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26. ふわふわの襟巻き


グレンがわたしを見下ろしている。


この目は、何を考えてるんだろう。

呆れ?

軽蔑?

それとも……。


グレンが、わからない。

何を考えているのか……全然わからない……。


「魔力酔いの次は風邪かよ……」


「ご、ごめんなさい……グレンにもみんなにも迷惑掛けて……」


ハァ、と溜め息が聞こえる。


胸がギュッとなって苦しい。


「……ちげーよ」


「……え、」


何が違うの?


いつの間にか俯いていた顔を上げると、澄んだ琥珀色と視線が絡まる。


……あ……そっか……。


「お前、いくらこっちに馴染んできてるっつっても、まだ一年経ってねーだろ。……無理させたな」


苦しかったのが、ふっと取れる。


息ができるようになって、氷みたいに固まってた体が少し動かせるようになった気がした。


琥珀色の中には、怒りも呆れも嘲りも、何もない。


「……まだガキなのに、な」


心配と、責任。


……でもね。


違うよグレン。

わたし、もう子どもじゃない。


心の中で言い返した瞬間、胸の奥で何かが小さな音を立てた。

でもその音はわたししか聞いていない。


わたしはただ、毛布の中で手を握り締めた。


口を開いたら、きっと泣いちゃう。


それでも……。


「グレン、わたし……もう子どもじゃないよ」


ぽそりと出た言葉をグレンは静かに聞いていた。


そういえば、久し振りにグレンと目が合った気がする。

こうやって普通に話しをしたのも。


ゆっくりベッドの横まで来たグレンの手で、髪がくしゃっと音を立てる。


思わず目を瞑ると、少し強い指の感触から、相変わらず不器用でぎこちない優しさが伝わってきた。


「ガキじゃねぇなら、次からは一声掛けろ。それができねぇなら……」


グレンは、そこで言葉を飲み込んだ。


次に目が合った琥珀色は、安堵と、ほんの少しの意地悪っぽい色をたたえて細められていた。


「…………おい」


「へぇっ!?」


ずいと顔を覗き込まれて、素っ頓狂な声を上げて仰け反る。


「……無理すんな。本当にわかってんのか」


「わ、わかった、わかったから! 近い!」


人の顔見て固まりやがって、と変な物を見るような目でわたしを見て、ようやくグレンが離れていく。


グレンが部屋を出て、扉の向こうに遠ざかる足音が聞こえなくなるまで、わたしはずっと毛布の端を握っていた。


さっきの言葉。

あれはきっと、ただの注意だった。

最後のあれも、ただの念押し。


でも、胸の奥がまだ熱い。

息を吸うたびに、きゅっと締めつけられる感じ。


グレンの顔を思い浮かべないように、アレンさんの言葉を思い出す。


「……答えなんて、ちっとも見えないよ……」


顔の熱さは、まだまだ収まりそうにない。


外が暗くなってきた。

窓の向こうの月は、ほんの少し欠けている。

でも、もうすぐ満ちる──。


重なって、離れて、また近づいて……。

あの二つの月みたいに、わたしたちも少しずつ動いているのかな。


その夜は不思議なくらい眠れなかった。

瞼を閉じると、グレンの手の感触が、温度が、髪の奥に残っている気がして。


それを思い出すたびに心がふわりと跳ねて、痛んだ──。



翌朝。

体調はほぼ元通り。

でも、胸の中はまだざわざわしている。


グレンの顔を見たら、きっとまた息が止まる。


でも……グレンはきっと、いつも通りなんだろうなぁ。


扉の向こうから、いつものノック。


「起きてるか」


その声だけで心臓がうるさいくらいに跳ねる。


「起きてるよ」


わたしもできるだけ普通に、いつも通りの声で答える。


足音が離れていく前に、と扉を開ける。

グレンはその場から一歩も動いていないみたいだった。


「おはよう、グレン……」


「……おう」


「昨日はありがとう」


「……ん」


昨日より優しい力で頭に置かれた手。

グレンがわたしに背中を向けようとした瞬間、指先がサラッと毛先を滑る。


朝の訓練に向かう後ろ姿を見送って、わたしも朝の支度。


顔が熱いのは……気のせいだと思うことにしよう。


この日から、これまでの気まずかった空気が嘘みたいに軽くなった。


それぞれの朝を過ごしてから、隣の席で朝食。

わたしが食べ終わるのを見届けると、グレンは足早に食堂を出て行った。


夕方の鐘が鳴って、訓練を終えた騎士たちがぞろぞろと食堂に入ってくる。


でも。


わたしが探している姿はまだ見えない。


人混みで気付かなかった?

……ううん、そんなはずない。


何かあったのかな……。


前はその日の予定を大まかに教えてくれていたグレン。

わたしが余所余所しくなって、会話がなくなって、いつの間にかそれもなくなっていた。


もしかして今日、巡回の日だったのかな?

それともどこかで怪我をしてる?


心配なのに探しに行くこともできない。


結局グレンが食堂に入ってきたのは、夜の鐘が鳴る少し前だった。


一緒に歩くレオンさんがニヤニヤしている。


あれ、もう二人とも鎧を脱いでる……。


「……お前……」


テーブルの上で冷たくなった夕食を見たグレンが言葉を失う。


「……お帰り、グレン」


あー、と焦げ茶の髪をガシガシ掻きながら、グレンの目が泳ぐ。

こんな顔するの、珍しい。


「巡回のこと、言ってなかったな……」


悪りぃ、と続けるグレンに、レオンさんの明るい声が被る。


「そんなことよりさ! サクラにグレンから渡したいモンがあるらしいぜ?」


「……え?」


わたし、に?

何だろう……。


「グレンの愛のこもったプレ……いってぇ!」


レオンさんの足にグレンの踵が勢い良く下ろされる。


「…………やる」


「……え?」


わたし、さっきから「え?」しか言ってない。

何がなんだかわからず、差し出されたものに目を落とす。


「寒みぃ日はそれ巻いてろ」


これは……白に近い、薄いピンク色の……襟巻き?


そんなに厚くない。

でもふわふわと手触りがよくて、あったかい。


「ありがと、グレン」


「……マントの礼、してなかったからな」


「グレンのやつ、サクラが縫ってくれたマント、嬉しそうに眺め──」


「うるせぇ」


痛みから回復したレオンさんがニヤッと言うと、今度はグレンの肘がレオンさんの鳩尾にめり込む。


うわ、痛そう……。


グレンをちらりと見ると「また倒れられたら敵わねぇからな」と顔を逸らされた。


「ねぇグレン、これどうやって巻くの? 」


「……適当でいいだろ」


「もう! 教えてってば!」


「女物の巻き方なんざ知るか」


当たり前だった、いつものやり取り。


これがあれば寒くなっても大丈夫。


……ね、グレン。


ここまで読んでくださって、ありがとうございます。

はい、何かが芽生えたと思われるサクラと、何やら不器用なことしてるグレンでした。

鳩尾への一撃、痛そうですね……レオン、大丈夫でしょうか?(笑)

ではまた次回、エイルメーアでお会いできますように。

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