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千の剣の物語 ~ 約束の剣 ~  作者: 鈴木しゅら
第五章 決戦の日
30/68

5-2 出発

「今日の大体の流れを説明する。食べながらでいいから聞いてくれ」

 食卓に並ぶ朝食を前に、ディルが向かいに座る二人を順に眺める。

「まず、ここを出たら手配してある馬車を使って、十二番区、第三産業路の末端の門付近まで移動する。で、そこからは徒歩だ。産業路を末端から上流に向かって歩きながら、襲撃に適した場所を探す。場所が決まった後は、一旦産業路から離れて、そこからは日没までに必要な準備を済ませ、あとは戻ってその場所で待機だ」

「一度端っこまで行くんだ。結構遠いね」

 ガルディアが、口の中にあったパンを飲みこんでから言った。

「ああ。何か見落としがあるとまずいし、なるべく下流の方が都合がいいからな。まあ、その辺はまた移動中にでも説明する」

 フィオリトゥーラもこくりとうなずきながら、食事を続ける。

「とりあえず、みんな準備は大丈夫かな?」

 そう言ったガルディアは、濃いブルーのチュニックに身を包んでいる。ディルは例の見慣れぬ白い正装のままで、フィオリトゥーラは黒い戦闘服姿だ。

 三人とも必要な装備は応接室に置いてあり、ひととおりの準備を終えていた。

「あ、フィオ。おまえ確か、フード付きのマントを持ってたよな」

 彼女がこの屋敷に到着した夜のことを思いだしながら、ディルが訊ねる。

「はい」

「俺らも持ってくけど、おまえは特に目立つからな。最初からマントを羽織って、その服もなるべく見えないようにしておけよ」

「承知しました」

「あと、今日はいくらか金が必要になる予定だ。邪魔にならない程度に金貨も持っておいてくれ。そうだな、十枚もあれば十分か」

 フィオリトゥーラがうなずくと、なぜか隣のガルディアが反応して食事の手を止めていた。

「ごめん。そういえば、僕、フィオさんから金貨を預かったままだったよ」

「そいつもそのまま持っておけよ。フィオに戻すのは全部終わってからでいい」

 それから三人は食事を終えると、それぞれ応接室で装備を整え、その後、玄関前のホールへと集合した。

 上方の窓を見れば、もう外が明るくなってきているのがわかる。

 フィオリトゥーラは、ディルに言われたとおり自室からマントを準備し、それを羽織っていた。砂漠の旅の中で薄汚れたそのマントは実用性重視の物で、目立たないための用途として最適といえた。

