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30. 特製スープ


グレンはお昼ごはんを食べると部屋に戻って行った。

夕方まで仮眠を取るんだって。


気付けば外はあっという間に薄暗くなって、そのまま日が暮れてしまった。

それでも街は白や銀の光に彩られていて、なんだか神聖な雰囲気。


夕方の鐘が鳴る少し前に起きてきたグレンはもう鎧を着ている。


夜勤のグレンが少しでもあったまれるように。

外の寒さに負けないように。


スープに入れる香辛料を増やしてみた。


ガルドさんが「寒いときはこれを多めに」って言ってたもん。


グレンたち夜勤の人だけに、ガルドさんが作ったスープを別の鍋に取り分けて、さらに香辛料を追加した“特製スープ”を用意した。


「はい、どうぞ、体があったまる特製スープです!」


夕食のときに飲んだ人たちが固まってたのを見てちょっと得意な気分になったのは、ここだけの話。

そんなに美味しかったなら、他の人たちにも同じスープを出してあげれば良かったなぁ。


「グレン、夜勤いってらっしゃい」


「…………おう」


何か言いかけたグレンは、結局何も言わずに外へ行ってしまった。


食堂の入り口でグレンを見送って、お皿を洗ったらシャワーへ。


月影国にいたときは、こんな贅沢できなかった。

暖かいときは桶に入れた水を浴びて、冬は寒いから固く絞った手拭いで何日かに一度体を拭くだけ。


エイルメーアに来てからは毎日シャワーを浴びられる。

寒くなってからはお湯を熱めにもできる。


こんなに恵まれた生活、罰が当たらないのかなぁ。


そんなことを考えながら部屋へ戻る途中、ふと廊下の窓に目をやる。


雪だ……。


空からゆっくり不規則に落ちてくる粉のような雪は、月光祭の光を受けてキラキラと輝く。


「……きれい」


ぽろっと、自然に言葉が出る。

こっちの雪は寂しさを含んでいない。

白の中にいろんな色や光が入っているから。


でも。


「グレン、寒くないといいな……」


明日の朝、また特製スープを作ろう。

今度はもっと香辛料を増やしてみようかな。


顎のあたりまで毛布を被って、祈るように窓の外を眺めながら目を閉じる。


「無事に、帰ってきますように」



次の日の朝はグレンのノックもないのにいつもより早く目が覚めた。


日の出にはまだまだ時間が掛かりそう。

真っ暗なはずの外は月光祭のおかげで明るいけど。


夏祭りのときは感じなかったけど、こうして一晩中、それも三日間も王都全体を照らし続ける魔法って、やっぱりすごい。


ベッドから下りてひんやりする空気に体を震わせながら厨房へ行くと、もうガルドさんがいた。


「おはようございます、ガルドさん」


「おう、サクラ、もう起きたのか」


ガルドさんって、いつ寝てるんだろう……?


「グレンがもうすぐ帰ってくるので、またスープを作ろうかと思って」


そりゃ名案だ! と笑いながら、わたしが大鍋のスープを別の鍋に取るのを眺めるガルドさんの顔が、だんだん強張っていく。


「……おい、サクラ……お前それ……どうすんだ?」


「はい? 体があったまるように、いっぱい入れようかと……」


「そりゃ入れ過ぎだろ」


わたしの手にあるのは赤くて細長いのが五本と、黄土色のころんとしたものが三つ。


「昨日はこっちを二本と、これを一つ入れたんです。寒いところから帰ってくるから、増やそうかなって」


「悪りぃことは言わねぇ、やめとけ」


ガルドさんの声と顔は真剣そのもの。


結局赤いのを一本と黄土色のを半分使うことにした。


昨日より少ないけど、大丈夫かな……。


そうして朝の鐘が鳴って少しした頃、グレンが戻ってきた。

少し遅れて入ってくるのは見習いのジェイさん。


「グレン! お帰り!」


ん、と相変わらず短く応えるグレンは、わたしからさり気なく距離を取る。


「……どうしたの、グレン?」


「グレ、グレンさんは、一晩中、そ、外にいて、冷え切ってるか、ら、サクラ、ちゃんまで、ひ、冷やしちゃ悪い、と、思ったんじゃ、ないかな?」


無言のグレンに代わってジェイさんが答える。

震えて途切れ途切れになる声から、外の寒さが伝わってくる。


今回の夜勤はおっきい人コンビだったんだ。


静かに横目で睨まれたのに気付いているのか、気付いていないのか、ジェイさんは困ったような笑顔で続ける。


「それにしても、寒かったっすね」


ジェイさんはいつも丸い背中をさらに丸めて、冷えた手を何度も息で温めている。

銀色の鎧は冷えて白っぽいし、ジェイさんの耳や鼻は真っ赤。


でもグレンの鎧は、いつもと同じ……?

耳が少し赤く見えるけど。


「グレンは寒くなかったの?」


「……いつもより魔石の力が強かったからな」


魔石って……魔力のある石、だよね?


グレンにしては説明がわかりにくい。

魔石が強いって何だろう?


「月光祭みたいに寒い中、長時間外にいるときはさ、支給される火の魔石を何個か持って出るんだよ」


ほら、とジェイさんが懐から赤い石を出してわたしに持たせてくれる。

声の震えは収まってきたみたい。


たしかに石は温かいけど、これだけで外の寒さを凌げるものなの?

騎士団の鍛え方すごい……。


ちょっと感動していると、スッと別の手が魔石を差し出す。


「あったかい!」


グレンが使っていた魔石の温かさは、圧倒的だった。

石そのものの温かさもあるし、なんだか持っているだけで体全体がぽかぽかしてくる。


俺も持ってみたい、と目をキラキラさせているジェイさんに魔石を渡す。


「すごいっすね! グレンさん、これ当たりですよ!」


石に当たりハズレがあるんだ?


「本来ならただの魔石がここまで強い効果を出す事はまずない」


わたしの顔を見たグレンが教えてくれる。


じゃあこれは運が良かったってこと?

きっと神様がグレンを守ってくれたんだ、良かった。


それから椅子に座って鎧の胸当てを取った二人に特製スープを出す。


「このスープね、わたしが作ったの」


ぴしりと固まった二人が、ゆっくり、ゆっくり口に運ぶ。


「昨日のはわたし一人で、今朝のはガルドさんが少し教えてくれて……」


あ、体の力が抜けたみたい。


「美味い! サクラちゃん、すごく美味い!」


目を輝かせるジェイさんの隣で静かに食べるグレン。


「……悪くねぇ」


「ほんと!?」


「ほんと美味いよ、俺は昨日のより「どっちも美味かった」」


何か言いかけたジェイさんにグレンが言葉を被せた。


朝ごはんを食べ終わると二人はシャワーへ。


月光祭二日目。

昨日夜勤だったグレンは今日は休み。


今日もよく晴れていて、そのぶん空気が冷たい。


グレンは午後の鐘まで休んで、夕方からまた月光祭に連れて行ってくれるんだって!


早く夕方にならないかな。

今度はどんな素敵なものがあるんだろう。


あったかくて、可愛い服を着ていこう。

どの服がいいかな、何色のにしようかな。

あのマフラーも勿論巻いていこう。


ぽかぽかした気分のわたしは、軽い足取りで自分の部屋へ走った。


ここまで読んでくださって、ありがとうございます。

エイルメーアはまだ冬真っ只中ですが、寒くなり過ぎない冬を目指したいと思います(笑)

ではまた次回、エイルメーアでお会いできますように。

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