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千の剣の物語 ~ 約束の剣 ~  作者: 鈴木しゅら
第七章 剣の物語
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7-9 賢者からの招待

 街の風景が左から右に流れていく。

 フィオリトゥーラの碧い瞳が、過ぎゆく十番区の街並みを映していた。

「なんか、フィオさんのその恰好、久しぶりに見た気がするよね」

 斜め向かいに座っていたガルディアに言われ、フィオリトゥーラは自身の臙脂色のチュニックの胸元へと視線を落とす。

 それから再び顔を上げると、立てかけてあるカルダ=エルギムの両手剣が右肩の上でわずかに揺れた。反対の左肩からは、三つ編みにした白金の髪が垂れ下がっている。

「確かにそうですね」

 ガルディアが口にしたとおり、今日より前にこの服装をしたのはもう一週間以上も前のことだった。

 あの闘いの夜が嘘のように、何事もない平穏な時が流れていた。

 あの日から今日までの八日間、フィオリトゥーラは日々をドレス姿で過ごし、カルダ=エルギムの両手剣にもほとんど触れることをしなかった。

 ザリとの闘いで得た感覚を忘れないようにという思いがありながらも、その反面、動きやすい服装に身を包み、剣に手を触れさせてしまえば、身体が何かを求めて衝動的に動いてしまうのではという不安もあった。それゆえに、誰にも語らなかったがあえて避けてきたのだ。

 そんなフィオリトゥーラとは反対に、ガルディアはよく裏庭で剣を振っていた。

 ただし、そこでは彼の主武器であるはずのショートソードはあまり見られず、その手には短剣が握られていることの方が多かった。

「反対に、ディルが何も持ってないのが不思議に見えるよね」

 ガルディアが、隣のディルを見て笑う。

 フィオリトゥーラの正面に座るディルは、まだ左腕こそ吊って固定してあるものの、その肌艶や血色は随分とよくなり、胸の包帯がチュニックの下に隠されていることもあって、負傷したばかりの頃と比べると、かなり平時の彼に近い印象に戻っていた。

 まだ目立つ頬の傷も、赤々としているもののしっかりと塞がり、今は細い線になっている。

「今の俺がシミターを持ってたって意味ねえからな」

 ディルはつまらなさそうに言うと、自由な右手で自身の銀髪を掻きむしる。

 結局、ディルがベッドから立ち上がり歩けるようになるまでには、目覚めてからさらに三日間を擁した。

 医師のカルツが「衰弱している」と診断したとおり、負傷した箇所以外でも全体的にその身体は疲弊しきっていて、ベッドから降りようとした初日は、満足に立ち上がることすらできなかった。

 ちなみに、歩けるようになって最初にディルが向かったのは外の浴場だった。時間が経つにつれて自身の髪の状態に苛立ちが増していたらしく、浴場に辿り着くと、右腕一本で髪を引き抜くような勢いで洗っていた。

 ただ、それ以外では極力ベッドの上で過ごした彼は、一日に五、六回の食事を摂り、夜以外の時間もよく睡眠に当てていた。今日も、外出はするにしても極力負荷をかけないようにと、本人も含めて全員がその身体を気遣っている。

「今日は、何かあったら僕たちがシミターの代わりにならないとだね」

「そうですね」

 ガルディアが茶化すように言うと、フィオリトゥーラも笑みをこぼし、それに同調した。ディルは小さく舌打ちをすると、視線を窓の外に逃がす。

 そんな三人の様子を見ていたクローディアが、フィオリトゥーラの隣で笑っていた。

「今日はそういうのはないから安心していい。――レディシス、注意しろよ!」

 彼女が前方へ声をかけると、客室と御者席を繋ぐ窓から、男にしてはほっそりとしたその白い手が覗き、それがひらひらと揺れて返事をした。

 三人は今、クローディアとともにレディシスが駆る黒塗りの馬車に乗り、北部七番区にある「憂鬱な待ち人」へと向かっていた。



 フィオリトゥーラはわずかに顔を出し、再び窓の外を眺める。

 ゆっくりと流れていく風景。降りそそぐ真昼の陽光が路上や並ぶ建物を照りつけ、その眩さに彼女はわずかに目を細めた。

 頬に触れる緩やかな風が心地よい。以前に乗った時と違い、今日はゆったりとした速度でレディシスの馬車は環状路を進んでいく。

 クローディアは念を押していたが、レディシスは屋敷を出て以来、ほとんど加速や減速を感じさせることなく、人が早足で歩く程度の一定の速度を保って馬車を走らせていた。当然時間はかかるが、これならばディルの身体に余計な負担はかからないだろう。

