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ただ、当たり前のことをしただけだった。
まだ見習いの正式な騎士ではなかったが、女性や子供などの弱き者を守ることは騎士の役目だと教えられたし、まして彼女は主の娘だった。
たとえ自分が身分ある騎士ではなくとも、小領主にさえなれない、城内騎士がせいぜいだとしても、盗賊のような騎士たちとは違うのだと思いたくて、誇りというものを大事にしていただけだった。
だから不利だとわかった途端に、護衛対象を放って逃げ出した奴らのようにはなりたくなくて、死んでも守ってやると思ったのだ。
結果的には自分も彼女も無事で、事なきを得た。
守りきったことに安堵して、自分でもよくやったものだと、心の中で自画自賛した。
でも彼女からは、良くてせいぜい一言お礼が貰えるぐらいだと思っていたのだ。
それなのに彼女は驚くほど感謝の意を示してくれた。あんなにも純粋に人から感謝され、誉められたことはない。
まるで同じ立場の人間が命がけで彼女を守ったかのような反応をする。普通は態度では感謝しつつも、守って当然だという認識をしているものだろうに。
城からほとんど出ることがなく、使用人も少ないせいか、彼女は身分という概念が希薄のような気がする。それとも父親から忘れ去られているせいで、家族よりも使用人のほうが近い存在だと感じているのか。
なんにしても彼女は人から感謝されることが、あんなにも嬉しいことなのだと教えてくれた。
そして三年前のその日から、俺の一番に守るべきものは主と彼女になった。
ただ守っているという実感が持てたらそれでよかった。
近くにいる限りは全力で守る。
そう遠くない未来に別れはやって来て、永遠に手の届かない人になることはわかっていた。だからこそ側にいられる間は、自分の心の中でだけでも彼女の騎士でいたかったのだ。
そしてその別れが彼女にとって幸せなものであるように願っていた。どうか俺と同じくらいには大切に想ってくれる人の元へ行ってくれるようにと。
だからあの知らせを聞いた時は、頭を鈍器で殴られたような衝撃を受けた。
どうして彼女がそんな目に合わなくてはいけないのか。
領主の娘らしい贅沢などせずに、ひっそりと暮らして、積極的に人の役に立とうとするような人なのに。それなのにこんな時は生贄として捧げられるのか。
怒りで目の前が真っ暗になった。この現実が受け入れられない。
気がつくと騎士仲間のバジルが自分を呼んでいた。
心配そうでいて、何かを懸念するようでもある表情だった。
「アルノ、わかっているよな」
何を。
「駆け落ちなんか、するなよ」
バジルは真剣な顔で俺に厳しい目を向けていた。
「たとえロズリーヌ様に頼まれたとしてもだ。これはただの婚姻なんかじゃないんだ。ザーラ兵に本気で攻め込まれたら、ヘイスティン領はなくなってしまう」
何を言っているのだろう、こいつは。こんな時だというのに、少し笑いたくなる。
駆け落ちというのは想い合っている者同士がするものだろう。彼女は俺のことをお気に入りの騎士だとは思っているだろうが、そういう意味で好かれている訳がない。
それにそんな浅はかなことを考える人ではない。嫌だから他を見捨てて逃げ出すなんてことはしないはずだ。
そう、これはどうしようも出来ないことだ。この状況を回避する方法なんて、微塵も浮かんではこない。
権力が物を言うこの世の中で、ザーラ伯に対抗できる人物など、この地域ではベルガ伯しかいない。そしてそのベルガ伯に助力を求められるだけの時間の猶予は与えられていなかった。
誰も彼女を助けられはしない。
それこそ全ての領民を犠牲にして、駆け落ちでもしない限りは。
もしあの時、彼女が駆け落ちしてほしいと言っていたなら、俺はどうしていただろうか。