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千の剣の物語 ~ 約束の剣 ~  作者: 鈴木しゅら
終章 闘いの舞台へ
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8-4 決着

 ――やっぱり罠かッ?

 シミターを担いだまま前進していたディルは、即座に盾を構えなおし、突撃してくるフォルトンを警戒する。

 対戦前に小細工を弄するような輩が、ファンサービスで隙を見せるはずもない。半ば以上予想しての仕掛けだった。

 ただし、素直に先手をとられる気も毛頭なかった。

 互いの間合いの中で最初に主導権を握るというその一点で競ってみたいという、勝負とは直接関係のない部分に対しての、小さな衝動が湧いていた。

 ロングソードを右上方に腕をたたんで構え、やはりそこにバックラーを添えている。

 また盾からか?

 距離を詰める二人の間合いが二メートルほどになった時、わずかに歩を緩めたディルとは逆に、フォルトンは後ろの右足で鋭く地を蹴った。

 低い跳躍。やはり盾が先だが、今度はバックラーを振るのではなく、前に押しだしてくる。

 直線的に来るのならば、セオリーどおり右に躱して曲刀を打ちこむ。こちらの攻撃が成功せずとも、盾が邪魔で相手のロングソードもこちらを迎撃できないはずだ。

 そう考えてディルが右にステップしようとした瞬間、押しだされてくるバックラーが突然向きを変えた。

 右に移動しようとするディルにぴたりと追従して、バックラーを装備しているフォルトンの左腕がバッと開く。

 そして、先まで盾があったその空間に向けて、ロングソードが垂直に振り下ろされようと動きだすのが見えた。剣が狙うのはこちらの左肩の辺りと、ディルは見当をつける。

 慌てず冷静に、軽く膝を曲げディルは腰を落とす。

 このまま右側に躱してもいいが、剣が垂直に下りてくるのならば先と違い左側に入ることも可能だ。

 一度は右に回ると決めた後だが、相手の動きを見て選択を変えることなど、この速度の剣相手ならば造作もないことだった。

 姿勢を低くして滑るように左、フォルトンから見た右側へと移動するディル。

 だが、振り下ろされるロングソードは、ディルの予測と違う動きを見せた。

 振るというよりただ肘を後ろに突きだし、フォルトンは剣を、肩から自身の身体に這わせるように下ろす。

 見せ太刀か――?

 ディルは咄嗟にそう判断した。わざと相手に当たらない間合いで剣を振り、それを見誤った敵に先に行動させて隙を作らせる戦法を、フォルトンは好んで使うらしかった。

 しかし、それともまた違った。

 横に流れるディルの身体を追って、フォルトンの身体が向きを変える。左腕のバックラーはもう完全に開いてしまって盾の役割を果たしていないが、読み負けたディルは、そこにシミターを打ちこむことができなかった。

 フォルトンの右腰辺りまで剣先を下ろしたロングソードは、見せ太刀どころか到底ディルに届くはずがなく、そして途中で動きを止めていた。そして瞬時に次の動作へと移る。

 突きかッ!

 ディルは咄嗟に上体を反らし、シュッ、と軽快に射出されるロングソードの剣先を胸の前に通す。

 突きだされたロングソードは問題なく躱せていた。だが、そのロングソードの剣先が通りすぎず、目の前でぴたりと、止まった。突ききらずに途中で腕を止めたのだ。

 ぞくりと、ディルの背筋に冷たいものが走る。

 やられた――!

 ディルは完全に自身の攻撃を諦め、背後へと重心を傾けた。

 最初からフォルトンに当てる気などなかったのだ。ここまでの一連の流れが、全て主導権を握るための布石だったのだろう。

 フォルトンは後退を始めるディルを追いながら、まず剣を再び軽く突きだし、その間にバックラーを胸元へと引き寄せる。

 それからさらに踏みこんで距離を詰めると、今度はバックラーを前に出し、さらにそのすぐ脇からロングソードを滑りこませてくる。

 突くとも斬るとも判別がつかない中途半端な剣の振りだった。

 腹の辺りを狙ってするりと忍びよるロングソードの剣先を前に、ディルは迷わずそのまま後退を続けた。

 小さく細かく動く剣を前に下手な避け方をすれば、すぐに軌道を変えられ当てられてしまう。相手のどこかに剣を触れさせればいいといっただけの攻撃で致命傷を受けることはないだろうが、軽くでも斬られれば、おそらくフォルトンはそこから先の展開も考えているはずだ。

