笑い声にビビって俺の後ろに隠れてたのも、あいつを拾って少しの間だけだった。
もっと早くに音を上げるかと思っていたが……見た目より根性があるのは間違いないらしい。
だが、そんなサクラが。
泣くのを必死に堪えて唇を噛んでいた──。
最初に奇妙な魔獣の死骸が見つかったのは、今年の雪溶けの頃。
あいつを拾ってちょうど一年くらいだったか。
はじめは誰も気に留めなかった。
縄張り争いか奇形種か、その程度だった。
魔獣は額にある魔石と同じ属性の魔法を使うことができる。
魔石は個体の強さに応じて黒く濁り、経験の浅いやつが真っ黒な魔石を持つ個体に挑めば返り討ちに遭うことも珍しくない。
死んだ魔獣の魔石は、黒いままだ。
……普通なら。
それが今回、色が抜けて本来の魔石の色か、色が完全に抜けた状態で発見されている。
しかも外傷なく事切れた魔獣の体内の魔力もほぼ空。
そう、まるで……。
「何かに吸い取られたみたいですね」
「……ああ」
俺は森の中で見つけた死骸を、たまたま一番近くにいたアレンに見せた。
今回の討伐と調査は魔術師団と合同。
増えた魔獣を討伐しつつ、奇妙な死骸はその場で魔術師が魔力の痕跡を探る。
何か手掛かりが掴めそうなものは一箇所に集めておいて、帰還のときに魔術師塔に持ち帰る。
魔獣の討伐自体は順調だった。
秋になって増えすぎた数を減らして、春先までの被害が出ないようにする。
だが一気には狩らない。
魔獣の肉や毛皮を収入の宛てにするやつらに影響が出ない程度に、隊全体で討伐した魔獣の種類と数を把握しながら進めていく。
そうやって魔獣を倒しながら、野営地を拠点に森を歩いていると。
「ひ……っ、ひぃぃっ!?」
……ハァ。
情けない声が響いて、溜め息が漏れた。
見習いのジェイ。
……いや、今年の春、見習いから正式な騎士になった。
「お前、まだ慣れねぇのか」
「グ、グレンさん……だってこれ……く、首が……」
「……あー……」
ジェイが見つけた死骸は首が魔獣。
つーことは、今回の調査とは無関係か。
「こんなんでいちいち騒いでたら、いつまで経っても帰れねぇだろうが」
「すっ、すみません……」
半泣きのジェイは放って、先に奥に進む。
ったく……誰だよ、こいつをメンバーに選んだの。
こいつもこいつだ、いつまでもおどおどしやがって、ガキじゃあるまいに。
「グレン……何だか、気が立ってます?」
しばらく歩いたところで、アレンが近付いてくる。
「……どういう意味だ」
「言葉のままの意味ですよ」
「……」
言葉を返さないでいると、アレンは小さく苦笑を浮かべた後に魔獣の死骸に目を向けた。
「前例がありませんね……いろいろと」
「……ああ」
何が起きてるかはわからねぇ。
だが、確実に何かが起きてる。
もしくは今から起ころうとしているのか。
……いや、それを調べるのは俺たちじゃない。
討伐に参加した魔術師があちこちで小難しい話をしたり記録を残したりするのを横目に、木にもたれ掛かる。
ふと、妙な既視感を覚えた。
この木の生え方。
地面の傾斜。
淡く光る光珠。
……あのときの……夢で見た景色か……?
この獣道みてぇなところを、黒髪の女が走って。
そこの木の根に躓いて。
……いや、あれは夢だったはず。
だが、本当に偶然か?
ただの夢にしちゃ似過ぎてる。
そのとき。
「──見つけた」
“何か”が俺の横を通り抜けた。
風じゃねぇ。
人でも、獣でも……生き物じゃない、何かの気配。
低くて暗い、奈落の底から這い出たような声。
咄嗟に剣を抜こうとしたが、もう気配はどこかへ消えていた。
アレンも他の魔術師も気付いてねぇ。
つーことは、魔法関連の干渉の線は消える。
「……気のせい、か……?」
それで片付けちまうこともできる。
そうしちまえば簡単だ。
だが……。
「おーい、誰か! 応援頼む!」
「デカいのが二体いる!」
「こっちも誰か来てくれ、群れがいる!」
森の奥から聞こえてきた仲間たちの声に、一旦思考を止めた。
まずは全員で生きて帰る。
考えるのは、それからでいい──。
夜。
日が暮れて、一気に気温が下がる。
野営地に戻った俺は焚き火の近くで干し肉を齧りながら、昼間の声のことを考えていた。
……あれは、俺を見て言ったわけじゃねぇ。
俺を通り過ぎた先にある何かに向けた言葉だった。
確証はないが、なぜかそう思えた。
あの得体の知れない気味悪さのせいか、この日はなかなか眠れなかった。
次の日も、その次の日も魔獣討伐は続いた。
そして討伐六日目。
今、俺たちの目の前にはドス黒い魔石の魔獣。
「ったく、どーこからこんなに湧いてくるんだか」
「軽口叩いてねぇで、さっさと倒すぞ」
「へいへーい」
両手を頭の後ろで組んで呑気に口笛を吹くレオンをじとりと睨む。
剣くらい抜け、この馬鹿が。
低く唸った魔獣は体勢を低くしたかと思うと、その巨体を揺らして突進してくる。
勢いよく振り下ろされた爪を避けると、地面が深く抉れた。
だが、それだけだった──。
「いやぁ、意外と手こずったな」
「……お前が使えもしねぇ魔法なんか使うからだろ」
「違げぇよ! あれはお前が攻撃しやすいように敵の気を引いてやったんだっつーの!」
「……そういうことにしておいてやる」
納得いってない顔のレオンに背中を向けて、帰還の支度を始める。
「ま、でもラッキーだよな。予定より早く切り上げとかさ」
「……そうだな」
「……へぇ」
「何だよ」
「べーつに?」
意味あり気にニヤつくレオンは無視して、昨日の夜、伝令役から届いた団長の命令を思い出す。
“討伐の進捗が想定以上に良好。予定より一日前倒しで撤収し、王都へ帰還せよ”
この知らせはサクラも聞いてるのか。
それとも、まだ何も知らずにベソかいてるのか。
隊列を組んで歩き始めれば、この数日の疲れが足に出始める。
この程度で疲れを感じるなんて、な。
昼飯は干したルミの実。
途中で遭遇した魔獣を何体か片付けて、それでも歩みは止めずにルミネスタを目指す。
日が暮れてしばらくして、ようやく城壁が見えてきた。
門衛が松明を高く掲げて合図を送るのを確認して城門を潜れば、見慣れた街並みが広がる。
こんな時間になれば、あいつはもう寝て……ねぇな。
起きて待ってるだろう。
あいつはそういうやつだ。
出発するときの、今にも泣き出しそうな顔を思い出す。
騎士団の詰め所に到着して鎧を外しながら、ここに残ったやつらと互いに労いの言葉を掛け合っていると。
「グレン!」
この中には似つかわしくない、高い声。
「お、出てきたな。泣かずに待ってたぞ」
そう言われてサクラを見る。
……嘘じゃねぇか。
今にも泣きそうな顔してんぞ。
…ハァ……ったく。
「……帰った」
「おかえり、なさい、グレン」
下手くそな作り笑顔で無理やり絞り出したようなこいつの声は、出発のときより震えていた。
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
グレン、おかえり!
サクラ、よかったね!
グレンが討伐中に聞いたアレ、何だったんでしょうね……ふふ。
ではまた次回、エイルメーアでお会いできますように。