 いつだったか、風の穏やかな日に湖上を行く大きな船に乗った時の、そんな感覚をフィオリトゥーラはふと思いだす。そのぐらい乗り心地の快適さは相変わらずで、ともすれば馬車に乗っていることを忘れてしまえるほどだった。南部から東部十番区までを駆け抜けた前回の時も、揺れの少ない見事な馬車だと感嘆したものだったが、この速度だからこそあらめたてその優れた性能を体感できていた。

「ほんと凄いよね。浮いてるんじゃないの、この馬車。どうなってるんだろ?」

 出発直後にも驚いていたガルディアが、足元を覗いたりしながら、あらめたてそんな感想を口にする。

 カランカランと、御者席で鐘が鳴った。

 気がつけば、馬車はもう東部の北端に位置する十五番区の広場を抜けようとしていた。ここから関所を抜け、馬車は北部地区に入っていく。

 スラクストンの屋敷にプレシャスからの手紙が届いたのは、エリオス来訪から二日後のことだった。

 この馬車にも掲げられている剣位の紋章が押された封蠟で閉じられた手紙には、エリオスから剣を預かったことと、今後のその保管についての了承の意、そして今回の件の報告と達成祝いを兼ねた席を設けるので、手紙の到着から五日後に迎えを寄こす、との内容が記されてあった。

「うわ……」

 ガルディアがその光景に驚き、小さく声をもらす。今日も関所は素通りで、やはり衛兵と剣律騎士団員が行儀よく並んで礼をしていた。事前に聞かされていても、この都市の生活に慣れた身であるからこそ、これには驚きを隠せない。

「あんなの見ると、なんか緊張してきちゃうよね」

 手紙には三人で来てほしいと明確に記されており、プレシャスと初の顔合わせとなるガルディアは、朝からそれを楽しみにしていた。

 今も、次第に高揚していくその様子が、傍からでも容易に見てとれた。

 関所を通り抜けた馬車は、北部の関所前の広場を左に曲がると、そこから丘の上を目指して、長い坂道をゆるゆると上っていく。

 そうしてしばらくすると、窓から顔を覗かせたガルディアの視界の中、青と緑に彩られた鮮やかな外壁を持つ帝国様式の建築物が、丘の上からその姿を覗かせた。



「おめでとう。貴女の剣が無事戻ったことを、私も嬉しく思うわ」

 よく通るソプラノの声が響く。

 この空間を囲むビロードのカーテンにそれが吸いこまれていった後は、円卓の隣にある巨大な時を刻む装置だけが、コトコトと規則的な歯車の音を変わらず鳴らしていた。

 天上高く吊り下げられた巨大なシャンデリアが、吹き抜けになっているこの「憂鬱な待ち人」のホール中央を淡く照らしだし、そこから白と黒が均等に配された幾何学模様のモザイクタイルの床が全体に広がる。

 広大なホールはがらんとしていた。普段は置かれているはずの客用のテーブル類など他の一切が片付けられ、今日は中央の時計の脇に、一台の円卓とそれを囲む六脚の椅子だけが用意されてある。

 プレシャスは金属製の杯を手にすると、それを数秒かけてゆっくり小さく掲げてから、次にさらにゆったりとした動作で、その口元へと寄せた。

 他の五人も、それを受けて同様にそれぞれの杯を掲げてから、そこに注がれた琥珀色の液体を思い思いに口へと運ぶ。 

 大きな円卓には、皆を待ち受けていたプレシャスが正面奥、その両隣にクローディアとレディシスが並び、三人はその向かい側にフィオリトゥーラを中心にして座っていた。今日はヴァレルの姿はない。

