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千の剣の物語 ~ 約束の剣 ~  作者: 鈴木しゅら
第五章 決戦の日
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5-4 交渉

 カルヴァート王国。

 広大な帝国領の中で比較的アルスタルトに近い東部側に位置しているその国では、昨今、反体制派の武装勢力が力を伸ばしつつあるという。

 噂では、傭兵派遣や資金提供といった具体的な形の反体制支援で近隣国家も介入しているようで、すでに国内では小規模な内戦が何度も発生している。しかし、現体制を支配下に置くはずの帝国は、なぜか現状では静観しているという。

 どこか政情不安定な小国を知らないかというディルの問いに対し、ガルディアが挙げたのが、その「カルヴァート」だった。

「嘘をつくにもある程度のリアリティは欲しいからな」

 そんなディルの要望に応え、ガルディアが丁度仕入れたばかりだという聖地の外の情報を提供したのだ。

 しかも幸いなことに、その国には王女が八人もいるという。

 カルヴァートの王族に関する詳細な情報は流石のガルディアも持ち合わせていないようだったが、自国がそういった状況に晒されれば、八人のうちの誰か一人ぐらい聖地に逃れてきたとしても不思議ではないはずだ。



「なるほど……。話はわかりました」

 頬のこけた初老の男、マルク・ベッカーが低い声で重々しく答えた。

 よく日に焼けているが線の細い顔立ちはなかなかに理知的で、ひととおりの話を聞き終えた彼は、その眉根にしわを寄せながらディルの顔を上目で一瞥する。

 倉庫の管理者である「ベッカー」の住所として記されていた八番区の穀物屋を訪れたディルとフィオリトゥーラは、突然の訪問だったにもかかわらず、とりあえず応接室へと通され、こうして話をする機会を得ていた。

「私のような一介の商売人を頼る他ないというそちらの事情、お察しいたします」

 ベッカーは自らを「一介の商売人」と口にしたが、環状路沿いに構える彼の穀物屋は近隣に並ぶ店の中では一際大きく立派で、商談用だというこの応接室も、それほど広くはないが室内にある調度品などは見事なものだった。

「ご理解いただき幸いです」

 ベッカーとテーブルを挟んだ向かいで、ディルが普段の彼からは想像もつかない丁寧な口調と声音で答えた。

 見た目の方もそれなりに取り繕ってあり、品のある詰襟のダブレット姿に、その銀髪も今は用意していた油でしっかりと撫でつけられ固めてある。また、携帯しているシミターも、わざわざ普段と逆の左腰に下げる念の入りようだった。

 そんなディルの隣には、マントとフードで身を隠したままのフィオリトゥーラが、その顔をうつむかせてソファに座っている。彼女の両手剣はガルディアに預けてあるため、武器の類は一切携帯していない。

「今回の件は万全を期すためであって、このことでそちらに面倒をかけるつもりはない。賃料についても、それなりの額を即金でお支払いしましょう」

 下手な演技は逆効果と見て、ディルは切実な風を装ったりはせず、ゆったりとやや高圧的に話す。

 ベッカーはわずかな時間考えこんだ後、ふむ、とうなずいた。

「よろしいでしょう。私どもの倉庫でよければお使いください。それで、お貸しさせていただく期間ですが、どの程度をお望みか?」

「二日もあれば十分だ。それまでには、こちらに駐在している支援者の準備も整うはず」

 ベッカーはうなずくと、テーブルの上にあった呼び鈴を鳴らす。すると、すぐに奥の扉から使用人の男が姿を現した。

「十二番区の倉庫の鍵を持ってきてくれ。二つともだ」

 使用人が姿を消すと、ベッカーはディルへと向きなおす。

「契約書などは作らぬ方がよろしいのでしょうな」

「ええ。心遣い感謝いたします」

 戻った使用人は、ベッカーに大小二つの鍵を手渡すと、再び奥へと姿を消した。

「それではウォルトン様。失礼ですが、こちらと交換という形で願います」

「ああ」

 カルヴァート王族に仕える「従者ウォルトン」を演じるディルは、腰に下げた袋に手を入れ、いちいち中を確認したりはせず手早く硬貨を取りだすと、それを丁寧にテーブルの上へと並べていく。

