5-7 作戦会議
「お待たせー」
案内した店員と入れ替わりに、ガルディアがその姿を現した。
ディルとフィオリトゥーラの二人は、それぞれ手にしていたジョッキとコップをテーブルに置いて、その顔を上げた。
二人が飲んでいるのはすでに二杯目で、あの後もしばらく話しこんだレイスが、結局二杯目も奢りでと用意してくれた物だ。また、料理の類はすでにほとんどの皿が空になっている。
「なんか凄いね。この店、結構高いんじゃない?」
ガルディアは部屋の中を見回しながら、フィオリトゥーラの隣、ディルの向かいの椅子へと座った。
「まあな。外、時間はどんな感じだよ? ここ、窓がねえからな」
「完全に密談用って感じだよね。えっと、五の刻まで、まだそこそこあるはずだよ」
「じゃあ急ぐ必要はねえか」
ディルはそう言うと、椅子の背もたれに身体を預けた。
ただ、そんな風にしながらも、先まで見られていた柔和な雰囲気がその顔からすうっと消えていくのをフィオリトゥーラは感じた。この店に入ってからここまで、ディルは随分と気を遣って接してくれていたのだろう。
それからすぐに、閉めたばかりの扉から再びノックの音が聞こえた。
現れた女性店員が、あらかじめディルが頼んでおいたガルディア用の酒と料理を運び、テーブルの上へと並べていく。
「適当に頼んでおいたから、食べながら話を聞けよ」
「うん、ありがとう」
店員が去ると、ガルディアは自身に用意されたビールのジョッキを眺め、それから隣のフィオリトゥーラの前にある金属製の足つきコップに顔を近づける。
コップの中には無色に近い淡い色の液体がまだ半分近く残っており、そこには細かい泡の粒が浮かんでいた。
「フィオさんのこれ、なに?」
「あ、はい。シードルです」
「僕もこれがよかったなー」
ガルディアは、わざとらしく残念そうな顔をディルへと向ける。
「知るかよ。飲みたけりゃ、明日から好きなだけ飲みやがれ」
「やだなー、冗談だって。感謝してるから」
ガルディアが慌ててビールのジョッキを持って笑った。
すでに見慣れつつあるそんな二人のやりとりを眺め、フィオリトゥーラも自然と笑顔を見せる。ただ、それと同時に彼女は、ガルディアの逃走経路のことについて何も確認しようとしない二人の様子を不思議にも思った。
もはや確認するまでもないということなのかもしれない。そう思うと、今晩のことに向けて、すでに次の段階に入ろうとしているのだという実感が唐突に湧いてくる。
「じゃあ、今晩の配置と流れを説明するぜ。まあ、大して練られたものでもないから、難しく考えないで聞いてくれ」
ディルの向かいで、二人は揃ってこくりとうなずいた。
「向こうに戻ったら、〝日没の鐘〟が鳴るまでに配置を完了させる。俺とガルディアは屋上、フィオは倉庫内で待機だ。〝拝黒〟の連中がいつ来るかはわからない。待機中は気を張りすぎるなよ。プレシャスからの情報どおりだとしても、ほぼ〝真夜の刻〟寸前ってこともありえる。それまでは、携行食を少しずつ摂取したりして、気を楽にしてあまり構えなくていい。どうせ、その時になれば身体は勝手に緊張する」
フィオリトゥーラは再び小さくうなずくものの、「気を楽に」というのはなかなかに難しいだろうとも考える。
「産業路を下ってくる標的の発見は、屋上の俺とガルディアでやる。発見後は合図を送るから、フィオは外に出て、倉庫脇の路地で相手の死角に入ったまま即戦闘可能な態勢をとっておいてくれ。その時は、間違っても顔を出して相手の姿を確認しようとしたりするなよ。突撃開始までは何も見なくていい」
「ちなみに、合図ってどうするの?」
ガルディアが浮かんだ疑問を口にする。当然音を鳴らすことなどできない状況の中、どのように倉庫内に報せが来るのか、フィオリトゥーラも同様に謎に思っていた。
「ああ。こいつを使う」
ディルは自身の隣の席に置いていたロープを掴むと、それをひょいと持ち上げてみせた。
「あー。それ、何かと思ったらそういうこと?」
「こいつを屋上から倉庫内まで這わせておいて、何かあった側が引っ張って合図を送る。事前に何回かテストする必要はあるだろうが、まあ大丈夫だろう。現地で試したら、いくつか合図の種類を決めておこうぜ」
そういう意味でのロープだったのかと、フィオリトゥーラも納得した。ディルは、最初に「大して練られていない」と前置きしたが、色々と考えてあるのだなと、彼女は素直に感心した。