 ディルは眉をひそめながらその味を確認するように再度杯を口にするが、ガルディアは上質な白ワインの深い味わいと華やかな香りに素直に驚き、目を丸くしている。そんな二人の間で、フィオリトゥーラも満足そうに淡く微笑んだ。

「九百七十四年、かな。香りは芳醇(ほうじゅん)だが少し緩いな。もう少し早く出会いたかった」 

 プレシャスの好む銘柄を知った上で、レディシスがそんなことを呟く。

「ふうん。伊達に毎日アルコールに浸かって生きているわけじゃないんだな」

 クローディアはそんな皮肉を口にするが、それをそうと受け止めていないのか、レディシスは、ふふりとその顔に得意げな笑みを浮かべていた。

「まずは、私の方から謝罪させていただきます」

 濡れたように艶やかな黒髪も大きな髪飾りも微動だにしない。花を思わせる群青色のドレスに身を包んだ小柄なプレシャスは、精巧な人形かと見まがうほどの佇まいと美しさで、今日もその瞬きすら制限されているかのように、最小限の動作のみをひどくゆっくりと行う。

「〝拝黒の幹部〟と報告された者が、まさか剣位授与を控えた剣律騎士団の幹部、〝ヴァルター・ヴェンツェル〟だったなんてね」

 見開いたような大きな目の中、赤が覗く深い色の瞳が三人へと向けられた。

「〝拝黒の翼〟は、聖剣教の教義やこのアルスタルトの規則に反する行いを生業に利益を得ている組織だけれど、その運営は裏で聖剣教が取り仕切っているの。私の知るかぎりでは第二教会の司祭〝メルツァー〟を実質の長とし、実働部隊のリーダーは〝ルカ・デロルト〟という男が担っていたようだけど、メルツァーの上にヴェンツェルが繋がっていたというのは私も初耳でした」

「情報は、〝第二教会の神官〟って奴からだったよな?」

 ディルが、ボトルから杯にワインを注ぎながら訊ねた。三人をここまで案内した支配人のネイサンはすでに席を外しているので、ディルは遠慮なく自身のペースで酒を放りこんでいる。

「ああ。〝リーネル〟の奴、途中で怖くなるくせに出し惜しみなんかしやがって」

 クローディアが答えた。リーネルというのが、情報元の神官の名のようだった。

 そうも簡単に名を明かしてよいのかと、ディルはさり気なくその表情をうかがうが、プレシャスに気にした様子は見られなかった。

「あの日の〝終刻〟頃になって、そのリーネルが直接この〝憂鬱〟にやってきたの。ずっと揺らいでいたらしくて、最終的に私の方が怖くなって慌てて来たそうよ。まったく心外だわ」

