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千の剣の物語 ~ 約束の剣 ~  作者: 鈴木しゅら
終章 闘いの舞台へ
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8-1 試合当日

 ブーツの踵をカツカツと鳴らしながら、石畳の路上を颯爽と行く。

 ダークブルーのコートの裾と、その左腰に下げられた細身の片手剣が、合わせて小さく揺れていた。

 への字に閉じられた紅い唇。ひっつめにされた色の濃い金髪は、後頭部で団子上に束ねられている。独特な気品を感じさせる鋭いその顔立ち。

 クローディアは足を止めると、周辺を見渡した。

 人混みを嫌って一番区の中央通り経由は避けたのだが、それでもここまで来ると、人の数は次第に増えてきていた。

 耳に触れる喧騒の中に、その華奢な身体を再び押し進めていくと、ふと彼女は、この上り坂の先の風景を見上げる。

 広場へと続く道の向こうに、そびえる二本の尖塔の先が覗いていた。

 尖塔越しに見える空の色は暗くよどんでいる。今日は朝からアルスタルト上空を暗雲が覆い尽くし、質量を感じさせる不気味な雲が、地表を押しつぶさんばかりに低く漂っていた。

 そろそろ降りだすだろうかと手のひらを差しだしてみれば、丁度、雨粒が一粒その手を叩いた。

 歩調を速めてさらに進み、その広場が見えてくると、クローディアは露骨にため息をもらす。その光景を見た途端、先ほどから聞こえていた喧騒が、急にその音量を一段増した気がした。

 両端に大きな尖塔を持つ第八教会の向かいにあるのが自身が目指す建物だったが、その周辺をかなりの数の人が埋めている。見れば、便乗しようと集まった商売人たちが即席で作った店舗なども並び、広場の中はちょっとした商店街のようになってしまっていた。

 まあ、仕方がないか。

 彼女は諦めたように苦笑すると、円形のスタンドが囲むその小さなスタジアム、東部第一闘技場へと向かった。

 赤レンガで綺麗に組みあげられた壁の天辺を見上げると、スタンドの最上段に位置する観衆の背や頭が、そこからわずかに覗いて見える。

 突き上げられる拳。唐突に湧きあがる歓声。すでに行われている試合の中で、誰かが倒れ誰かが勝利したのだろう。

 今日もこの街は平和だな、と呆れ顔のまま視線を戻すと、受付の男がカウンター越しにクローディアをじっと見つめていた。

「四の刻からの二部のチケットをくれ。いくら?」

 クローディアが不愛想に訊ねると、男も負けじと不愛想に、無言のまま壁際のボードを指で差し示す。簡素な麻のローブを着た男は、神官ではなくこの闘技場の雇われスタッフなのだろう。

 ボードには価格が掲示されていた。ガルディアの話では確か、最低限の入場のみの券を購入すればよいという話だった。

「入場のみの券でいい」

 銀貨一枚を手渡し、代わりに小さな木札に焼き印が入ったチケットを受けとると、彼女は再び男へと訊ねる。

「メインの剣闘士の控室に行きたいんだけど」

「どっち? ザリなら第一、ランズベルトなら第二の控室になってるけど。ただ、関係者以外は入れないよ」

「ランズベルトの方。一応関係者だ」

「それなら〝S席〟のスタンドの真下だよ。そこを左に行って、スタンド席に出るのと反対の通路に入ればいい。階段下が控室になってるから」

 なんだ、意外に親切じゃないか。

 男を見直すと、彼女は一言礼を言って入口を抜け、中の通路を奥へと進む。

 去り際にちらりと各席のチケット価格を確認したが、「S席」は銀貨十五枚もするよううだった。ちなみに、「A席」は銀貨六枚で「B席」は銀貨三枚。どの席も一部と比較すると三倍の額に設定されてその価格となっていた。

 物好きな連中だな、と心中で呟いてみるが、今日は自分もその物好きのうちの一人なのだと思いだし、クローディアはくすりと笑った。



「クローディアさん! ようこそ、いらっしゃいませ」

 入口に現れたその姿を見つけると、フィオリトゥーラはその表情を明るくして慌てて立ち上がろうとするが、それをすぐにクローディアが制した。

「いいよ、座ってて」

「あ、はい」

 赤とマスタードイエローを基調としたドレスのようなシルエット。優雅で気品あふれる上質な戦闘服に身を包んだその姿は、勇ましくも美しい。嬉しそうに微笑む彼女を見て、クローディアは思わず感嘆の息を小さくもらす。

 「プリマヴェーラ」と名付けられたその服の上に、専用に作られた精巧な金属鎧をまとい、カルダ=エルギムの両手剣を携えれば、剣闘士としてのフィオリトゥーラの戦闘装備が完成するが、今の彼女はまだそれらは身に着けていなかった。試合までは、まだ十分な時間があるのだ。

