6-4 あるはずのない剣
狭い路地を直角に曲がると、建物と建物の間、視界の先に左右に伸びる通りが見えた。
よし、到着ッ!
ガルディアは足を滑らせてブレーキをかけると、通りに出る少し手前で立ち止まった。
黒いハードケースを縦にして抱え、そっと顔だけを覗かせる。左右を順に見渡すが、夜の通りに人の姿はない。
静寂に包まれたその場所は、付近の建物からの灯りなども皆無に等しく、ただ月明りだけが全てを均等に薄く照らしていた。
動くものはないかと注意すると同時に、耳を澄ませながら、ガルディアはゆっくり通りへと出ていく。
夜空に浮かぶ月の方角を見る。ここからは、この通りをひたすら全力で駆け抜ければいい。
そう思い足を踏みだした瞬間、背後に物音を聞いた。
慌ててガルディアが振り向くと、どこからか飛び立った一羽の鳥が、羽音を立てながら上空を横切り飛んでいくのが建物越しに見えた。
鳥か……。
だが、音の正体がわかった直後、ガルディアの身体が凍りつく。
その建物の屋上。まるでそこにいるのが当然とばかりに、男が一人佇んでいた。
月明りを受けているというのに、頭の先から足元まで全てが黒い。
その男、デロルトはすでに右腕を小さく掲げていた。
「鳥か……。ツイてない」
呟きながら、デロルトは右手をひょいと振った。
「くッ」
ガルディアは慌てて身をよじる。一瞬煌いたそれは、喉元を狙って放たれていた。
足元から、トスッと何かが地面に到達した音が聞こえた。
完全に躱せたかどうかわからず、ひやりとしたものを首の辺りに感じながらも、ガルディアは即座に地面を蹴り、駆けだしていた。
だが、そんなガルディアと何かで繋がれているかのように、屋上の男も同じ方向へスライドしていく。
え? 追いつかれた? 一人?
走りながら、ガルディアは状況を整理する。
もし別の者に待ち伏せされていたのなら最悪だが、それは考えがたかった。そこまで周到に準備がされているのであれば、最初から襲撃自体を許しはしないだろう。
ならば信じられないが、あの追っ手が追いついてきたということになる。
こうなると、こいつを抱えてるのは厄介だね。
ガルディアの身の丈近くもある黒いケースは、単純に全力で走って逃げるという今の状況においては、この上なく邪魔だった。
ケースを抱えたままのガルディアが全力で走れない一方、屋上の男もまた、建物と建物の間の隙間や微妙な高さの違いなどが障害となるはずだったが、そんな物は関係ないように、男は低い姿勢で並ぶ建物の屋上から屋上へと、するすると移動していく。
しかも、それでいてほとんど足音すら立てていない。修練で身体に染みこんだ技術と彼の習性が、すでに気配を消す必要がないこの局面でさえも自然と発揮されていた。
デロルトがガルディアに並ぶのはあっという間だった。
「面倒くさ……」
逃げきれないと悟ると、ガルディアは男が走っている建物側の壁に身を寄せ、そこで一気に足を止めた。
そして、ケースを壁際にぴたりとつけてその場に置くと、そこから一メートル横に身体をずらす。右手は、すでに左腰の小剣の柄に触れている。
直後に、置かれたケースの上方でキンッと音が鳴り、石壁に何かが弾けた。再び投げられた短剣が、正確にガルディアを狙っていたのだ。
黒い影が路上へと降り立つ。
軽く二メートル以上はある高さから着地したというのに、その場で軽く足踏みした程度の音だけが聞こえた。
ガルディアは躊躇せず小剣を抜く。目の前にいる男もまた、すでに短剣を手にしていた。
ガードもないシンプルなグリップ部分は短く、握った手の中にほとんど隠れてしまっている。刃は真っすぐで、刃渡りは二十センチ程度。ダークと呼ばれる短剣だ。
