ドナドナ
ドナドナド~ナ~ド~ナ~……。
俺は今馬車に乗っている。
助けてもらったお礼に街まで乗せてくれるらしい。
で、目の前にいるお嬢様、「ペイル侯爵家」と名乗ったが実はこの家、俺が住んでいる街を管理している領主家だったりする。
なんで外にいるんだよ。
ハァ……胃が痛い。
ここの家の人とはあまり関わりたくないんだよなぁ。
いや、そもそも貴族と関わりたくないんだけど、ここの家は特にって感じで。
実は、ここペイル領はこの国の端にある領地だったりする。
ちょっと進めば国境があるのだ。
そして、そこを任されている貴族が無能なはずはなく……むしろ実力派(物理)というか……。
ここの家は戦争の手柄で成り上がった家で、かなりの武闘派なのだ。
更に、領主としての評判も高く、頭の方も実に優れている。
ただ住むだけならとてもいい場所なのだが、もしここで目をつけられてしまった場合、どうなることかわかったもんじゃない。
領主の癖に、本人のフットワークがかなり軽いしなぁ。
この街の騎士たちも領主自ら鍛えてるっていうし……ん?じゃあなんでこの馬車を護衛している騎士たちは、盗賊ごときにやられそうになっていたんだ?
盗賊には何度か遭遇したことがあるが、さっきの奴らが特別強かったという訳ではなさそうだが……。
それにしても……。
「(ニコニコ)」
さっきから、というか馬車に乗ってからずっとお嬢様がこっち見てるんだよなぁ。
すごいニコニコしてるし……。
これは話しかけるべきなのか?
「アイン様、でよろしいでしょうか?」
「ヒャッ!?」
いきなり話しかけられて驚いてしまった。
「えっと、私はただの平民ですので、敬称などつけずに、呼び捨てでいいんですよ?」
「ではアインさん、でどうでしょう?」
「えっと、ではそれで」
「フフフ♪」
なんでそんなに上機嫌なんだ。
怖いよ。
「アインさん」
「は、はい」
「先ほどはありがとうございました。お陰で助かりました」
「お礼なんてそんな……助けが来なくても、本当はなんともなかったでしょう?」
「……ご存じだったのですか?」
「はい。以前、知る機会がありまして」
ペイル侯爵家の長女イリレス。
知っている人は少ないが実はこの人、めっちゃ強いのだ。
盗賊に襲われてるのがこの人だと知っていたら俺は助けなかっただろう。
この人、以前婚約の話が出ていたのだ。
相手はこの国の公爵家の次男だった。
この次男が問題で、典型的な貴族の馬鹿息子といった感じ。
父と兄は優秀なのになぜあんな奴が生まれたんだ?という陰口が貴族からも平民からも出てくるような奴だ。
その婚約も、その次男が一方的に言い出したことで、お嬢様はそれを断った。
すると、次男の方は決闘状を叩きつけてきたのだ。
これは貴族同士の決まり事みたいなもので、意見が割れて、お互いが納得しないときに用いられるものなのだ。
負けた方は勝った方の要求に従う、みたいなものなのだ。
こんなもの、今は全く使われていないし(そもそも決闘は同じ位の貴族にしか効力を発揮しない。どうやら次男の方は知らなかったようだ)、婚約に関してはそもそも断ることが出来るのだが、なんとお嬢様はそれを独断で了承。
さらに、次男の方は代役を出してきたのに対して、お嬢様は自ら決闘に参加。
相手は名のある冒険者だったのだが、それを見事に倒し、正攻法で婚約をなかったことに(そもそも正式な婚約ではない)したという話がある。
ギルドで働いていたころに知る機会があったのだ。
「そうですか。でも、本当に感謝しているのですよ?お陰で騎士たちが大きな怪我をせずに済みましたから」
怪我に関しては何とでもできそうだけどなぁ。
「では、その気持ちだけ受け取っておきます」
「えぇ、そうしてくださいな♪」
上品な人だなぁ。
これで剣の腕もすごいってんだから、大抵の男じゃ釣り合わないだろうなぁ。
どっか別の武闘派の貴族から婿を引っ張ってくるのかな?