「で、奪還方法だが、産業路を歩いてくる標的が倉庫前を通るのを見計らって、俺とガルディアが屋上からそのまま襲撃する。一発で届く距離で、フィオの剣らしい物が確認できたなら即行くからな。俺が先に〝物〟を連中から剥がせたら、ガルディアはそれを回収して、予定通り十二番区側へ逃走。その時は、こっちの状況がどうであっても一切躊躇するなよ」
「うん。容赦なく置いて逃げるから安心して」
「ああ。期待してるぜ」
にこやかな笑顔を見せるガルディアに、ディルもニヤリと笑みを返す。
「その際、私はどうすればよいのでしょう?」
「屋上から飛び降りた後、俺がわざと何かしら声を出す。どんなでも俺の声が聞こえたなら、おまえは〝拝黒〟の連中に向かって突撃しろ。最優先はガルディアを逃がすことだから、ガルディアを追う者がいれば、迷わずそいつを攻撃だ。もし、そういった特定の標的が見つからなければ、攪乱目的でとにかく誰でもいいから攻撃してくれ」
「心得ました」
彼女は、自身が取るべき行動を頭の中に順に思い描いてみる。
ロープでの合図を受けた後は倉庫を出て、標的からの視界に入らぬよう脇の路地で待機し、二人の襲撃のタイミングからわずかに遅れて飛びだし、そして一気に距離を詰めて攻撃する。
つまりは、二人の援護役として物陰から時間差で突撃するのが、彼女に与えられた役割ということだ。
「ここまで首尾よく運んだ場合、残った俺とフィオはそのまま敵四人と戦闘に入る。状況によって俺らも当然逃げることは考えるが、それは途中で機を見て合図するから、フィオ、おまえはとにかく敵を殲滅するつもりで全力で闘ってくれ」
ディルの視線を受けて、フィオリトゥーラは大きくゆっくりとうなずいてみせた。
「ただ、当たり前だがそんな順調に行くかどうかはわからない。標的の誰がフィオの剣を持っているのか判断できないとか、もしくは剣を奪うための初撃に失敗した場合なんかは、各自迷わず自分の判断で動けよ。仮に何か手違いがあっても、相手を全滅させちまえば結果は変わらねえしな。一番最悪なのは、剣を持った奴を逃がすことだ。優先順位を間違えるなよ」
一言一句聞き逃さぬよう、フィオリトゥーラは真剣な眼差しをディルへと向けている。
その隣で、ガルディアが何か考えこむように自身の顎に手を当てた。
「ディルはさあ、相手がダミーを用意してるとかって想定してる? 例えばケースはなくて、相手の四人全員が、ツーハンドっぽい荷物をそれぞれ持ってるとか」
「ないとは言いきれないが、今回そういうのは除外して考える。なんだろうな。馬車も使わずに荷物を運ぼうって時点で、そういう小細工はない気がするんだ。それに、もし連中が何者かに狙われることを前提として策を準備してた場合、俺らはおそらくそれに対応できない。その気になれば、こっちが想定できない手段なんてのはいくらでもあるからな。正直、対策なんて考えてたらキリがないぜ。だから、その可能性は思いきって捨てる」
「なるほどね、了解。でもさあ、なんで〝拝黒〟の幹部は馬車を使わないんだろうね。プレシャスさんからの情報は信頼してるけど、ちょっと不思議じゃない?」
「そうか?」
「僕なら迷わず、馬車で産業路を駆け抜けて、さっさと荷物を外に運びだしちゃうけどなあ。その方が安全じゃない?」
「ああまあ、普通に考えたらそうか。ただ、俺だったら連中と同じで徒歩を選ぶかもな。さっきの話の逆になるが、本来襲撃する側だって手段を選ばなければなんでもできるんだぜ? それこそ、時間と資金に余裕があれば馬車ごと破壊するような罠だって仕掛けられないこともない。そうなっちまったら、何もできずにやられちまうかもしれない」
「あー、そういう考え方もあるか」
「ま、実際連中が何を考えてるかなんてわからねえよ。誰かに狙われるなんて完全に想定外のお気楽な奴らなだけかもしれないしな」
ディルはそう言いつつも、だが仮にもし、拝黒の翼の幹部が自分と同じような考えからその選択をしたのだとしたら、それはあまり望ましくないことだと密かに考えていた。
「フィオは何かあるか?」
「私、ですか?」
二人の話に真剣に耳を傾けていたフィオリトゥーラは、唐突に訊ねられ一瞬戸惑いを見せたものの、すぐに落ちついて、自身の胸にゆっくりと手を当てた。
「大丈夫です。今説明いただいたとおりで、問題ありません」
彼女は答えると、ゆっくりとその目蓋を閉じる。
それから息をひとつ吐いた後、開かれたその目から再び碧い瞳が覗くと、彼女はディルとガルディアを順に眺めた。
「ここまで導いていただいたこと、本当に感謝しています。こうなれば私は、あとは最善を、いえ、死力を尽くすのみです」