この暗い中で確認しづらいが、男の腰のベルトには左右三つずつ黒塗りの小さな鞘が固定されており、手にした短剣の他に、残り三本がまだ腰に収められていると思われた。
「拝黒のデロルトだ」
「わざわざ名乗っちゃうんだ?」
ガルディアはそう言って笑うが、男はまるで表情を動かさない。
「問題ない。名乗ることでの不利益が生じない結果を求められている」
ガルディアはデロルトの顔を見た。最初は顔までも黒い布で覆っているかと思われたが、そうではなく、デロルトの肌は黒に近い濃い褐色をしていた。
その中で、冷淡な目が静かにこちらを見つめている。
互いが構えらしい構えをとる前に、ガルディアが無造作に動きだした。
身を低くして距離を詰め、右から左へと小剣を相手の腹の辺りに向けて振るう。
デロルトはほとんど体勢を変えず、小剣の軌道から外れる分だけ、わずかに後退した。
デロルトの身体をかすめるように剣先が前を向いた時、ガルディアは空いていた左手で、トンと小剣のポメルを叩く。それでわずかに軌道を変化させた小剣は、すっとその剣先をデロルトの身体へと潜りこませた。
しかし、手応えはなかった。見れば、デロルトはさらに腰だけを引いて、器用にそれを躱していた。
ガルディアはさらに追撃する。
左手で軌道を変えた時の勢いを利用して右手ごと剣身をくるりと返すと、まだ振り終わっていない状態から強引に、今度は小剣を逆向きに跳ね上げる。全長七十センチ程度のショートソードだからこそ可能な動きだった。
自身の顎の辺りを狙う刃をその目で捉えながら、デロルトは驚きに軽く目を見開かせる。
仰向けに倒れようとするかのように、デロルトは上体を後ろに傾けて小剣をやり過ごしていた。
そして身体を倒しながらも、すっと差しだすようにガルディアの懐へと右手を伸ばす。もちろん、その手にはダークが握られている。
だが、それをガルディアの左手が上からぐいと押しのけた。
二人は同時に間合いを外す。
互いの武器の距離を理解しているためか、それでも二人の間は二メートルほどしか空けられなかった。
「やるな。逃げるよりもこっちの方が得意か?」
「さあね」
ガルディアは厄介だなと思う。
ガルディアが、俗に「ショート」と呼ばれるショートソードを主武器として使う理由は、その殺傷能力と動きの邪魔をしないコンパクトさとのバランスを好んでのことだったが、自分よりも動きが速い相手と闘う場合、その中途半端さが仇となる可能性は常に念頭に置かれていた。
身軽さに重点を置いたため、今日はサブ武器であるショートサイズのタック(刺突剣)も身に着けておらず、一本だけ携帯していた短剣もすでに使ってしまっている。
相変わらず無表情なまま、デロルトが静かにガルディアを見つめる。この距離だというのに、なかなか仕掛ける様子を見せない。
ガルディアは背後のケースへと意識を向けた。ディルとフィオリトゥーラが首尾よく逃げることができた場合、残った者たちが冷静ならば、まずこちらに注意を向けてくるだろう。
長期戦はまずいよね……。
そんな焦りと不安を察したのか、今度はデロルトが先に動きだした。
決められたダンスのステップでも踏むかのように、ディルは華麗に二本の剣と踊る。
自身の動きの邪魔をしないよう、シミターはまだ身体にぴたりとつけたままにしてあった。
ゲインは相変わらずの切れ間ない連続攻撃を繰りだすが、双剣はシミターの近くを狙ってはこなかった。
こいつ、剣を弾かれるのがそんなに嫌なのか?
ディルは、頭部への横薙ぎの左剣をかがんで躱す。
いや、その解釈は流石に都合が良すぎるか?
