43. お皿の宝石
服選びは楽しかった。
ふわふわした気持ちのまま次々に服を体に当てて、グレンに見て貰って。
可愛い服も、大人っぽい感じのも、たくさん買って貰った。
「毎度ありがとうね、またおいで」
そう言っておばさんが服を入れた紙袋を手渡したのは、グレン。
グレンも当たり前のように受け取る。
別の店で新しい靴と、ポシェットも少し大きいのを買って貰って、グレンの両手は買ったものでいっぱい。
「……で?」
「うん?」
「次だ。食いてぇもん考えとけっつったろ」
「……え?」
この前チョコレートを貰った。
今日は服や靴、新しい鞄まで買って貰った。
なのに……。
「グレン、ほんとにいいの……?」
こんなにたくさん貰ってるのに。
「あ? 腹減ってねぇなら帰「ある! 食べたいもの、たくさんある!」」
「ったく……」
でも、どこにしよう。
どんな美味しいものがあるかなんてわからなくて、レオンさんに聞いてみたけど……。
「──グレンに食わして貰うもん? そうだなぁ……」
あ、なんだかレオンさんの顔がイタズラっぽくなった。
「串焼きとか露店の食いもんは、ある程度食ったことあるだろ?」
「はい、多分」
「じゃあ……──」
頭の中にいくつか思い浮かべた、レオンさんに教えて貰った店の名前を、なぞるように挙げていく。
「東通りの、新しくできた“けーき屋”か」
「……」
「南の宿屋街の端の、ええと……“あしぇっと、でせーる”のお店か、あとは……」
「……おい」
「あ、そうだ。あと大通り沿いの“ぱてぃすりー”……」
「……お前、それ誰に聞いた?」
聞かなくてもわかるが、と小さく付け足したグレン。
何ていうか、怒ってるのとは違うけど、顔が引き攣ってるような……。
「レオンさんだよ?」
「……だろうな」
ものすごく大きい溜め息、を飲み込んだように、グレンが目を閉じた。
「……いや、いい。で、どこがいいんだ?」
「うーんと……レオンさんはどこもオススメだって。と言うか、グレン」
「あ?」
「けーきと、あしぇっとでせーると、ぱてぃすりー、って何?」
「……は?」
「三つの名前覚えるので精一杯で、どんなお店なのかレオンさんに聞くの忘れちゃった」
呆れられちゃうかな、という小さい不安を、笑って誤魔化す。
「……全部甘いもんの店だ」
あ……。
そっか、だからグレン……。
「ええと、じゃあ……今回はその三つじゃなくて、グレンのオススメのところがいい」
「……何でだよ」
「わ、わたし、今、甘いものの気分じゃなくて」
「……ハァ……」
特大の溜め息が、今度こそグレンの口から出た。
「ったく、何でお前は……いや……違げぇな」
「どうしたの、グレ……わっ!?」
突然、痛いくらいの強さで頭を撫でられる。
髪もぐしゃぐしゃ。
せ、せっかく朝から髪、丁寧に梳いてきたのに!
