5-3 物件探し
「実行場所と待機場所は同一に設定する。無駄な移動は避けたいからな」
ガルディアとフィオリトゥーラを横並びで先に歩かせ、その二人のすぐ後方中央にディルがぴたりとつけている。三人は意識した緩やかな速度で、産業路を北西、都市の中心地側に向かって進んでいた。
「実行場所の条件だが、こんな道だし正直どこも変わらない。ただ、連中の出発地点がわからない以上、なるべく産業路の下流にしたい。待ち伏せした場所の先から産業路に入られるのが一番最悪だからな」
「あー。だからこんなとこまで来たんだ。でもさ、〝第二〟の城門から直接じゃなかったとしても、どうせ第八教会経由とかじゃないの? そしたら、産業路には四番区の途中からは入ってくるよね?」
「普通だったらな。ただ、連中は〝公式〟の名目を借りてるだけだろ。わざわざその利を捨てることはしないだろうが、ある程度想定外の行動をとることも考えた方がいいぜ」
「じゃあ、環状路より下流って感じ?」
「それが安全だろうな。流石に、教会に報告しておきながらほとんど産業路を使わないなんてことはしねえだろうし」
ディルはそう言いながらも、もう少し人手があればそういった不安要素も完全に潰せるのに、などとつい考えてしまう。
「まあそうだよね。ちなみに、条件はまだ何かある?」
「あとは、環状路からある程度離れてること、それと逃走に使える脇道が近くにあることだな。日没以降の話とはいえ、なるべく人目につきたくない。時間によってはまだまだ人の数も多いだろうからな。環状路に近すぎると、それだけ余計なトラブルを招きかねない。で、脇道に関してだが、行き止まりなんかになってなければとりあえず問題ない。実行場所選定の条件は、その三つだけだ。ここまででフィオは何かあるか?」
「いえ、問題ありません」
フィオリトゥーラは二人の話に耳を傾けながらも、視線を動かし周辺を観察していた。
「待機場所については、どう考えてるの?」
ガルディアが続けて訊ねる。
「まず今言った三つの条件、環状路より下流で、かつその間近でなく、付近に脇道があって逃走経路が確保できる場所にあること。それから、一階建て、屋根は低すぎない方がいい。屋上への階段があると助かるな。で、それが空き家なら最適だが、まあそんなのは期待できないだろうから、現実的には管理人と交渉可能な倉庫ってところか」
「なんか引っ越しの物件探しみたいだね」
ガルディアが振り向いて笑う。
「似たようなもんだ。産業路沿いは、何かしらの倉庫ばっかだからな。それこそ空き物件でもあって借りられれば早いんだが、今日は交渉前提で考えてる」
「あー。もしかして、それ、交渉用?」
ガルディアは足を止め、ディルの胸元を指差した。それを見て、フィオリトゥーラも足を止める。
マントに隠されているが、ガルディアが指差しているのは、ディルの今日の服装。貴族の正装を思わせる白い詰襟のダブレットだ。
「交渉に時間をかけてらんねえからな。ちょっとした〝搦め手〟を使うつもりだ。まあ、細かい段取りなんかは条件に合う建物が見つかってから考える」
「僕はてっきり、そんな服着て、ディルが新しい戦闘スタイルでも確立したのかと思ったよ」
「こんな服で闘うわけねえだろ。ちゃんと着替えも用意してる」
ディルは右肩に背負っている革袋をひょいと動かしてみせた。
「そっか。それ、着替えだったんだね」
それから三人は再び歩きだす。
ディルはしばらく前を行くフィオリトゥーラの様子を眺めた。フード越しでわかりづらいが、どうにもフィオリトゥーラは道の左右をやたらと気にしているように見えた。
「フィオ」
ディルが声をかけると、彼女は歩きながらわずかに振り向き、フードの縁に手をかけてその顔を覗かせる。
「何か気になるか?」
先ほど話した条件の建物を探しているかとも思ったが、それにしては見ているところが少し違うようだった。
「いえ。その、街灯が多いように思いまして……」
言われてディルは、ああと納得する。
産業路はそういうものだと当たり前に認識していたため、あえてどのぐらいの間隔で街灯が配置されているかなど注視していなかったが、確かに街灯の数は多い。
ディルが目一杯手を伸ばしても届かない程度の高さのスタンド上部に、松明が設置された街灯は、互い違いに等間隔で道の端に並んでいる。この朝方の時刻では、もちろん火は灯されていない。
「産業路はほとんど荷馬車専用の道路だからね。夜間でも移動がしやすいようにって、街灯が多く作られてるんだよ。月明りが少ない夜とかは、いくつか点けられてるみたいだし、聖剣教公式で大掛かりな荷物の移動なんかがある場合は、この全部に火が配られるらしいよ」
ガルディアが話している最中も、また一台、荷馬車が三人を追い越していった。
ここまで移動する間に見ただけでも、産業路を走る馬車の数は多く、またそれらの多くが人ではなく荷物を積んでいるせいか、かなりの速度で通過していく。
フィオリトゥーラは記憶にある環状路の様子を思い浮かべてみるが、アルスタルトの幹線である環状路ですら、大きな交差点などには必ず設置されているものの、街灯の数はそこまででもなかった。
「今晩はどうなのでしょう?」
フィオリトゥーラが浮かんだ疑問を口にすると、ガルディアがそれに答える。
「今日はどうかな。〝五日〟だし、月が出ればそれなりに明るくなるよね。普段だったら、街灯は使われないかな」
満月の翌日を「一日」として始まる聖地の一か月の中で、「五日」の月は、すでに半月近くまで欠けてくる頃だ。
