3-9 成果報告
二頭立ての黒塗りの馬車が、東部十番区の環状路を駆け抜けていく。その独特な風体のせいか、それともその凄まじい速度ゆえか、道の端を行く通行人のほとんどが、通りすぎるその姿に思わず振り返る。
第七教会前の交差点を過ぎると、そこからスラクストンの屋敷に到着するまではあっという間だった。
身を乗りだして窓から顔を覗かせると、ディルは馬車の進む先を眺める。街並みの中に、見慣れた白壁の屋敷の一端を見つけた。
「もう着く、減速してくれ」
ディルが御者席へ大声で告げると、レディシスはすかさず、手綱とレバーを操り、鮮やかに馬車の減速を開始する。それと同時に、教会の側から四の刻を報せる鐘の音が聞こえてきた。
「凄えな。ほんとに間に合っちまった」
加速時と比べるとレディシスの操作は丁寧で、二人は大きく姿勢を崩すこともなく、馬車は次第にその速度を落としていく。
「あの門の前で停めてくれ」
すでに緩やかな速度を保っていた黒塗りの馬車は、ディルの指示を受けると屋敷の門前まで進み、そこで、ぴたりと停止した。
モスグリーンのフレアスリーブをふわりとなびかせて、レディシスが颯爽と御者席から降りてくる。彼は、二人が動きだすよりも先に客車の扉を開けると、その手を差しだした。
「足元にお気をつけを」
それはもちろん、フィオリトゥーラに向けたものだ。
ちらりとこちらに視線を向ける彼女に、ディルは、くいとわずかに顎を上げてうながす。
「ありがとう」
肩にかけた両手剣の革袋を左手で支えたまま、フィオリトーラはレディシスにそのほっそりとした右手を預け、ゆっくりと客車から降りた。
フィオリトゥーラが降りたことを確認すると、ディルはその後方からステップを無視して、地面に飛び降りる。
「驚きました。大した馬車と馬ですね。くわえて、それを操る貴方の腕前もお見事でした」
「貴女のような方にそう言っていただけるとは、光栄です」
レディシスはそう言って、最初に会った時のように、またうやうやしく礼をしてみせた。顔を上げると、彼は心底嬉しそうに笑みを浮かべていた。
ディルはフィオリトゥーラの肩越しに、露骨に呆れた顔を覗かせる。
「フィオ。ガルディアが待ってる。先に戻ってろよ。俺は少しレディシスと話すことがある」
振り向いたフィオリトゥーラは、ディルを見てわずかな間を置いた後、ああと納得したように表情を変えてうなずいた。
馬車のことなど他に気をとられ忘れかけていたが、思えば、このレディシスはディルが探し求めていた人物なのだ。
「承知しました。それでは私は先に失礼いたします。大変助かりました。レディシスさん、ごきげんよう」
フィオリトゥーラは会釈すると、屋敷の門を少し開けた後、その隙間から敷地内に入り、足早に屋敷の玄関へと向かう。
そんな彼女の姿を途中まで見送ると、ディルはレディシスへと向きなおした。
レディシスは、その顔に淡い笑みを浮かべたままだ。だが、その視線はどこか冷たさを感じさせる。
「何か用かい?」
「ああ。唐突になんだけど、結構前からあんたのことを探してたんだ」
「ふうん……。こっちに覚えはないんだがね」
「そりゃそうだよな。俺が一方的に見かけて興味を持っただけだからな」
レディシスは表情を変えぬまま、何気ない仕草で、左手を腰に下げた剣の鞘に触れさせた。
ディルはそんなレディシスを見て、怖いなと思う。
秘めた獰猛さをその体格で見せつけてくるヴァレルと違い、その外見からはまるで攻撃性が感じられないというのに、ただ鋭利な気配だけがうっすらと漂ってくる。
もっとも、それでこそ探していた意味があるというものだが。
「半年ぐらい前、あんたの試合を北部三番区の闘技場で見たんだ。確か、〝C〟の試合だったか? どこかで見たような面白い剣を使う奴がいるなって思ってたら、名前が〝ムーンライト〟だろ? 気になってな。その時に声でもかけてりゃよかったんだが、今にして思えば、後まわしにしたのは失敗だった」
「あまり面白い話ではなさそうだね」
「まあそう言わないでくれよ。ただ、訊きたいことは山ほどあるんだが、こっちも今はちょっと忙しくてね。とりあえずひとつだけ訊かせてほしい。あんた、なんで〝ムーンライト〟って名乗ってるんだ?」