いない訳じゃないが、ここ程じゃないんだよね。
「アインさん。私、あなたの事が知りたいわ。あんなにお強いのに、今まで噂も聞いたことが無いんですもの!」
「えっと……別に面白い事は何もないですよ?」
しまったな……何も考えてないぞ。
適当に言ったら嘘だとバレそうだし……。
「面白くなくてもいいのですよ?私はただ、あなたの事が知りたいのです」
「……わかりました」
出来るだけ嘘を言わないようにしよう。
出自に関しては、どうしようもないから嘘言わないとな。
「私は元々、とある小さな村に住んでいました」
はいダウト。
「いろいろあって、その村に住めなくなった私は、ご縁があった錬金術師さんの所に住まわせてもらう事になったのです」
ここは一部本当だったりする。
「それで……実は先ほど自己紹介の際に、この先の街に住んでいる、と言ってしまったのですが、正確には今日から住み始める、という事なのです。手続き上は既に住んでいることになっているので、すべてが嘘、という訳ではありませんが」
実は、既に身分証を持っている。
もちろん正規の身分証だ。
住民登録は済ませておいたのだ……前世が。
アインという名前も、偽名ではなく身分証にある本名だ。
養子とかの際に使う手続きを応用したのだ。
一から住民登録をしようとすると、かなりの時間がかかって面倒なのだが、既に街に住んでいる人が保証人になると、結構簡単に手続きが終わる。
いやぁ、俺ってばまたもやファインプレー。
「それで……今日これから新しい家に向かうところだった、という事です」
「そうだったのですか……」
出自以外嘘じゃない(本当の事もほとんど言ってない)。
これなら簡単にはバレないだろう。
それに、村とかは住民登録とかしてないから、直接その村に行って確認をしない限り、バレることは無い。
まぁ村の名前を聞かれてないから調べられることも無いだろうが。
「先ほどアインさんが使っていたのは『刻印型魔法』ですよね?」
刻印型魔法……体に魔法陣を刻み、そこに魔力を通すことで詠唱を省略して魔法を使う事が出来る物だ。
この世界では使っている人が多い、魔法使いたちの間では結構一般的なものだ。
刻める数は限られてるがね。
「はい。自分では分からないのですが、どうやら私は魔力がそこそこ多いみたいで、先ほど言った錬金術師の方に攻撃魔法の刻印を刻んでもらったのです」
「とても優秀な錬金術師なのですね♪」
「そ、そうみたいですね……」
言えない……もういないなんて言えない……。
どうしよう……死んでいることは知らない体でごまかすとしよう。
「今度、その錬金術師の方も紹介してくださいね?」
「え!?」
今度!?こんど!?また会うつもりなのか!?
今日一番の衝撃だよ。
「?どうかなさいましたか?」
「あ、いえ。ハイ、カマイマセンヨ」
「フフフ、楽しみにしていますね♪」
ご機嫌だなぁ。
ハァ……胃が痛い。
体はどんなに丈夫に作っても、ストレスからくる胃の痛みはどうしようもないんだなぁ。
知りたくなかった……。
そんなことを言っていると、そとから声をかけられる。
「歓談中失礼します。もうじき街に到着します」
馬車の扉を開けずに、声だけをかけてきた。
「あら?もうそんな時間なの?楽しいお話をしていると直ぐに時間が過ぎてしまうわね?また街に着いたら知らせて頂戴」
「かしこまりました」
楽しかったのか。
こっちは胃が瀕死になりそうだよ。
あぁ……生まれたばっかりなのに胃に穴が開きそう……。
最初の負傷が胃痛とか嫌なんだけど。
頑張れ俺の胃、ファイト!