 プレシャスはそう言うと、わずかに唇を尖らせる。

 そんな彼女の様子を眺めながら、ディルはなんとなく、見たこともないリーネルという男のことがかわいそうに思えてしまった。

 おそらくそれは、ヴェンツェルという剣教上層の者の動きを外部に漏らした後のリスクと、このプレシャスとを天秤にかけて、最後まで悩んだ結果の行動だったのだろう。

 怖くなって……、か。

 そしてそれは、その男にとってヴェンツェルと並べて比較される圧力が、このプレシャスにあるということを如実に物語っていた。

 ディルは今日もまた、この幼き少女のような見目の賢者に、得体の知れない「怖さ」を感じた。

「そしてさらに、フィオリトゥーラには重ねてお詫びしなければならないわ」

 プレシャスの言葉にフィオリトゥーラは首をかしげる。彼女からすれば、感謝こそすれ謝られる筋合いなど微塵も感じていなかった。

「緊急のこととはいえ、〝エリオス・アール=デイ〟に状況を伝えるという手段を、断りもなくこちらで勝手に選択してしまったことです。本当にごめんなさい」

 言われて思いいたりフィオリトゥーラはそのことかと納得するが、それでも気持ちは変わらなかった。

「いえ。むしろ、最良の選択をしていただけたと感謝しています」

「ああ。正直、俺たちだけであの場を切り抜けるのは、難しかっただろうからな」

 ディルが続き、ガルディアもそれに、うんうんとうなずく。

「それはよかったわ。さて、それではとりあえず食事にでもしましょうか。ささやかながら色々と用意させてあるの。〝西〟の味が口に合うとよいのだけれど」

 プレシャスが呼び鈴を鳴らすと、ホール正面奥の大きな階段の脇から、ネイサンと、次いで白いブリオー姿の女性店員数名が現れ、円卓へと料理を運んでくる。

 まだ最初の一品が運ばれただけだったが、丁寧に盛りつけられた彩り豊かな料理に飾られた円卓の様子を眺め、ガルディアは「うわあ」と思わず感嘆の声をもらした。

 ディルは、野菜と肉を巧みに組み合わせ拵えられたその前菜を、訝しみながら口に放りこむが、味は合格だったようで、咀嚼して飲みこんだその様子は非常に満足げだった。


「それにしても貴方たちは、想定以上の脅威を前に随分と活躍されたようね。エリオスから少しだけ話を聞いているけれど、直接聴きたいわ。よかったらあの夜のことを詳しく話してもらえないかしら?」

 頃合いを見ながら一品ずつ料理が運ばれてくる帝国上流の様式の食事が進められる中、プレシャスがそんな要望を口にした。

 そんな彼女の申し出に顔を見合わせると、三人はひそひそと簡単に話しあった後、再びプレシャスへと向きなおし、そして、あの長かった夜の闘いのことを語り始める。

 フィオリトゥーラを中心に、三人がそれぞれ自身に起きた出来事を交互に交えながら、まるで依頼主に仕事の結果でも報告するかのように、全てが事細かくプレシャスへと伝えられた。

 途中、ディルもガルディアも、「ここまで話すか?」と互いの言動に驚いたものだったが、どうしてか三人がともにそうすることが正しく思え、また、嬉しそうに耳を傾けるプレシャスを見ると、不思議とついつい滑らかに口が動いてしまった。

 三人の話は、エリオス・アール=デイがヴェンツェルの首を刎ね、あの場に戻ったガルディアとともに、皆で産業路から撤収したところで終わりを告げた。

 食事の最中に似つかわしくない話ではあったが、この聖地ではそれも違和感なく、聞き終えたプレシャスは満足そうな笑みをその顔に浮かべた。

 そんな彼女は、余韻を楽しむようにその尖った白い顎をわずかに上げ、視線を宙に漂わせている。

「素晴らしいわ。こんなに楽しく素敵な話は久しぶりに聴かせてもらいました」

 プレシャスは感心した様子で、特に、ディル自身も不可解なまま話したヴェンツェルとの闘いについて語られた時には、彼女らしからぬ、ぴくりと素早く眉を動かす反応を見せ、自分でも予想外だったのか、続いてそれをすぐに自制するかのような振舞いさえ見せていた。

「ヴェンツェルといえば、明日の〝教会報〟で急死の報が掲示されるそうよ。〝病死〟ですって。聖剣教が送りだす久方ぶりの剣位だったわけだし、あちらとしてはきっと、少し濁して〝事故死〟と発表することすらプライドが許さなかったのね」

 すでにメインの肉料理も済み、並べられたデザートを前にしていた三人が揃って顔を上げる。

 見れば、プレシャスの笑みが一瞬だけ冷たいものに変わっていた。

「そのように処理されたこともあって、私に届く情報のかぎりでは、今回の件について、教会が積極的に動くことはなさそうよ」

 それを聞いてフィオリトゥーラとガルディアは少なからず安堵し、ディルは「当然だろ」とばかりに意識的につまらなさそうな表情を見せながら、今はまた種類の異なったワインが注がれている杯を口にする。

「ちなみに、今日ヴァレルがこの場にいないのは、そのヴェンツェル急死に関連する案件で呼びだされているからなの」

 一人違う反応を見せていたディルだったが、続くその一言にその手を止めた。

「この時期に剣位に空きが出てしまったのは、聖地の運営としても想定外だったのでしょうね。詳しくはわからないけれど、十二月の〝剣儀祭(けんぎさい)〟に向けては、どうやら〝特別枠〟が設けられることになりそうよ」

