33. 置き手紙
はぁ……やっちゃった……。
楽しかった月光祭。
きれいだった月光祭。
途中までは順調だった。
甘い物をたくさん買って貰った。
それに白いチョコレートも。
夕食は特製スープを作って、褒められて。
そして夜勤から帰ってきたグレンは、思ったより元気そうだった。
だからわたし、可愛い服を選んだのに……。
──冬の服はちゃんとしたもん着ろ。
月光祭の少し前、グレンに連れて行って貰ったのはルミネスタの服屋さん。
市場のお店よりちゃんとしたところ。
グレンの大きさに驚きながら店員さんが持ってきてくれたのは、真っ白な毛皮がついた、見るからに上等そうな上着。
こんなの初めて見た。
「こちらはアイスパンサーの毛皮のついたコートでございます。軽いのにとてもあたたかいんですよ」
店員さんが恭しく持ってきたのを見て、わたしは困り果ててしまった。
「グ、グレン……わたし、こんなの着れないよ」
だって、ちらりと見えた札には数字がたくさん。
市場では見たことがない数が並んでる。
これって、高いってことでしょ?
わたしはグレンの手を引っ張ってお店を出て、いつもの市場の服屋さんに向かった。
エイルメーアに来てから何度も服を買っているお店。
わたしの名前や浴衣を「珍しいねぇ」とすぐに覚えてくれたおばさんが、話しを聞いて大笑いする。
「あはははっ! サクラちゃん、アイスパンサーのコートなんてお貴族様が着るもんだよ」
ほら、もうっ!
グレンを見上げるけど、どこ吹く風。
結局おばさんのお店で買って貰った別の上着を着て、夜勤後の仮眠をとったグレンと月光祭に出掛けた。
月光祭二日目の降月式。
夏の星祭りの還星式は地上から光が昇って、空に還っていくものだったけど、降月式はその逆。
空から降ってきた光が、キラキラしながらみんなに降り注いだ。
グレンの焦げ茶色の髪が、琥珀色の瞳が、優しく照らされて。
掴まった腕に、握った手に、すごく安心して。
顔が熱くて仕方なかった。
グレンにはバレてなかった、よね……?
上着の下のワンピースは少し薄手だけど、今はこれでちょうどいい。
……うん、ちょうどいい。
どうせまた滑るだろ、って寮に戻るまで繋がれた手。
グレンがゆっくり歩いてくれているおかげで転ぶ心配はなさそう。
熱くて、苦しくて、くすぐったくて。
……月光祭がずっと続けばいいのに。
次の日の朝。
いつものノックが、すごく遠い。
視界がぼんやりして、喉の奥がカラカラに渇いてる。
少しして扉が開く音がして、長い溜め息が一つ。
「……おはよ」
うっかり声を出したのがいけなかった。
グレン、あんなに長いお説教しなくてもいいのに……。
それでも額に乗せられたグレンのゴツゴツした手が気持ちよくて、また顔が熱くなるのを感じながら目を閉じた。
次に目が覚めたのは夕方。
と言ってもまだ日が短いから、きっと夕方の鐘が鳴る前。
……重い。
体が重くて、うまく動かせない。
寝返りも打てな……あれ?
本当に、やけにずっしり感じる体。
首だけ持ち上げて見ると、体の上には何枚もの毛布が重なっている。
誰が、なんて聞かなくてもわかる。
でもこんなにたくさん、どこから持ってきたんだろう。
そのとき。
一番上の毛布に何か乗っているのに気付いた。
これは、紙?
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食ったらおとなしく寝てろ
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雑に破られた紙に書かれた、意外にもきれいな字。
ベッドの横の小さい棚の上には、お椀に入ったスープと小さいパン。
まだスープから少しだけ湯気が立ってるから、ここに運ばれてまだそんなに時間は経ってなさそう。
こんなことしてくれるの、やっぱり一人しかいない。
でも、何で……?
不思議に思いながら、パンをスープに浸して一口食べる。
半分くらい食べたところで、もうお腹いっぱい。
よいしょ、と毛布をどかして廊下へ。
階段を降りて一階に近付くと、なんだかざわざわしてる。
たくさんの声が重なって、何を話してるかわからない。
「何だろう……」
何かあったのかな?
なんとなく、できるだけ足音を消して、静かに、ゆっくり歩く。
広間まで、あと少し。
「何してるんだ?」
「わぁっ!?」
背後からの言葉に肩が大きく跳ねる。
わたしの緊張感とは正反対の、のんびりした声。
前にもこんなことがあったような……。
「リ、リカルドさん……」
「ははは、前にもこうやって声掛けたことあったな」
あ、やっぱりあったんだ。
あのときは結局グレンを追い掛けて森に入ったんだよな、とリカルドさんが続ける。
そっか、あのときか。
エイルメーアに来てすぐに味わった、体調が悪いときの心細さを思い出す。
今はもうあのときみたいな不安を感じることはない、けど……。
「リカルドさん、あの……今グレンは……?」
「グレンならそこにいるけど……あー……ちょっと今立て込んでるみたいだから、先に部屋で休んでな?」
言うや否や、ふわっと視点が高くなる。
抱き上げられたんだ、と気付いたときには、わたしはリカルドさんの胸のあたりに抱かれていた。
顔の位置はリカルドさんの頭の少し上。
あまりに滑らかというか自然な動きだった。
「それにしてもサクラ、声、カッスカスだなぁ。月光祭で冷えて風邪でも引いたんだろ」
広間のざわめきがどんどん遠くなっていく。
……不思議。
リカルドさんには、グレンのときと違って顔が熱くならない。
──“答え”には、ちゃんと辿り着けますよ……それを掴むのはきっと、サクラさんの手です。
前にアレンさんに言われた言葉が、ふんわり耳の奥に聞こえた気がした。
「“答え”、って……グレン……?」
「ん? どうした?」
振り返るリカルドさんから慌てて顔を逸らす。
だってわたしの顔、また熱くなっちゃったから。
結局そのまま部屋に運ばれて、ベッドに下ろされる。
「ほら、“今度こそ”おとなしく寝てるんだぞ?」
くしゃっと頭を撫でたリカルドさんが出て行くと、部屋がしんとする。
グレンにこのこと話そうかな……ううん、話せない。
話しちゃいけない、気がする。
でも、じゃあ、わたしはどうしたら……?
ぐちゃぐちゃした頭の中をそのままにして、ベッドの上の置き手紙を読み返す。
よく見てみるとこれ、わたしが読めない字には読み仮名が振ってある。
字を何度か指でなぞって、さっき残したパンとスープの続きを食べる。
とっくに冷たくなってたけど、食べ終わるとお腹がポカポカしてきた。
体があったかくなると、自然に眠たくなってくる。
来年の月光祭は、ちゃんとあったかい服を着て行こう。
スープとパンのお礼も言おう。
このたくさんの毛布も。
あとは……。
ダメだ……。
眠くて、うまく考えられない。
あとは、春になったら。
もう少し暖かくなったら、また考えよう。
まずは、元気に、ならなきゃ……。
ぬくもりの中に沈み込んでいくように、わたしはゆっくり目を閉じた。
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
グレンもサクラも、来年こそは……ね。
ではまた次回、エイルメーアでお会いできますように。




