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37. はじめての“先輩”


春になって、騎士団が一気に賑やかになった。


見慣れない人と廊下ですれ違うの、もう何人目だろう。


緊張で真っ青、きらきらした目、寝不足でどんより、いろんな顔の人がいる。


「──逃げるなら今のうちだぞ!」


昨日、屋外訓練場に集まった入団志望者の人たちにバルタザールさんが放った第一声が、これ。


口元はニヤリと笑ってはいたけど、目は真剣そのものだった。


その声の大きさに空気がビリビリと震える。


「悪いことは言わねぇ、覚悟の無ぇやつは帰れ!」


脅しじゃない。

これは、たくさんの命を預かるバルタザールさんの覚悟でもあるんだ。


わたしは少し離れたところでグレンの隣に立っている。


「新しく入る人、たくさんいるね」


「……毎年こんなもんだ」


期待と緊張の入り混じった雰囲気の集団を横目で見るグレン、どんな気持ちなんだろう?


「今年は何人残るかな?」

「一ヶ月持てばいい方だろ」


なんて話す先輩騎士の後ろで「ひゃー」とか「団長怖ぇー」とか笑ってるレオンさん。


あ、バルタザールさんが、レオンさんのこと見た。


……後で怒られるのかな?


「なぁグレンさん、今から剣の稽古つけてくれよ!」


バルタザールさんの挨拶が終わって、さっそく入団者の中から飛び出したトビアス。

今日も真っ先にグレンのところへ駆け寄ってきた。


「あ? 俺は今から巡回だ」


足元にまとわりつくトビアスを、うんざりし様子で引き剥がす。


「おーい、トビアス! お前もこっちだ!」


ちぇー、とむくれてたトビアスが、先輩騎士に呼ばれて飛び上がった。


入団者の人たちは次々に名前を呼ばれて十人くらいずつに分かれて、先輩騎士の後をついていく。


訓練場や建物の案内があるんだって。


わたしが厨房に戻ってしばらくすると、入団者の人たちが食堂の見学に入ってきた。


「ガルドさんの焼いた肉は絶品なんだぜ!」


得意気な顔で話すトビアス。


「それに、肉を食わないと体力つかないしな!」


……それはガルドさんの受け売りでしょ。


そのとき。

入団者の一人と目が合う。


「……子ども?」


その呟きを拾った人たちがわたしを見て、集団にざわめきが広がる。


「あんな小さい子が何でこんなところに?」

「……ガキじゃねぇかよ」

「まさかあの子も騎士か?」


わたし、騎士団に来てから少しは背が伸びたと思うんだけどなぁ。

ガルドさんの近くにいるから小さく見えるのかな?


「サクラ、堂々としてろ」


ガルドさんに小声で言われて、野菜を切る手元に視線を戻す。

堂々と、って……これでいいの?


昼の鐘が鳴って、食堂が一気に賑やかになって。


「「「うめー!!」」」


声が響いた。


「だから言っただろ!? ガルドさんの肉は絶品だって!」


ふふん、と胸を張って仁王立ちするトビアス。


「「「お前が言うなっ!」」」


どっと笑いが起こる。

いつの間にかトビアスは入団者の人たちに囲まれていた。


……すごい。

午前中の短い時間で、もうみんなと打ち解けたんだ。


「……なぁ、お前さ……」


テーブルを拭いていると、不意に声を掛けられる。

あ、さっき目が合った人だ。


「朝の団長の挨拶のときもいたよな?」


わたしがいたの、気付いてたんだ。


「お前、騎士じゃないの?」


「……え?」


バルタザールさんの挨拶のときにグレンの隣にいて。

わたしを騎士団のメンバーだと思って。

食堂の手伝いをしてるから不思議に思った、ってこと?


これは、なんて答えたらいいんだろう。


騎士団にいるけど、騎士じゃなくて。

ここで生活してるからみんなの手伝いをして。


わたしに声を掛けてきた人は意地悪そうな雰囲気じゃない。

疑問に思ったから聞いてきたんだと思う。

なのに、うまく答えられない。


「ええと……わたし、は……」


言葉に詰まった、そのとき。


「お? 随分賑やかだなぁ、ハハッ」


聞き覚えのある声が聞こえた。

騒がしかった食堂が一気に静かになる。


「お前たち、食ったらさっさと片付けろ?」


振り返ると、食堂の入り口に寄りかかる淡藤色。


「お、おい……」

「あの人、まさか……」


ひそひそ、ひそひそと声が上がり始める。


「ここの食堂は飯が出るだけの場所じゃない。使ったもんは自分で片付ける。……新人でもわかるよな?」


「「「は、はいっ!」」」


入団者の人たちが一斉に姿勢を正す。


「セオドアさん、お疲れさまです」


「おー、お疲れさまな、ハハッ」


わたしの横にすっと並んだセオドアさんに、どよめきが広がった。

ぽんと頭に軽く乗せられた手は、グレンよりも力加減されている。


「あと、こいつはサクラ。ここの大事な身内だからな、変に突いて泣かすなよ?」


身内って……なんだかくすぐったい。

胸のあたりがムズムズする。


「それにサクラはここじゃお前たちの“先輩”だ……覚えとけ?」


「「「はい!!」」」


「……わかりゃいい。じゃーな」


軽く手を振って出て行ったセオドアさん。


「お前ら、こいつはこの俺が入るより前からいるんだからな!」


もうっ、だから何でトビアスがそんなに自慢気なの。



夕方。

外が暗くなって、鐘の音が響く。

食堂にみんなが雪崩込んできて、山のようにあった料理がどんどん消えていって。


カウンターの前に入団者の人たちが一列に並んだ。


「サクラさん、ご馳走さまでした!」

「美味かったです!」

「昼飯も夕飯も最高でした!」


「え?」


「「「これからよろしくお願いします!」」」


「えええっ!?」


入団者の人たち、わたしより明らかに年上の人にまで勢いよく頭を下げられて戸惑う。


「あ、あの……食べてくれて、ありがとうございました……。あと……サクラ、でいいです、ほんとに……」


な、何でこんなことに……!?


そのとき。

わたしと入団者の人たちの間を割るように入ってきた、一際大きい影。


「あ、グレン、お帰り」


「……何の騒ぎだ」


グレンに一瞥された集団がびくりと跳ねる。


「えっとね、喧嘩じゃなくてね」


「見りゃわかる」


呆れたように息を吐いたグレンに、入団者の人たちがぴしりと背を伸ばす。


「はいはい、お前ら、飯食ったならさっさと片付けろよー」


後ろから聞こえてきたレオンさんの言葉で、食堂に賑やかさが戻っていく。


みんなの声が当たり前みたいに聞こえることに、どこか安心する。


「……グレン」


「ん?」


「なんか、いいね……こういうの」


「……そりゃ良かったな」


差し出された空のお皿を受け取って、すぐ上の琥珀色を見上げる。


「そうやって笑ってろ」


「ん? 何か言った?」


「サクラは笑った顔が一番似合う、ってさ!」


「レオンッ!!」


こうやってここに帰ってきて笑い合える日が、明日も明後日も、ずっと続きますように。


ここまで読んでくださって、ありがとうございます。

騎士団は先輩後輩、縦の序列がすごそうですね。

サクラにもトビアスにも頑張って欲しいです。

ではまた次回、エイルメーアでお会いできますように。

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