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千の剣の物語 ~ 約束の剣 ~  作者: 鈴木しゅら
第七章 剣の物語
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7-2 帰還

 馬の蹄と馬車の車輪が立てる規則的な音を耳にしながら、フィオリトゥーラはただディルの姿をじっと見つめていた。

 今はどのぐらいの時刻なのだろうか……。

 四番区の医院の中で、真夜の刻を報せる鐘の音を聞いたのは記憶している。ひどく長かったような、それでいて、何もかもがあっという間に過ぎてしまったような夜だった。

 フィオリトゥーラは、時折向かいのガルディアへと視線を移す。同じタイミングで身体を小さく揺らされながら、彼もまたディルを見てうつむいたままでいた。ほとんど会話もなく、荷馬車は環状路を北上していく。

「このぐらい元気に反応するようであれば、心配はなさそうですね」

 医院の中でエリオスは笑顔でそんなことを口にしていたが、傷口の消毒や治療を受けるディルは、意識が定まらずもその身をよじらせ苦しそうに呻き声を上げ、そんな姿を見るのは辛いものがあった。

「十番区ですよー」

 荷馬車を操るファラールが振り向き声をかける。

 それを受けて、ガルディアが荷台の前方に移動し、御者席の背後から外の様子をうかがった。

 馬車を牽く二頭の馬の前方を、エリオスを乗せた白馬が先導している。

「あ、そろそろです。あの門灯がついてる門の前で」

 ガルディアがファラールに伝えると、その声が聞こえていたらしく、エリオスの白馬が加速を始め、一足先に屋敷の門前へと到着した。ひっそりとした夜の十番区の街並みの中、唯一スラクストンの屋敷だけが複数の窓から明かりを放っていた。

 ファラールが手綱を握り減速を開始すると、一頭の馬がいななき、それにつられるようにもう一頭も声を上げ、丁度荷台の後方を門の中央につけるようにして荷馬車が停止する。

「ラーシアル様は〝剣〟をお持ちください。私とファラールでディル君を運びましょう」

 いつの間にか馬を下りていたエリオスは、軽々と荷台の上に飛び乗ると、そのまま脇に積んであった担架を引きだしディルの隣で広げる。

 担架は医院で借りた物で、二本の木の棒の間に厚手の麻布が張ってある簡易的な物だが、丈夫そうな代物だった。

 御者席から現れたファラールは担架の端を持ち、エリオスがディルの身体を傾けるとその下にそれを差し入れる。

 エリオスの従士であるファラールの配下の男たちとは第三産業路のあの場で分かれ、以降はこの四人と負傷したディルのみで行動していた。

「あ、代わります!」

 藍色の袖に包まれたファラールのほっそりとした針金のような腕を目にして、ガルディアは慌てて駆け寄り、担架の端に手をかけた。

「それでは、おまえは屋敷の中の者を呼んできなさい」

 エリオスが指示を出すと、ファラールは素早く御者席側に戻り、そのまま馬車から飛び降りていく。

「それでは、まず私が先に降りますので、君は荷台の端までこれを押してもらえますか?」

 ディルを乗せた担架を降ろす作業の中、ガルディアは正面に向き合うエリオスを見て、その心臓の鼓動を高鳴らせた。

 緩やかに波打った優雅な金髪、すっと通った鼻筋、中性的な細く白い端正な顔の中、フィオリトゥーラのそれと似た色を持つ碧い瞳が、こちらに目を合わせてくる。

 爽やかな笑み。自然と満ちあふれる自信と、それを誇示することのない圧倒的な余裕が感じられた。

 この夜闇の中でも、まるで真昼の太陽のような輝きを放つ男だった。

 いやいや――。アール=デイが僕と一緒にディルを運んでるとか、それっておかしいでしょ……。

 門の中に担架を運び入れた時、ガルディアは自身の膝を小刻みに震わせてしまっていた。ふわふわとして、足が地についている感覚が希薄だった。

 屋敷の玄関扉が勢いよく開くと、スラクストンを先頭にリディア、それから見慣れない数人の男たちが次々に姿を現す。ファラールが呼び鈴を鳴らすまでもなく、気配を感じて出てきたようだった。

