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千の剣の物語 ~ 約束の剣 ~  作者: 鈴木しゅら
第七章 剣の物語
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7-10 その剣

 ホールから去り行くネイサンの背を見つめながら、ディルは高鳴る胸の鼓動を感じた。今からこうでは、それが目の前にやってきた時にどう抑えればいいのだろうかと、不安になるほどだった。

「厳重に保管してあるので、少し時間がかかるわ。それまでの間、前置きとしてちょっと話でもさせてもらおうかしら」

 プレシャスはそう言って、ゆっくり一同を見渡す。

 彼女の正面でフィオリトゥーラがうなずき、ガルディアは緊張した様子でそわそわと周囲を見回すような素振りを見せた。プレシャスの両隣のクローディアとレディシスも、このどことなく神妙な雰囲気に身を委ねている。

 唯一ディルだけが、強い視線を送り、プレシャスをその目で急かした。

「二十年前、今もラスタートの至宝と称される剣工〝ジルド・カルダ=エルギム〟が、二十二歳という若さで、あるひとつの境地に辿り着きました――」

 プレシャスは、いつの間にか閉じていた目蓋を、ゆっくりと開ける。

「偶発的に生みだされた奇跡のようなその剣は、製作者のカルダ=エルギム本人ですら意図して作ることは不可能といわれ、これまでの間に完成した本数は、わずかに十一本のみ。世間では騎士団の象徴のようにいわれているけれど、実際には団員全てが所有しているわけではないという事実は、その知名度に反して意外と知られていないわ」

 プレシャスはそこで一旦区切ると、彼女特有の恐ろしくゆったりとした動作で、紅茶を口にして喉を潤した。

 フィオリトゥーラは、記憶にあるその剣の姿を脳裏に思い浮かべる。

 アルトゥラステリオを通じて耳にしていたカルダ=エルギムの人物像は、その生活の時間のほとんどを剣の制作に費やしている生粋の職人だった。

 その彼が、二十年もの間剣を作り続け、完成したのが十一本――。

 それは確かに、わずかといえる本数だった。

「通常の剣とは一線を画す外観を持つその剣は、誕生から瞬く間に王家間やそこに仕える軍属の間などで話題となったのだけれど、その特異な見目ゆえに、実用品ではなく典礼用、あるいは一種の芸術作品であるとか、そんな風に、政治的な意味合いが強い物として扱われてしまったの。ただ、それを覆したのが――」

「〝魔都攻略戦〟だろ?」

 ディルが、唐突に口を挟んだ。

「よくご存じね」

 ディルが口にしたのは、十八年前にラスタート北部で起きた大きな紛争の中で最大規模となった戦いの俗称だった。

「そういうのが好きな連中の間じゃ常識だからな。今は引退してるデートメルス六代目団長〝ファブリツィオ・ランガルド〟が、ただ一人取り残された敵陣営の中で、百人斬ったとか三百人斬ったとか――。まあ細かい事実は定かじゃねえが、その時に使われて、最初から最後まで変わらずその猛威を振るったってのは有名な話だぜ」

「世には意外と物好きが多いのかしらね」

「ああ。物好きはあんただけじゃないって話だ」

 ディルが笑い、プレシャスも楽しそうに微笑む。

「そこらじゃ、いまだにアレをただの飾り物だとか吹いてる輩もいるが、他の同銘の剣が各地で名を馳せてるのに、その頂点にある物がそんなわけねえだろって」

 ディルは吐き捨てるように言う。剣の愛好家としては、そういった偏見には許しがたいものがあるのだろう。

「ディルが言うように、今もまだそういった見方が強いのは確かだけど、ただ、その位置づけゆえに政治的側面が強いということも歴然とした事実ではあるわ。そして、単に莫大な価値を有するというだけでないそんな一面が、偶然それを手に入れた組織に繋がるヴァルター・ヴェンツェルという男に丁度合致してしまった」

