28. 変な夢
夕食の後、グレンの部屋の窓から景色を──ルミネスタの街並みを眺める。
日が完全に落ちたはず。
なのに街は人や魔術師団のおかげでどんどん白や銀に染まって、光を纏っていく。
「綺麗だね、ルミネスタの景色」
「……そうだな」
「いい名前だね、ルミネスタって」
「……お前な」
「いいでしょ、この街の名前を知れて嬉しかったんだもん」
「……悪かった」
初めてグレンを言い負かした気分で、ちょっと楽しい。
でも嬉しかったのは本当。
また一歩、この世界に馴染めた気がする。
──ルミネスタって名前さ、長げぇじゃん?
たしかに俺たちも“王都”としか呼んでなかったよなぁ……。
市場でのレオンさんの言葉を思い出しながら、紙にペンを走らせる。
市場でガルドさんに教えて貰った材料の目利き。
大切なところは覚えたつもりだけど、どうかな?
・えらぶもの
いろがこくて、つやがある
(るみのみはきいろいほうがいい)
・やさい、くだもの
おもいもの
(でもひとりではかわない)
・にく、さかな
みがしまってる
(しるがでていないもの)
・けいけんとかんがたいせつ
字の確認のため、グレンに紙を見せる。
「……ん、合ってる」
「やった!」
「つーか……この最後のもガルドが言ってたのか」
「うん、そうだよ? 何か変なこと書いてあった?」
「……いや……」
何だろう……変なグレン。
それにしても。
「ねぇグレン、なんか寒いね」
「あー、雪でも降んだろ」
エイルメーアにも雪があるんだ。
「雪が降っても月光祭はやるの? 楽しい? どんなもの売ってるの?」
「……風邪引いてなけりゃ連れてってやる」
「ほんと!? ありがとうグレン!」
──この日の夜、不思議な夢を見た。
小さい女の子が雪の中を一人で歩いている。
五歳くらいかな。
あの子は、もしかして……。
周りにあるのは葉のない木立。
女の子の目から零れた涙が浴衣を濡らしては冷えていく。
空と雪の白、木立と女の子の黒。
色は、それだけ。
やがて遠くに見えてきた竹林の中をよろよろと、でも迷いなく進む。
しばらく歩いて着いたのは、女の子の装いに似合わない豪奢な屋敷、の隣の粗末な小屋。
中には小さな囲炉裏。
女の子は何か呟いて、消えそうになっている火に当たりながら目を閉じた。
思わず手を伸ばしかけた、そのとき。
「あ……っ!?」
酷い吹雪に遭ったように急に目の前が真っ白になり、驚いて両腕で顔を覆う。
少しして腕をどけると、景色が変わっていた。
緑の中に光が踊る、豊かな森。
これは……光珠……?
木漏れ日からはあたたかさが伝わってくる。
目の前を歩くのは先程より成長した女の子。
なぜか二人が“同じ女の子”だとわかった。
今のわたしよりも年上になっていて、浴衣ではなくワンピースを着ている。
膝下で揺れる白い裾。
黒い髪も背中のあたりまで伸びている。
そのとき、彼女の顔が、花が咲いたように明るくなった。
何かを見つけて走り出した、その先。
柔らかそうな薄茶色の髪。
遠くからでもわかる、澄んだ琥珀色の瞳。
どこかグレンに似ている気がするけど、違う人だ。
雰囲気がグレンより柔らかいし、背も少しだけ小さい気がする。
そして何より、眉間のシワがない。
駆け寄った女の子を、大きな体がしっかりと抱きとめる。
繋がれた手が、指が、優しく絡む。
二人の影がゆっくりと重なって、溶ける……。
その瞬間。
愛しそうに女の子を見つめる琥珀色と目が合った──と思ったら、それはグレンの目だった。
何見てんだ、とでも言うように、切れ長の目が細められる。
「ふわぁぁぁあっ!?」
ベッドから飛び起きると、空はまだ真っ暗。
街は昨日より白い輝きを増しているみたい。
「っな、何……今の……!?」
変な汗をかいちゃった。
喉がからからに渇いている。
さっきの……夢、だよね……?
雪の中、一人でいた女の子が寂しそうで。
何か声を掛けてあげなきゃって思って。
そしたら、あの子の向こうに、男の人がいて。
女の子は幸せそうに笑って。
男の人も優しく笑って。
でも、それは実はグレンで……。
と、とんでもないものを見てしまった……!
いや、夢なんだけど、それでもなんだか落ち着かない。
ドッドッと心臓が大きく鳴る。
部屋はしんと冷えているはずなのに、顔が熱い。
グレンが起こしに来るまで、まだ時間がありそう。
うん、もう少し寝よう。
大きく深呼吸して、頭まで毛布を被る。
体をきゅっと丸めて、目をきつく閉じる。
あれは夢、あれは夢、あれは……。
「……眠れ、ない……」
どれだけ目を瞑っても、体の向きを変えても、さっきの光景が瞼の裏側に焼き付いたみたいに離れない。
それでもベッドに体を横たえて、ようやく眠くなりかけた頃、いつものノックが鳴った。
「お、はよ、グレン」
「……何だその顔」
「ちょっとね、変な夢見ちゃった……」
少しの間の後、グレンの大きな手がぽんと頭に乗せられる。
「う、わぁっ!?」
きょとんとしたグレンがわたしを見下ろす。
今一瞬、あの夢の中の手とグレンの手が重なった。
大きくて、あったかくて、優しい手。
でも、そんなこと言えない。
絶対に言えない。
「……何だ、急にデカい声出して」
「な、ななっ、何でもない!」
ワケわかんねぇやつだな、とブツブツ言いながら階段を降りていくグレンの後ろ姿を眺める。
あれはただの夢じゃない。
この不思議な胸のざわめきが何を意味するのか、わたしはまだ知らなかった。
この日から何となくうまく眠れなくなったわたしは、寝不足のまま初めての月光祭を迎えることになってしまった。
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
サクラが見た夢、意味深ですね(笑)
何か深い意味があるのか、無いのか……。
ではまた次回、エイルメーアでお会いできますように。