レディシスの顔からは、もう笑みが消えていた。
「ムーンライトはムーンライトだよ。自らの家名を名乗るのに理由がいるかい?」
聖地でムーンライトという家名などただひとつしかない。なかば予想していたこととはいえ、実際にそう聞いたことでディルは嬉しくなり、思わずその表情を明るくする。
「だけど、あんたの使う〝月煌剣〟は、ちょっと違うよな」
その様子と続く質問が少し意外で、レディシスはディルを不思議そうに見つめた。
「質問はひとつじゃなかったのかい?」
レディシスが笑みをこぼす。
月煌剣とは、剣位ディスカイス・ムーンライトを始めとするムーンライトの家名を持つ者が使う剣術の名称である。
開祖はディスカイスの父、メルエス・ムーンライトで、まだ親子二代とその歴史は浅い。独特な構えが特徴的で、剣術と格闘術がミックスされたようなあまり類を見ない、聖剣教からすればかなり異端ともいえるスタイルなのだが、当初多かった批判の声も、度重なる勝利と歓声の前に次第にかき消され、今や聖地で〝ムーンライト〟の名と〝月煌剣〟という剣術は、並ぶものがないほどの名声を得ている。
「ああ、そうだったな。悪い」
「いや、別に俺が決めたことではないから構わないよ。ディルと言ったっけ。君は、ディスカイスの剣をどう思う?」
「唐突だな。剣位の剣を俺程度に語らせるのかよ。そもそも一度しか見たことないぜ」
「いいよ。率直な意見を聞かせてくれ」
先までと変わり、レディシスは明らかにディルに興味を抱いているようだった。
「そうだな……」
ディルは、たった一度だけ見たガーデンでのディスカイス・ムーンライトの試合のことを思いだしながら口を開く。
「圧倒的に強いのは確かだけど、なんだろうな。完璧じゃない、そんな風に感じた。俺は、あの月煌剣を使ったもっと完璧な剣術が見たいって、そう思っちまったんだ……」
言ってから、ディルは苦笑した。
これまで誰にも、ガルディアにさえ話したことがなかったことを、会ったばかりのこの男に話してしまったのだ。もし、街のそこらでこんな感想を口にすれば、間違いなく笑われるだろう。どの口が語るのかと。
レディシスが笑った。だが、そこに皮肉めいたものはなかった。
「いいね、面白い。君らは今、何か問題を抱えているようだが、それが解決できた暁には、少しどこかで話そうか。もちろん、その時はフィオリトゥーラさんも同席願いたいな」
レディシスの反応に戸惑いつつも、ディルもまた笑顔を返す。
「はは、ありがたいね。そうだな。とりあえず今は目の前のことに集中するよ」
ディルがそう言うと、レディシスはくるりと踵を返し、停めたままの馬車の御者席へと戻っていく。
「それでは、〝憂鬱〟に戻るとするよ。くれぐれも、あの美しい方の表情を曇らせないようにしてくれよ」
最後にレディシスらしい言葉を聞いて、ディルはやれやれと呆れた顔を見せるが、それでも内心では喜びを隠せなかった。
「ただいま戻りました」
玄関ホールに、フィオリトゥーラのよく通る澄んだ声が響きわたる。
「フィオさん?」
少しの間を置いて、扉が開かれたままの応接室入口から、ガルディアがその姿を現した。
「おかえり、って、あれ? ディルは?」
玄関扉の前に一人で立つフィオリトゥーラを見て、ガルディアがすかさず訊ねる。
フィオリトゥーラはその視線を一度、背後の扉の向こうへと向けた後、それから答えた。
「ディルは門のところにいます。私たちをここまで送ってくださった方と、まだ話をされています。おそらく、すぐにこちらへ戻られるかと」
続いて彼女は、ぺこりと頭を下げた。
「到着が遅れ、お待たせしてしまいました」
ガルディアはそれを見て、慌てて顔の前で手を振る。
「いやいや! 大丈夫、気にしないで。僕もさっき戻ったところだし、鐘も今鳴ったばっかだよ」
「ありがとうございます」
顔を上げ微笑むフィオリトゥーラを、ガルディアはあらためて眺めた。
数刻ぶりに見る彼女は、相変わらずの可憐さで、たおやかな表情と佇まいを見せている。ただ、その中にあって、今朝話していた時にはまだ見られた焦りや不安のようなものが、今は随分と薄らいでいるような気がした。
