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36. 仲間


しんと静まり返った食堂。


──パン、パン、パンッ……


一丁締めのような力強い音が食堂に響く。


バルタザールさんの手の音を皮切りに、拍手の音が溢れた。

しばらく鳴っていた音がようやく静かになると、あとはいつもと同じ夕食の時間。


一つ空けられたグレンの横の席に戻る。


わたしが話してる間、少し離れた横に立っていてくれたグレンは、バルタザールさんが手を叩く少し前、先に席に戻ってきていた。


「…………良くやった」


「あ、ありがとう……」


わたし、どんな挨拶してた?

どんな顔で、何を話してた?

緊張でこれっぽっちも覚えてない……。


みんなの前からこの席まで戻るときのことですら、ふわふわして何も思い出せない。


ただ、拍手が聞こえて、挨拶が終わったんだと気付いたとき、わたしの手は結び紐を触っていた。


「いやぁ……クククっ、サクラ、いい挨拶だったな! 最高だったぜ!」


「レオンさん……ありがとうございます」


「レオン、テメェには後で話がある」


うん?

グレン、ちょっと怒ってる?


「……怒ってねぇよ」


「えっ?」


「……顔に書いてある」


グレンはすごい。

わたしが何を考えてるか、ぴったり言い当てることがある。


でも、わたしは……。



「──なぁ……」


次の日の朝。

いつも通り朝の掃除をしていると、なんだか様子のおかしいトビアスに声をかけられる。


「……昨日の挨拶、悪くなかったな。お前にしては、だけど」


「え、と……あり、がとう……?」


「ま、まぁ、グレンさんの横に立ってると、誰が喋ってもそれなりに見えるだけかもな!」


まくし立てるように言うと、トビアスは次の階の掃除に行ってしまった。


「……何だったんだろう、今の……」


変なトビアス。


掃除の後。

今日は見習いも訓練場に行って先輩騎士たちの訓練を体験するらしい。

トビアスは大丈夫かな。


やる気は人一倍だけど、体の大きさは周りよりずっと小さい。


厨房の手伝いに向かっていると、食堂と屋外訓練場を繋ぐ廊下の途中。


ガルドさんと会った。


「この時期は一気に賑やかになっていいなぁ、活気があんだろ」


どこか懐かしそうに話すガルドさん。


「さーて、今年は何人残るか……あのガキも、見ものだな」


ガルドさんも、トビアスのことはちょっと気になるらしい。


あんなに小さいうちから騎士団に入ろうとしてるんだもんね。


厨房の手伝いがいつもより少し早く終わって、昼の鐘が鳴る少し前。

訓練場から大きな声が聞こえてきた。


「ガルドさん、見て来てもいいですか?」


「おう、行ってこい!」


はじめて入る、屋外訓練場。

石造りの薄暗い廊下をぬけた先。


鉄や皮の匂いと混ざるように砂埃が舞う。


「くっそ! 何でだよ!? もう一回!」


一際大きく響く声。

男の人のものじゃない。

もっと高い、男の子の……そう、トビアスの声。


体中が砂まみれ、頬や腕にはすり傷。


相手をしているのは、リカルドさん。


砂を蹴る音が聞こえたかと思うと、木剣がぶつかる軽い音が響く。


「もうやめとけ……な?」


リカルドさんは何度も立ち上がって向かってくるトビアスを軽くいなしながら、困ったように笑う。


他の見習いの人たちは肩で息をしながら、地面に座ってその様子を見ていた。


「あいつ、すごい根性だな」


誰かがそう言うと、リカルドさんがうんうんと頷く。


「ほんとだよ、俺の末の弟も見習ってほしいくらいだ」


「何言ってんだよリカルド! お前んとこの末っ子なんて、まだ五歳だろ!?」


どこかから笑い声が上がる。


「いつまでもお袋にベッタリなんだよ、ほんとに」


リカルドさんは、弟や妹がたくさんいるみたい。


ああ、なるほど。

だから子どもの扱いがうまいんだ。


リカルドさんがわたしを抱き上げたときの、慣れたような動きを思い出す。


でも。


「わたし、もう子どもじゃないもん……」


誰にともなく呟いた声は、砂埃の中に溶けて消えた。


トビアスはそれからも果敢にリカルドさんに向かっていって、何回も転んで、ようやく昼の鐘が鳴った。


厨房に戻らなきゃ。


……だけど……。


勝手に足が動いて、トビアスの肩のあたりにしゃがみ込む。


トビアスは地面に大の字になったまま動かない。

ゼェゼェと息が切れる音だけが聞こえた。


「トビアス……大丈夫?」


「……何だよ、黒猫女……」


周りにいた見習い騎士たちは訓練用の木剣や鎧を片付けながら、視線だけをこちらに向ける。


ようやく起き上がった萌黄色と目が合う。


「つーか、俺の名前……いや、何でもない」


それだけ言うとトビアスはよろよろしながら立ち上がって、片付けに合流していった。


ちょっと休んでろよ、なんて他の人たちに言われても、トビアスが木剣をまとめる手を止めることはなかった。


あ、厨房!

早く戻らなきゃ!


食堂はもう混み始めていて、たくさんの大きな背中の隙間を縫うように厨房に入る。


「すみません、遅くなりました」


「おう、気にすんな。……いいもんは見れたか?」


いいもん、って何だろう?


うーん、と考えながらこんがり焼けた肉をお皿に乗せて、空いたお皿を洗い場へ運ぶ。


「おーい、サクラ! スープも頼むぞ!」

「パンもなくなりそうだ!」

「水差しの水、追加!」


「はーい!」


厨房と食堂をぱたぱたと走り回って、時間があっという間に過ぎていく。


考え事も、いつの間にか頭から消えていた。


しばらくして静かになった食堂。


みんな午後の訓練や巡回に出たみたい。


ゆっくり食堂を見渡して、厨房を見る。

お皿洗いを終えて、廊下の石壁を手でなぞりながら部屋に戻って。

部屋の窓を開けてルミネスタの街を眺める。


午後の日差しの中に響く街の音。


はじめは、なんとなく怖い場所だった。

騎士団のみんなの大きい背中が、遠く感じてた。


本当にここにいていいのか、わからなかった。


でも今は……。


深呼吸すると、ここでのことが頭に浮かぶ。


リカルドさんに何度転ばされても立ち上がっていたトビアス。

豪快に笑うガルドさん。

賑やかなレオンさん。

たまにアレンさんにも会いに行って。


隣には、グレンがいる。


ここが、一年過ごしたわたしの居場所。


気付けばわたしの中に、たくさんの人たちが当たり前みたいにいる。


「……わたし」


思ったことを口に出そうとすると、頬が勝手にゆるむ。

きっと今のわたし、変な顔してる。


「ここの、騎士団のみんなの、仲間なんだ」


ここまで読んでくださって、ありがとうございます。

頼れる兄貴なリカルド、結構気に入っています。

きっと長男ですよね、彼。

ではまた次回、エイルメーアでお会いできますように。

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