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千の剣の物語 ~ 約束の剣 ~  作者: 鈴木しゅら
第五章 決戦の日
33/68

5-5 ベッカーの倉庫

 八番区から十二番区に入り、そして正午の鐘を耳にして少し経った頃、二人は産業路へと戻ってきた。

 広々とした第三産業路が、目の前で左右に伸びている。歩いてきた路地は、ベッカーの倉庫から少しだけ離れたT字路へと繋がっていた。

「ガルディアはまだみたいだな」

 倉庫の前で立ち止まると、ディルは周囲を見回す。

 フィオリトゥーラは一度空を見上げた後、足元に視線を戻した。真昼の強い日差しが、色濃く短い影を足元に落としている。

「そこの階段にでも座って休んでろよ」

 ディルの言葉に従いフィオリトゥーラは、倉庫脇にある屋上に続く階段まで歩くと、その最初の段に腰かける。 

 互いの所要時間の予測ができなかったため、待ち合わせの時刻は指定していないが、正午の鐘をおおよその目安とするという話だけはしてあった。

 ガルディアの帰りを待つ間、ディルは、倉庫正面の大きな閂につけられた錠前に鍵を差しこんでみる。細長い薄い板状の鍵を差しこむと、船を象った錠前のピンが抜け、それで錠前を外せば閂が自由になる構造だった。

 まあ、こいつは使わねえか……。

 ディルが再び錠前に鍵をかけると、そこで声が聞こえた。

「あ、フィオさん。もう戻ってたんだね」

「ガルディアさん」

 倉庫脇の路地からガルディアがその姿を現す。それに続いて、フィオリトゥーラも倉庫正面へと戻った。

「どうだったの?」

 早速訊ねるガルディアに、ディルはフードを少し持ち上げて、ニヤリと笑う。

「完璧だ。金貨五枚で二日後の正午までって話で借りられた。使用後も、鍵をここに置いたままで立ち去っていいって話でまとめてある」

「ちょっとお高いけど、確かに完璧だね」

 それからディルは、情報共有のためガルディアに交渉時の様子を語った。

「へーえ。流石フィオさん、まあそうなるよね。それにしてもさあ、〝ウォルトン〟とか〝クリスタル〟って、ちょっと雑すぎない?」

 ひととおりを聞き終えたガルディアが、苦笑しながら言う。

 これらの名前は、もちろんディルが考えたのだが、確かにいい加減な偽名だった。フォルトン、クリスタ。そんな名がアイディア元としてすぐに浮かんでしまう。

「あ? こんなのは凝って考えたって大して変わんねえよ。で、そっちはどうなんだ?」

 ディルが訊ねると、ガルディアは今来た路地の方へと視線を向ける。

「僕の方は完璧とはいえないけど、まあ大丈夫かな。路地は結構入り組んでるし、追っ手を撒くにはなかなか悪くない場所だったよ。きちんと構築するならもうちょっと時間が欲しい気もするけど。そうそう。せっかくだから、預かったフィオさんの剣を抱えて走ったりもしてみたよ」

 ガルディアはそう言って、背負っていた両手剣をひょいと揺らしてみせた。

「フィオさん、返すね」

「ありがとうございました」

 フィオリトゥーラに剣を手渡すと、ガルディアはディルへと向きなおす。

「狭すぎる路地が使えないってわかったのは収穫だったね。ただ、今更だけど、フィオさんのツーハンドのケースを一度持たせてもらった方がよかったかなって。確か、盗まれた黒いケースもほとんど同じ大きさだったよね?」

「ああ。ただ、相手がどういう形態で所持してるかはわからねえからな。想定はしてもいいが、柔軟に想像しとけよ」

「了解」

「それじゃ、とりあえず中を見てみるか」

 ディルが小さい方の鍵を使って入口の扉を開くと、三人は倉庫の中に足を踏み入れる。

 窓のない倉庫だが、今の時間であれば、それぞれの扉の隙間などから光が入り、暗いとはいえ中の様子が見渡せるほどには視界が確保できていた。目が慣れればもっとよく見えるだろう。