 闘技場の上をディルが一直線に退がり、それをフォルトンがぴたりと同じ間合いを保ったまま追っていく。

 バックラーとロングソードを交互に繰りだしながら、フォルトンは攻撃の手を止めなかった。

 ロングソードが剣先を不規則に揺らしながら、ディルの腹や腰、あるいは大腿の辺りを狙ってくる。

 面倒くせえな……。

 バックラーが邪魔で迎撃を挟む隙がなかった。また、フォルトンがひたすら細かな動きに徹しているため、大きく間合いを外そうとすれば、それはそれで何かを狙われる可能性が高い。

 普通に考えれば、バックラーを持つフォルトンの左手側に回りこむのが最善だが、それは向こうも承知のはずで、その余地を残しているのは、これまた罠と思われた。

 目の前でひょいひょいと動き牽制してくるバックラーを睨み、ディルは苛立つ。

 掴んで引き剥がしちまうか。一瞬そんなことも考えるが、すぐにその誘惑を振り払う。

 駄目だ、左手を使うのは一回だけだ、と思いなおす。

 正直、左肩の状態は未知数だった。

 試合前の二日間である程度身体を動かし確認してはみたものの、その時も軽く動かしただけで負荷をかけてはいない。

 医師のデーニッツには、「動かすのは可能だろうが、強い力をかける、速く動かすなどして負荷をかけると、これまで回復に使った時間が全て無駄になるかもしれんぞ」と脅されていた。

 ディルとしても、ここで無理をして怪我を長引かせたり、最悪後遺症が残るような結果になることだけは避けたかった。

 また、万が一ここで左手が予想以上に動かず、怪我の状態を露呈してしまった場合、せっかく握手の時にそれなりに使える印象を与えたことが無駄になってしまう。

 大きく緩やかに回っていくか?