 横一列に並んだ五枚の金貨が、見事な黄金色の輝きを放った。

 本来ならば、帝国に流通している金貨の方がよりそれらしいのだが、フィオリトゥーラが所有するそれもラスタート流通の物ではなく聖剣教発行の物なので、流石にそこに疑念を抱く余地はないだろう。

 ちなみに、金貨を始めとする硬貨の価値には世界基準が定められており、それがどこの国で流通しているものであっても、基本的に聖剣教発行の硬貨とその価値は変わらない。

「申し訳ないが、こちらもあまり自由が利く身ではないのでね。このぐらいでご容赦いただきたい」

 ディルは苦笑しながら言うが、ベッカーは顔色を変えない。

「いえ、十分でしょう」

 そう言うと彼は、手にしていた二つの鍵をテーブルに置いた。ただし、その手は離さなかった。

「さて、これで交渉成立となるわけですが、最後にひとつだけ確認をさせていただきたい」

「……なんでしょうか?」

 ディルは、落ちついた口調を意識して訊ねる。

 本来ある警戒心をウォルトンとしての立場の警戒心に置き換えて表現しなければならない。

 正直難しい演技だなと思いながら、ディルはベッカーを軽く睨みつけた。

「無礼を承知で申し上げますが、そちらのカルヴァート第五王女、クリスタル様のお顔を拝見させていただきたい」

「それはどのような理由からで?」

 ディルは冷ややかな視線を返しながらも、内心では予想どおりの展開だとほくそ笑む。

「こちらとしても全面的にあなた方を信頼したいと考えておりますが、しかし、万が一ということもあります。例えば、仮に聖剣教が指定する指名手配者などと誤って取引を行ってしまえば、私の身など到底持ちません。少なくとも、目の前にその者がいながら見過ごしたとあっては、言い逃れすらできなくなってしまう」

 ベッカーはもっともらしいことを言うが、その思惑は実際にはわからない。

 何かしら疑っているのか、それとも王族とのコネクションを意識して顔ぐらいは見ておかねばと考えているのか。あるいは、単に王女の顔を見てみたいという好奇心からだけのことかもしれない。

「そこまで言われては仕方ない」

 気分を害されながらも返す言葉を飲みこんだという素振りを見せた後、ディルは隣のフィオリトゥーラへと顔を向ける。

「クリスタル様、どうかお顔を」

「承知しました」

 一言だが、見事な聖教音。その澄んだ通る声を聞き、それだけでベッカーの目の色が変わっていくのがわかった。

 ほっそりとした白い両の手がその縁を掴むと、彼女はゆっくりとフードを脱いだ。

「おお……」

 印象的な二重目蓋の下から碧い瞳が覗き、その不安げな眼差しがベッカーへと向けられる。

 薄汚れたフードに隠されていたことでその落差は激しく、まるでそこに突然光が差したような錯覚すら覚えてしまう。

 白金の髪に白い陶器のような肌、すっと通った鼻筋、ふっくらとした桜色の唇。単に整った美しい顔立ちというだけではない。控えめにしていても溢れでる気品。高貴にして高潔、優雅にして可憐――。

 ベッカーは慌てて立ち上がり身を正すと、テーブルを回りこんで、フィオリトゥーラのもとへと跪く。

「なんと見事な……。大変光栄です。クリスタル様、私などでよろしければ御協力させていただきます。必要な物などございましたら、なんなりと申しつけください」

 ここまでは、王族と名乗る相手に礼を失さぬようにとの姿勢を見せながらも、それでいてどこか対等であるという風もあったベッカーだったが、フィオリトゥーラの顔を見た途端、彼はそれこそ一介の市民に成り下がってしまっていた。

