八十六話 幼き蒼佑
その少年が目にしたのは、殺風景で小さい部屋。そこにいたのは豪華な服に身を包んだ男性と、丈の長い上着が印象的な数名の男女。エクロマ王と、アシュリーを含めた魔法使いたちだ。
五年前のフラシア王国、召喚の儀式である。
召喚されて困惑の色を隠せない蒼佑の周りを囲むように、淡く輝く四つの石が、燭台のように柱に固定されて置かれていた。
それは魔力を多分に含んだ魔力石というもので、手に入れるためのコストは決して安くない。その中でも今回使用されたのは、比較的大型のもの。
当然かかるコストは計り知れない。しかし、それだけエクロマ王は勇者召喚を成功させたかったのだ。
たしかに召喚は成功したものの、現れたのは未だ幼さの色濃い年頃。つまり十二歳の子供であったのだ。召喚されたということは潜在能力は高いのであろうが、それでも戦わせることに良心の呵責がある。
思わず口元に拳を当てたエクロマ王は、うむむ……と唸る他なく、眉間にシワを寄せて現実を咀嚼した。どうかもう少し年嵩の人間ではいけなかったのかと、胸中で後悔にも似た悪態を吐いて。
しかし、いきなり見知らぬ場所へと引きずり込まれた子供を放っておくわけにもいかず、咳払いで誤魔化して声をかけた。
「えぇ、ゴホン。いきなりすまないね、私はエクロマ。エクロマ・フラシア・ベリウスだ。まずは、君の名前を教えてくれるかな」
どこか怯えた様子の蒼佑に向けて、努めて穏やかに尋ねるエクロマ王。そんな彼を見上げながら、ポツリと名前を呟く蒼佑。
「えっと……おれは、隼、蒼佑です……」
質問を拙く答えた蒼佑であったが、コミュニケーションを交わせるという事実にエクロマ王はほっと息を吐き、話を続ける。しかし子供相手となると、どう説明すべきか悩むようだ。
「ソウスケ君……かね?立ち話は疲れるだろうし、まずは歓待させていただこう。そこで話をしようか」
エクロマ王の言葉に、蒼佑はおずおず頷いた。
これから過酷な戦いを強いるかもしれない相手に、最大限のもてなしをしようとエクロマ王は部下に食事を用意させ、彼の傍にアシュリーを付けさせようと、彼女にそう指示を出した。
元々は召喚のために市井から召集された彼女であるが、今回集まった人物と中でもっとも若く才能のあるアシュリーには、是非とも戦いで活躍して欲しかったのだ。
フラシア王国の食堂にて、ひと通りの事情を窺った蒼佑。まず必要なのは、こちら側で活動するための知識やルールを学び、そして戦いのための訓練や指導を行う。
もちろんその任を命ぜられたのはアシュリーであるが、まだ子供の彼にとって、他人かつ冷淡な態度の彼女は怖い相手だったようだ。
もちろんアシュリーとしては蒼佑に悪感情はなく、なんとか打ち解けようと考えてはいたようだ。しかし、互いにぎこちない。
そんな二人がやってきたのは城下町。まずはこちら側の空気に触れ、人の営みを知っていくことから始めようと散歩に来たのだ。召喚されてしまった以上、帰れないことが前提だったので、必要不可欠な学習であった。
「ソウスケは、どこか行きたいところってあるの?」
「う……ん?んー……とくには、ないです」
かける言葉が見つからず、無難だと思った質問をかけるアシュリーであったが、当然なにも知らない蒼佑に答えられるはずもない。逡巡したものの、返ってきたのは力ない返事。
答えを聞いて気が付いたアシュリーは、あぁ…と頭を抱えた。仕方ないので、まずは主要な道に従って歩くことにしたようである。
幼い蒼佑にとって、その見慣れない町並みに抱く感情は薄い。なにせ、いきなり住んでいた場所から引きずり込まれたわけなのだから、現実感を抱けないでいる。
アシュリーはそのことを若くとも想像し、自分が守らなければと、その庇護欲を強くする。だから、まずはこの国の空気に触れてもらおうと、あてもなく町を歩く。
歩くといっても、蒼佑は彼女の後ろを着いてくるしかないので、まずはアシュリーの歩き慣れた場所を中心としていた。ユニオンのある地域は人が多く、中にはガラの悪い人間たちもいた。
「ようアシュリー。依頼もしねぇでなにやってんだ」
そう声をかけたのは、アシュリーを見てニヤニヤとしたガラの悪い男。体も大きく威圧感を受けやすいため、蒼佑は彼を見上げて恐怖心を抱く。
そんな彼を守るように背に隠したアシュリーは、冷たい視線を男に向けた。
「別に、王様からの依頼があっただけ。アンタには関係ないでしょ」
「なんだよツレねぇな、せっかくなら飲みに行こうと思ったのによ。そのガキはなんだ?お前の弟か?それ」
「だったらなに?それこそもっと関係ないでしょ。家族水入らずなんだから邪魔しないでくれる?」
なんとかお近づきになりたい男と、それどころではないアシュリー。彼女の苛立ちはみるみるうちに募っていく。
だが、男はそれに気付いた様子はなく、相も変わらずその視線を彼女の肢体に這わせる。時折、蒼佑にもそれを巡らせながら。
「いいじゃねぇか、せっかくならソイツも連れてけばよ。いくらでも可愛がってやるぜ」
「……ッチ、バカじゃないの?こんな小さい子を変なところに連れてこうとしないで。まだこの街のこともよく分かってないの、ゆっくり馴らしてるんだから余計お世話」
男の無神経な誘いに舌打ちで返したアシュリーが、怒気を薄く混ぜた冷淡な声で彼を睨み付ける。悪びれもせず両の手のひらを見せて謝罪を口にする彼を見て、彼女は蒼佑に行くよとその小さな手を掴んで引いた。
男の隣を通るとき、彼女は足を止めて胸ぐらを掴む。
「もしバカなことしたら、アンタのモツ、抜いてやるから」
えも言わせぬ圧力で刺された男は、冷や汗をかきながら引きつったにやけ顔で短く返事をする。釘を刺したアシュリーは、改めて蒼佑の手を引いて立ち去っていった。




