46. おかえりなさい
「エイルメーアの秋と言えば魔獣討伐だろ!」
前に騎士団の誰かが言ってた。
そのくらいこの国では当たり前になってることなんだと思う。
でも……。
厨房で料理の仕込みをしながら、いつもより少ない量の材料に溜め息が出る。
魔獣討伐に行っているのはグレンだけじゃない。
たくさんの仲間が一緒にいる。
基本的に単独行動はしないって言ってた。
でも……。
「グレンが怪我したら、どうしよう……」
なかなか自分を納得させられない。
騎士団にいると危険なこともあるのは知っているけど、まさかこんなに気持ちが重くなるなんて。
「おいサクラ、湿気た面すんな」
「……ガルドさん……」
言葉のわりに、ガルドさんの声はちっとも怖くない。
「ンな暗れぇ顔で出された料理を食って、疲れが取れると思うか?」
「それは……」
ガルドさんは、まだ誰も入ってきていない食堂を見渡した。
「ここに残って、討伐に出たやつらのぶんまで踏ん張ってる仲間がいる。……わかるか?」
「……はい」
「その仲間を守るのが、俺たちの仕事だ」
「……わたしたちの、仕事……」
「そうだ。あいつらが魔獣討伐に専念できるのは、ここにいる仲間を信じてるからだ」
グレンも、ここに残ってる仲間を……わたしのことを……信じてる……?
「だからな、サクラ。あいつが討伐から戻ってきたら、“あの”特製スープ、また食わしてやれ」
少しだけイタズラっぽく言ったガルドさんは、奥の材料庫に行ってしまった。
そうか……そうだ。
ガルドさんは、討伐に参加したみんなが無事に帰ってくるって信じてる。
わたしも信じなきゃ。
グレンも、他のみんなも元気に戻ってくるって。
「ガルドさん! あのときのスープに入れた材料、また教えてください!」
おう、と聞こえたガルドさんの返事を聞くと、わたしは目の前の大きな鍋と向き合った。
グレンが魔獣討伐に出て四日目の朝。
窓の向こうはどこか寒々しい青空。
「なぁ、黒猫女」
「もうっ、サクラだってば」
「へいへい。それでさ、さっき聞いたんだけどよ」
トビアスが窓を拭きながら、周りを気にするようにちらりと視線を動かす。
わたしも思わず耳を寄せると……。
「予定より早く……明後日、戻ってくるらしいぞ」
「えっ!?」
「おいっ……騒ぐなって……!」
つい出てしまった声に、慌てて手で口を塞ぐ。
良かった、周りには誰もいなかったみたい。
「トビアス、それ本当? 何でそんなこと知ってるの?」
声を潜めながら聞くと、
「さっき、先輩たちが話してたんだ。伝令役が来て、想定してたのより討伐が順調だったらしいぜ? それと……討伐隊は全員無事だってさ」
全員無事。
良かった、本当に嬉しい。
それに七日も会えないと思ってたのに、一日早く会える。
「ありがとう、トビアス」
「……おう」
トビアスのこの返事の仕方は、きっとグレンを意識してるんだ。
顔の角度とか視線の流し方がちょっと似てるもん。
「……ふふっ」
「何、笑ってんだよ……黒猫女のくせに」
「はいはい」
あ、のんびりしている場合じゃない。
早くスープの野菜を切らなきゃ!
「あ、おい。お前、これ俺から聞いたって言うなよ?」
「わかったけど……じゃあ何で教えてくれたの?」
「……お前がいつまでも泣きそうな顔して床拭いたり、皿洗ったりしてるからだろ」
「え……」
わたし、そんな顔してた?
トビアスに気付かれるくらい?
「ごめん、トビアス……なんか気を遣わせちゃって……」
「き、気なんて遣ってねぇよ! 仕方ねぇよな、お前はお子ちゃまだからなっ!」
「もうっ! トビアスの方が年下でしょ!?」
「お前ら何してんだー? さっさと掃除終わらせて、次行くぞー」
「「は、はいっ!」」
もうすぐ見習い期間が終わる先輩の声に、つい返事が重なった。
グレンが帰ってくる。
もうすぐ帰ってくる。
それだけでいつもより高く背伸びして窓を拭けたし、お皿洗いもスムーズにできた。
夜だって早く寝て、次の日に備えた。
二日後の夕方。
出迎えるときに着るのは、この前買って貰ったばかりのワンピース。
「……よし、大丈夫」
最初にグレンに買って貰った小さな手鏡。
何度も角度を変えて、寝癖がついていないか、服は変じゃないかを確認した。
あとはグレンが帰ってくるのを待つだけ。
空が藍色に染まって、一番星が輝き始めた。
「……まだかな」
部屋の窓を開けていたけど、帰還の知らせは一向に聞こえてこない。
「……まだ、かな」
日が沈んで、外が一気に暗くなる。
それでもまだ騎士団の建物は静かなまま。
もしかして……何かあったんじゃ……。
戻ってくる途中で事故に巻き込まれたり……。
高揚していた気持ちが、また沈み始める。
……ううん、ダメだ。
信じるって決めたんだから。
グレンはきっと、ううん、絶対大丈夫!
そのとき。
「おーい! 遠征隊が帰ってきたぞ!」
騎士団の入り口の方から響く声。
建物の中が一気に騒がしくなる。
窓から身を乗り出すと、夜のルミネスタの大通りがぼんやり明るくなった。
松明の灯りだけじゃない。
夜の巡回の人たちが持っている魔石灯の光も、遠征隊を照らしている。
あの中に、グレンがいる。
でもどれだけ目を凝らしても、隊列の中からグレンを見つけられない。
そのうちに、騎士団の入り口の扉が大きく開かれる音が響いた。
すぐに階段を駆け降りて、広間をさっと見渡す。
「……いない」
じゃあまだ外にいるのかも。
廊下を埋め尽くす、鎧、鎧、鎧。
その隙間を縫うようにして、入り口から出たところに、一際大きな影。
薄暗くたって、すぐにわかる。
「グレン!」
思わず声を上げると、誰か他の人と話していた視線がわたしの方に向いた。
「……グレン……あの……」
言葉にならない。
安心と、嬉しさと、なぜか泣きたくなるような変な感じ。
「……帰った」
グレンは「ただいま」なんて言わない。
いつもそう。
短く「帰った」って言うだけで、今回も同じで。
でも、それがやけに懐かしくて、あったかかった。
その一言だけで、張り詰めていた心がほどけていく。
たった六日間だったのに。
こんなにも安心する言葉だなんて、思わなかった。
「おかえり……おかえり、なさい、グレン」
やっとのことで出てきた声は、魔獣討伐に見送ったときより震えていた。
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
グレンはきっと普段は「帰った」すら言わず、無言がデフォルトなんだろうなぁ……。
「おかえり」って言われてようやく「ん」って返す程度なんだろうなぁ……なんて想像しております。
皆さまの中のグレン、どんな感じでしょうか?
ではまた次回、エイルメーアでお会いできますように。