「四の刻の鐘を聞いた時さ、二人が遅れて帰ってくるとしたら、何かトラブルがあったか、それとも何かしらの大きな成果が得られたか、どっちかじゃないかって思ったんだ。でも、その様子だと、どうやら後者の方みたいだね」
「はい」
迷いのない明るい返事が、その成果を物語っていた。
それから間もなくして、ディルが姿を現す。
集まった三人は応接室へと移動すると、今朝そうしていたように、ディルが壁際のソファに腰かけ、その向かい側にガルディアと、少し間を空けてフィオリトゥーラが並んで座った。
「スラクストン!」
ディルが呼ぶと、すぐに食堂の側からスラクストンが現れる。彼はわざわざ玄関まで出迎えはしないものの、二人の帰宅はその気配で伝わっているため、こちらに注意を払っていたのだろう。
「フィオ、剣を見ておいてもらえよ。スラクストン、今大丈夫か?」
「丁度暇をしておりましたので。フィオリトゥーラ様、それでは剣をお渡しください」
「あ、はい」
言われてフィオリトゥーラは、傍らに立てかけていた自身の両手剣を手にすると、それをスラクストンへと差しだす。
「よろしくお願いします」
「人は斬ってないが、それでレイピアを叩き折ってる。ま、たぶん何も問題ないだろうけど、一応な。あと、今日は早めの夕飯で頼む。五の刻ぐらいでって、リディアに伝えておいてくれ。朝出てから何も食ってないんだ」
ディルが、早口で一気に伝える。
「承知しました。それでは失礼いたします」
革袋に入ったカルダ=エルギムの剣を両手で支えたまま一礼すると、スラクストンは食堂の方へと姿を消した。
「フィオさんから聞いたよ。成果があったみたいだね。賢者には会えた?」
ガルディアが言うと、ディルはふうと息を吐いて、ソファに深くその背をもたれさせてから足を組んだ。
「ああ。予想以上だった。ただ、色々ありすぎてちょっと疲れちまったけどな。フィオ、どこまで話した?」
「いえ、まだ何も。成果があったかを訊かれましたので、はい、とそれだけお答えしました」
ガルディアがそれにうなずく。
「賢者の話を信じるなら、ここからは俺たちが急ぐ必要はなくなった。時間に余裕もできたし、ゆっくり話せる。まずはガルディア、おまえの方から話してくれ」
「了解。それじゃあ、一番大きな出来事から話すね」
一呼吸置くガルディアの隣で、フィオリトゥーラがさらに少し距離を空けてガルディアへと向きなおす。
「ソロンが見つかったよ」
その一言で、ディルは姿勢こそ変えなかったものの、その目を軽く見開いた。
「マジか。あの野郎、どこにいやがった?」
「一番区の南の方、四番区との境辺りの路地裏で発見されたらしいよ。僕が見たのは、すでに回収した剣律に第八教会まで運ばれた後だったけど……」
ガルディアの言葉が意味するところを察すると、今度は目を細め、ディルは妙に冷めた表情を見せる。
「教会に寄った時に偶然見つけちゃったんだよね。死体を見たけど、曲がりなりにもBランクのソロンが、正面からバッサリやられてたよ。二撃かな。右手首が落とされて、喉を真横に斬られてた。わかんないけど、ロングソードとかかなあ。で、無駄とは思いつつ聞きこみもしたけど、やっぱり目撃者はいないっぽいね。まあ、路上の小競り合いなんて日常茶飯事だし、大して話題にもなってなかったみたい。なんていうかね……」
そう言ってから、ガルディアもわずかに顔をしかめた。
隣のフィオリトゥーラは、「死体」と聞いた途端、驚きに目を見開かせていた。
「救えねえ奴だな……、ほんと。さっさと市民権でもとってやめちまえばよかったものを」
ディルは吐き捨てるように呟いた後、苦々しく唇を噛みしめた。
不愉快そうな顔をしていても、その心中には複雑な感情があることが見てとれた。仮にも、この屋敷で一時期を共に過ごした仲なのだ。
「ソロンさんにとって、私が災いの種となってしまったのですね……」
フィオリトゥーラがうつむき呟く。
「馬鹿言え。どう考えても自業自得だろうが」
「そうだね。あのままじゃ、どう進んだって似たような結果に行き着いたと思うよ。むしろ、余計に人を巻きこんだ分、始末に負えない。それにしても、まさか殺されるなんてね」
