45. いってらっしゃい
「──え……また魔獣が?」
「ああ」
雨の季節が終わって、夏の星祭りも終わった。
今年の星祭りも、とてもきれいだった。
キラキラ揺れる光珠が白と金のリボンに反射して、夜は星空の中を歩いているみたいで。
今年もグレンと一緒に見ることができた還星式。
わたしは光珠を眺めるふりをして、グレンの横顔を見上げていた。
そして、まだまだ暑さが残る頃。
“森で奇妙な死に方をしている魔獣がいる”。
最初、騎士団に入ってきた情報はこんな感じだった。
王都近くの森を巡回していた人が、何人も見たらしい。
でもどんな風に奇妙なのかは、誰に聞いても教えてくれなかった。
いつもの年、魔獣は夏の終わりから秋にかけて増えることが多いらしい。
食べ物に困る冬を越すために、人や動物を襲うこともあるんだって。
去年の秋はなぜか魔獣の数がそこまで多くなかったらしくて、大規模な討伐はしなかったって聞いたけど……。
「魔獣同士で争ったのか?」
「いや、それにしてもアレは異常だろ……」
最近は食堂でもこの話題で持ち切り。
「俺がこの謎を解き明かしてやるぜ!」
そして、なぜか張り切るトビアス。
「お前はまだ見習い一年目だから、魔獣討伐には出ねぇぞ?」
先輩騎士にさらっと言われて悔しがる姿は、もう騎士団によく馴染んでいる。
「ま、近いうちに大々的な討伐遠征があるかもな」
誰かが言うと、何人かが「うんうん」と頷いた。
「ねぇグレン……魔獣討伐って、危ないの?」
「……まぁな」
グレンがこの顔でこの言い方をするのは、あんまりわたしに聞かせたくない答えのとき。
「怪我、する?」
「……することもある」
「大きい怪我?」
「……まぁ、運が悪けりゃな」
グレンが言葉を選ぶってことは、きっとそれだけ危険なんだ。
「……今回は絶対に来るなよ?」
「わ、わかってるよ」
“今回は”。
グレンはあのときのこと、覚えてるんだ。
わたしがエイルメーアに来て、グレンに助けられてすぐの頃。
あのときのわたしは、とにかくグレンと離れたくなくて。
「寝てろ」って言われてたのに我慢できなくて。
夜中、グレンを探すために魔獣がたくさんいる森に一人で入った。
そして大きい魔獣に見つかって、怖くて動けなくて。
運良くグレンに助けて貰えたけど、一歩間違えば、わたしはあのとき……。
「……ちゃんと……ここで待ってる」
「ならいい」
「そ、その代わり……魔獣を倒しに行くときは、内緒にしないで、ちゃんと教えてね?」
グレンはしばらく無言でわたしを見て、小さい声で「わかった」とだけ返事をした。
少しずつ風が冷たくなってきた。
秋が深まっても、魔獣の謎は解けないままだった。
たまたま廊下での話し声を聞いたり、厨房の片付けを手伝いながらみんなの会話に耳を澄ませたりして、いくつかわかったことがある。
死んでいた魔獣は、傷が殆どないのに中身が空っぽで、魔力を全部抜かれたみたいになっている。
それから額の魔石の濁りが消えている。
去年の秋より明らかに多い魔獣。
それでもみんな、この謎の方が気になっているみたい。
「魔獣のこと、よくわからないけど……」
前に聞いた魔獣の特徴を思い出してみる。
たしか……。
魔獣は普通の動物と違って額に魔石があって、それが黒っぽく濁っているらしい。
凶暴な魔獣ほど濁りも強いんだって。
でも、その濁りがなくなってるってことは……つまりどういうことだろう?
魔獣が魔獣じゃなくなったのかな?
こういうのはアレンさんが詳しいかもしれないけど……。
「教えてくれないだろうなぁ……」
だってこの前、魔術師塔に行ったとき。
さり気なく今回のことを聞こうとしたら、「まだわかっていないことが多いんです」って。
すみません、って笑ったアレンさんは、もうそれ以上は教えてくれない雰囲気だったもん。
「でも、森には行かないってグレンと約束したし……」
わたしが悩んでいる間に、魔獣討伐の日がやってきた。
グレンも、そのメンバーの中に入っている。
「グレン……」
グレンの部屋。
淡々と鎧を着て、剣を腰から下げるのを見て、言葉に詰まる。
前に作ったお守りが、鎧の中に着ているシャツのあたりからちらりと見えた。
心配だし、なんだか怖いし、行ってほしくない。
「ハァ……ンな顔すんな」
死にに行くみてぇだろうが、とグレンがわたしの頭をぐしゃぐしゃと撫でる。
力加減されているのがわかって、余計に切ない。
「怪我、しないで……」
「……」
わかった、とは返ってこない。
嘘でもそう答えてほしいのに。
「……死なないで……」
「当たり前だろ、馬鹿」
堪えていた涙が、ぽたりと床に落ちた。
「……馬鹿じゃないもん」
「どうだかな」
むっと顔を上げると、ようやくグレンと目が合った。
澄んだ琥珀色がわたしを容赦なく射抜く。
「……行ってくる」
相変わらず無表情に近いけど、声はいつもより柔らかかった。
今回の魔獣討伐と調査は全部で七日間。
何それ、一週間より長い……。
でも魔術師団と一緒に行われるらしい。
それなら、怪我しても魔法で治して貰えるかな。
ううん、そもそもグレンは強いから、怪我なんてしないで帰って来るかもしれない。
わたしは頭の中で、自分を安心させる理由をいくつも並べた。
「いって、らっしゃい……」
声が震えそうになるのを必死に抑えて、できるだけいつも通りに言った。
広間まで見送りに、グレンと一緒に階段を降りる。
ほんの少し手を伸ばせば触れられるはずなのに。
気を付けてね、とか、もっと言いたいことがあるのに。
わたしはただ無言で下を見ながら足を動かした。
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
サクラの二年目、なんだか不穏な雰囲気になってまいりましたね。
騎士団や魔術師団が頑張ってくれることを願いましょう!
ではまた次回、エイルメーアでお会いできますように。