自問自答しながら、続いて下から浮き上がってくる右剣を、身体をひねってやり過ごす。そして、次の体勢を作るために曲げた膝を伸ばしながら、半歩分だけ後退する。
その時、ゲインの脚がこれまでにない動きを見せた。
前へ踏みこんでくるが、それが双剣の動きに繋がらないように思えた。
ディルがそう感じた瞬間、ゲインの左足が、ディルの右足を踏みつけに来ていた。
双剣を警戒しながらも、ディルは足を引いてそれも回避する。
ゲインが自ら連撃の流れを止めたため、彼の左右の剣はディルを追わず、攻撃態勢を作りなおすための動きに移行していた。
とはいえ、そこに隙らしい大きな隙はなく、ディルは次の攻撃に備えて間合いを外す。
リズムを崩しに来やがった……。
ディルは小さく笑う。
ここまで高速で連続した攻防となると、攻撃を繰りだす側もそれを避ける側も、何かしらのリズムに乗って集中力を保っていることが多い。実際、ゲインもディルも今はそういった状態の中にあった。
ディルは自身の経験上、そんな風にリズムに乗った敵が厄介であることは十分承知しているが、そういった相手は好調に見えてもその実、わずかに流れを狂わせただけで一気に崩れてしまうことも珍しくない。
今は、それをゲインから仕掛けてきたのだ。自らの流れを切ってでも、相手のリズムを狂わせようと。
安易な期待は禁物だが、ゲインの剣をシミターで弾いた先に、戦局を有利に進める何かが見えてくる可能性をさらに強く感じた。
ディルは決断する。
こうなったら、もっと露骨にやるか――。
右胸の辺りにつけていたシミターを少し浮かせて、その刀身の背に左手を添えた。
嵐のような双剣の攻撃に対応している自身の状態も、正直いつまで続くかわからなかった。
少なくとも、今は本来の自分の能力の域を超えてしまっているようにしか思えない。何かが切れれば、一気に終わってしまうことは十分に考えられた。
双剣のどちらかを弾く、と決める――。
今の状態が続いているうちに、まずはそれだけを遂行させる。
添えた左手も使い、シミターを攻撃にではなく盾のように使うのだ。
ただ、こちらから闇雲に双剣を追ったりはしない。その時が来るまでは、ただ構えて牽制するだけでいい。
ゲインはなかなか間合いを詰めて来なかった。その顔に焦りは見られないが、露骨な構えの意図を読もうとしているのか、静かにディルを見据えている。
わずかに呼吸を乱しているものの、それはディルも同じだ。互いに適度に消耗しながらも、まだまだ問題なく動くことができる。
「来ないのかよ」
ディルが言うと、ゲインが笑みを返した。
「ちょっと待ってなよ。そっちこそ、そんな構えで必死だね」
「ああ。必死だからな」
次の瞬間、ゲインが双剣を手にした両腕を、すっと左右に軽く広げた。
それから、左右の剣を同時にわずかに上に放るように手放すと、それぞれの剣がまだ宙にある状態で、素早く手を交差させ、左右逆の手が双剣の柄を掴んだ。
そして地面を蹴る。一気に間合いを詰めてきた。
左右逆にした? 意味あんのかよ?
ディルの目の前でゲインの交差された腕がぱっと開く。
ゲインに合わせて身体を引きながら、ディルはシミターを身体の中心に構えた。
シミターを避けるようにして、ゲインの双剣が微妙な時間差でディルの肩を垂直に狙ってくる。
身体を横向きにしながら、細かく足を動かし順に躱した。
そこから双剣が展開し、左剣、右剣、右剣、左剣とディルを襲った。
攻撃姿勢は先までよりも強気で、シミターを避けるような動きを見せていたかと思えば、逆にシミターに添えた左手を狙ってきたりもする。
基本的には自信があるのだろう。シミターを剣撃に合わせられても、それを避けて当てることができると。
だが、そうして変化をつけてきたことは、ディルがシミターを自由に動かせないようにするための先手を打っているようにも思えた。
そんなとこには合わせねえから、安心しろよ。
ディルは回避を続けながら、双剣だけではなくゲイン自体の動きに注視する。
来る……!