「相当な代物みたいだからな。ソロンと交渉する暇すら惜しんだってわけか? もしくは口封じか……」
「過ぎたるは及ばざるがごとし、か。ソロンが用意した報酬は、ちょっと相手を刺激しすぎちゃったんだね」
二人は特に意識せずに話していたが、盗まれた剣に関する話は、フィオリトゥーラの胸をちくりと刺した。申し訳ない気持ちになり、彼女はさらに視線をうつむかせる。
「逃がし屋についてもそれなりに調べたんだけどさあ。ディル、〝拝黒の翼〟って聞いたことある?」
「ああ。つーか、今日賢者から聞いたんだけどな」
「そっか。商業地区でそれとなく逃がし屋の話を聞くと、まあまずその名前が出てくるね。あんまり詳しく調べようとして、向こう側からも注目されちゃったらアレだし、あくまで、そこらの剣闘士が『いざという時のために少し探りを入れておきたい』ぐらいの体で聞きこみしたんだけど、あの感じだと、そんなに隠された存在ってわけでもないみたい」
ガルディアの話を聞きながら、フィオリトゥーラは、プレシャスの部屋でディルが言っていたことを思いだす。
――露骨に探れば向こうにも探られる。ガルディアは、まさにディルが期待したとおり、その点を踏まえて調査を行ったようだった。
「どの程度かわかんないけど、逃がし屋に剣教が噛んでるってのは本当なんだろうね。教会や剣律に話が通ってなきゃ、あんなんじゃすぐに捕まっちゃうだろうし、今日いくらか聞いただけでも、〝拝黒の翼〟の名を知っている人間の間じゃ、その辺は公然の秘密って感じだったからね」
「剣教は聖地の運営に関して手段を選ばないところがあるからな。資金集めの一環として、そのぐらいしててもおかしくねえわな」
「正直、ソロンの足取りについてはあまり掴めなかったんだけど、それらしい人物が逃がし屋を探してたって話も少し聞けたし、あのぐらいオープンな感じだと、ソロンが行き着いた組織は〝拝黒の翼〟と見て間違いないと思うんだよね」
「ああ。丁度こっちが聞いた話とも符合してる」
ディルがそう答えると、ガルディアは興味深そうにディルを見つめた。まだ賢者の話をしていないだけに、二人に何があったのか気になるのだろう。
「さて、と。大見得切って出てっただけに申し訳ないんだけど、僕の今日の成果って実はそのぐらいなんだよね。ソロンが頼ろうとした逃がし屋は、おそらく拝黒の翼って組織。で、ソロンは死んでた。それだけ」
「いえ、大変貴重な情報です。ありがとうございました」
隣のフィオリトゥーラが軽く頭を下げると、ガルディアは苦笑いする。
「そう言ってもらえると嬉しいよ」
「ソロンの件はこっちじゃわからなかったしな。〝拝黒〟に関しても、双方向で情報が得られた分、より確信が持てた」
ディルは、もたれていた背を離し組んでいた足を解くと、今度は少し身を乗りだすようにして、自身の両膝に手を置いた。
「それじゃあ、今度はこっちの番だな」
まず前提として、フィオリトゥーラと話し合って賢者に会いに行くと決めたことから説明し、それからディルは、二人がクローディアと遭遇した瞬間からの全てを、順を追って話していく。
話は、その時にディル自身が感じたことなども交えて事細やかに語られ、彼がガルディアと情報を完全に共有してようとしているのだということを、フィオリトゥーラは強く感じた。
プレシャスがしたフィオリトゥーラに関する話も、その後に二人が聖教音ではない言語で何か会話したということさえ、ディルはフィオリトゥーラに気兼ねすることなく全てを話し、最後はレディシスの馬車でこの屋敷に戻ってきたところまで辿り着くと、そこでようやく話は終わった。
ディルが話している間、ガルディアは驚きに声をもらしたり相槌を打つ程度で、ほとんど口を挟まなかった。
「なるほどねー」
いつもと変わらない安穏とした口調だが、ガルディアは流石に感心した様子を隠せずにいた。
「城塞の中に隠れ住む謎の賢者かー。そこらで誰かからこんな話を聞かされたとしたら、まあちょっと信じられないだろうね」
「俺自身、夢でも見てきたような気分だからな」
ディルは、そう言って軽く髪を掻きむしる。
「それじゃあさ、二人はプレシャスさんを信じて連絡を待つって決めたってことなんだよね?」
「だな」
「ええ」