「広いね」

 ガルディアが中央まで歩き、中を見渡す。

 左手、通りに面した搬入口から見て正面奥の壁には、天井近くまで届く巨大な棚が設置され、そこに穀物などが入っているとおぼしき麻袋などが積まれていた。ただ、倉庫というわりには収納物の数は少ない。

「大して物は入ってねえんだな」

 あまり頻繁に使用されている倉庫ではないのかもしれない。ベッカーがあっさりと貸し出した背景には、そういったこともあるのだろう。大量の商品が収納されていれば、当然それが盗みだされる心配などもしなくてはならない。

「灯りはなさそうだね」

 ガルディアが言うとおりに燭台などは設置されていないが、ただ荷物を出し入れするだけの用途からすれば、それでも問題ないのだろう。

「どのみち灯りは基本なしだ。これだけ光が入ってるってことは、外に光が漏れちまうからな。ただ、どうにも視界が確保できなければ、外から確認した上で、最悪ロウソクの一本ぐらいは使う」

 ディルは入口と反対側まで歩き、外に階段がある側の扉を開ける。こちらの扉は、内側に閂がついているだけで、外から施錠したりはできないようだった。

 扉を開けると、出てすぐ右側に階段があり、そこから屋上に上ることができる。

 ディルは一旦扉を閉めると、背後へと声をかけた。

「フィオ。明るい今のうちに中の状態を覚えておけよ。つっても、なんにもねえな。まあ、扉の場所を覚えておけば大丈夫か」

 フィオリトゥーラは倉庫の中を慎重に歩きまわり、壁に手を触れながら扉から扉へと移動してみる。棚の側を除けば本当に何もなく、何かにつまづくといった心配もなさそうだった。

 そんな彼女の様子を少しの間眺めた後、ディルはふと、ガルディアに視線を止める。 

「そういや、荷物はどこに置いた?」

 携行食などを入れた麻袋とディルの着替えが入った革袋。その二つも、両手剣同様にガルディアに預けてあったが、彼は今そのどちらも手にしていなかった。

「あー。流石に邪魔だったから、屋上に上げといたんだ。どうせ誰も来ないかなって」

 ガルディアはそう言って、頭上を小さく指差す。

「じゃあ、回収ついでに俺はちょっと屋上を見てくるわ」

 再び扉を開けると、ディルはしばらく周囲の様子をうかがった。朝方と比べれば、馬車が通る頻度は落ちているようだった。また、通行人の姿などもほぼ見当たらない。

 ディルはフードをしっかりと被りなおしてから、階段を上る。

 倉庫の屋上は建物の外観同様の石造りで、膝下にも満たない胸壁と呼ぶにはあまりにも低い外枠が、四方の縁を囲っていた。

 上ってすぐの場所にガルディアが置いた二つの袋が放置されてあるだけで、その他には何も置かれていない。わざわざ階段が設置されているにもかかわらず、この屋上は、特に何かしらの用途が設定されているわけでもないようだった。

 ディルは身をかがめて、通りに面した側へと移動する。

 床全体には砂がうっすらと積もっており、一度わざと強く踏みつけてみるが、靴裏を擦るようにしなければ、これが原因で大きな音が鳴ってしまうということもなさそうだった。

 眼下の産業路を見渡してみれば、下から見るよりもだいぶ遠くの様子までうかがえた。

 ここから監視すれば、産業路を下ってくる者の姿を、かなり早くに発見できるだろう。

 また、予想していたとおりこの屋上の高さはなかなかに理想的といえた。

 三メートル強という高さは飛び降りるには申し分なく、それでいて下からは発見しづらい。並ぶ街灯の松明もここより低く、仮に火が灯されたとして、それでも屋上の人影を発見するのはなかなかに困難なはずだ。