 思わぬ話の流れに、ディルはその目をわずかに見開かせる。

 フィオリトゥーラとガルディアも同様に表情を変え、先の三人の闘いの話を聞いた後だけに、クローディアとレディシスも思わずその顔を上げていた。

「〝レクタルス〟という国について聞いたことはあるかしら?」

 皆の反応を見れば、軽く首をかしげるなど、その名に覚えがないことは明白だった。その中で唯一、ガルディアだけが小さくうなずいていた。

「ガルディアは、この中では一番政治や外の情勢に詳しそうね」

「あれでしょ? 建国五十年そこそこの小国だったのに、ここ十年ばかりで近隣の国をどんどん強引に吸収してて、急速に東側に勢力を拡大してるって国だよね。レクタルスは連合国ではあるけど、もう世界で十本の指に入るぐらいの規模にはなってるんじゃないかって話も聞いたことあるよ」

 アルスタルトの南方に位置するその国は、すでにその拡大した領土がラスタートの属国である国々と隣接しており、現在ではその国境付近で色々と不穏な噂も飛びかっているのだが、政治とは無縁なところにいたフィオリトゥーラは、そういった情勢について知る由もなかった。

「それでは、その国家の〝裏の顔〟についてはどうかしら?」

 続く質問を受け、ガルディアは当然とばかりに大きくうなずいてみせた。

「それはもう話題としてはセットだからね。〝剣教〟でしょ?」

「ええ。レクタルスは、聖剣教が裏で全面的に支援している国家なの。千年近くも前の盟約と自身の戒律により、聖剣教は国を有することを基本的には禁じられているのだけれど、実際にはその直接的な影響下にあるという国は世界中に点在しているわ。『教国』と自ら名乗っている国もあるぐらい。ただ、それぞれが大きな力を持つことはなく、それは今までは大して問題視されていなかった。ところが、レクタルスは昨今突然の急成長、急拡大を遂げ、その裏では聖剣教が資金、物資、人材の全てを提供している――。これには、聖剣教が遂に禁を破り大規模国家を自身で所有しようとする、そんな明確な思惑が見られるわ」

「それとヴェンツェルになんの関係があるんだよ?」

 政治の話題が苦手なディルは、半ば思考停止しかけた状態で疑問を口にする。

「そうね。仮に、帝国やラスタートに続く国家にまでレクタルスが変貌を遂げたとして、もしも聖剣教がそれを自身の国家であると世の中に知らしめたいとしたら、どのような方法があると思う? 膨れあがった巨大な連合国家を一気にまとめあげ、かつそれが聖剣教の影響下に強くあるということを誇示し、それでいて、他の大国が安易に反対するのが難しくなるような世論の後押しを得られる、そんな王が誕生すれば好都合よね? そしてその条件を満たす存在が、この世界、この聖地には存在しているわ」

「剣位、か……」

 剣闘士の頂点たる存在が、政治的にも多大な影響を持つことはもはや常識だが、その常識を好ましく思わないディルは苦々しく答えた。

「しかもヴェンツェルならば、自ら擁する剣律騎士団の幹部であり、建前を守るために筆頭師範という立場から退かせたとしても、他の剣位と比較して圧倒的に聖剣教との繋がりを感じさせられるでしょうね。ここまでの話は私の憶測半分だけど、以前にリーネルからある話を聞いているの。それは、剣儀祭を終えた年明けにでもヴェンツェルがレクタルス東部に派遣されるという話。露骨な動きだけど、聖剣教ならば名目はどうとでもできるわ。元々内政干渉的なことは普段から当たり前にしているから、紛争地域の治安維持とかなんとかね。そして実際には、早くから働かせることで、現地での立場や人脈などを先に構築するのが目的かしらね」

「うわあ。そんな話があったんだ……」

 今回の件の線上に存在していた大規模な政治の話に、ガルディアは苦笑しつつその顔をしかめる。

「ふん。美しくない話だな……」

 その隣ではレディシスがつまらなそうに目を逸らし、手にした金属製の杯を口に寄せた。彼だけは、今も紅茶ではなくお馴染みの蒸留酒を飲んでいた。

「年明けから始まるかもしれないレクタルスのラスタート領域攻略に向けて、実質の指揮を任されるのがヴェンツェルだったとしたら? そして彼の前に、ラスタートに対する政治的な意味合いが強い〝その剣〟が降って湧いたように目の前に現れた――。この幸運を利用したいと考えるのは当然でしょうね」