それぞれ答える二人を、ガルディアがあらためて順に見つめた。
「ちなみに、そこを聞いてないんだけど、それって、二人の間で話し合って決めたの?」
ガルディアが訊ねると、ディルはフィオリトゥーラへと視線を移す。
「いや。つーか、こいつ、プレシャスに向けて、『私たちは信頼いたします!』って勝手に言いきりやがったからな」
ディルにそう言われ、フィオリトゥーラは数度目を瞬かせるが、次の瞬間、彼女は思いだし、ハッとしてその手を口に当てた。
「申し訳ありません……。あの時は、つい、そのように答えてしまいました」
「まあいいんだけどな。異論があればあの時点で口を挟んでる」
そんな二人を見てガルディアが笑う。
「流石だね、フィオさん。ところでさあ、僕ももちろんその意見に賛成ではあるんだけど、実際、ディルはどう考えてる? 一応聞かせてよ」
ガルディアが訊ねると、やわらいでいたディルの表情が、先ほどガルディアに話をしていた時のように再び引き締まった。
「そうだな……。仮にプレシャスを疑う方向で見るなら、〝拝黒〟の人間か、もしくはもっと上の、それこそフィオや盗まれた剣そのものに関係する奴ってことになるか?」
「うん。考えられるとしたらそんな感じだよね」
「ただ、プレシャスにとって俺らが邪魔で排除したいってんなら、まずいくらでもやりようがあったはずだ。ヴァレルとか飼ってんだからな。向こうがその気なら、簡単な話だろうよ。で、そうなると、殺したり捕まえたりせず何か誘導したり泳がせたりする必要があるのかって話になるが、その場合は、何かしらフィオ自身が必要とかそんな感じか?」
フィオリトゥーラは、黙って二人の話に耳を傾ける。
信頼すると決めた以上、彼女はすでにプレシャスを疑うという選択肢を持っていなかったが、二人は連絡を待つと決めた上でも、考え、こうして話をする。
「うーん。漠然としすぎて、ちょっと想像が難しいよね。まあでも、僕とディルに用はないだろうね。今となっては、口封じの対象になっちゃったかもしれないけど」
「なんにせよ、今回前提としてあるのは、向こうからじゃなく俺らから会いに行ったっていう事実だ。しかも、発端となってる俺の賢者探しは、フィオがここに来る前からの話だぜ?」
「なんでもお見通しの賢者様っていっても、そこまで予期してコントロールしてたら、もはや賢者を通りこして神様だよね」
「だろ?」
「そもそもが胡散臭いといえばそうなんだけど、確かに、反対に疑う理由もあまりないね」
「ああ。それに仮に何かの罠だったとしても、俺はそれでも仕方ないって考えてる。どうせ俺らに〝当て〟なんかないからな。探し物に近づけるなら、正直罠でも十分だろ」
「わかった。じゃあ、ここからは僕たちは一切動かず、プレシャスさんからの連絡を待つ。それについては決定事項だね」
ガルディアの隣で、フィオリトゥーラがこくりとうなずいた。
「そういうことだな」
その向かいで、ディルは再びソファに背を預けた。
「あ、そうだ。この話とは関係ないんだけど、ライマーさんからディルとフィオさんに伝言があるよ」
「ライマーさん、ですか? ガルディアさん、〝千の剣〟にも寄られたのですね」
「うん、あそこは情報拠点だからね。とりあえずは寄っておかないと」
そんな二人の声を聞きながら、ディルが大きくあくびをした。ここに来てようやく緊張が解けたせいか、まだ早い時間だというのに訪れた眠気に、目蓋も自然と重くなる。
「で、ライマーはなんだって?」
「ザリを見たってさ」
「マジか。どこでだよ?」
眠たそうな様子を見せていたディルだが、途端にその身を乗りださせる。
自らの次の対戦相手であるその名を聞いて、フィオリトゥーラも息をのんだ。
「三番区、第八教会の近くで見たらしいけど、十人近い剣律騎士に周りをがっちり固められてたって」
「そりゃそうだろうな。聖地じゃなきゃ処刑を待つ一級の罪人なわけだしな」
「ザリの話、僕もライマーさんから聞いたけどさあ、ちょっと普通じゃないよね。帝国兵と傭兵を皆殺しって、それだけ殺せる腕もだけど、敵も味方も見境なしとかさあ。しかも、それがまさかフィオさんの次の対戦相手だなんてね……」
「ええ。私も驚きました」