「――じゃあ、ヴァレルは」

「今頃は、大教会で他に召集された剣闘士とともにその説明でも受けている頃かしら。おそらくは、来月のガーデンの代替戦として、〝ネクスト〟数名による〝特別枠〟を賭けた臨時大会でも開催されるのでしょうね」

 ディルは杯を置き、右手の拳を握りしめる。

 「剣儀祭」は、毎年年末に開催される剣位十二人による大会を中心とした、約一か月間続くアルスタルト最大級のイベントだ。

 ディルがまだこの都市に訪れる以前の出来事ではあるが、そこのイベントでの特別枠については耳にしたことがあった。

 剣位の枠が空席となったままその開催期間に突入する場合、Aランクネクスト(上位)四名から八名によって、一日でただ一人を選出するワンデイトーナメントが事前に行われ、その勝者によって空いた枠が埋められるというものだ。

 前回にそういった臨時大会が行われたのは五年も前のことだったが、空位を埋めたネクストの剣闘士が目覚ましい活躍を見せたことで、その年の剣儀祭は、今もよく語られるほど波乱に満ちたものとなったらしい。

「マジかよ……」

 急激に訪れた興奮がディルを支配し、その身体を震わせた。

 ヴァレルも含め、自分が名を知るAランク屈指の剣闘士たちが、ひとつの席を巡り闘うさまを漠然とでも想像すると、今の不甲斐ない身体、そして現状の自身の立ち位置がひどくもどかしかった。

「そんなのあるんだ、凄いね……。それって、もしかしたら予定してたムーンライト戦よりもチケットの倍率高くなっちゃうんじゃないの?」

 ディルほどではないが、ガルディアも聖地の剣闘士らしく当たり前に興味を示していた。

 そんな二人をよそに、クローディアとレディシスは「ふうん」とさほど気にした風でもなく、フィオリトゥーラは相変わらず、話としては理解できてもあまりピンと来ていない様子だった。

 その後、数種類の果実を贅沢に使ったデザートなども食べ終えると、食後は聖地の定番らしく、見慣れた二段式のティーポットが運ばれて、皆のカップに紅茶が注がれていく。

 茶の用意を済ませると白いブリオー姿の女性店員たちは姿を消すが、紺色のローブに身を包んだネイサンだけが、プレシャスの脇に控えたままこの場に残った。

 コトコトと、いつまでも続く時計の歯車の音だけが、ホールの中に響きわたっている。

 プレシャスはその瞳だけをゆっくりと動かして、場を確かめるように順に皆の姿を眺めていった。

 そんな彼女の様子を見たディルは、なんとなく「それ」を予感した。

 エリオスを通じてプレシャスのもとに渡ったことは、フィオリトゥーラの口からすでに聞かされている。ここに来ると予定された時から、期待はしないようにと努めながらもそれが頭の隅から離れることは決してなかった。

「フィオリトゥーラ」

 最後に、正面のフィオリトゥーラのところでプレシャスの視線が止まる。

「貴女に許可を求めます」

「どのようなことでしょうか?」

「あの剣をこの場で皆に披露したいと考えているの。ひとつの結末として、何が奪われ何が取り戻されたのか、この件に関わった者たちでその姿を共有しませんか?もちろん、貴女が望まなければ私はそれを強要はしないし、必要であればクローディアとレディシスには席を外してもらっても構わないわ。ただ、少なくともディルとガルディアには、それを目にする資格があると思うの」

 プレシャスは微笑み、そのままフィオリトゥーラの碧い瞳を見つめた。

 フィオリトゥーラは迷うことなく即答した。

「私も同様に考えていました。問題ありません。私の名において正式に許可させていただきます。この場に揃った誰一人欠けることなく、存分にご覧下さい」

 気品に満ちたその表情と声に、その両脇でディルとガルディアが息をのむ。

「ありがとう。それでは、ネイサン。こちらに〝アレ〟を持ってきて頂戴」

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