 そこでようやく話が繋がり、プレシャスの仮説が混じっているとはいえ、三人は納得する。

 政治には弱くとも剣の逸話にならば興味があるディルは、「それ」が剣としてではなく機能する話についても聞き及んでいた。

 偽物を作ることすらかなわないその特異な剣は、所有者本人でなくとも、託された代理の使者がそれを示せば、相手に対してその権威を行使できる力があるという話だ。

 つまりは、デートメルスの団員がそこにいなくとも、その物さえあれば、架空の情報や伝令などを相手に信じさせることが可能となる。

 ラスタートの属国に対して懐柔や混乱を謀ろうとする者からすれば、それは最高の鍵となることは間違いなかった。

「剣を見せてデートメルスからの言葉だっつって、ラスタート領内をぐちゃぐちゃに引っ掻きまわせば、色々と仕事がやりやすいだろうな。それを考えると、今回の件でわざわざヴェンツェル本人が出張ってきたのも道理ってわけか……」

 ディルが呟いたその時、プレシャスが振り向かずに、その瞳だけをすうっと端に移動させる。

「さて、そろそろかしらね――」



 その言葉の終わりと同時に、階段奥で扉が開く音がこちらまで届いた。

「あまり面白くはない話だったかもしれないけれど、よい時間潰しにはなったでしょう?」

「いえ、大変貴重なお話でした。感謝いたします」

 視線を戻し微笑むプレシャスに、フィオリトゥーラがすかさずそう返す。

 実際、彼女はプレシャスの話を聞いて、持ちだしたその剣の重みについて自身は何もわかっていなかったのだと猛省していた。

 ランズベルトたちが、どうしてその存在について語ることすら自身に許さなかったのか。それは当然のことだった。

 ただ希少な剣というだけではないのだ。剣にあって剣にあらず。それは、武器として振るわれる以上の大きな力も同時に有している。

 数日振りに見る黒い革製のハードケースが、このホールに戻ったネイサンの右手に携えられていた。

「お持ちいたしました」

 プレシャスの近くで立ち止まると、ネイサンは大きなケースを自身の胸元へと引き上げる。

「テーブルの上に置いて頂戴。クローディア、お願い」

 クローディアが立ち上がり席を空けると、その空いたスペースからネイサンがケースを円卓の上に乗せた。それからクローディアも手伝い卓上を移動させると、それでフィオリトゥーラの前までケースの先端が届いた。

 それを受けてガルディアが、フィオリトゥーラの前にあったティーカップなどを自身の前方へとたぐり寄せる。

 誰が合図するでもなく、自然と皆が立ち上がっていた。

 すると、プレシャスもまた特有のひどくゆったりとした動きで同様に席を立った。

 彼女はあらためて一同の姿を見渡す。

「――それでは、〝炎の(つるぎ)〟を拝見させていただきましょう」

 これまで皆があえて口にしなかったその剣の名が発せられると、ディルは、いつの間にか口の中に溜まっていた唾をごくりと飲み干す。

「フィオリトゥーラ、お願いします」

「はい」

 ガルディアが一歩後ろに下がると、フィオリトゥーラがケースに近づき、それを閉じている金属製のロックを解除した。そして、ケースを開ける。

 鈍く光る藍色のビロード地に覆われたケース内部に、十字のガードを持つ両手剣が鞘に収められ横たわっていた。黒檀で作られたその鞘には、炎を象った細やかな金色の装飾が全体に施されている。その中で、ガードに近い部分に小さく煌めくラスタート王家の紋章が見えた。

