42. わたしの色
「ね、眠い……」
あくびを噛み殺しながら、何度も目をこする。
昨日はあまり眠れなかった。
目を閉じても、寝返りを打ってもだめ。
水を飲んで、また横になって、でもすぐに目が開いて。
グレンが悪いんだ。
寝る前にチョコレートなんて持ってきたから。
だから、わたし……。
「……グレンとの買い物、そんなに楽しみだったのかな……?」
ぽそっと出た言葉に、また顔がかあっと熱くなる。
「おいサクラ、大丈夫か?」
「す、すみません、大丈夫です」
今日の厨房の手伝いは朝だけにして貰った。
行ってこい! って笑ってくれたガルドさんに、何かお土産を買ってこよう。
朝食が終わったらすぐに着替えて、詰め所の入り口で待ち合わせ。
……変じゃないかな、わたし。
髪は何度も梳かした。
寝癖は付いていないと思う。
でも服は、普通というか……特別可愛いものじゃない。
桜色以外のワンピースを着てみたら、袖や裾が短くなってしまったものが何枚もあった。
「わたし、本当に大きくなってたんだ」
石造りの廊下を抜けた先の、広い玄関ホール。
重い木の扉のところ。
壁にもたれ掛かっているのは……。
「お、お待たせ、グレン!」
「……行くか」
「うん!」
扉を開けると、広がっていたのは曇り空。
今までなら少し残念に思っていたかもしれないけど、今日は違う。
だってグレンと出掛ける日だから。
グレンと並んで大通りを歩いて、まずは市場のいつものおばさんのお店へ。
「いらっしゃい、サクラちゃん。それにグレンさんも」
「こんにちは!」
いつの間にかグレンの名前も覚えられていて、なんだか嬉しくなる。
「前に着てたワンピース、小さくなっちゃって……」
「それだけ成長したってことさ!」
店主のおばさんはわたしをちらっと見て、合いそうな大きさの服が並べてある台を指さす。
「あのあたりを探してごらん」
「ありがとうございます」
何枚か手に取って、体に当ててみる。
……うん、いい感じ。
「グレン、これどうかな?」
「……いいんじゃねぇか」
この服、さっきのと同じ白だけど形が少し違う。
「ねぇグレン、これは?」
「いいんじゃねぇか」
あ、このワンピース可愛い。
でもこの紺色、変じゃないかな?
「これは?」
「いいんじゃねぇか」
……。
また別のワンピースを手に取る。
「グレン、これは?」
「いいんじゃねぇか」
もうっ!
ぜんぶ同じ返事!
「……何だよその顔」
むうぅ、とグレンを睨むように見上げると、店主のおばさんが大きな笑い声が響く。
「あはははっ! サクラちゃん、男の人にそのへんの期待はしない方がいいよ」
「……だって……」
「うちの旦那もそうだったよ、どれを見せても「まあまあだな」とか「好きなのにしろ」とかね」
だ、旦那さん……。
ちらりとグレンを見るけど、何を考えてるかはわからない。
おばさんの言葉は止まらない。
「こっちは褒めて欲しくて聞いてるってのに。ほんとに男ってのは……ねぇ?」
おばさんの言葉にうんうんと頷くと、グレンがほんの少しだけ居心地悪そうな顔になった気がした。
「そういうことだからグレンさん、ちゃんと見てあげな!」
おばさんは嫌味なくグレンに言うと、後から来たお客さんの相手をしに行ってしまった。
「ハァ……わかった」
呆れというよりは、どこか困ったような顔で溜め息をついたグレンに、さっきのワンピースを見せてみる。
「じゃあ、これ……どうかな?」
ちょっと恥ずかしいけど、ワンピースを体に当てて、ちらりと見上げる。
「あー……紺色だな」
「……こっちは?」
「ヒラヒラしたもんがついてる」
「……グレン」
「ん?」
「それ、服の見た目」
感想じゃない。
じとりとグレンを見ると、言葉に詰まったように黙って、視線を逸らされた。
「……こういうのは得意じゃねぇ」
得意とか、そういうのじゃなくて。
わたしが……わたしが言って欲しいのは……。
「ねえ、サクラちゃん」
別のお客さんの相手をしていたおばさんが戻ってきて、小さく耳打ちする。
「グレンさんが騎士団の鎧を二つ持ってきて、どっちがいいか聞かれたら……すぐ答えられるかい?」
「それは……」
「だろう?」
おばさんさ苦笑いしながら奥の方で別のお客さんと話している旦那さんとグレンを交互に見る。
「さっきはああ言ったけどね、こういうちょっとした違いを見つけるのは男には難しいのかもしれないねぇ」
「で、でも……」
「でも?」
「わたし……グレンに……」
褒めて、欲しかった……。
もうここまで出かかった言葉が、喉のところでつっかえて止まる。
おばさんがわたしを見て「うーん」と悩んで。
「じゃあ……ちょっとこっちへおいで? グレンさんは待ってておくれよ」
グレンの返事を聞かないうちに、わたしの肩を後ろから押すように歩くおばさん。
店の奥にいた旦那さんに何か言って移動させると、バサッとわたしに服を当てる。
「……うん、これはいいね」
「こっちは微妙だね、もう少し大人っぽくなってからだ」
次々に服をわたしに当てては頷いたり首を傾げたり。
「あら可愛い!」
「ほら、これ着てみな?」
「やっぱりサクラちゃんには明るい色が似合うね」
体に当てるだけだった服は、いつの間にか一枚一枚わたしに袖を通されている。
脱いで、また別のを着て、脱いで、と繰り返して、だんだん目が回りそうになってきたとき。
「ほらグレンさん、見てごらん」
おばさんがグレンを呼んできた。
怪訝そうな顔のグレンの視線を感じて、むず痒いような、どこかに隠れてしまいたいような気持ちになる。
変に思われてないかな……。
似合ってないって言われたらどうしよう……。
「……あー……」
「前のワンピースよりは少し薄い色だけどね、それでも“サクラちゃんの色”って感じじゃないかい?」
結び紐とも同じ色だね、とおばさんの声が続く。
「……どうかな、グレン……」
恥ずかしい。
グレンの顔をまともに見れない。
視線がグレンのつま先のあたりを行ったり来たりする中、返ってきたのはさっきより柔らかい声色だった。
「……悪くねぇな」
胸が大きく跳ねる。
グレンはそれだけ言うと、「次はどれだ?」と服の山に視線を戻してしまう。
わたしの中では、グレンの言葉がぐるぐると回っていた。
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
甘いです、私の中ではここまでで一番糖度が高いかな、と。
チョコに蜂蜜をかけたくらい甘いです。
まだ何も始まってないのにねぇ……ふふ。
ではまた次回、エイルメーアでお会いしましょう。