「よお」

 控室の奥、むき出しの石床の上に座ってくつろいでいたディルが、手を上げる。

「ここは無駄に広いからな。せっかくだから、俺も間借りしてる」

 この第二控室は入口に扉もなく石壁に囲まれた簡素な造りだが、ディルが口にしたとおり広さはそれなりだった。今はフィオリトゥーラとディルの二人だけがここにいるが、その気になれば十人近い人数がいても余裕で待機が可能だろう。 

 明かり取りの小さな窓が天井近くにあるが、今日は外が暗いため、壁に備えつけられた燭台の蝋燭が部屋の中を淡く照らしている。

 中を見ればすぐにわかるが、本来は殺風景なはずのこの控室が、今は随分とその様相を変えていた……。

「にしても、〝C〟の試合が〝ファイナル〟とはな」

 ディルが少しふてくされたように言うと、部屋の中央で椅子に腰かけているフィオリトゥーラが、申し訳なさそうにうなずき苦笑する。今日までに、すでに幾度となく耳にしてきた台詞だった。 

 ザリと彼女が闘う今回の試合は、Cランクとしては異例なことにこの第一闘技場の最終試合ファイナル、つまりはメインの試合として組まれていた。

 俗に「単独」と呼ばれる試合場をひとつしか持たない闘技場では、Bランクでも相応の実績と知名度を備えた剣闘士同士の試合がファイナルとして設定されるのが普通だが、ザリという男の初戦の集客力はそのレベルであると運営側が判断したのだ。

 また、Dランクで一戦終えただけのフィオリトゥーラも、極めて限定的な地域ではあるがそれなりに注目されており、この試合の話題性を損なう相手ではないと考えられているようだった。

 クローディアは足を踏み入れると、控室の中を見渡す。

 入口の前に立った時から漂っていた心地よい花の香りが、部屋の中に充満していた。

「しかし凄いな……。剣闘士の控室というものは、いつもこんななのか?」

「わけねえだろ。やめてくれ」

 すかさずディルの声が返ってくる。

 石壁に囲まれた殺風景であるはずの控室の中が、今は様々な種類の大量の花々に四方を飾られ、見事なまでに華やかに彩られていた。

「レディシスさんが手配されたようです。私たちが到着した時には、すでにこのような素敵な部屋が用意されていました」

 ディルは露骨に呆れた様子を見せているが、当のフィオリトゥーラはまんざらでもないらしく、嬉しそうに周囲をぐるりと見回した。

「なるほどね。いかにも、あいつらしいな……」

 クローディアもディル同様の呆れ顔で、溢れんばかりの花々を順に眺めていくが、最後に部屋の中央で佇むフィオリトゥーラの姿に目を止めた時、その表情がやわらぐ。

「でもまあ、悪くはないかもね」

 場違いで過剰な装飾と感じられたものが、フィオリトゥーラを中心に据えた途端、不思議とこのぐらいで丁度よいと思えた。

「クローディアさん、綺麗な色の服ですね」

 不意に、フィオリトゥーラが少し身を乗りだすようにしながら言った。

「ん? ああ」

 今日クローディアが着ているコートは、いつもの黒いコートよりも華奢なシルエットの物で、一見するとブリオーのようにも見える。整然とした印象に変わりはなく腰に下げたレイピアとも釣り合っているが、そこには女性らしさが幾分強調されたような雰囲気が感じられた。

 また、その生地の染色は凝っていて、肩口や襟元はコバルトブルーなのだが、そこから下に向けて色彩は境目なく暗く濃く変色していき、足首を覆う裾の部分になるとほとんど黒に近い藍色となっていた。