「ちょっ、ねえ、グレン……!」
「今のは俺が悪かった……ただ、ガキがいちいち気ぃ遣うなっつったろ」
えええ。
何それ理不尽。
「甘いもん食いてぇんだろ……どこにすんだ?」
「え、でも……」
「食わねぇなら帰「食べる! 食べます!」……ったく」
結局三つがどんな店かわからないまま、グレンに決めて貰った場所に向かうことにした。
「グレン、ここ……」
南の宿屋街。
夏の星祭りのときに、街の警備をするグレンを見にきたところ。
前は気付かなかった上品な店。
こんなところがあったんだ。
「……ら・るみ、えら?」
入り口の上で小さく揺れる看板を読んでみるけど、何のことだかわからない。
「何かの呪文?」
「ンなわけねぇだろ……入るぞ」
グレンが扉を開ける。
カランカランと響く軽い音、ふんわり漂う甘い香り。
「いらっしゃいませ」
店の雰囲気に合った上品な服の店員さんに声を掛けられる。
声も笑顔もお辞儀も落ち着いていて、なんだか緊張してくる。
周りを見ると、お客さんはきれいな女の人たちが多い。
あとは……こ、恋人っぽい人たちが、二組。
なぜか一気に恥ずかしくなってグレンの方へ体を向ける。
「なに一人で百面相してんだ。ほら、来い」
あわあわとグレンについて行くと、窓際の明るい席に案内された。
店員さんが引いてくれた高級そうな椅子に座ると、お尻がふかふかする。
「どれにすんだ?」
グレンが見せてくれたお品書きには、見慣れない言葉がたくさん並んでいた。
「グレン、この“メニュー”って何?」
「あ? ここに書いてある中から選べ、ってことだろ」
「あ、そっか、わかった」
文字は読める。
でも何がなんだかさっぱりわからない。
結局ここでもグレンに助けを求めてしまった。
「これをこいつに……ああ、誕生日で……」
「お誕生日ですね。でしたら、こちらが……」
「じゃあこれをこいつに」
「畏まりました、少々お待ちくださいませ」
グレンが何か注文すると、店員さんは頭を下げてすぐに店の奥に行ってしまった。
静かな空間でグレンと向かい合って座るなんてはじめて。
心臓の音、聞こえちゃってたらどうしよう……。
目のやり場に困ったわたしは、優雅な曲線が彫られた窓枠の向こうに視線を移す。
向こうに広がるルミネスタの街並みは、いつもとどこか違う景色に見えた。
注文したものを待っている間、もう一度ゆっくり店内を見渡してみる。
上品な奥さま同士。
若くてきれいな女の人たち。
笑顔を向け合う恋人たち。
そんな中、向かいに座るグレンを見る。
鎧は着ていない。
でも明らかに体格が一人だけ違う。
大きくて線が太い。
腕組みして、さっきのわたしみたいに窓の外を見て。
眉間のシワは今日も健在。
「……ふふっ」
グレンだけ、すごく浮いてる。
それがなんだか面白い。
そして、焦げ茶色の髪が窓から差し込む光で少し透けているのが、すごくきれい。
「グレン……」
「ん?」
何となく名前を呼んでしまって、どうしようと思ったそのとき。
「お待たせいたしました」
カチャ、と小さい音を立ててお皿が置かれる。
「……わぁ……!」
真っ白の大きなお皿の上には、花と果物に飾られた可愛らしい食べ物が乗っていた。
「こちらがペスカのタルトでございます」
「ぺすか?」
「桃のことだ」
ちらりとグレンを見ると、わたしがわからなかったところをすぐに教えてくれる。
「こちらに添えてあるのがフィーコのコンポート、そしてこちらがペーラのアイスとバッカのソース」
店員さんがお皿の上のものを一つ一つ手で示して説明してくれるけど、ちっともわからない。
「ふぃーこ? こんぽーと? それと……」
「後で教えてやるから、とりあえず黙って聞いてろ」
「あ……すみません」
「ふふ、大丈夫ですよ」
店員さんは小さく微笑むと「ごゆっくりどうぞ」と下がっていった。
改めてお皿を眺めると、宝石を並べたみたいにキラキラしている。
薄い飴細工のリボンは向こうが透けて見えた。
「グレン、これ本当に食べていいの……?」
「ん」
食べろ、と目で返されて、銀食器を手に取る。
震えるスプーンで一口掬って。
ゆっくり口に運んで……。
「……!!」
すごい!
甘くて滑らかで、一口食べただけでもう幸せな気持ちになる!
食べれば食べるほど美味しくて、半分くらい食べたところで気付いた。
グレン、お茶しか飲んでない。
「ねぇグレン、一口食べる?」
「いらねぇ」
「すっごく美味しいよ?」
「……知ってる」
「え?」
グレンは湯気の立つお茶を一口飲んで、わたしを真っ直ぐ見る。
「お前がそんな顔して食ってりゃ、十分わかる」
一瞬。
ほんの一瞬だけ、わたしの中で空気が止まる。
甘かったはずのタルト味が、急にわからなくなった。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
今回も糖度高め(当社比)でお届けしております。
ちょっと特別なデザート、いいですね。
ではまた次回、エイルメーアでお会いできますように。