何度も見てきたことで、段々とそれがわかるようになってきていた。
左右の剣が吸い寄せられるように並ぶと、一瞬で向きを変えた二本の剣が、揃ってディルの頭上から振り下ろされる。
ディルは、左手を添えたままシミターを軽く引き戻し、自身が双剣を回避できるギリギリの場所を見極めた後、その攻撃に合わせてシミターを剣と剣の間に入れようと動かした。
どっちだ? あるいは来ないか。
視点をゲインの中心に置いたまま、その瞬間に備える。
垂直に下りていくはずの軌道の片方が変化を見せた。
右ッ!
前の時とは反対側、左剣だけが唐突に跳ね上がる。
ディルは咄嗟にシミターを引き戻しながら、同時に低く後方に跳躍した。
鼻先に、軽く剣圧が触れた。そのままシミターをゲインの胸元へ滑りこませていれば、間違いなく顎から縦に斬り裂かれていただろう。
だが、最初からそのつもりなどなかった。
ゲインがすかさずディルを追いかける。
やっぱり逆もあったな……。
振りまわされる双剣を回避しながら、ディルは自身の心臓の鼓動が高鳴るのを感じた。
このまま次の機会を待つ。だが、それを悟られるわけにはいかない。
ディルはゲインの右剣を躱しながら、シミターに添えた左手の肘を曲げて、ゲインの右腕に当てようと振った。
しかしそれは難なく躱され、するとゲインは身をかがめ、ディルの左腕の向こうにすっと入ってくる。
「くッ」
自身の左腕が邪魔になり、その死角に入ったゲインの動きが見えなかった。
鳩尾の辺りがぞわりとして、全身が総毛立つ。
わずかに覗いたゲインの左肩の動きだけで判断し、ディルは身体を右に滑らせた。
突きだされたゲインの左剣が、ディルの脇腹の数センチ横の空を貫いていた。
危ねえ……。余計なことひとつで一気に終わっちまう。
ディルの今の行動は、相手のリズムを狂わせるつもりではなく、そうと思わせ気を逸らすための陽動に過ぎなかったのだが、その程度でもこのありさまだった。
続くゲインの攻撃の中に身を置きながらも、ディルはもうその瞬間のことだけを考えた。
左だ。あの変化が、右剣に出た時だけ狙う。
右、つまりは先と同じく左剣が変化した場合や、あるいはどちらの軌道も変化しなかった場合は、潔くその機を捨てて、離脱してまた次の機会を待つ。
いくつかのパターンに対応しようなどと考えれば、それこそ命取りだ。
さあ、来いよ。
ゲインが鋭く息を吸った。
襲いかかる双剣とゲインを視野に入れたまま、ぼんやりと意識を拡散させれば、その軌道とタイミングが全て見えてくる。
一、二、三、四、五、六、七、八ッ!
ディルの上体がある空間ごと切り刻もうとするその連撃は、これもまたそういう剣技であるのか、軌道こそ異なるものの剣撃の回数やタイミングは、前回とぴたりと一致していた。
全てを凌いだ後、瞬きも呼吸も一切を止めたまま、ディルはゲインを凝視する。
見えた! 双剣が揃う。
思わず動きだしそうになる身体を抑制した。慌てて先に動けば、ゲインは瞬時に対応して次の行動を変化させてしまうかもしれない。この敵は、そのぐらいのことをやってのける反射と速度を持っている。
「フォゥアッ!」
下からだった。
下から並んで振られる二本の剣に対して、上からシミターを入れるのは容易ではないが、本当に相手の胸元まで入れる必要はない。
来いッ……!
集中力が極限に達し、ディルの目には全てがスローモーションのように映った。
それぞれの剣先がディルのチュニックを切り裂きながら、双剣は並んで上方へと通りすぎていく。皮膚もわずかに切り裂かれているかもしれないが、その程度どうでもよかった。
双剣と入れ替わるように、ディルのシミターが少しずつ前進していく。
そして、双剣の軌道が、変わった。
浮き上がっていく二本の剣のうちの左、ゲインの右剣だけが急激に向きを変え、落下を始めたのだ。
器用なもんだな……。
これだけの速度の中、どのようにすれば瞬時に剣の軌道を逆向きにできるのかと、ディルは感心する。だが、それと同時に待機させていたスイッチが入り、全ての神経が一点に収束していく。
――来た。左ッ!