そう答えながらも、彼女の顔に不安や怯えの色は見られない。ガルディアはあまり表情に出さなかったものの、そんな彼女を見て不思議に思いつつも感心した。
「どんな奴だったかは聞いたか?」
「身長は高めでライマーさんに近いぐらいらしいよ。マントで身体をほとんど覆ってたみたいだけど、見た感じ体型はひょろっとして細身だったって。武器とかは、おそらくそのマントに隠れてて一切不明」
「なんだよ。ほとんどわかんねえのと一緒だな」
「あと、ザリのことじゃないけど、そこにいた剣律の中に、〝ゲイン・ローランド〟がいたってさ。ライマーさんは『ディルに言えばわかる』って言ってたけど、知ってる?」
「ゲイン・ローランドか。Aランクだよ、そいつ。リストに名前が載ったのは、前回の更新からだったかな。剣律の中じゃ異端扱いの問題児って有名らしいぜ。武器も、剣律所属のくせに〝剣盾〟じゃなくて、〝双剣使い〟らしいしな。まあ、そんなんでも許されてるってことは、強えんだろうな」
「へーえ。流石に、ザリみたいな危ないのを抑えるには、それぐらいのレベルの監視役が必要ってことなのかな」
「かもな」
ディルは答えた後、視線をフィオリトゥーラへと移す。
「フィオ。ザリとの試合、確か二週間後って言ってたよな?」
「はい、そうです。ただ、今はそのことは考えないようにしようと思っています」
明確な言葉と、思いのほか強い視線が返ってきたことに、ディルは少しだけ驚いた。だが、すぐに思いなおす。今の状況ではそれは当たり前のことだった。
彼女は、盗まれた形見の剣を「存在そのもの」とまで口にしていた。その言葉が本当であれば、例えばそれが永久に失われてしまった場合、その先にあるものなど全て無意味になってしまうだろう。
「そうだよな。まずはこの件を解決しなきゃ、そんなことに意味はねえよな。俺も、レディシスだ、フォルトンだってのは一旦置いておく」
「申し訳ありません……」
「いや。もう、この件ではそういうのもやめにしようぜ。おまえのためとかじゃなくて、俺は俺なりに考えてやってるしな」
申し訳なさそうにするフィオリトゥーラにディルが言う。
「ディルって、本当に本気の時は、物事を順序立てて進めるもんね」
一年近く一緒に過ごしているだけあって、ガルディアの言うことは実際当たっていた。
器用なディルは物事を並行して考えたり進めたりすることが得意だが、例えば試合に関していえば、試合後の休養期間、対戦相手の情報収集、そして具体的な準備と、その時の状況にもよるものの、基本的には、自らにルールを課してきっちりと段階を踏んで試合に臨む姿勢を崩さない。
「なんかな。まだ何もわからねえのに予感がするんだよ……。今回の件は、全力で集中して臨まなけりゃ、俺らが望む結果に到達できないんじゃないかってな」
ディルが、そんな漠然とした不安のようなものを口にした時、ガルディアとフィオリトゥーラの背後、少し離れた食堂の入口から、不意にリディアが顔を覗かせた。
「お話し中すみません! ちょっと早いですけど、夕食の準備できました。よかったらどうぞ!」
その元気な声を耳にすると、ディルが颯爽と立ち上がる。
「よし、とりあえず話は終わりにしようぜ。早く俺に飯を食わせてくれ」
足早に食堂へと向かうディルの背を、フィオリトゥーラが振り返り見つめた。
「フィオさん、僕らも行こう」
「あ、はい」
立ち上がるガルディアに返事をしながらも、彼女は視線をそのままに、その唇を強く噛みしめる。
ディルは「予感」という表現をしたが、彼女もまた、当然のようにまだまだ自らの内に不安を抱えていた。プレシャスに出会えて光明が見えたとはいえ、まだこの手にあの剣が戻ってきたわけではないのだ。
また、胸に手を当てれば、ディルとガルディア、二人への罪悪感もある。彼らは、フィオリトゥーラの素性も知らず、探している物が何かもわからずに協力してくれている。
そしてそれを考えた時、彼女は自身の中に新たに湧きあがるものに違和感を覚えた。
継いだ夢が潰えてしまうかもしれないという目前の恐怖や、二人への罪悪感、それらとは別に、さらに覆いかぶさるものがあった。
それが、強く彼女の胸を締めつけた。
第三章 完
四章に続きます。




