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31. 厄介な拾いモノの特製スープ(グレン視点)


月光祭が近付くとサクラは目に見えて待ち遠しそうに過ごすことが増えた。


少し前に変な夢を見たとかで挙動不審になってたが、それもいつの間にか直ってる。

祭りってのはすげぇな。


で、セオドア隊長の“粋な”計らいの結果、月光祭初日の俺の勤務は夜勤。


何だよ、昼間サクラを祭りに連れてけってか。


ったく……もともとそのつもりだったっつの。


祭りが始まると小走りで俺の前を行くサクラ。

その目には、非日常への緊張も、見慣れない人間の多さへの警戒もない。

黒目がちなその目に、月光祭の飾りが大きく映ってキラキラと揺れる。


食いたがった白パンを買ってやると、案の定ジャムの酸っぱさにやられてる。


百面相なサクラを見ながら、騎士団の人間として、保護者として言っとかなきゃならねぇことがある。


サクラのやつ、今朝はあろうことか国王の挨拶のときに立ったまま船を漕ぎやがった。

何度か頭を小突いて起こしたが、さすがに肝が冷えた。


保護責任者は俺だが、名目上は騎士団で保護したことになってるサクラ。

“王城騎士団”の人間が、“国王”の挨拶中に居眠り。

ありえねぇ。


それでも俺の話を真剣な顔で聞いて、言いたいことを理解したらしいサクラは素直に謝ってきた。


へこんだかと思ったらやけに立ち直るのが早かったが……まぁ大丈夫だろ。


そこから先は食い歩き。

ったく、あいつの腹はどうなってんだ。


透き通った飴、夏にも食った一角兎の串焼き、白い豆を砂糖水で煮たスープ、焼いたルミの実、砂糖で白くコーティングされた堅果、それから練乳で甘みをつけた牛乳と、一口大の焼き菓子を三つ……あとはもう数えるのを諦めた。

見てる俺の方が胸焼けしてくる。


ときどき「グレンに半分あげる」とか言って半ば強制的に俺に食わせようとするのは、いろんな種類のモンを食いてぇからだろう。


さすがにチョコレートを勧めてくることはなかったが。


──もし好きになったら、一緒に食べようね。


こういうときのサクラは、俺がどう答えようと、自分の都合のいいように解釈することが多い。


ま、ガキの口約束なんて、そんなもんだろ。



夕方。

日没とともに一気に気温が下がる。


今回の夜勤で見習いのジェイと警備にあたるのは、夏の星祭り最終日に担当した酒場の前。


大通りに面した酒場近くは風がよく抜ける。

魔石を多めに持つようにジェイに言いながら、苦いような、背中を小さく刺されたような、何とも言えない記憶を頭の隅に追いやる。


さっと夕飯を食って外に出ようと食堂に入る。

……何だ、この雰囲気。


ジェイや他の夜勤のやつらが固まってる……いや、やけにゆっくり夕飯を食ってる。


そしてその様子を、笑いを堪えながら遠目に眺める他のやつら。


「あ、グレン!」


俺の姿を見つけたサクラが得意顔で差し出してきたのは、一杯のスープ。


「今から夜勤だよね、はいこれ」


……飲んでみてわかった。

詳しくは言わねぇ。


ただ、死ぬかと思った。


どうにか椀を煽って飲み干して、軽く汗をかきながら外へ出る。


雲一つない星空。

東西の一番離れたところにあった二つの月が少しずつ近付いていく。

髪を揺らす風を今から憎くすら感じるだろうが、このときばかりはその冷たさが心地良かった。


時折道案内を頼まれるジェイたちを横目に、酒場を中心に目を光らせる。


ふと顔を上げると、どこかから風に乗って白いモンが降ってきた。


アイツはもう寝てる時間か。

毛布を蹴り飛ばしてなきゃいいが。


大声を出す酔っ払いを視線で諌めながら、遠目に見上げた騎士団寮。

窓から見える灯りが最低限になった頃、その向こうで光珠だか星だかが光った気がした。



今回の夜勤は大きなトラブルなく朝を迎えた。

すぐに雪が止んだのも含めて運が良かった。


どっちかと言えばおかしいのは俺の方だ。

正確には俺の持ってる魔石。


いくら鍛えてる騎士でも真冬の外に、しかも雪の舞う中、夜通し突っ立ってりゃ冷える。

そのために支給される火の魔石が、温かすぎる。


何だこれ、鎧の中に入れてるだけで冷えを感じさせねぇ魔石なんざ聞いたことがねぇ。


「グ、ググ、グレン、さん……何で、そんな……へ、平気、そう……なん、すか」

「おま、な、何だよ……さ、寒くねぇのかよ?」

「か、か体中、に、魔石、縫い付けてんのか!?」


魔石の効果が強かったのは俺だけだったのか、ジェイや他のやつらは死にそうな顔でガタガタ震えてる。


「……さあな」


俺だってわかんねぇ。


午前担当のやつらと交代して食堂に入ると、サクラがパッとこっちを見て駆け寄って来る。


いくら魔石の効果が強かったとは言え、一晩外にいた体だ。


俺が距離を取ったのに気付いたサクラの顔が一瞬曇った……かと思うとジェイの言葉でまた晴れていく。

ンの野郎、余計なこと言いやがって……。


ころころと変わるサクラの表情。

今度は自慢気な顔で話し始める。


「このスープね、わたしが作ったの」


当たり前だ。

お前以外に誰があんなモン作るんだよ。


だが今朝のはガルドが手を加えたらしい。

無意識に入ってた肩の力が抜けるのを感じながら、なみなみと椀に注がれたスープを飲む。


「悪くねぇ」


また余計なことを言いかけるジェイ。

ンの野郎、いい加減黙って食え。


祭り明けに扱くぞ、と心の中で悪態をつきながら、さして眠くもない目を閉じる。



──妙な夢を見た。


どこかの森の中。

やけに寒々しく感じるのは、その森の景色や空が冬のものだからか。


ちらちらと舞う雪の中に浮いてるのは……光珠か。

つーことは、ここはエイルメーア……?


それにしても見慣れねぇ森だ。


……いや、違う。


見覚えがありそうなのに、初めて見る森。


この地形も、木の位置も知ってる。

知ってるのに、何か違う。


その中を、人目を忍ぶようにして歩いてきた人影にぎくりとした。


あれは……いや、別人だ。

サクラじゃねぇ。


サクラとは違う、でもどこか面影のある黒髪の女が何かから逃げるように、何度も後ろを振り返りながら進む。


木の根に足をとられながら辿り着いた場所で、女を待つように立つ一人の男が腕を広げる。


「……ソル……」

「ヒナ……もう……一緒に……」


泣きそうだった女の目が大きく見開かれる。

(まなじり)に涙を浮かべた笑顔を見て、なぜかひどく安心した。


女の瞳は、冬の夜空を射抜く、澄んだ金色。


二人の影が重なると同時に景色が歪んで溶ける。


……いくら夢とは言え、何を見せられてんだ、俺は。


ハァ……何だよこれ、意味わかん、ねぇ……。



誰に起こされるでもなく自然に目が開く。


窓の外に目をやると、青かった空が明るさを落とした白に近付いてきている。

まだ夕暮れまでには時間があるが、それでも寒くなってきてるだろう。


午後の鐘の音が響くのが、やけに遠く感じた。


──コンコンコン……


ここまで読んでくださって、ありがとうございます。

はい、久し振りのグレン視点でした。

月光祭のキラキラが伝わってくれたら嬉しいです。

ではまた次回、エイルメーアでお会いできますように。

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