39. ハーブティーの香り
「ねぇグレン、もういい?」
「まだだっつってんだろ」
ガルドさんに薬缶を貸して貰って、お湯を沸かす。
でも熱すぎるお湯は、ハーブティーには良くないらしい。
「そっちに湯を入れる前に、こっち、あっためとけ」
「はーい」
ええと、ハーブティーを淹れる前に、茶器をあっためるの?
「……おい、何やってんだ」
「え?」
グレンが深く溜め息をつく。
「何でティーポットを抱いてんだよ」
これ、ティーポットって呼ぶんだ。
「だってグレン、あっためとけ、って……」
「ちげーよ」
グレンはわたしの手にあったティーポットを置くと、そこに熱いお湯を入れる。
なるほど、こうしたらいいんだ。
「カップも同じ要領でやってみろ」
「わかった!」
わたしが淹れ方の基本も知らないことに気付いたらしいグレンは、茶器の一つ一つを指差して「あれをああしろ」「これをこうしろ」と教えてくれるようになった。
ティーポットに茶葉を入れるところで、ガルドさんがわたしの手元を覗き込む。
「ほぉ、こりゃ高級品だな」
「え?」
「アレンのやつに貰ったんだと」
「メルセーリオの坊か、なるほどな」
納得したように唸るガルドさん。
よくわからないけど、そんなに高いものなんだ……。
わたしが飲んでいいのかな……。
「……そろそろだな」
「え?」
グレンの言葉にハッとする。
茶葉を出したティーポットを軽く揺らすように混ぜて。
さっきのカップにゆっくり注いで、グレンを見上げる。
小さく頷くグレンを見て、カップに口をつけると……。
「……! 美味しい! グレン、すごく美味しい!」
「……そうか」
花みたいな果物みたいな甘い香りで、味はしっかり濃いのに全然苦くない。
アレンさんのところで飲んだのと同じ味だ!
「グレンも飲んでみて、ほんとに美味しいから!」
ティーポットに残ったハーブティーをカップに注いで、ずいとグレンに差し出す。
「……まあまあだな」
「もうっ!」
熱いハーブティーに何回か息を吹きかけながら、あっという間に一杯飲み終える。
「──ねぇ、グレン」
「ん?」
後片付けをして、並んで部屋へ戻る。
「あの……お金、大丈夫なのかな……」
「何がだ」
「だって、さっきのハーブティー……ガルドさん、高級品って……」
「気にすんな、寄越されたなら受け取っとけ」
「う、うん……」
二人で並んで歩くと、会話はあんまりない。
話し掛けるのは大抵わたしからで、グレンは必要なことしか聞いてこない。
でも……。
「……何ニヤけてんだ」
「……へ、えっ……ニ、ニヤけ……っ!?」
う、嘘!?
わたし、そんな変な顔してた!?
「し、してないよ! そんな顔!」
「……そーかよ」
グレンのこの顔っ!
わたしのこと揶揄った!
切れ長の琥珀色が、ほんの少しだけ細められる。
まだ初夏、しかも夜なのに、風がちっとも涼しくない……!
入団者の人たちが入って、もうすぐ三ヶ月。
みんなが言ってた通り、新人の数は少しずつ減って、最初の半分くらいになった。
夕食後。
今日もまた退団者が出たみたいで、トビアスがちょっと気落ちしてる。
「あーあ……あいつも辞めちまった……」
こういうとき、どう声を掛けたらいいんだろう……。
「トビアス……あの……元気、出して?」
「別に凹んでねぇよ、黒猫女」
もうっ。
「……ま、その程度だったっつーだけだ」
自分に言い聞かせるように、納得させるように、小さく呟く。
「騎士になるっていう覚悟、あいつにはまだできてなかったんだろ」
「……」
「俺は……俺だけは、ぜってー辞めねぇからな」
それだけ言うと、トビアスは部屋へ戻ってしまった。
トビアスは、騎士になりたくてここにいる。
このままたくさん訓練を積んで、きっと立派な騎士になるんだと思う。
グレンも騎士。
レオンさんやリカルドさんも。
みんな、この場所でやりたいことがある。
この場所にいる理由がある。
じゃあ、わたしは……?
数日後。
雨の降る、少し肌寒いある日。
わたしは気付いてしまった。
「……ワンピース……小さい……?」
グレンにはじめて買って貰った、桜色のワンピース。
きつくはないけど、腕を前に伸ばすと袖がだいぶ短い。
裾もちょっと……短すぎる、よね……?
揺れるスカートの先を少し引っ張ってみるけど、やっぱり膝が出ちゃう。
「どうしよう……」
これ、気に入ってたのに。
布を継ぎ足せばいい?
……ううん、そういうのじゃない。
アレンさんの魔法でどうにかならないかな?
……それも違う気がする。
わたし、このワンピースがいいのに。
これじゃなきゃ嫌なのに。
ワンピースとの思い出を探すように、窓の外に目を向ける。
灰色の空、ぼんやりした街並み。
濡れた窓硝子の向こうで滲んだ景色が揺らめく。
はじめて着たとき、グレンに「悪くねぇ」って言われた。
これを着て王都を歩いて、市場で買い物もした。
ずっと着ていたいと思ってたのに……。
この一年で、変わったものなんて殆どないと思っていた。
でも気付かないうちに、少しずつ大きくなっていて。
「……もう着れないのかな……」
それが嬉しいことなのか、寂しいことなのか、自分でもよくわからない。
「ずっと、着ていたかったのに……」
今日が雨でよかった。
ちょっとくらい落ち込んでいても「天気のせい」って言えるから。
そのとき。
詰め所の扉が勢いよく開く音が聞こえた。
なんだろう、何かあったのかな。
部屋の扉を開けてみると、バタバタと足音が響いてくる。
「おいおい、大丈夫か!?」
「医務官呼べ!」
「揺らすな、ここに寝かせとけ!」
誰か怪我したのかな……それか、病気?
「おーい、起きろー! サクラが心配すんぞ!」
……わたし?
胸が嫌な音を立てた。
まさか──。
倒れたのは、グレン!?
指先が一気に冷たくなって、かたかたと震える。
グレンが、倒れたの?
嘘だよね?
わたしは階段を転がるように駆け降りて、広間に走った。
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
ハーブティーっていいですよね、なんかオシャレ。
植物を乾燥させたり発酵させたりして、最初にお茶を考えついた人、すごいです。
ではまた次回、エイルメーアでお会いしましょう。