 変わらぬ攻撃を続けるフォルトンの動きに変化がないかを警戒しながら、ディルは視点を大きく動かさず、視野全体に意識を向け、自身の立ち位置を確認した。

 正方形の闘技場の縁は、腰の高さ程度の段差になっていて、その先が場外という概念はないが、露骨に出てしまえば審判の制止が入り仕切り直しになる。

 ただし、すぐに制止が入るわけでもないので、段差から降りた瞬間に隙を作ってしまえば、確実にその瞬間を狙われる。

 視界の隅に、観覧スペースに並ぶフィオリトゥーラたちの姿が映った。

 いや、決断しろ……。

 フードで隠され見えてはいないのに、心配そうに自分を見つめる彼女の顔が容易に想像できた。

 変わらず降り続ける雨を浴びながら、ディルは足元にいささかの不安を感じる。

 見れば、フォルトンの足捌きも速いが慎重で、やはり足を滑らせたりすることを恐れているのだろう。

 普段以上に注意力や集中力を削る雨は、今日の自分にとって都合が良いとディルは考えていたが、長引けばそれが思わぬところで足をすくうリスクは当然増えてくる……。

 決断しろ。左手だけじゃない。最初の一合でわかっただろうが。右手だって、あと何回まともに振れるかわかったもんじゃねえだろ。

 後退を続けながら、ディルは強く自分に言い聞かせた。

 もう残り数歩で闘技場の端に到達してしまう。

 後ろに出した足の踵の角度を変えて、右に回る素振りを見せるディル。フォルトンもそれを見逃さず、同様に足先の角度を変えた。

 瞬間、わずかにバックラーを持つ左手が下がる。

 ご丁寧に誘ってきやがって……。

 左足で強く地面を蹴り、身体を右に一個分スライドさせる。フォルトンの視界からディルが一瞬で消えた。

 しかしフォルトンは焦らず、さらにバックラーを下げる。そして同時に、ロングソードを握る右手の拳をバックラーに添えた。

 誘いに乗ってきたディルに対し、ここを勝負所と捉え、フォルトンは全神経を集中させる。

 来いよおお……。

 予想以上に速く、予想以上に頭上高くから、シミターが鞭のように襲いかかってきていた。脳天が狙われている。

 間に合うかッ⁉

 かすかに背筋を震わせながらもフォルトンは一歩踏みこみ、左腕を跳ね上げてバックラーを掲げる。添えている右手も、一緒にそこに力を加えた。

 ガンッ、と鈍い音がしてバックラーが強い衝撃を受けた。

 フォルトンがほくそ笑む。

 狙いは根元に近い部分の刀身の腹を叩くことだったが、それらしい感触を得た。

「――そらァッ!」

 ここぞとばかりに添えた右手にさらに力を込め、自身のバックラーを弾き飛ばす勢いでロングソードごと押しこむ。 

 盾とロングソードが自身の左脇に抜け、開けたフォルトンの視界でそれが見えた。

 今は空になった、シミターを握っていたはずの右手。そして、そこに視線を奪われている敵の姿。その表情が歪んでいた。

 だが、その眼がすかさずこちらを向くと、その時にはもう左手が動き始めていた。

 左手は、左腰の短剣の柄へと瞬時に向かう。

 勢い余って流れるバックラーの左腕を引き戻し、今度は逆に右手を押してやる。

 振り上げた剣を振り返すような腕の振りで、フォルトンはロングソードを右斜め下に向けた軌道に乗せた。

 狙いは決まっている。左腰に下げられた短剣の柄の少し上。

 到達はこちらがわずかに遅れそうだが、その左手が柄に触れ、それを抜こうとした瞬間に、手首を斬り落とす……!



 流れる身体を右足で止め、残る勢いを右腕に乗せるようにして、ディルは真上から大きくシミターを振り下ろした。

 バックラー越しに相手の脳天を叩くつもりの一撃。当然弾かれることを想定しながらも、一切の躊躇なく全力を込めた。

 先に到達するかと思えた瞬間、間一髪掲げられたバックラーが間に割って入り、それがフォルトンの頭をディルの視界から消した。

 衝撃を受けた瞬間、右上腕に鋭く痛みが走り、ディルの右手から力が抜ける。

 演技をする必要は皆無だった。どこで手放すかを調整する必要もない。

 フォルトンがバックラーを薙ぎ払うより先に、呆気なくシミターが宙を舞っていた……。

 ディルは左手を素早く動かし、最短距離で左腰の短剣へと手を伸ばす。

 ただし、視線は下げずフォルトンに向けたまま、さらには右腕を可能なかぎり一瞬で、今度は意図して脱力させる。

 流れていくバックラーとは反対に、フォルトンのロングソードの剣身が右斜め上から降りてくる。

 狙いは明白だった。普段は装備しないサブ武器の存在をしっかりと気にかけてくれていたわけだ。



 ディルの左手が短剣の柄に触れた――。

 もらったッ!

 一瞬遅れて、ロングソードがそこに到達する。

 間合いは十分で、相手が少し腰を引く動作を入れたとしても、十分に刃は手首に入りこむだろう。

 しかし、その感触がなかった。

 ああッ⁉

 見開かれたフォルトンの目には、斬り裂かれた腕ではなく、柄をぽんと叩いただけで浮き上がったディルの左手が映っていた。

 手と柄の間のわずかな空間を、ロングソードが通過する。

 フェイントかッ、小賢しい。

 下方に抜ける勢いを止めずに、ロングソードをそのまま振り抜く。

 次のディルの動きを読もうと、フォルトンは顔を上げた。その瞬間だった。

 パンッと強い衝撃が頭の中で弾け、同時に下から強い風でも吹き上がったかのような感触を頬に受けた。

 気がつけば、わずかに顎が上を向き、フォルトンは空を仰いでいた。

 そこに、掲げられたディルの右腕を見つけた。

 なんだ……。右手で下から叩かれたのか……?