「こういった賑わってる場所に来るのに、黒一色は流石にね」

「いつもの服もしっかりとしたシルエットで好きですが、こちらはまた印象が変わって素敵です」

 にこりと微笑むフィオリトゥーラを見て、クローディアも笑みを返した。

 その時だった。一斉に湧きあがる歓声が唐突に頭上から降りそそぎ、この控室を包みこむ。

「お、また一試合終わったか」

 ディルはそのままで呟き、フィオリトゥーラとクローディアの二人は、なかなか鳴りやまない歓声を耳にしながら天井付近を見上げた。

 それから間もなく、小走りで戻ってきたガルディアが入口に姿を現す。

「〝C〟絡みの十試合は全部終了したよ。ちょい〝巻き〟ぐらいの進行かな? これで予定通り、四の刻からは二部になるね、って、クローディアさん? いらっしゃい」

 クローディアに挨拶しつつ、中に入ってくるガルディアを見て、ディルはゆっくりと立ち上がる。

「残り四試合か……」

 ディルとフォルトンの試合は、通しで数えての第十五試合にセミファイナルとして組まれていて、その次にフィオリトゥーラが出場する最終戦が控えている。

 手近に置いてあったシミターを丁寧な動作で右腰に取りつけると、ディルは歩きだす。

「次の試合って、アンヘル・クレイドだよな? ちょっと観てくるわ」

「だったかなあ? 有名なの? その剣闘士、僕、全然知らないんだけど」

「知らねえのかよ? 珍しい〝エストック使い〟だぜ? 〝B〟での戦績は十一勝五敗。最近は落ち目らしいが、なかなか器用に扱うらしいからな。一度は見ておきたいと思ってたんだ」

「相変わらずマニアックだなあ……」

 ガルディアはわざとらしく顔をしかめてみせた。

 ツーハンド形状でありながら刃のない刺突剣である「エストック」と呼ばれる武器自体はガルディアも知っているが、それを使うからといってさほど有名でもない剣闘士に興味を持っているあたりは、流石にディルだなと呆れてしまう。

「アルシェルが来たら、ここで待っててもらってくれ」

 ガルディアとすれ違い部屋を出る際に、ディルはふと振り返る。

「そういや、花だけ贈って、レディシス当人はなんで来なかったんだ?」

 三人がこの部屋に到着してスタッフから事情を聞いた時、フィオリトゥーラに手紙が渡され、そこにはレディシスが今日この場に来訪できない旨が本人の筆で書かれていたが、その理由については何も記されていなかったのだ。

「あいつも今日が試合なんだ。北部だし時刻も被っていて、こっちに来ていたら到底間に合わないらしい。それで昨日は散々愚痴を聞かされた」

「そうなんだ。あの人なら、フィオさんの試合の方を優先して棄権しちゃいそうなのにね」

 ガルディアの言葉を聞くと、クローディアはその時のことを思いだして笑う。

「それが、あいつは剣闘士登録してるくせに普段から試合を嫌がっていてさ、今回が三か月振りの試合らしいんだ。その辺は二人の方が詳しいだろ?」

 それを聞いて、ディルとガルディアは同時に「ああ」と納得した。フィオリトゥーラ一人だけが事情を理解できず首をかしげる。

「それじゃ仕方ないね。運が悪いというか、ツケが回ったというべきか」

「どんな手でそこまで延ばしたか知らねえが、それをサボっちまったら、流石に罰金程度じゃ済まされないだろうな。剣律に連れてかれる案件になっちまう」 

 フィオリトゥーラを除いた三人が、揃って笑いだす。

「それじゃ、ちょっと行ってくる」

 ディルが去ると、三人はレディシスの話の続きなどを少しした後、今回フィオリトゥーラがこの闘技場のメインに選ばれたことについて、ディルがだいぶ不満を漏らしていたことなどに話題を変えて談笑した。

「まあ、フィオさんやザリがどうこうっていうより、運営の即物的な感じが気に入らないんだろうけどね」

「私としても、自身にそのような資格はないと思っていますので、可能なら代わっていただきたいぐらいですけれど……」

 今日のフィオリトゥーラは、ザリという強敵と再び相対することより、メインの出場者として試合に臨むことの方で、朝から気を重くしていた。

「まあでも、ザリの名は、もう東部地区じゃみんな知ってるレベルだしね」

「銀貨十五枚を払って見に来る輩もいるわけだしな」

 クローディアが受付で見た「S席」の価格を口にすると、ガルディアも声を上げる。

「そう! 凄いよね。ここの普段の〝S席〟って、一日通しとかメインがある二部でも、大体銀貨十枚以下の設定なのにさ。教会も卑しいよねえ」

 二部に向けてスタンド席の観衆が入れ替わっているのか、人が流れる様子がこの控室にも伝わってくる。

 フィオリトゥーラが明かり取りの窓付近を見上げた。そして何かを思いだし、二人へと向きなおす。

「そういえば私、参加証を提出しにいかなければ」

「あれ、この部屋に入る時に渡してなかったっけ?」

「いえ。あれはここの入室証でして、参加証の方は別にあるのです。一部終了後にあらためて持ってきてほしいと言われました」

「ややこしいね、一緒にすればいいのに。なんだろ、まさか逃げだすかもとか思ってるのかな?」

「そうかもしれませんね」

 そう言って微笑むとフィオリトゥーラは立ち上がり、近くの台の上に置いていたカルダ=エルギムの両手剣を手に取り、それを背負った。

「私も少し出てまいります。申し訳ありませんが、お二人はこちらでお待ちください」

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