 ディルとガルディアの二人も同様に、すでにマントを羽織っている。またディルは、普段は持ち歩かない革袋を右肩に背負っていた。

 扉の前に並んだ三人に、麻袋を持ったリディアが歩み寄ってくる。袋は彼女が胸元で抱えられる程度の大きさで、それはガルディアに手渡された。

「携帯食の袋と水筒が入っています。どれもベルトなんかに付けられるようになってますから、邪魔だったら袋から出しちゃってください」

 それは、ディルの指示でリディアが用意した物だった。

「ありがとう」

「感謝します」

 礼を言う二人に続いて、ディルも笑顔でその意を伝える。

 リディアの背後では、スラクトストンがいつもの黒と白の服をまとい、そこに控えていた。

「明日の朝までには戻れるだろうが、いつ戻るかはわからないからな。悪いけど今日は、日没までに寝ておくなりして、夜は起きててくれ」

 ディルの言葉を受けて、スラクストンが一礼する。

「承知いたしました。本日は、リディアもこちらに泊めて待機させます」

「待ってます。頑張ってくださいね!」

 元気なリディアの声に、三人は同時にそれぞれ笑みを返した。

 ディルが扉を開け、三人が順に外へと出ていく中、スラクストンが声をかける。

「ご武運をお祈りします。聖なる剣のご加護があらんことを」

 まるで教会の神官のようなことを言う。

 頭を下げながらスラクストンは、言い終えると同時にその口の端に笑みを浮かべた。

「はは。笑えるな、それ」

 ディルが反応して笑う。スラクストンはあえて口にしたのだ。今晩、三人は聖剣教を襲撃する犯罪者となる。



 屋敷の門を出た後は、環状路を南下する。流石に日の出前のこの時間では、通行人の姿はほとんど見られない。

 左手、東の空を見れば、星を散りばめた夜空が地上に向かって、黒から青、青から黄、オレンジと順に層を作っている。

 フィオリトゥーラはそんな薄明の空を眺めたまま、わずかに目を細めた。マント越しに肌に触れる空気が、ひんやりとして心地よい。

 馬車が用意されている場所までは、ほんのわずかな距離だった。

 食料や雑貨などを扱うその店はまだ開店前だが、店の主人とおぼしき人物が一人店内に荷物を運び入れている。

 店の前には、二頭立てで幌付きの荷馬車が停めてあった。

「ディルエンドだ。あんたが店長さん? スラクストンから話が行ってると思うんだけど」

 ディルが声をかけると、中年の小太りの男が作業の手を止めた。

「おお。丁度いいところに来たな。さっき戻ってきたところだ。大して距離は走ってないが、こいつら少し疲れ気味だからな。あまり速度は出さないでくれよ」

 店主がそう言って触れると、栗毛の馬はディルたち三人へと耳だけを向け、フッフッと鋭く鼻息を鳴らす。

「ああ。急ぎじゃないから安心してくれ。引き渡しは、十二番区の〝ハーランド商会〟でいいんだよな? 誰に渡せばいい?」

「緑の腕章を付けてるのが商会の人間だ。そいつらなら誰でも構わないさ。そっちにも話は行ってるから、〝ベイリーの馬車〟だって伝えればそれで預かってくれる」

「了解。それじゃ借りてくぜ」

 ディルは言うなり御者席に上り、荷台の中の様子をうかがう。

 木枠と幌で覆われた荷台の中には、荷物などは何も置かれておらず、代わりに柔らかそうな布が何重かにして敷き詰めてあった。

「おお。準備済みかよ。忙しいとこ悪いね」

「構わないさ、お得意さんだしな。それに、スラクストンさんのとこの剣闘士には期待してんだ。この地区からAランクが出たら俺も嬉しいからな。あんたもなかなかのもんだって評判だぜ」

「はは。そうでもねえよ」

 ディルは答えながら、二人を手招きする。

「じゃあベイリーさん、借りてくね」

 先に上ったガルディアに手を引かれ、フードをすっぽりと被ったフィオリトゥーラも無言で荷台へと入っていく。余計な話題を作らないためにも、彼女は顔を隠してなるべく話さないようにとの指示をディルから受けていた。

 マント越しとはいえ、彼女が女性であることぐらいはベイリーも察しているだろうが、こういったことであまり余計なことを口にしない分別はあるようだった。

 二人が荷台に入ったのを確認すると、御者席のディルが早々に馬を動かす。

 そして三人は、今度は荷馬車に乗って、さらに環状路を南下していく。

 馬車は、レディシスの馬車のような最高の乗り心地を保証するものではないが、人が普通に歩く倍程度の速度に抑えているため、それほどひどい揺れはなかった。

「このまま十二番区まで向かう。まあ、どのみち俺は馬車なんて上手く扱えねえからな。この速度が限界だ」

 振り向いたディルが、大きな声で荷台の二人へと告げる。

 二人は重ねた布で作られた急造のクッションの上に座っていた。客車ではないとはいえ、荷台は広々としていて、意外にも居心地はそれほど悪くない。

 膝を抱えて座るフィオリトゥーラの隣で、ガルディアは両足を伸ばしてゆったりとくつろいでいる。

「交代の時は言ってよね。〝中央通り〟の手前ぐらいにする?」

「ああ、そんなもんだな。フィオ! おまえも楽にしてていいからな。到着するまで寝てても構わないぜ」

「ありがとうございます」

 フィオリトゥーラはどうしたものかと少し悩むが、そんな彼女を見てガルディアが動きだす。

「僕はどうせあとで交代する予定だし、フィオさん、後ろの方を使いなよ」

 ガルディアは膝立ちの姿勢のまま、ディルのいる御者席側へと、ひょこひょこと移動していく。

「後ろ開いちゃってるけど、顔を出したりはしないでね」

 荷台の後方部分だけは幌で塞がれていないため、そこからは環状路と街の風景がよく見えた。

「はい。それでは、お言葉に甘えて失礼させていただきます」

 フィオリトゥーラは両手剣を肩から外して脇に置くと、少し遠慮がちにしながらも、そこに細い身体を横たわらせる。前日までと比較すれば睡眠を十分にとれた感覚はあったが、先に何があるかわからない以上、身体を休ませておいて損になることはないだろう。

 ゆるゆると環状路を進んでいく荷馬車は、気がつけばいつの間にか、都市を照らす朝陽の光を浴びていた。

 外はすっかり朝の風景で、やがてどこからか朝一番の鐘の音が届く頃、荷馬車は停止し、そこでディルとガルディアが交代した。

 御者席に座ったガルディアの向こうには、環状路と垂直に交わる東部中央通りの様子が覗き見える。そこは先日、ディルとフィオリトゥーラが、屋敷に戻るため辻馬車を手配した交差点だった。

 中央通りは、この時刻からすでに多くの人が往来していた。

 御者台に備えつけられた鐘をカランカランと鳴らしながら、ガルディアが操る荷馬車はまだ密度の低い人混みの間を抜けていく。

 言われたとおり眠るのもよいだろうと考えていたフィオリトゥーラだったが、この長い距離を移動する中でも眠気は訪れず、身体を横にしていてもその意識ははっきりとしていた。