 続いて周囲の風景を見回してみるが、ありがたいことに、付近にここより高い建築物は存在していなかった。



「よし、もうすぐ出るぞ」

 右肩に革袋を背負い左手で麻袋を抱えたディルが、屋上から戻ってくるなり二人へと告げた。

「え? もう出るの?」

 棚の一番下の段に座りこんでいたガルディアが、顔を上げる。まだ倉庫内の確認を続けていたフィオリトゥーラも、その足を止め振り向く。

「朝に言ったろ。ここで待機はしない。時間前に何かあっても面倒だからな。外に気配を悟られないようにして長時間過ごすのも面倒だろ?」

「まあ確かにね」

「一度離れて、日没前にまた戻る」

 ディルはそう言いながら扉を閉め、閂をかけると、二つの袋を床に置いた。

「どこに移動する?」

「ちょっと待ってろ」

 ディルはおもむろにマントを脱ぐと、それから邪魔な物でも剥ぎとるように、身にまとっていたダブレットやホーズを次々に脱ぎ捨てていく。そして、革袋から取りだしたいつもの見慣れた服装へと着替えた。

 丈の短いブラウンのチュニックに、濃いグレーのブレー。シミターも普段の右腰へと戻した。

 ディルは、小刻みに揺らすように身体を動かす。

 大した違いではなくとも、やはりこの方がいい。窮屈な服から解放され、いつもの感覚が戻ってきた。

 続いて自身の髪、今は中央で分け油で撫でつけられている銀髪にすっと指を入れかけるが、こちらはふと思いとどまり、途中で手を止める。

「こいつは別に邪魔でもねえか……」

 それから彼は、再びマントを羽織ると、すでに移動していた二人が待つ入口の扉へと歩きだす。

 外へ出て鍵を閉めると、ディルを先頭に三人は、倉庫をぐるりと回って反対側の路地へと向かった。

「ガルディア。とりあえず、おまえが逃走経路として使う予定の道を案内してくれ。俺らも見ておく」

「え? いいけど、もしかして逃げる時って三人同じ方に逃げるわけ?」

 ガルディアが少し戸惑ったように言う。

 ディルが先に話した「一人で逃げる場合」を前提としていたために、彼はあくまで「自分一人だけで逃走する」ための道を選んでいたからだ。

「いや、違う。まあとりあえず行こうぜ」

 ディルはそう言うと、くいと顎を上げて路地の方を示し、ガルディアに先に行くようにうながした。

 十二番区奥の居住区へと向かう路地を、三人はガルディアを先頭に歩いていく。

 ガルディアのすぐ背後をディルとフィオリトゥーラが横並びにつけているが、産業路と違って狭いこの路地では、二人が並ぶだけでもその道幅をほぼ占領してしまっていた。

 歩きながら、フィオリトゥーラは周囲を見回した。

 気がつけば、周囲に倉庫らしい大きめの建物はもう見当たらない。その代わりに、所狭しと並ぶ石造りの家々と、その間を行く細い路地ばかりが続く。

 十二番区の街並みは旧街区のそれと似ていた。ただ、不思議と薄暗い印象はない。それぞれの家や路地からどことなく漂ってくる生活感や、時々すれ違う住人の姿があるためかもしれない。

「剣を奪回した後は、ガルディアがそれを持って逃走。で、残る二人。俺とフィオがそれをサポートする予定で考えてる。当たり前だが、今回一番重要なのは剣を取り戻すことだからな。ガルディアをきっちり逃がせば、あとが楽になる。〝物〟を先に確保してれば、残った二人は、状況に応じて逃げるでも敵を殲滅するでも、好きな方を選択できるってわけだ」

 ディルが淡々と説明をする。

「それはわかったけど、それなら二人は、こっちは見ないでいいんじゃない? 逃げるなら僕と違う方向じゃないと駄目だよね?」

「一応の保険だ。今言ったように、おまえをこの逃走路側に逃がすことが残る二人の最優先、最重要の任務になるが、状況次第じゃ、おまえのあとを追って逃げる形になる可能性もあるからな。最低限どんな場所かは見ておいた方がいい」

「そっか。相変わらず慎重だなあ」

 ガルディアが、少し呆れたように呟いた。

「足場固めは大事だぜ。ただまあ、全てを想定して準備するなんてのも無理な話だし、なんとなく大枠で準備と心構えだけはしておいて、実際の現場では臨機応変で対応するってのが理想的だ」

