40. 二日後の約束
「……グレン……っ」
ドクン、ドクン、と心臓が嫌な音を立てる。
いやだ……グレンが、そんな……!
転んだら、階段から落ちたら、なんて考える余裕もなく、ひたすら一階を目指す。
「グレンっ!!」
階段を降りた勢いのまま、広間に駆け込むと。
「あ?」
「……え」
勢いよく開いた扉のすぐ目の前。
たくさんの鎧の中から、聞き慣れた低い声が降ってきた。
「何だ、急に走ってきて」
危ねぇだろ、って。
グレンが眉間にシワを寄せて。
……立ってる。
「な、何で……?」
「……」
「……」
わたしとグレン。
それぞれ別の「?」を頭の上に掲げて、少しの間見つめ合う。
何でグレン、倒れてないの?
怪我も病気も、何もないの?
どこから、何を聞いたらいいんだろう。
そのとき。
「……うーん……」
グレンと、その奥にいるみんなの足元から聞こえた声。
雨と泥でぐちゃぐちゃになった、見習い用の鎧。
周りの人のより一回りも二回りも小さいそれが、ガチャッと音を立てて起き上がる。
「お、やっと起きたな!」
「あれ……俺は……?」
「大丈夫か? 医務官呼んだから、一応診て貰え?」
はい……と頭を押さえたトビアス。
「ど……どういうこと……?」
まだ状況が理解できないわたしに、周りのみんなが笑いを堪えながら教えてくれる。
今日は朝から雨だった。
屋外訓練場で雨のときの動き方や戦い方を練習していて。
泥濘に足を取られたトビアス。
「──それでな、ズルッ! ゴンッ! だ!」
わっはははは!
最後にロンさんが大袈裟に腕を広げて話すと、広間が揺れる。
じゃあ……じゃあ……。
「グレンは……本当に、何ともない……?」
「だから、何で俺なんだよ」
「だって……! さっき聞こえたもん。起きろ、サクラが心配する、って……」
……あれ?
そういえば、あのとき……誰も“グレン”って、言ってなかった……?
「あの、さ……」
わたしの様子を見兼ねたらしい見習いの人が、遠慮がちに口を開く。
「ごめん、あれ俺が言ったんだ。お前ら仲良いみたいだからさ、ああ言えばコイツが起きるかと思って」
「え、と……」
な、何それ……。
もしかして……ううん、もしかしなくても、わたしが勝手に勘違いした、だけ……?
グレンが倒れたわけでも、怪我をしたわけでもない。
どこか遠くへ行ってしまうわけでもなくて。
「……っ」
足から勝手に力が抜ける。
「おい、馬鹿っ……!」
濡れた床にへたり込む前に、グレンの腕に支えられる。
「お、おい」
「サクラ!?」
「どうした!?」
みんなが驚いて声を掛けてくれるけど、わたしはもう、それどころじゃない。
「よ、良かったぁ……」
グレンが、無事だった。
「生きてて、良かった……」
失ってしまうかも、って思って。
ものすごく怖かった。
「ハァ……人を勝手に殺すな」
「……へへ……ごめん」
「ったく……」
まだ何がなんだかよくわからないけど、感動の再会を果たした気分。
──コンコン……
不意に広間の扉が小さくノックされる。
「あのー……お取り込み中、失礼します」
「怪我人はどこですか?」
白い長衣を着た医務官さんが二人、さっと入ってきた。
二人のうち一人は、わたしと仲良くしてくれている女の医務官さん。
わたしの方をちらっと見て、何か言いたそうにしていたけど、まずはトビアスのもとへ。
訓練場で一緒にいた人たちがトビアスを指して、転んだときのことを説明する。
「……そうでしたか。頭を強く打ったようなので、今日は安静に過ごしてください」
もう一人の医務官さんが、トビアスの様子を確認する。
「目立った怪我はありませんね。転び方がうまかったんでしょう」
「へへっ、さすが俺「安静に」……へーい」
ぴしゃりと言われて黙るトビアス。
広間にまた笑い声が響くけど、さっきよりどこか安心したような、優しい響きに聞こえる。
「ったくー、心配させんなよな!」
「また明日なー」
「ゆっくり休めよ!」
みんなトビアスに一言声を掛けてから訓練に戻っていく。
「サクラちゃん」
医務官さんに小さく手招きされる。
そういえばさっき、目が合ったんだった。
「あ、はい」
広間の端っこに行くと、医務官さんは少し周りを見て近くに誰もいないのを確認してから話し始めた。
「服、小さくなった?」
「……はい……」
「そっか。背、伸びたんだね」
いいことだよ、と笑う医務官さん。
「個人差はあるんだけどね……サクラちゃん、同じ年頃の子よりだいぶ小柄だから」
医務官さんの話を聞いていると、視界がふっと薄暗くなった。
「……また体調悪りぃのか」
「グレン……」
いつの間にかわたしのすぐ後ろに立っていた大きな影。
「あ、ウォルヴィーゼさん、少しいいですか?」
今度はグレンを部屋の隅に呼ぶ医務官さん。
……何の話をしてるんだろう。
重そうな雰囲気はないけど、グレンが眉間にシワを寄せて話を聞いている。
広間はとっくに静かになって、残っているのはわたしたち休憩中の人くらい。
二人が戻ってくるまでが、随分長く感じる。
何となく、壁に掛けられた騎士団の旗を見上げた。
臙脂色に白と黒で描かれた剣と盾。
ところどころ金糸と銀糸で施された刺繍。
王城騎士団の誇りを表してるって、前にグレンが教えてくれた。
ここに来たばかりのときは、この模様の意味なんて考えようとも思わなかった。
でも今は、この旗を見るだけでグレンたちの顔が浮かぶ。
二人の方に視線を向けると、ようやくグレンが戻ってきた。
「……服、小さいらしいな」
「え、っと……」
医務官さんの方を見ると「じゃあね」と笑顔で口だけ動かして出て行くところだった。
「たしかに袖、短くなってんな」
はじめて気付いたらしい琥珀色がわたしの手首のあたりを掠める。
裾もだよ、グレン。
そう思ったけど言えなくて、膝のあたりのスカートをきゅっと握る。
「……あと二日我慢しろ」
「え?」
「必要だろ、新しい服。明後日なら非番だ」
「で、でも……」
でも、何だよ、と琥珀色が細められる。
「でも……買って貰っても、またすぐ小さくなっちゃうし……」
「また買いに行きゃいいだろ」
当たり前のようにサラッと言って。
今のはわかった、ちゃんと。
わたし……嬉しい、って思った。
どうしよう、また顔が熱い……!
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
倒れたのはグレン……ではなく、トビアス、お前だったんかーい! と笑っていただけたら嬉しいです。
私はつっこみました、書きながら。
ちなみに今回広間で大ウケした(?)ロンさん、以前少しだけ登場したことがあるのですが……覚えている方、いらっしゃいますかね?
ではまた次回、エイルメーアでお会いできますように。




