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千の剣の物語 ~ 約束の剣 ~  作者: 鈴木しゅら
第七章 剣の物語
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7-3 ガルディアの困惑

「しかしまた、見事なまでにやられてきましたな。こんなディル様の姿を見るのは初めてのことです」

 いつもの厳格な表情の中にどこか楽しそうな笑みを混ぜながら、スラクストンが言った。

 ディルの自室である三号室に皆が集まっていた。

 ディルが横たわるベッドの傍らにフィオリトゥーラが寄り添い、反対側にガルディア、そしてその背後にスラクストンとリディア、それから医師のデーニッツが並ぶ。

何かあった時の人手としてスラクストンが臨時で雇った二人の男は、ディルをここまで運ぶ仕事を終えた後、賃金を渡されすでに帰されていた。

「――だが、完璧な治療が施されている。これでは私はいらなかったね」

 茂みのような量感ある髭の上に顔を乗せて半分埋めたような男が、もこもことその髭を動かして喋った。

 オレンジ色のローブに身を包んだ中背で小太りのこの男は、デーニッツという名の十番区にある医院の三級医師で、これまでにディルやガルディアと顔を合わせたことはなかったが、この屋敷に部屋を持つ剣闘士が重傷を負った際には、スラクストンは基本的にこの医師に治療を依頼している。

「四番区のカルツ医師か。あの人は〝一級〟の肩書だけじゃなく、腕も本物と評判だからな」

 自分より十ほど歳下のその医師の名を聞かされた時、彼は「ほう」と驚いていたが、今もまた感心して「ううむ」と唸りをあげていた。

 フィオリトゥーラはディルの寝顔を眺めたまま、四番区の医院で治療を施していたカルツの姿をなんとなしに思いだす。

 まだ三十代半ばにして聖剣教より一級医師の免状を受けているという彼は、知的な顔とそれに似合わぬチュニック越しでもそうとわかる剣闘士顔負けの引き締まった肉体を持った長身の男だった。

 そんな彼は、表情ひとつ変えずに運びこまれたディルの患部を躊躇なくまさぐり、蒸留酒を使った消毒時には、苦痛に身をよじるディルの身体を易々と片手で押さえこんで、難なく治療を施していた。

「まあ、言われたとおり一か月ぐらいは安静だろうね。動けるようになっても左腕は首から吊って、なるべく肩に負担をかけず、固定している包帯も外さないこと。歩いたりは構わんが、走ったりして衝撃を与えるのは駄目だ」

「すまなかったな。こんな時間まで」

 スラクストンが言うと、デーニッツは自身の仕事道具が入った革袋を手にしながら答える。

「いや、構わんよ。報酬は十分貰ってるしな。また顔を出すが、何かあったらすぐに呼んでくれ」

 フィオリトゥーラは立ち上がり、去り際の医師に会釈した。

「ありがとうございました。よろしくお願いします」

 デーニッツが部屋をあとにすると、見慣れた顔ぶれだけとなった三号室の中に、しばしの沈黙が流れる。

「さて……。そろそろ夜も明けそうではありますが、お二人もお休みになられてはいかがですか? ディル様は私とリディアで看ていますので、ご心配なく」

 スラクストンが部屋の中を見渡しながら言った。三号室の中には、この部屋の物ではない数脚の椅子などが運びこまれてある。

「あ、冷えてしまってますけど、食堂に簡単な食事が用意してあります。よかったらお休み前にどうぞ。必要な分だけ食べたら、あとはそのままにしておいてもらって平気です」

 隣でリディアが、いつもと変わらぬ笑顔を見せる。

「お二人は大丈夫なのですか?」

「皆様が帰宅されるまでの間、私とリディアは交代で休んでいましたので、問題ありません」

「それでは、お任せいたします」

 フィオリトゥーラは剣の入ったケースを手にすると、会釈し三号室を出ていく。

「それじゃ僕も……」

 どこか浮かない表情のガルディアが、それに続いた。



 いつもの夕食時と同様に小振りなシャンデリアの明かりに照らされた食堂には、それぞれ少量ずつだが、好きに選んで簡単につまめるようにと配慮された食事が並んでいた。

 フィオリトゥーラは食堂に入ってケースを部屋の隅に置くと、背後のガルディアへと振り返る。

「ガルディアさんはどうされますか? 私は飲み物だけでもいただこうとかと思っていますが」

 ガルディアは食堂に入らず、扉の前で立ったままだった。

「あ、うん……」

 ガルディアは小さく微笑みうなずいた。

 フィオリトゥーラは、淹れた後で別のポットに移しかえられた紅茶をカップに注ぐと、それを口につけ一度喉を潤した後に、ゆっくりとだが一気に飲み干す。定期的に淹れなおしてくれていたのか茶はまだほんのりと温かく、身体中に水分が浸透していくような心地よい感覚が広がった。

