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27. 王都ルミネスタ


朝露が白いものに変わり始める頃。

エイルメーアの空は今日も高く澄んでいる。


朝日が昇るのがだいぶ遅くなった。


わたしの部屋からの景色は大半が王都の街並みで、その奥に東の森が見える。


グレンと出会った場所。


少し前と違うのは、森の色。

豊かな暖色を纏っていた木は、葉っぱが落ちて物寂しい雰囲気。

葉っぱが落ちずに緑色のままの木もあるけど、それは森のずっと奥の方。


月影国の冬は……竹林に薄く雪が積もって……。

山は色を失った水墨画みたいで。

囲炉裏の火は最低限……。


「──お前は、光を宿していないから……」


耳元で声が聞こえた気がして、ハッと顔を上げる。


今の、声は……?


周りを見渡すけど、誰もいない。

窓の外で光珠が小さく光って、空に消えた。


──コンコン。


いつものノックに心が跳ねる。


「おはよ、グレン」


「……起きてたのか」


「わたしだって、たまには早起きするんだよ」


ふふんと笑ってみせると、グレンは無言で片眉を上げただけで朝の訓練に行ってしまった。


冷たい水で雑巾を絞って寮の窓を拭いていると、外の訓練場の方から剣の音が聞こえてくる。


この中にグレンの剣の音も混ざってるのかな……。

グレンはどんな風に剣を振るんだろう……。


前にバルタザールさんが「たまにゃ訓練場に見に来てもいいぞ」なんて言ってくれたけど……暖かい季節になったらにしよう。


寮の掃除が終わったら厨房の手伝いをして、あっという間に昼の鐘。


「サクラ、この後時間あるか?」


皿洗いをしながらガルドさんに聞かれる。


「ありますけど……どうしたんですか?」


「これが終わったら、一緒に市場行ってみるか?」


え、ガルドさんと市場?


「材料の目利き、そろそろ教えてやろうかと思ってな」


ニッと笑うガルドさん。


わたしが力仕事が多い厨房の手伝いを続けていられるのは、ガルドさんのおかげ。

ガルドさんがわたしには何ができるかを考えてくれているから。


でも、わたしにできることが増えるなら……。


「行きます、市場! 材料の見方、教えてください!」


「よし、いい返事だ。着替えたら裏口に来い」


急いで泡を流して着替えに向かう。


どうしよう、すごくわくわくする。

自分にできることが増えるのって、誰かの役に立てるって、こんなに楽しいんだ。


いつものピンクのワンピースはこの前着ちゃったから、今日は別の。


落ち着いた色のにしよう。

だってわたし、今“仕事中”だもん。


ちょっと大人になった気分で、白いチュニックの上に草色の袖なしワンピースを重ねる。


……こうして着てみると、思ってたより似合うかも。

それに大人っぽい。


グレンが見たら何て言うかな、なんて考えながら厨房への階段を降りる。


午後の鐘が鳴ってまだそんなに時間が経ってないはずなのに、王都の街は夕日に近い薄い橙色に染まりかけている。


そういえば「冬になると日が落ちるのが早くなる」って誰か言ってたなぁ。


ガルドさんの後ろを小走りで追い掛けながら街の中を進む。


「いいか、サクラ。食材は基本的に色が鮮やかで艶のあるのを選べ。野菜や果物ならずっしり重いもん、肉や魚なら身の締まったもんだ。それから──」


しっかり覚えて、後で紙に書いておこう。


「ま、あとは経験と勘だな!」 


豪快に笑ったガルドさんは、手に持った二つのルミの実をわたしに見せる。


「どっちが食べ頃かわかるか?」


ガルドさんの右手には赤に近い橙色のもので艶々している。

左手に持っているものは艶のない、くすんだ黄色。


さっきのガルドさんの話しだと、右の橙色の方が鮮やかで美味しいことになる。


……でも……。


「……こっち、だと思います」


わたしが選んだのは、左側。


だって、前にグレンが買ってくれたのは、こっちの色の実だったもん。


「ほう…………正解だ、よくわかったな!」


ほっと一息。


「ハッハ! 意地悪な質問だったな。このルミの実みたいに、物によっては艶が消えてる方が食べ頃のこともある」


ちなみに、干したルミの実は騎士が携帯食として持ち歩くこともあるらしい。


……あれ?

前にわたしが草原で貰った干し果物って、もしかしてルミの実だったのかな?


「よし、じゃあ俺は先に戻るぞ」


「えっ?」


ガ、ガルドさん、わたしは!?


くるっと寮の方へ歩き出すガルドさんを慌てて追い掛けようとすると、街の雰囲気が何か違う……。


さっきよりだいぶ濃くなった橙色の風景に溶け込む、透き通った白。


薄く白い布が街の人たちの手で建物の窓から窓へと渡されて、風に柔らかく揺れる。


植え込みの木も白い布や銀色のリボンで飾り付けられている。


いつの間に……全然気付かなかった。

というか、この飾り付けは何だろう……?


つい足を止めて見上げれば、飾り付けの正体が気になって仕方ない。


そのとき──。


橙色を背負うようにこちらへ向かってくる影。


誰かなんて、言わなくてもわかる。


「グレン、お帰りなさい!」


「お前……こんなところで何してんだ」


まさか一人で来たのか、と軽く睨まれる。


「あのね、ガルドさんと来て……」


慌てて事情を説明すると、それでもやっぱりグレンは怪訝そうな顔をしていた。


「それよりもさ。サクラさっき、何を真剣に見てたんだ?」


物珍しいもんあったか? とレオンさんが街を見渡す。


「ええと、この白い布とか、飾り……」


「あー、そっか。サクラは“月光祭(げっこうさい)”、初めてだもんな!」


「月光祭?」


「……夏の星祭りと並ぶ、ルミネスタの二大祭りの一つだ」


「ルミネスタ?」


「「…………」」


……あれ?

なんだか、空気が固まった……?


「サクラ、お前……もしかして、いや、もしかしなくても王都の名前、知らなかったのか!?」


嘘だろ!? と言いながらレオンさんの視線がグレンとわたしを行ったり来たり。

グレンは一瞬眉間に力が入って、何となく目が泳いでる気がする。


「え、あ……はい……すみません……」


「いや! サクラは悪くねぇよ! 国の中心、しかも今住んでる街の名前を教えなかったコイツが悪りぃ!」


「……当たり前過ぎて教えてなかった……かもしれねぇ……」


「当たり前過ぎて教えてねぇって、何だよそれ!」


レオンさんの声が夕日に溶ける。

二人のやり取り、珍しくグレンが鋭さを欠いている姿に小さく笑いが漏れた。


また一つ、新しいことを覚えた。


今いるここは、王都ルミネスタ──。


ここまで読んでくださって、ありがとうございます。

はい、ここでついに出ました、王都ルミネスタ。

結構気に入っている名前です。

この街の光が皆さまにも届きますように。

ではまた次回、エイルメーアでお会いしましょう。

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