 いや、素手で届く間合いじゃないだろ……。

 冷静に思考するフォルトンだったが、次の瞬間、何かが目の前で爆発したように一気に赤く染まったかと思うと、視界の左側が消失した。



 ディルが右腕を振り上げると鋭く水飛沫が跳ね、一瞬遅れて、次には赤い飛沫が真上へと上がった。

 それとほとんど同時に、ガランと音を立て、弾かれたシミターが石畳の上に転がっていた。

「ああッ⁉」

 動きを止めたフォルトンが叫ぶ。

 奇妙などよめきを観衆が発していた。この会場にいるほとんど誰もが、二人の間に何が起きたのかを理解できていなかった。

「なんだよ、これ……」

 フォルトンが呻くように呟き、残った右目の眼球を忙しなく動かした。

 左頬から額までを一直線に斬り裂かれ、とめどなく湧きでる血が、フォルトンの顔の左半分を真っ赤に染めていた。

「……やっぱり、ひっかかっちまうもんなんだな」

 ディルが呟く。

 シミターを弾いたバックラーは開いたままだったので、確かにフォルトンの顔面はがら空きだった。

 だが、ディルが振り上げた右手は到底フォルトンに届くようには見えず、また届いたにしても、素手でこれほどの致命傷を与えること自体が不可解だった。

 その時、上方に掲げたままのディルの右手の上で何かが煌めいた。 

 最初にフォルトンが気がつき、それに少し遅れて、観衆の中でもいくらかの人間が同様にその存在に気がつく。

 見れば、ディルの右手は何かを握っていた。

 細い線のような刃……。

 それは幅が一センチほどの極細の刃を持つ剣だった。柄と剣身の間にガードを持たぬ細い棒のような形状をしているため、すぐにそうとはわからなかったのだ。

 ディルは、その極細の剣をヒュッと振り下ろす。

 すると剣は根元から折れ、剣身が石畳の上に、カンと音を立てて落ちた。

「本当に一回しか使えねえんだな。ま、上出来か」

 ディルは折れた剣の小さな柄も投げ捨てると、ゆっくりと落ちているシミターに向かって歩きだす。

 そんなディルの様子を、茫然と立ち尽くすフォルトンが見つめていた。

 何はともあれディルの一撃が決まったのだと、ようやくそのことを認識した観衆たちから沸き上がった歓声が、雨音をかき消し周囲を包みこむ。

「俺も反省してんだ」

 シミターを拾い上げながら、ディルがフォルトンの顔をちらりと覗いた。

「――何をしやがったあッ!」

 フォルトンが叫ぶ。その全身が小刻みに震えている。錯乱しそうになる心を怒りで繋ぎとめていた。

「単純なトリックだよ。シミターと同じ間合いで振れる極細の剣を鞘に仕込んでおいたんだ。抜くのにはちょっとコツがいるが、まあ二日も練習すれば十分だった」

 フォルトンはバックラーを左腕から外し、それを放り投げて激しく地面に叩きつける。

 血に染まった顔面を手で押さえようともせず、フォルトンは足を開き、ロングソードを右脇に構えた。

「野郎、ただじゃ済まさねえ……」

 その様子を見てディルは、「ほう」と感心する。

 使い慣れていない武器でどの程度刃先が入ったかわからなかったが、見るかぎりでは少なくとも左眼は失われ、また、今は動けているが、少しすればそれも難しくなるだろう。

「降参はしねえか。大した気迫だな」

 ディルは、トントンと軽快なステップで大きく回りこみ、間合いを外しながらフォルトンの背後、闘技場の中央に近い位置へと戻っていく。

 フォルトンが、構えをそのままに勢いよく振り返った。雨水に混じり垂れた血が首筋までも真っ赤に染めていた。

「来るんなら、きっちり終わらせてやるよ」

 ディルは緩やかに息を吐くと、シミターを持ち上げ、構えをとる。

 肘を張って手首を返し、剣先を真下に向けた。両足は肩幅に満たない程度まで広げ、右足をわずかに前にした直立に近い姿勢――。

 イクリプスだった。

 その姿に、ざわめきを残しながらも落ちつきつつあった歓声が、再びその音量を増した。

「ムーンライトの……。ふざけやがって!」

 フォルトンはすかさず地を蹴り突撃する。

 もはや技も駆け引きもない、単純な全力の一撃だった。

 左から来るロングソードにシミターを合わせると、ディルはあっさりとそれを受け流し、フォルトンを懐に呼びこむ。

 泳いだフォルトンの身体が、触れるほどの距離でディルの右脇を通り抜けようとした時には、もうシミターは上方に掲げられ、そして一閃された――。

 ディルの身体の表面を這うように、彼の背丈ほどの大きさの三日月の軌跡を、曲刀が描く。

 ザンッ、と何かを強く擦ったような音が鳴った後、フォルトンは勢いそのままにべしゃりと前方に崩れ伏した。

 倒れたフォルトンの、ロングソードを握ったままの右腕が奇妙な角度を向いていた。

 それもそのはずで、鎧ごと斬られた肩のほとんどは裂け、もはや辛うじて繋がっているに過ぎなかった。

 また、その下の脇腹から腰にかけても深く斬り裂かれ、大きく開いた傷口が一瞬覗いたかと思うと、倒れた衝撃に呼応するかのように、すぐさま大量の血が傷口を満たして、一斉に溢れだす。 

 大歓声が渦巻く中、ディルはフォルトンを見ずにシミターを携えたまま、ゆっくりと神官のもとまで戻ると、そこで勝利宣告を受けた。

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