 その紋章の上に細くしなやかな指が触れ、次に置かれた右手がその柄を握ると、フィオリトゥーラはゆっくりとその剣をケースから取りだした。

「レディシス、手伝ってあげて」

 プレシャスが言い終わらぬうちにレディシスは颯爽と歩きだし、フィオリトゥーラの背後で足を止めると、そこでうやうやしく片膝をついてその両手を差しだす。

「どうぞ。鞘をお預かりしましょう」

 まるで、主から褒賞でも賜るかのような姿勢で、レディシスが待つ。

 振り向いたフィオリトゥーラは小さく会釈し、鞘に収められた両手剣の先をレディシスへと向けた。

 レディシスが黒壇の鞘をその手で支え、フィオリトゥーラが慎重に剣を引き抜く。

 この場にいる全員が、その光景を目の当たりにした。

 ふわりと冷気のようなものが空間に広がるのを見たように感じた次の瞬間、一本の大きな灯火が闇夜の中に灯され、ゆらりと、細く揺らめく――。

 これが――。

 その目を極限まで見開き、ディルは声にならない声をもらした。

「ご覧ください」

 フィオリトゥーラが、「炎の剣」を円卓の上に差しだし、抜き身のまま再びケースの中に納めると、プレシャスとフィオリトゥーラを除く他の四人が、おそるおそるそれを覗きこむ。

その身に不思議な光をまとった不思議な形状の剣が、眠るように静かに横たわっていた。

「美しいな……」

 最初に口を開いたのはレディシスで、それを皮切りに続く二人も声を発する。

「どうなってるの、これ……?」

 目を丸くし、その剣身から目を離せずにいるガルディア。

「凄いね……」 

 剣にさほど関心のないクローディアでさえ、同様にその姿に釘付けになっていた。

 揺らめく淡い光……。それは青かと思えば紫に変じ、オレンジかと思えば赤に変わる。

視点を変えれば次々と色を変化させていくその光は、剣身それ自体が発しているのか、それとも剣が周囲にまとっているものなのか、それすらわからない奇妙なものだった。

 そんな不思議な光に惑わされないようにと目を凝らせば、フィオリトゥーラが所有するカルダ=エルギムの両手剣同様に、その剣身の表面に波のような紋様がひっそりと浮かんでいるのが見てとれる。

 しかし、波打っているのはその紋様だけではなかった。

 この剣は、その刃が直線で構成されていないのだ。

 全体としては直剣のシルエットを保っているのだが、よく見れば根元から剣先に至るまで、その刃が不規則に緩やかな曲線を描いている。

 多彩な色と表情を見せる淡く硬質な光と、かすかに左右に波打つ刃の輪郭。その二つが合わさり重なって、その剣身がゆらゆらと揺れているかのような錯覚を、見る者の目に引き起こさせていた。

 そう。それはまさしく揺らめく炎のような――。

 ディルは声を発することなく、ただその姿を見つめ続ける。息をするのも忘れてしまうほどだった。

「不思議なものでしょう? 魔法でもなんでもないのよ」

 プレシャスの声が響いた。

「各地より集められ用意された様々な稀少な素材を、まるで天啓でも受けたかのように思いつくまま無作為に選択し、それらを打ち、ねじり合わせ、さらに打ち、鍛える――。それを何かにとり憑かれたように幾度も幾度も、気が遠くなるほどの作業を繰り返し、意識を失うまでに鍛えあげた末に生みだされた結晶」

 そこまで語った後、プレシャスがゆっくりと歩きだす。

 フィオリトゥーラだけが、そんな彼女の姿を視界に捉えていた。

 その動作はただ遅いというだけではなく随分とぎこちないものだったが、それを気にした風もなく彼女は構わず歩き続け、フィオリトゥーラの隣まで来ると、その足を止める。

 赤が覗く大きな瞳が、揺らめくようなその剣をぼんやりと見下ろした。

「これが振るわれる姿を、私はかつて一度だけ目にしたことがあります。炎の剣はその製造の性質上、複数あれど一本たりとも同じ見目の剣は存在していないの。だからわかるわ。これは、かつてランガルドが手にしていた原初の剣ね」

「今日より以前に、すでにこの剣をご覧になられていたのですね……」

 フィオリトゥーラが、一度は剣に戻した視線を隣のプレシャスへと向ける。

「そうね。どこで見たのかはまたの機会にするとして、使い手も剣も、それは凄まじいものでした。しなやかにして強靭、いかなる剣よりも速く、いかなる剣よりも強く、そしていかなる剣よりも美しい……」