「あ、あれじゃない? ハーランド商会って」

 中央通りを横断してからさらに半刻以上は経ったと思われる頃、ディルの指示で馬車は環状路から外れ、十二番区街中の通りを東側の城壁に向かって移動していた。

 ガルディアは道の少し先、左手に掲げられたその看板を見つけた。

 通りの遥か先には、都市の外壁となる城壁の姿がはっきりと確認でき、この辺りはすでに環状街の端の方なのだということがわかる。

 荷台から身を乗りだしたディルが、同様にその看板を確認した。フィオリトゥーラもまた、それに反応して上体をゆっくりと起こした。

 ハーランド商会は、外壁の外にある広大な農業区域からの農産物などを仲介する業者で、その業種としては東部地区で一二を争う規模の商売を行っている。

 看板が掲げられている事務所自体は、そこらの商店と変わらない程度の大きさのありふれた店舗だが、見れば周辺の建物は、そのほとんどがこの商会の倉庫や店舗などで占められているようだった。

 こちらから人を呼ぶまでもなく、そこら中に商会の人間と思われる緑色の布を腕に巻いた者たちの姿が見られた。

「これ、ベイリーさんの馬車なんだけど」

 馬車を降りたガルディアが、看板のある建物の前にいた男に声をかける。

 すると、男は顔だけをこちらに向け、「あー聞いてるよ! そこに停めておいてくれ」と返事をするなり、そのまま店の中に姿を消してしまった。

「大丈夫かなあ。繋いでもないのに」

 雑な対応にガルディアが不安げな表情を見せるが、ディルは構わずひょいと馬車から飛び降りた。

「ああ言ってんだし平気だろ」

「まあいっか。フィオさん、降りられる?」

「はい。大丈夫です」

 この馬車は、客室を持つ馬車などと違いステップは備えつけられていない。両手剣を背負ったフィオリトゥーラは、ディルのようにいきなり飛び降りたりはせず、一段低い御者席の足置きを経由し、そこから後ろ向きに手をついて、ぽんと地面へ降りた。

 慣れない動作ではあったが、軽く膝を折り問題なく着地する。

「じゃあ、ここからはまた歩きだ」

 フィオリトゥーラが降りたことを確認した後、即座に歩きだしながら、ディルは深くフードを被った。

 正装を思わせる白のダブレットは、屋敷を出る時からマントでしっかりと隠されていたが、ここからはあまり顔なども見せたくはないということなのだろう。

「わかってると思うが、目立つ行動はとるなよ。まあ、意識しすぎてその逆になっちまうのも駄目だけどな」

 二人もディルにならい、同様に深々とフードを被る。 

 商会の事務所がある通りから脇道に入ると、そこから百メートルも歩かぬうちに、三人はその道へと到着した。

「ここが〝第三産業路〟だ」

 目の前にあるディルが指し示した「産業路」と呼ばれる通りは、綺麗に固められているものの環状路とは異なる非舗装の道で、その道幅は環状路にこそ劣るものの、大型の馬車二台が余裕をもってすれ違える程度には広い。

「どうする、ディル。このまま門まで行くの?」

「いや、門まではまずい。剣律じゃなくても、門番の衛兵はいるだろうしな。ここから門までは、まだ一キロ以上はある。ある程度、門が確認できる距離まで近づいたらそこで止まるから、おまえらもなるべく自然な感じで止まってくれ」

「了解」

「心得ました」

 三人は真っすぐに伸びる産業路の道の端を、門のある城壁側へと向かって歩いた。

 通行人をそれほど見かけない代わりに、途中、大小様々な荷馬車が道を行きかっては通りすぎていく。「産業路」の名が示すとおり、ここは主に外からの荷物、あるいは外への荷物の運搬経路として使われているのだ。

 日没までまだ程遠いというのに、南東に向けて走っていく馬車の姿を目にすると、失われた剣が都市の外へ運ばれようとしているのだという当たり前の事実が突きつけられ、フィオリトゥーラの胸の内で再び、不安と緊張が緩やかにざわめき始める。

 しばらく歩いた後、ディルが足を止めた。続いてガルディアとフィオリトゥーラもその背後で立ち止まる。

 フードの縁を持ち上げて道の先を見てみれば、眩い陽光の中、まだかなりの距離はあるものの、城壁にある大きな門とその前の広場の様子がうかがえた。

 ほぼ正面に太陽が位置しているため、三人はそれぞれ目を細め眺める。

 辛うじて門が視認できる程度なので、ここからではそこに衛兵がいるかどうかなどはわからなかったが、そこが産業路の終点であることは間違いなかった。

「そろそろ鳴る頃か」

 太陽を見上げながらディルが呟く。すると、それから大した間もなく、二の刻の鐘の音が街に鳴り響いた。 

「よし、ここで十分だ。今度はこの道を上っていくからな。説明は歩きながらする」


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