32. 厄介な拾いモノと光の夜(グレン視点)
また“俺”視点、ってか?
……放っとけ。
誰だ、と聞かなくてもわかる細いノック。
「ったく……」
待ってらんねぇのか、アイツは。
それでもどんな顔で扉を叩いているかは想像がつく。
──コンコココンッ……
今行く、と返事をする前に重なる音。
「……おい」
──ココンココンコンコンッ……
このノックは……。
「うるせーぞレオン」
「ハハハッ、何だよ、すぐバレちまったなぁ」
無遠慮に開いた扉の向こうから、何の悪びれもなくレオンが顔を出す。
「サクラがあんまりにも楽しみにしてるみたいだからさ、一緒に迎えに来てやったぜ」
嬉しいだろ、と調子に乗るレオンに舌打ちを一つ。
肝心のサクラはレオンの陰から顔を覗かせると、おどおどしながら俺とレオンを交互に見る。
「あの、グレン……大丈夫?」
次いで向けられる心配気な目は、俺に対してなのか、それとも祭りに行けなくなるかもしれねぇことに対してなのか。
つーか、今朝の自慢気な顔はどこいった。
心配するなら俺の疲れより夜勤者の腹に対してだろ。
「……大丈夫だ、今行くから下で待ってろ」
「ほらサクラ、行くぞ?」
「え?」
レオンに呼ばれたサクラがキョトンとした顔になる。
ここで待ってるつもりだったんだろう。
「グレンが履いてなかったらどうする? ……“下”」
コソッとサクラに耳打ちするレオンが、ニヤついた目を俺に向ける。
コイツ……っ。
一拍置いて意味を理解したサクラが顔を真っ赤にして、俺から勢い良く目を逸した。
「え、あ……は、裸!? グレンって、脱いで寝てるんですか……!?」
脱いでるわけねーだろ。
何でお前も信じてんだよ。
秘密話をするようにレオンの耳元で話すサクラ。
だがちっとも小声になってねぇ。
動揺してるのが丸わかりだ。
「うるせー! さっさと下に行ってろ!」
わたわたと慌てた様子のサクラが、大笑いするレオンに手を引かれて部屋から出て行くと、ようやく俺一人になった。
ンっとに……レオンの野郎、覚えとけよ……!
上着を着て広間に下りるとレオンはもうどこかに姿を消した後だった。
窓からは、俺が寝ている間に降ったであろう雪で地面が白くなっているのが見える。
まだ鈍色の空だが、あれだけ雲が高けりゃもう雪は降らねぇだろう。
で、残されたサクラは……今度はリカルドの陰か。
相変わらず隠れる気があるのかないのか、鎧の後ろで小さい影が踊るように揺れる。
「おい、行くぞ」
「……もう怒ってない?」
「ハァ……怒ってねぇよ」
あんなのでいちいち怒ってられるか。
「ほんとに? よかったぁ」
ちらりと顔を覗かせたサクラが軽い足取りで出てくる。
この切り替えの早さはどこで身に付けたんだ。
それにしても。
「おい。外、寒みぃだろ。ズボン履いてこい」
何でコイツはこんなに薄着なんだ。
マフラーこそ巻いているが、着ているワンピースの生地は薄手。
長いブーツを履いてるとは言え、こんな服じゃ寒さを凌げない。
「え、やだよ、それじゃ可愛くないもん」
何だよ可愛くないって。
「それじゃ冷える。せめて厚い生地のにしろ」
「少しくらいなら平気だよ」
いつまでも交わらない平行線に石を投げたのはリカルドの笑い声だった。
「いや、悪い。何て言うか、親子の会話みたいだな、今の。あんまり口煩い親父は娘に嫌われるぞ?」
くつくつと笑いを堪えながら話すリカルドに、なぜか俺より先にサクラが食って掛かる。
「グレンはお父さんじゃないです、リカルドさん! グレンは……グレンは、わたしの……」
結局、尻すぼみに消えた言葉の先が出てくることはなかった。
「ったく……風邪引くなよ」
「うん!」
この元気な返事に相応しい食欲で、祭り会場に出たサクラはまた甘い物を食い漁る。
何度も思うが。
ほんとにコイツの腹はどうなってんだ。
月光祭二日目、夕方の鐘が鳴る。
雲の切れ間から顔を出した二つの月。
日はとっくに沈んだが、祭りの光があるから大して暗さは感じない。
夏の星祭りの二日目同様、噴水広場は祭り一番の目玉を見ようと集まった観光客たちでごった返していた。
「……はぐれんなよ」
「わ、わかっ……あっ」
人波に流されそうになる体を支えると、細っこい腕でしがみついてくる。
「あ、ありがと、グレン」
冷たい風に晒された頬や鼻が赤い。
やっぱり無理にでも厚着させるべきだったか。
……いや、どうせ顔は寒みぃか。
「あのね、グレン、このマフラーすごくあったかいよ」
顔の下半分をマフラーに埋めながら見上げてくるサクラ。
「わっ!?」
「っぶねぇな……」
今度は雪で滑って転びそうになるのを支える。
「ご、ごめんね、ありがとう、グレン」
「汚したくねぇなら気を付けろ……気に入ってんだろ、その服」
寒くなり始めた頃に買ってやった冬服。
こんな薄っぺらいのやめとけっつったのに「これが可愛い」とか言って譲らなかったやつだ。
驚いた顔の、黒い瞳が俺を映した瞬間。
街中を照らしていた月光祭の飾りが一斉に光を失う。
「……え……?」
周囲の期待に溢れたざわめきとは違い、不安げに周りを見渡したサクラが俺にしがみつく手に力を込めた。
サクラは今でもときどき、こういう目を俺に向けてくることがある。
迷子になったガキが縋るときのような、何か途方もない不安に駆られたときのような目。
ったく、今更何が心配なんだよ。
大丈夫だ、と視線をやろうとすると、空から光が降ってきた。
光珠より小さい、白銀の光。
薄い軌跡を残しながら、広場に、ルミネスタの街全体に迷いなく降ってくる。
「すごい……光が降ってる……」
目を大きく見開きながら空を見上げて呟くサクラ。
降ってきた光は人の髪や肩に当たると小さく跳ねて、その瞬間だけ影が淡く光る。
──月の光は、誰にも平等に降りますから。
そういや、いつだったかコイツが俺を追い掛けて森まで来た帰りに、アレンが言ってたな。
──それを受け取ったと気付けるかどうかは、その人次第ですが。
ま、この様子じゃ、少なくともサクラはちゃんと受け取ってんだろ。
サクラが光の粒を掬うように手を伸ばす。
「見てグレン、光、手の中に入ったよ」
なぜか泣きそうな顔で笑うコイツの顔が、一瞬あの夢の女と被ったのは、気のせいだと思うことにした。
「すごかったね」
「きれいだったね」
「わたし、あんなの初めて見た」
興奮したのか、やけに口数の多いサクラに一日目と同じ白豆のスープを買って飲ませながら、寮への道を歩く。
翌朝。
案の定風邪を引いたサクラに思わず説教垂れちまったのは不可抗力だ。
ったく、この馬鹿が。
来年は誰が何と言おうと薄着なんかさせねーからな。
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
初の“二週連続グレン視点”でした。
グレン、いろいろお疲れさま(笑)
ではまた次回、エイルメーアでお会いできますように。