左手の指先で刀身の背を引き、シミターの進む向きを変える。右腕にも力を込めた。
おらよッ!
下降してくるゲインの剣と、ディルのシミターが衝突した。
上体を反らしているため、決して力の入る体勢ではなかったが、それでもシミターは、相手の剣の勢いも借りて、しっかりとゲインの右剣を横に弾き飛ばしていた。
ギィンッ、と金属音が響きわたり、その音に解放されたように、時間の流れが急激に元に戻る。
本来の速度で動き始めた視界の中、ゲインの右手から剣が離れ、それは勢いそのままに地面へと叩きつけられていた。
成功してみれば、結果は予想以上だった。
双剣の片方でも弾くことで何かが好転するかと期待していたが、これでゲインの剣は一本になった。
ディルの視界の右上隅で、掲げられたゲインの左腕が動き始める。
そりゃそうだよな。
先の攻撃で振り上げたばかりの左手が、今度は振り下ろされてくる。
残された一本でも攻撃を続けなければ、ディルはこの体勢のままでも、ゲインの喉元辺りをシミターで薙ぎ払うつもりでいた。
左剣の動きを予測し、その分だけを躱すために軽く地面を踏み込む。安全を見て、剣先が通る軌道から三十センチほどを空けようと意識して退がる。間合いを広げすぎて、剣を拾う機を与えてはいけない。
だが、予想した軌道を、剣は通らなかった――。
どうしてか、目の前を通りすぎるはずの物が存在していなかったのだ。
ディルの目に映るものは、何も握られていないゲインの左手のみ……。それがただ、空を切っていた。
そして気がつけば、すでに反対の右腕が、肘をたたんで頭上に掲げられている。
「な……」
再び感覚が変化し、ディルの視界の中の全てがゆっくりと動きだした。
上体を傾けながら、ゲインは掲げた右腕を振り下ろしてくる。その右手には、あるはずのない剣の柄が見えた。
ディルは驚愕し、混乱する。
あるはずの左剣が左手になく、剣を弾き飛ばされたばかりの空の右手が、なぜか剣を握っているのだ。
全てが緩やかに動く時間感覚の中で、ゲインの剣がゆっくり、ゆっくりと下りてくる。
じっくりと軌道を追えるほど完璧に剣の姿を捉えているというのに、先までの世界と違って、今度はただ見えるだけで、身体はまるで動いてくれなかった。
そして、音と衝撃が、ディルの中を突き抜けた――。
剣と剣が打ち鳴らした金属音から少しの間を空けて、背後から、ザンッ……、と音が聞こえた。
どうしてか、その音は妙に際立ち、嫌に耳元に響いてきた……。
振り向きたい衝動に駆られながらも、フィオリトゥーラは目の前から視線を外せずにいた。
ザリがこちらを威嚇し、牽制してくる。今はククリの先端をこちらに向けながら、不規則に何度も足を踏みこむような素振りを見せていた。
その一挙一動に、身体がつい反応してしまう。
ところが、そんなザリが唐突に動くのをやめた。
ククリを持つ右手を下ろし、前傾していた上体を起こすと、フィオリトゥーラの背後に向けて、ひょいと顔を覗かせる。
「おっ。あっちは終わっちまったかあ?」
ザリが発した言葉を聞き、ゾクリ、と――。背中に鋭い刃物でも刺しこまれたかのような感覚が滲んだ。
「ディルッ!」
ザリを視界に収めたままで、フィオリトゥーラはその名を叫んでいた。
自分の視界の中にない背後の空間で、あの暗闇が、全てを飲みこもうと侵食を始める……。