 すれ違う街の住人らしき男を脇に通しながら、ディルは構わず話し続ける。

 途中で止めたりせず隠すようにして会話をしないのは、彼が意識してそうしているからだった。通行人は普通、他人の会話の内容など気にかけてはいないし、突然会話を止めれば、むしろその方が不自然に見られてしまうかもしれない。 

「それでは、私たちがこちらに来る可能性は低いということですね」

「ああ。ただ、もし俺とおまえがこっちに逃げるようなことになっちまった場合は、途中で敵を迎撃しなきゃならない。さっきも言ったが、〝剣〟を持ったガルディアを逃がすことが最優先だからな。だから、まずないだろうとはいえ、一応ここで剣を振るイメージも持っておけよ」

「承知しました」



 それからもしばらく歩き続けた後、ディルが唐突に足を止めた。

 それを見て、隣のフィオリトゥーラも同様に止まり、二人の気配に気がついたガルディアが振り向く。

 周囲の街の風景は、別段これまでと変わりない。

「この辺まででいいか。イメージは大体掴めた」

「この後ってどうするの?」

 ガルディアが訊ねると、ディルは頭上を見上げる。太陽の位置を確認しているようだった。

「四番区に移動して時間を潰す。調達したい物もあるしな」

 四番区は、この十二番区から環状路を越えて都市の内側に入ったところに位置している地区で、大規模な商業地帯を有する一番区の南に隣接しているためか、一番区との境界近くや店舗の数が多い環状路沿いなどは、それなりに賑わっている。

 ここからそう遠くもなく、何か買い物をしたり時間を潰したりするには申し分ない場所といえた。

「四番区かー。どうしようかなあ」

「何かあるのか?」

「いや。さっきも言ったけど、逃走経路は完璧とは言えないからさ。まだ時間があるなら、もう少し詰めとこうかなって」

「なんだよ、珍しく気合入ってんな」

「いやいや。流石にそれだけ優先だ重要だって言われちゃうと、ちょっとは不安にもなるから」

 ガルディアはそう言うと、わざとらしく肩をすくめるような仕種をしてみせる。

「悪いな。まあでも、俺も冗談で言ってるわけじゃないからな」

「うん、わかってる」

「じゃあ、とりあえずここで一旦分かれてまた集合にするか。ガルディア、おまえ、四番区の〝炎夢(えんむ)〟、わかるか?」

「あ、うん。フェリクスさんの店でしょ? 僕は行ったことないけど」

 ディルが口にした「炎夢」は、四番区にある酒場の名で、以前にライマーのもとで働いていた元Aランク剣闘士のレイス・フェリクスという男が、店主を務めている。

 一番区の「千の剣」ほど馴染みではないが、ライマーに紹介され、ディルは何度か足を運んだことがあった。

「五の刻でいいか……。そこで集合にする。あそこは個室があるから、集まった後は作戦会議も済ませちまおう。それが終わったら、また倉庫に戻って、残りは時間まで待機だな」

「了解」

 正午近い今の時刻から陽も傾きかける五の刻までは、四番区の酒場までの移動時間などを考慮しても、まだかなりの時間がある。

「ちなみに、もし遅れそうな場合とかはどうする? この辺から〝炎夢〟までって、そこそこ距離あるよね?」

「そうだな。その場合は、〝炎夢〟での合流は諦めて倉庫近くで待機してくれていい。おまえが時間までに来なかった場合、こっちもある程度で見切りをつけて倉庫に戻る。最悪話は戻ってからでもできるからな。不安が残る状態なら、とにかくそっち優先で考えてくれ」

「煽るなあ。また〝優先〟とか言うし」

 口を尖らせ不満をあらわにするガルディアを見て、ディルが笑う。

 それからディルは、すっと右手を伸ばすと、ガルディアへと握った拳を差しだした。

「頼むぜ」

 そこに、ガルディアも同様に拳を出して軽く合わせる。

「まあ任せてよ。やるからには、きっちり逃げきってみせるよ」


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