 その恩恵を強く感じ、ガルディアにも勧めようと振り向いたその時、フィオリトゥーラは口を噤んだ。

 彼女の目に映ったガルディアの顔に、思いがけぬ違和感があった。

 薄く笑みを浮かべてこそいるものの、それはひどく歪で崩れかけていて、引きつった顔の上に一枚笑顔を張りつけたような不自然さが容易に見てとれた。

 フィオリトゥーラが心配そうに覗くと、ガルディアは唇を動かそうとしては少し震わせてを繰り返す。

「ガルディアさん……?」

 フィオリトゥーラが一歩踏みだそうとすると、ガルディアが慌てて手のひらを前に突きだし、それを制止した。

「フィオさん!」

 口にしてから、明らかに「しまった」という表情を見せた後、ガルディアはぶんぶんと首を横に何度も振った。そして、唐突にその場にかがみこむ。

 彼が痛みか何かでうずくまったものと考え、フィオリトゥーラは慌てて手を伸ばそうとするが、ふと気がつき、その手を止めた。

 片膝を床につき、頭を垂れたその様子……。違った。ガルディアは跪いたのだ。

 エリオスが見せたような洗練された姿とは異なり、ガルディアの礼はひどくぎこちないものだった。

「いえ、ラーシアル様! 知らぬこととはいえ、これまでの数々の無礼、大変な失礼をいたしました!」

 床に顔を向けたまま、ガルディアが目一杯声を張って言った。その声はひどくうわずっていた。

 フィオリトゥーラはそんな彼の姿を前に困惑するが、すぐにエリオスが何度もその名を口にしていたことを思いだすと、そうか……、と諦めたようにその表情を落ちつかせる。

 ガルディアは知っていたのだ。「ラーシアル」という名を持つ者が何者かを。

「ガルディアさん……。どうか顔をお上げください。私は確かにラスタートの者ですが、そこに属しているのならばともかく、貴方がそのように振る舞う必要を私は感じません」

 フィオリトゥーラがそう声をかけても、ガルディアは顔を上げず、そのままで固まっていた。

 違う……。いつものままでいてほしい。

 フィオリトゥーラは素直な想いを口にしかけるが、それを許していないのは自分の存在なのだと、そんな当たり前のことにあらためて気がつき、その顔を歪ませる。

「……素性を隠し偽っていたこと、本当に申し訳なく思っています。こちらこそ、非礼をお許しください」

 何も答えずにいるガルディアに、フィオリトゥーラはそのまま続ける。

「その上で申し上げますが、私は、皆さんと今までどおりの関係を続けたいと願っています。ですから、どうか――」

 フィオリトゥーラはそこまで言うとかがみこみ、ガルディアと同じ高さまで自身の頭を下げた。

「……てるんだ」

 かすかに声が聞こえた。

「……僕だって、わかって、るんだ」

 かすれた小さな声は、その断片だけがフィオリトゥーラの耳元に届いた。

「フィオさんが、こんなことを、望んじゃいないだろうって」

 次第に安定していくが、その声は大きく波打つように震えている。

 フィオリトゥーラはガルディアにかける言葉を探すが、それはすぐには見つからなかった。

「この状況をさ、どう受けとめたらいいか、全然わからないんだ……」

 ガルディアは言いながら、頭の位置をさらに床につきそうなほどまで下げる。

 意識してそうしたわけではなかったが、相手が何者かを理解していながら、これまで通りの口調で話すために、そんな風にしてバランスをとろうとしていた。

 どうか……。

 フィオリトゥーラは思わず口を開きかけるが、ただ顔を上げてほしいという願いも、今の彼にとってはさらなる重荷となってしまうだろうかと、噤んで唇を噛む。

闘いを終えたばかりの身体を休めるべきだというのに、このようなことをさせてしまっている――。

 だが、そう思ったことで、ほぼ無意識に次の言葉が口を出た。

「明日……」

 そう。今、私がこの場にいてはいけない。

「今日は様々なことがありました。この話は、また明日にでもいたしましょう」

 ガルディアは顔を上げずにいるが、構わず続ける。

「私はこのまま自室に戻ります。ガルディアさんも、身体をお大事に、今日はもうお休みになられてください……」

 フィオリトゥーラは、部屋の隅に置いていたケースを手にすると、応接室の側から足早に食堂を出ていく。途中、跪いたままのガルディアを見ると、ちくりとした痛みが胸を刺すが、あえてそれを視界から振りきり、そのまま立ち去った。



 七号室の扉を閉めると、フィオリトゥーラは黒いケースを床に置き、金属製のロックを外して、その中身を取りだす。

 丁寧な動作で鞘に入ったその両手剣を抱えると、それをベッドまで運び、壊れ物でも扱うように優しく置いた。

 先に部屋に戻してあった自身のカルダ=エルギムの両手剣と比較すると、その全長はあまり変わらないが、いくらか幅が広い。黒檀で作られた鞘は、炎を象った金色の装飾が全体に施され、ガードに近い部分には小さくラスタート王家の紋章が輝いている。

 その紋章に目を止めながら、先のガルディアとのことを考えた。いや、ガルディアだけではない。

 ディルもまた、私の素性を知ればあのように困惑してしまうだろうか……。

 フィオリトゥーラは、自らがこの地に訪れてから出会った者たちの顔を順に脳裏に思い浮かべていく。ほんの少し言葉を交わしただけの者も含めて、まだ出会って数日程度のそれらが、ひどく愛おしいものに感じられた。

 あらためてベッドの上の剣を眺める。その鞘に、そっと手を当てた。

 闘いと同じだ。きっと、相手を見過ぎてはいけないのだろう。

 私がどうありたいか。まずそれを前提に考えて行動し、その結果、望まぬ形となってしまっても、それを受け入れる覚悟を持つ。

 それでいい――。

 そう決めた瞬間、胸の奥からするりと何かが抜け落ち、それに呼応して緊張していた心と身体が解放されると、蓄積していた疲労とダメージが一斉に姿を現し、全身にのしかかってくる。

 徐々に鈍く重くなっていく身体が動かなくなるより前にと、自らを守っていた戦闘服を辛うじてその場に脱ぎ捨てると、フィオリトゥーラは肌着のままベッドの上に倒れこんだ。

 そして、形見の剣に寄り添うように身体を預けると、すぐさま深い眠りへと落ちていった。

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