41. はじめての誕生日
グレンの非番までの二日間はあっという間だった。
一日目はぼーっとしている間に、いつの間にか夜になっていて。
そして二日目。
いつも通り起きて、朝の掃除や厨房の手伝いをして、その合間に……グレンを目で追って。
「……ううぅ……」
わたし……本当におかしくなっちゃった……。
顔が熱いだけじゃない。
胸が妙にドキドキして……なんていうか、そわそわ落ち着かなくなる。
医務官さんに聞けば「病気じゃないよ」って言われたし、アレンさんに聞いたときは何だか難しいことを言われた。
誰に相談したらいいか、わからない。
グレンには聞けないとして……あとは、レオンさん?
それか、リカルドさん?
「……みんな、違う気がする……」
「お? サクラ、どうした?」
屋外訓練場の入り口の方を眺めていたら、ひょこっと覗き込むように声を掛けられた。
「レオンさん」
「ハハハ、すげぇ顔してるじゃん。どした?」
グレンと喧嘩でもしたか? とイタズラっぽく聞かれる。
「え、と……あの……」
「そういやさ、サクラ、この前誕生日だったろ?」
「……へ?」
おめでとな、と笑うレオンさんを、思わず見つめてしまう。
た、誕生日?
急に何を言い出すんだろう?
「誕生日、グレンに祝って貰ったか?」
「え、あの……いいえ……?」
ここ最近のグレンとのやり取りを思い出す。
特になかったよね、そういうの……。
というか。
わたしの誕生日って、いつなんだろう。
「──はあぁ!? 自分の誕生日を知らない!?」
わたしが誕生日を知らないことを伝えると、レオンさんがギョッとしたように驚く。
「……はい……すみません」
「いや、謝らなくていいんだけどさ……たしかお前の誕生日、五月の地の週の五日目だったよな……」
「え、ええと……」
今度は何かぶつぶつ言うレオンさん。
「ま、いいや。じゃあな!」
ニコニコと手を振って訓練場に入っていったレオンさん。
あの笑顔は、絶対“いい”とは思ってない……と思う。
この日の夕食の後。
部屋に戻ったわたしは改めて月影国でのことを思い出していた。
わたしの誕生日って、いつだっけ?
誰かに祝って貰ってたっけ?
というか誕生日って、誰かに祝って貰える日なの?
たしか月影国では……。
生まれた月や日に関係なく、毎年、新しい年になると同時にみんな一つずつ年を重ねる。
それで終わり。
わたしは誰かに祝われたことも、誰かを祝ったことも、一度もない。
──コンコン。
聞き慣れたノック。
誰かを確認することなく扉を開けると、やっぱりグレンが立っていた。
「グレン、どうしたの?」
「……いや……」
変なグレン。
いつもと同じはずなのに、何か変。
「…………やる」
「え?」
ずいと差し出されたのは……紙袋?
顔を近付けると、ふんわり甘い香りが鼻をくすぐる。
「グレン、これ……チョコレート?」
雨の中買ってきてくれたのかな。
紙袋が湿っていて、ところどころ濡れている。
でも、何で?
「……誕生日だっただろ」
やっぱりよくわからない。
誕生日ってチョコレートを貰える日なの?
「くれるの?」
「……ん」
「ありがと、グレン」
嬉しい。
よくわからないけど、嬉しい。
「おーい、グレン。ちゃんとプレゼント渡したか?」
そこに現れたレオンさん。
わたしが持つ紙袋をちらっと見て、グレンの胸のあたりを肘で突く。
「おまっ……こういうときは、もっと可愛い袋に入れて貰うだろ! リボン掛けて貰うとか!」
「は?」
「女の子の誕生日だぞ!?」
ええと……。
まずグレンとレオンさんの温度差がすごい。
そしてわたしは、何で誕生日にチョコレートを貰えたのか、やっぱりわからない……。
「あの……誕生日って……何かあるの……?」
「……あ?」
「……マジかよ」
──レオンさんが詳しく教えてくれた。
エイルメーアでは誕生日は特別な日。
その人が生まれた、唯一の日。
家族や友だちとお祝いして、贈り物をするんだって。
「なるほどなぁ……」
最初に口を開いたのはレオンさん。
「じゃあ、サクラの“はじめての誕生日”だな! ……もう過ぎてるけど」
レオンさんがぽそっと言うと、グレンの眉がぴくっと動いた。
「……悪かった」
「まあ、大人になりゃ誕生日なんて、何てことない日になっちまうけどな」
「そうなんですか?」
「そりゃな。大人になって祝い合うのは、家族か恋人くらいじゃね?」
「こ、恋人……」
恋人って、あれだよね……。
お互いに好きになった人……。
なんだろう、胸のあたりがざわざわする。
「ま、サクラもさ、今のうちにたーくさん祝って貰えよ!」
ほい、とわたしの手に可愛く包まれた焼き菓子を乗せて、レオンさんは行ってしまった。
残されたのはわたしとグレン。
何となく気まずい気がするけど……グレンはそうでもないのかな。
「明日だが……」
さっきレオンさん、恋人、って……。
グレンは、恋人……いるのかな。
好きな人、いるのかな。
今度は胸がモヤモヤして重くなる……。
「……おい、聞いてんのか」
「はいっ!」
「じゃあ俺が何て聞いたか、言ってみろ」
「……聞いてませんでした」
ハァ……と降ってくる溜め息。
「ったく……明日、服を買いに行くだろ。食いたいもん考えとけ」
「へ?」
食べたい、もの?
何で?
「だから、誕生日だろ」
「さっきチョコレート貰ったけど……まだ何かしてくれるの……?」
一瞬、それもほんの少しだけ、グレンの目が見開かれる。
わたし、何か変なこと言ったかな?
「……好きなもん食わしてやる」
「いいの?」
「迷子にならなきゃな」
「もうっ! 迷子なんてならないよ!」
「どうだかな」
用はこれだけだ、さっさと寝ろ、ってグレンが出て行くと、今度こそ部屋が静かになる。
明日はできるだけ可愛い服を着ていこう。
髪も念入りに梳かそう。
どうしよう、明日が楽しみで眠れそうにない。
部屋にはチョコレートの香りがまだ漂っていた。
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
サクラ、自分の誕生日を知らなかったんですね……。
グレンにたくさんお祝いして貰いましょう(笑)
ではまた次回、エイルメーアでお会いできますように。