五の刻の鐘の音を聞いて間もなく、三人は「炎夢」をあとにした。
ベッカーの倉庫まで戻る道筋は簡単で、環状路を南下して途中で産業路を左に曲がるだけなのだが、移動距離はそれなりにある。
交差点に到着し産業路に入る頃には、都市の向こうに姿を隠した太陽はもう沈みかけ、空も街も全てがその色を変化させていた。周囲の街並みは、すでにこの都市自身が作る巨大な影の中へと飲みこまれ、これから来るだろう夜の闇を待ち構えている。
二人の後ろを歩いていたフィオリトゥーラは、歩きながらふと振り向き、背後に広がるその光景を眺めた。
アルスタルトの中心となる西側、産業路が上っていく遠く先を見渡せば、逆光のため暗くただの山のような佇まいを見せている第二環状街の斜面が続き、その山の頂点にうっすらと、針のような尖塔の姿がわずかに望める。
そんな聖地のシルエットの向こうでは、左右に伸びた巨大な雲がその腹を赤く焼かれながら、広大な空を濃い青とオレンジとに分断していた。
通行を報せる鐘の音がカラカラと鳴り、そこに馬の蹄と馬車の車輪が立てる音が混ざって聞こえる。
夕闇の産業路を大小様々な荷馬車が忙しなく行きかい、通りすぎていった。朝の頃と比較しても、その交通量はなかなかに多い。
そんな中、フィオリトゥーラは、三人の背後から来る一頭の馬の姿を見つけた。
白いチュニック姿に赤い布を肩からかけた男を乗せたその馬は、一度道の端で止まると再び動きだし、それから道を左右にジグザグと進んだ後、今度は反対側の端で停止する。
小さく揺らぐ炎が見えた。停止した間に、乗り手である男は、手にしている松明を上方に掲げていた。
「あ……」
フィオリトゥーラは一瞬考えた後、すぐにその行動の意味を理解した。
街灯に火を配っているのだ。見れば、その馬の向こう、ここから見える産業路の上り方面の街灯には、すでに火が灯されていた。ただ、その数は並ぶ街灯の数から考えると随分と少ない。
フィオリトゥーラの声で気がつき、二人も同様にその馬の姿を眺める。
慣れた様子で、馬車が通る隙を見ては、馬上の男は道の左右互い違いに並んだ街灯から街灯へと馬を動かす。そして、何本かに一本の割合で手際よく松明へと点火していく。
やがて、馬は三人を追い越すと、ここから先も同様にして進んでいった。徐々に遠ざかっていくその様子を三人が見送る。
「やっぱり使うんだ。なんか、剣教公式の荷物が来るんだって実感しちゃうね」
「少ねえんだな」
ディルが呟く。点火された街灯の数についてのことだった。
等間隔で左右互い違いに並ぶ街灯だが、今炎が揺らめいているのは、そのうちの五本に一本といったところだ。
「いや。あれ、誘導灯かも。火をつけた松明以外の状態も確認してたし、あとで火を配るための前準備っぽい気がするね」
ガルディアの言葉を聞き、ディルも納得する。
「確かに、今からじゃ早すぎる気もするな。そうなると、全点灯の可能性もありか」
ディルは、自身の中にある嫌な予感が膨れあがるのを感じた。
馬車も使わず、たった四人で煌々と照らされた産業路を歩いて荷物を運ぼうとする行為は、単に無警戒なだけともとれるが、そうでない場合、むしろそれは強い自信の表れと考えられなくもない。
いるかどうかもわからない敵の姿など無駄に想定せず、ただ何かあった場合は迎え撃つだけという構えであれば、馬車を使うことや視界を悪くすることは、却って荷物を奪おうとする相手に小細工を許す邪魔な要素となりかねない。
そう。撃退する能力に自信があるのならば、それこそ広々として明るい場所で堂々と歩いていけばいい。少なくとも、ディル自身がその立場ならそうする。
ならば昼に運ばないのはなぜだと一瞬考えてもみるが、馬車などが行きかう時間帯は、それはそれで不確定要素を生みやすいかもしれない。
無警戒ゆえか、それとも圧倒的な自信か。
敵の姿を想定しすぎるのはよくないと普段から自身に言い聞かせているディルだが、そこからは目を背けられなかった。両者の違いはあまりに大きい。
気がつけば、すでに倉庫前に到着していた。ディルは小さく首を振る。
「よし。〝炎夢〟で話したとおりだ。まずは、ロープの確認から始めるぞ」
その声にうなずく二人。
倉庫の鍵を渡すと、フード越しでもフィオリトゥーラの緊張が明確に感じられた。階段へと歩いてゆくガルディアの背からも、程よい緊張感が伝わってくる。
二人に対し、今更余計な不安を煽ることは得策ではないだろう。ディルは、自身の中にあるその思考をあえて凍結すると決めた。