 ディルがわざとらしく大きく咳払いをする。

「クリスタル様」

 フィオリトゥーラは、ちらりとディルを一瞥した後、ベッカーへとたおやかな微笑みを送る。

「よろしく願います」

 彼女は一言だけ発すると、そのままゆっくりとフードを被り、再びその顔を隠した。

 ベッカーはテーブルの向かいに戻ると、立ち上がったまま倉庫の鍵を手に取り、それをうやうやしくディルへと差しだした。



「お見事でした。首尾よく行きましたね、ディル」

 環状路を外れて八番区の中へと向かう路地に入った途端、それで安心したのか、フードの縁をつまんでその笑顔を覗かせながら、フィオリトゥーラが声をかけた。

「おい、顔は出すなよ」

「あ、はい」

 二人はフードを深く被ったマント姿で並んで歩く。

 わずかながら緩やかに下っていく道の先には、大小様々な石造りの建造物が、それぞれ隣接しながらも綺麗に建ち並んでいた。陽の光を受けた白壁が眩い。

 そんな風景から視線を移し、広大な群青色の空を見上げてみれば、太陽はすでに頭上高くにあった。

 八番区は、この聖地の中ならばどこでも見かけるような白壁の建物ばかりが目立つ街区ではあるが、道は整備されており、街並みも整然としている。

 広大な土地をベースに計画的に開発された街のようで、ここには低ランクの剣闘士が住居とするような大型の集合住宅などもよく見られた。また、それゆえに環状路沿いでなくとも、様々な店なども点在している。

「まあアレだ。やっぱり、おまえの姿を見せたのが決定打だったな」

 ディルはそう言いながら、マントの中でベッカーから受けとった大小の鍵を振って、その音を鳴らしてみせた。

「ディルのような大役ではないとはいえ、大変緊張しました。それにしても、あのように信じていただけるものなのですね」

「いや、向こうも最後にフィオの顔を見るまでは話半分ぐらいに聞いてたと思うぜ。あのおっさん、色々と考えてそうだったしな」

「それではベッカーさんは、半信半疑のままで私たちに倉庫を提供されようとしていたということですか?」

「想像だけどな。別に金をもらって倉庫を貸すこと自体は、相手が本物の王族だろうが偽物だろうが変わらないだろ? そこに生じるリスクの質は変わってくるが、どっちにしたってリスクはあるからな。本物なら王族絡みの争いに巻きこまれるかもしれないし、偽物なら何かの犯罪に巻きこまれるかもしれない。まあ、実際犯罪の片棒を担がせてるんだけどな」

 フィオリトゥーラは、フードの中で小さくうなずいた。

「やはり、なんだか申し訳ない気がしてしまいますね……」

 それを聞いたディルは、聞こえない程度に小さく舌打ちする。

「それを気にしてたらキリがないぜ。わかってるよな? 剣を奪回するまでは目的最優先だからな。利用できるものは利用して、邪魔する奴は誰でも蹴散らせよ。それができないなら、諦めるしかないぜ」

「承知しています……」

 それからしばらく歩いた後、不意にディルが立ち止まった。それを見て、フィオリトゥーラも同様に足を止める。

「フィオ。向こうの城壁、アルスタルトの外壁は見えるよな?」

 ディルが道の遥か先を指差した。

「はい」

 広がる街の風景の果てで、この都市の外壁が左右に線を描いている。あの外壁の向こうには、広大な農業区域が広がっているはずだ。

 次に、ディルは振り向くと反対方向、今歩いてきた道の先を指差す。

 緩やかな上り坂の先には、まだ辛うじて環状路との交差点が見えた。

「今歩いてきたからわかると思うが、こっちは環状路だ。環状路に出て道なりに北上すれば、スラクストンの屋敷までも繋がってる。で、その途中を中央通りが横断してる。道は聖地の中心に向かってるから実際には違うんだが、イメージとしては、この道と平行な感じに通ってると思えばいい」

 ディルの説明を受けながら、フィオリトゥーラは周囲を見渡す。そして、それぞれの位置関係を頭の中に描いてみる。

 環状路と外壁に中央通り。それら三つの目標物を基準とすれば、第三環状街東部の中において、自分が今いる場所をある程度は想像することができた。

「ここから環状路を使わず、八番区の中を抜けて産業路の倉庫まで戻る。おまえはその間、自分がどういう風に動いてるかイメージしながら移動してくれ。倉庫前で剣を奪った後、基本的には逃げるつもりで考えてるが、どうなるかはわからねえからな。皆で仲良くってわけにも行かねえだろうし、一人でもなんとかできるようにしとけよ」

 三人が散り散りになった際のフィオリトゥーラ一人での逃走。その可能性を考えてのここまでのディルの説明だった。

 夜の街を一人走る自分の姿を想像すれば自然と不安も湧くが、それではいけないとすぐに思いなおし、フィオリトゥーラはフードに顔を隠したまま目を閉じると、首を横に振ってそれを振り払う。

「心得ました」


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