38. 白い夜鷹
誰か、偉い人……。
長老のところの大婆さまに呼ばれて……。
いつもと違う浴衣を着た……。
桜の花弁が描かれた、可愛らしい浴衣。
冷たい風が吹き抜ける夜鷹渓谷の祭壇の上。
銀色と金色の真ん中を通って、ゆっくり上がる。
そうだ、母さまが言ってた。
月の光が濁らないために、この国を照らし続けてくれるために、必要なのよ、って……。
よくわからないけど、これで全部終わるのかな、って。
わたし、何も悪いことしてないのに、って。
ずっと思ってた。
白い夜鷹が、目の前を横切る。
「ごめんね…………」
最後に見た母さま……泣いてたなぁ……──。
真っ暗な中から時間を掛けて意識がはっきりしてくる。
ようやく目を開けると汗をかいていた。
毛布を深く被って寝たから、熱がこもったのかな。
ここは……寮の……わたしの部屋……。
寝ていたはずなのに、体がぐったり疲れて重い。
仰向けに寝転んだまま息を大きく吐いて、目を閉じる。
「……夢……?」
今のって……わたしの記憶、だよね……?
すごく悲しくて、寂しくて。
よく覚えていないはずなのに、じんわり涙が滲む。
またアレンさんに話してみよう。
入団者の人たちが騎士団に馴染み始めた頃。
外の日差しはだんだん強くなって、薄着をできる日が増えてきた。
またあのワンピース、着ようかな。
「あっという間に春も終わってしまいましたね」
いい香りのするお茶を淹れてくれたアレンさんが、わたしの座る長椅子に戻ってきた。
今わたしがいるのは魔術師塔のアレンさんのところ。
「このお茶、美味しいです」
「気に入っていただけたようで良かったです」
アレンさんの笑顔はいつも柔らかい。
こうやって一緒にお茶を飲んでいるだけで、どこか強張っていた体から力がすっと抜けていく気がする。
わたしは夢で見たことを話した。
すごく悲しくて、苦しくて、起きてからここに来るまで何度も泣きそうになったこと。
わたしが、夜鷹渓谷で……死んだのかもしれないこと……。
「……なるほど……」
顎に手を当ててしばらく黙るアレンさん。
「いくつかお聞きしたいのですが……。まずはサクラさん、“桜”をご存知なんですか?」
「え?」
どういうことだろう。
桜って、あの桜だよね?
春になると花が咲く、大きな木……。
「桜は、恐らくこのあたりで見ることはできません。生えていないんです」
……そういえば、一度も見てないかも。
「以前読んだ文献では、たしか……“日ノ出国”という国に自生している植物だと……」
大陸の西の端にあるエイルメーア。
日ノ出国があるのは地図の反対側。
東の果ての、小さな島国なんだって。
「サクラさん、この国の名前に聞き覚えはありますか?」
「……いいえ。すみません、聞いたこと、ないです……」
「そうですか……いえ、大丈夫ですよ」
何か手掛かりが掴めそうだったのに。
指の間からすり抜けてしまったみたいで悔しい。
「では次に、“浴衣”という服。これも月影国のもの、ですね?」
「はい、いつも着てました。……ええと、まだ捨ててなくて……部屋に、とってあります」
グレンに服を買って貰ってからは、それしか着てない。
はじめは違和感があったけど……。
浴衣を着ると周りから変な目で見られるし。
わたしだけ浮いちゃうし。
でも、ほんとは……それだけじゃなくて……。
「──……いいですか?」
「……え……はい……?」
どうしよう。
アレンさんの話、ちゃんと聞いてなかった。
「ふふ、お時間のあるときに、サクラさんの浴衣を見せていただきたいんです。何かわかるかどうかは、何とも言えませんが……」
アレンさんは怒らなかった。
グレンなら「聞け」って言ってくるのに。
「サクラさんのお話を聞いていると、“色”にまつわることが多いですね」
「そう、ですか?」
「……ええ、それが何か意味するのかは、まだわかりませんが」
……わからないことだらけだ。
「実は、日ノ出国については、わかっていないことがかなり多いんです」
魔術師塔から戻るとき、アレンさんが苦笑しながら教えてくれた。
日ノ出国は、はいたてき?
……他の国とあまり交流したがらないんだって。
ただ、日ノ出国には浴衣みたいな民族衣装があるらしい。
アレンさん、何でも知っててすごい……。
「このあたりでは見ない形の服なので、珍しいと思って覚えていただけですよ」
お気に入りのワンピースの裾を翻しながら、騎士団の寮へ歩く。
魔術師塔を出たところでアレンさんに貰った茶葉が、包み紙の中で軽い音を立てて揺れた。
「先程のハーブティー、気に入っていただけたようなので……少しですが差し上げます」
香草茶のこと、ハーブティーって呼ぶんだ。
また一つ勉強になった。
……ん?
でもわたし、ハーブティーの淹れ方なんて知らない。
また今度アレンさんのところに行ったときに聞いてみようかな。
「──ハーブティー?」
夜。
人の波が落ち着いてきた食堂の、グレンの隣。
いつもの席で夕食をとりながら今日のことを話す。
夢のことは詳しく話さなかった。
きっと心配かけちゃうし。
「うん、アレンさんがくれたの」
ふんわり甘く、でも不思議に香る包み紙をグレンに見せる。
「でも淹れ方がわからなくて……アレンさんに聞いてくれば良かった」
「……教えてやる」
え?
今、なんて?
「自分で淹れてぇんだろ……なら、教えてやる」
「グレン、淹れ方知ってるの?」
そんな感じしないのに。
グレン、自分でハーブティー淹れて飲むのかな?
「……何だよ、その目は」
「な、何でもない! 教えて!」
じとっとした横目で見られて、ぎくりと固まる。
ドクンと跳ねた心臓が、今度は全力で走った後みたいにバクバクと鳴る。
「あ、あの……や、やっぱり、また今度でいい!」
「……わかっ「やっぱり今日教えて!」」
「……」
「……」
わ、わたし、何言ってるんだろう……!?
自分で言ってて、意味がわからない!
わたしがわからないんだから、グレンはもっとわからないに決まってる……!
「ハァ……今日でいいのか?」
無理ならまた今度でも、と言いかけたグレンをまた遮って首を横に振る。
「きょ、今日がいい! 善は急げ、って言うし!」
声が裏返って、恥ずかしい。
「よくわかんねぇが……それなら厨房に入れ」
まだ変な目でわたしを見ているグレン。
わたしはグレンの顔を見れない。
ハーブティーの包み紙を持ってくれてる大きい手を見ながら、二人で厨房に入った。
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
タイトルの「白い夜鷹」結構気に入っております。
実際に白い夜鷹がいるのかどうかはわかりませんが……いたらカッコいいですね、きっと。
ではまた次回、エイルメーアでお会いできますように。