 プレシャスが口にする最高の賛辞を、風の音でも聴くように耳にしながら、ディルは思わず背筋を震わせた。

 彼女がどこでその剣を見たのか。通常ならばそこに関心が行きそうなものだとディル自身ですらそう思うのに、どうしてか、プレシャスの言葉に混じりけのない真実を強く感じとると、今はただ、この炎の剣が振るわれた事実があるというそのことだけに、例えようもない歓喜の念が沸き立つ。

「凄いよね……。そんなはずないってわかってるのに、集中しないで普通に見てると、剣が揺らめいてるようにしか見えないんだけど」

 ガルディアが茫然と呟き、ふとその顔を上げた。円卓を挟んだ向こうに、うつむいたまま剣を凝視するディルの姿が見えた。

「ディルにもやっぱりそう見える?」

 訊ねるが、ディルは答えない。

 その吊りあがった三白眼が、瞬きもせず、時を止めたように剣に向いたまま凝固していた。

「ディル……?」

 その表情が、ひどく強張っている。

 そんなディルの顔は最初こそ無表情に近いものに見えていたが、やがて、わずかに口の端が動くと、どうしてか一瞬だけそれが、ガルディアの目に物凄い形相として映った。

 そして、錯覚だろうか。ディルの銀髪が、かすかに揺らめいているように――。

 ガルディア同様にその異変に気がついたフィオリトゥーラが、咄嗟に声をかける。

「ディル――」

 その瞬間だった。

 バンッ、と激しい音が空間中に鳴り響いたかと思うと、黒いケースが閉じられていた。

 まるで動いた気配などなかったというのに、いつの間にかプレシャスがケースの上にその白い手を乗せていた。

 霧が晴れたような、夢から覚めたような、そんな不思議な感覚を皆が共有する。

 降りそそぐ光に気がつき、ぼんやりとした表情でディルが頭上を見上げた。

 豪華なシャンデリアが、変わらずこのホールへと光を放射している。

 そうか。ここはこんなにも明るかったか……。

 ディルは茫然と、そんなことを思った。

「鑑賞会は、このぐらいにしておきましょうか」

 プレシャスがにっこりと微笑んだ。彼女の濡れたように艶やかな黒髪が、つるりと群青色のドレスの肩から滑り落ちる。

「レディシス。その鞘を持って、ネイサンと一緒に行きなさい。剣は、保管前に鞘に納めておいてもらえればいいわ」

 ケースを見れば、いつ動かしたのかすでに金属製のロックがかけられていた。

 ネイサンは丁重かつ手早い動作で円卓からケースを下ろすと、それを両手で水平にしたまま抱えた。

「それでは失礼いたします。レディシス様、行きましょう」

 声をかけると、小さく会釈をしてネイサンはくるりと踵を返す。

 足早に去っていく支配人の背中を、剣の鞘を手にしたレディシスがゆっくりと追いかけていった。

 どこか慌ただしいその様子に、ディルは眉をしかめ首をかしげる。

 だが、それでも炎の剣を鑑賞することができたという充足感に満たされているのは間違いなかった。

「ランガルドよりその弟子の手に渡った剣が、今は貴女に託されているのね」

 プレシャスが言うと、フィオリトゥーラは遠い眼差しを彼女へと向ける。

「……はい。兄が見た夢を、私があの剣とともに叶えるつもりです」

「そう……。それが貴女の夢なのね。必要な時はいつでも言って頂戴。その時には事情など説明しなくていいわ。そこに理由や意味なんてなくても構わないの。ただ貴女が思うままそれを要求すれば、私は、迅速にあの剣を貴女の手へと届けることを約束します」

 プレシャスが優しく微笑むと、フィオリトゥーラは何か温かいものが自身に染みこんでくるのを感じた。

 どうして、私はこれほどまでにこの人物に親しみを感じるのだろうか……。

 フィオリトゥーラはあらためてそんなことを不思議に思いながらも、同様に微笑みを返した。

「ありがとうございます」

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