フィオリトゥーラは、この産業路の夜の光景を想像してみる。しかし、街灯のあるなしを想定して思い描いてみても、あまりその実感は掴めなかった。
暗い場所で誰かと闘った経験などあるはずもない彼女は、夜の闇の中で剣を振るう自信がなかったが、だが、闇の中での行動が困難となるのは相手も同様なのではないかとも思える。
「そこはあんまり考えすぎない方がいいぜ。なんにせよ、その時の状況でやるしかないんだからな」
ディルの言葉に納得し、フィオリトゥーラはそれについての思考を中断させた。
そこからまたしばらく、三人は無言のまま産業路をさらに進んでいく。
三人ともにディルが提示した条件の建物を探すため、周辺に視線を配っているが、ディルは特に念入りに建物や風景の様子をうかがっていた。そして、少し気になった場所があれば足を止め、その建物や周辺を観察した後、ああでもないこうでもないと呟いた後、また歩を進める。
そんな中で、その建物は見つかった。
街の風景に溶けこむような量産型の石造りの倉庫だが、他よりも少し大きめで、それゆえにディルが求めていたように、一階建てながら屋根の高さが他よりも幾分高くなっている。
倉庫の両脇は両方とも路地になっており、見れば、片方の壁には屋上に上るための階段も備えつけられてあった。
「悪くないな」
ディルは呟きながら、倉庫の前で足を止め、周辺の景色を見渡す。
いつの間にかかなり進んでいたらしく、先へと目を凝らせばすでに環状路と思われる風景がうかがえる距離にまで迫っていた。とはいえ、それでもここからその場所までは、少なく見てもまだ三百メートル以上はあるだろう。
「ガルディア。ここから脇道を使って逃げるとしたらどうだ?」
訊ねられたガルディアは倉庫脇に近づくと、そこから路地の様子を覗いた。片方を見た後は今度は反対側まで歩き、そこでまた同様に確認する。
「ちゃんと見てみないと断言できないけど、いいと思うよ。この路地からなら、そのまま十二番区の住宅街に入れそうだし。あそこは旧街区並みの迷路みたいな場所だからね」
フィオリトゥーラも、周辺を歩き観察している。
「フィオ、あんまり歩きまわるなよ。馬車の邪魔になっちまうと無駄に目立つからな」
「あ、はい。それにしても、確かにここは、ディルが望む条件を全て満たしているようですね」
「だよな。そうなると、あとはどいつの持ち物かって話だが……」
ディルは言いながら、倉庫を眺める。
道に面した側には荷物を搬入するための大きな両開きの扉がついているだけで、そこに看板の類はなく、他に掲示がないところから見ても大きな商会の倉庫などではないと推測できた。
道の側を正面として、右の路地に面した側には屋上への階段がある。ディルはそれを確認した後、反対の左側の路地の方を覗いた。
そこには扉があり、扉の脇には刻印がされた金属製の表札が掲げられていた。
「おっ」
期待どおりの物が見つかったことで、ディルは思わず声を上げた。
表札にはこの倉庫の管理者の名とその住所が、しっかりと明記されてあった。
「八番区か。助かるな」
八番区はこの十二番区の隣で、同様に環状路の外側に位置している街区だ。ここからならば、そう遠い場所ではない。
「ガルディア、フィオ」
ディルの呼びかけでフィオリトゥーラが振り向き、ガルディアは右側の路地からひょいと顔を出した。
「環状路に向かって歩きながら話す。なるべくゆっくり歩いてくれ」
二人が先に並びディルがそこに続く先までと同じ形で、三人は再びゆっくりと歩きだす。
「俺はこれから、この倉庫の管理人のところまで交渉に行ってくる。ガルディア、おまえはその間に、ここからの逃走経路を作っておいてくれ。おまえ一人で逃げる場合の想定でいい。ただし、荷物ありだ」
「了解。フィオさんはどうするの?」
フィオリトゥーラ自身が訊ねたかったことを、先にガルディアが訊いた。
「フィオはこっちに来てもらう。つーか、今回の交渉は、フィオありきで考えてる。必須だ」
そう言われても自分がどのような役割を担うものか見当がつかず、彼女はフードの中で、思わず首をかしげてみせる。
「訳ありの貴族か王族が一時的に身を隠せる場所を探してる、みたいな設定で交渉に臨む」
「あー、なるほどね。納得」
ガルディアは理解したようだった。
「倉庫を何に使うか馬鹿正直に話しちまうわけにもいかねえからな。かといって、理由を隠したままじゃ交渉は難しい。ちょっとした思いつきだけど、俺としては行けると踏んでる」
「その堅っ苦しいダブレットを着て、ディルは従者を演じるわけだ。大丈夫? そんな目つきの悪い貴族の付き人なんているかなあ」
そう言って笑うガルディアを睨みつけるかと思いきや、ディルはニヤリと口の端に笑みを浮かべた。
「関係ねえよ。この場合、俺の見た目なんか最低限でいい。問題は、貴族様本人の気品と風格がどうかだろ? プラス、あとは金の力か」
ディルとガルディアは、二人同時にフィオリトゥーラを見た。
「うん、完璧だね。完璧すぎる」
「今回は完全にフィオありきの作戦だからな」
そんな二人の期待に満ちた視線を受け、フィオリトゥーラは一瞬困惑した様子を見せたが、次にはその顔に不安げな表情を浮かべる。
「大役ですね。私に務まるとよいのですが……」
それを聞いた二人は、顔を見合わせると一斉に笑いだす。
彼女は理解していないのだ。彼女自身が自然とその身にまとっている、その圧倒的な力を。