「ふむ。人手は足りているようですね。それならば、あとはお任せするとしましょうか」

 担架を降ろすと、エリオスがガルディアに微笑みかける。

「はい!」

 ガルディアはかしこまり、しっかりとした返事を発した。すぐに皆が、担架の周囲を囲み始める。

 そんな中エリオスは、黒いハードケースを手にしたまま門前で佇むフィオリトゥーラのもとへと歩みよっていく。

「えええッ⁉ ディルさんッ⁉」

 リディアの悲鳴が聞こえた。それもそのはずで、ディルは上半身と左腕を包帯などでしっかり固定されているだけでなく、他の出血部分などもまとめて圧迫するために、頭の先から両腕まで、そのほとんどを包帯でぐるぐる巻きにされているのだ。

「よし。中に運びこんでくれ」

 スラクストンの指示で、見覚えのない三人の男たちのうちの若い二人が担架の両端を持ち、軽々と玄関へと運んでいく。リディアが慌ててそのあとを追いかけていった。

 その様子を見送ると、スラクストンはガルディアの隣に立つ。

 ガルディアは疲れたように肩を落とし、門前で向かい合う二人の姿をぼんやりと眺めていた。

「あんな姿になっちゃってるけど、ディル、それなりに大丈夫みたいだから」

「それは安心しました」

 スラクストンはそう答えながら、夜闇ではっきりわからずとも、フィオリトゥーラが手にしている大きなケースのシルエットを見つけると、その口元に小さく笑みを浮かべた。

「無事完了したようですな」

「あは……。そうだね。何が無事なんだかわからないけど」

 ガルディアは苦笑する。



 フィオリトゥーラは、両手で取っ手をしっかりと握って黒いケースを正面に下げたまま、ただ眼前のエリオスの様子をうかがっていた。

「怪我の状態からディル君の治療を優先させていただきましたが、貴女様も無傷ではないご様子。しっかりと治療を受け、ゆっくりとお休みなさってください」

 そんな優しい言葉を耳にしながらも、やがてそれが厳しいものに変じるのではと、フィオリトゥーラは身構える。

「フィオリトゥーラ様も、そのような顔をなさるのですね」

 エリオスがその目を細め、温かな笑みをその顔に浮かべた。

 フィオリトゥーラは言われてハッとする。

 思えば、アルトゥラステリオを介して王宮で幾度かエリオスと顔を合わせた際には、自分はただ微笑むことしかなかった。

「今回の件、悪いようにはいたしません。私は、明日の夕刻頃にでも、またこちらに参上させていただきます。ひとまず、我らの〝剣〟はお預けいたしますので、今は、私どもにとっても貴女様にとっても大切なその剣が戻ったことを、素直にお喜びください。その笑顔が私どもを照らし、それが常に我らの力となるのですから」

 そんなエリオスの言葉が、張りつめていたフィオリトゥーラの心に触れ、何かを軽く押した。それをきっかけに、絡まり固く結ばっていたものが連鎖して次々にほつれていく。

「はい……」

 自身の震える声を耳にした直後、温かいものが溢れだし、両の頬を伝った。

 力の抜けた膝が折れるとそのまま身体が崩れ、地面に置いたケースの上に手をつく。

 フィオリトゥーラは顔をうつむかせ、その華奢な肩を震わせた。

 戻ってきた! この手に戻ってきたのだ!

 傷ついたケースの表面を手のひらで優しく撫でる。

 あの笑顔が、涙が、約束が、夢が、未来が、兄さまが! アルトゥラステリオという最愛の剣士が、私に託した剣が!

 幾度か瞬きを繰り返し、顔を上げてみれば、歪む視界の中でフィオリトゥーラの視線と同じ高さにエリオスの金髪があった。

 いつの間にか彼は跪き、フィオリトゥーラに向けて頭を下げていた。

 それを目にしたフィオリトゥーラは涙を拭って立ち上がる。

「エリオス・アール=デイ、ご苦労でした。貴方と従士たちの今宵の働きに感謝いたします。また明日、お会いしましょう」

 気丈に振舞ってみせた後、フィオリトゥーラは振り向くと、屋敷に向かって颯爽と歩きだした。

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