そうして、また少しお嬢様との会話を楽しんで(お嬢様だけ)いると、街の門に到着した。
やっとだよ……もう嫌だ……なんでいちいち会話で頭を使わなくちゃいけないんだよ。
もっと気楽な会話がしたいよ……。
俺は門の前で馬車を降りる。
お嬢様の馬車に乗ってきたおかげで、貴族用の門で手続きをすることが出来た。
「身分証を出してくれ」
「どうぞ」
衛兵さんに俺の身分証を見せる。
「この街に住んでいるのか。その割には顔を見た事がないが……」
「実は今日から住み始めるんです」
「そうか。よし!まさかこっちの門でこれを言う事になるとは思わなかったが……まぁいいだろう。それじゃあ……ようこそ!ペイル領中心地の街、辺境都市ペイルへ!」
……実は二回目だったり……。
まぁいいや。
俺は衛兵さんに挨拶をして街に入る。
すると、馬車の扉が軽く開き、お嬢様が声をかけてくる。
「それではアインさん。本日はありがとうございました。馬車でのお話も、とっても楽しかったですよ♪またお会いしましょうね♪」
「は、はい。機会があればまた」
「フフフ♪」
……最後の笑みは何だったのだろう。
いやな予感しかしない。
もう二度と会わないことを願っておこう。
「さて、家に帰りますか」
俺は歩きなれた街を歩く。
俺が変わっても、街は変わらないんだなぁ……などと考えながら、俺は家路を歩いた。
「ただいまぁ……」
俺の家は街の住宅地区のちょっといいところにある。
錬金術師はいい金が入るので、家に住むなど楽勝なのだ。
それに、まだ結構な財産が残っている。
商人ギルドに貯金している分だ。
俺の研究所と分けて保管しておいてよかった。
「はぁ……寝よ寝よ。めっちゃ疲れた……」
おかしい、ホムンクルスなのにとてつもない疲労感を感じる。
それもこれもあの令嬢のせいだ。
「おやすみぃ」
俺はリビングのソファにそのまま横になる。
ドンドンドンドンッ!!
「…………」
ドンドンドンドンッ!!
「………うそでしょ?休ませろよ……」
何なの?
「今でまぁす」
俺は今も叩かれ続けてる扉を開ける。
「どちら様で「あんた誰よ!?」」
……人の家きてあんた誰よとは……。
この人は隣に住んでいる女性だ。
一人暮らしをしている。
冒険者ギルドで働いているらしい。
まぁ受付ではなく、裏で事務仕事をしているようだが。
もちろん、俺は知り合いだ。
前世はな。
「あの……どちら様でしょうか?」
「あんたが誰よ!ここは『ライオット』の家よ!」
ライオット……俺の前世の名前だ。
俺がこの世界に来たばかりの時、実は親切な人が俺の身分保証人になってくれた人がつけてくれた名前だ。
……あのおっちゃんには会っておかないとな……どうしよう。
なんていえばいいんだろう。
結局、自立してからも結構世話になってたしなぁ。
ハァ……ホント、死んでしまったのが申し訳ない。
「その……ライオットさんと一緒に住むことになったアインと申します」
「は?住む?ライオットと!?どういう事よっ!?」
えぇ……どうしてこんなに突っかかってくるの……。
いつもは口調はきついけど優しい人なのに。
いつもよりきついし優しくない……。
「いろいろ事情があって、前から縁があったライオットさんと一緒に住むことになったんです」
「そんあ話あたしは聞いてないわよ!」
なんで言う必要があるんだよ!?
なんだ……この人に、『エリナ』さんに何があったんだ……。
「ライオットはどこ!?」
「ご……ごめんなさい。分からないんです」
「ッ!」
エリナさんは走り去ってしまった。
「……なんだったんだ」
ダメだ……頭が回らん。
もう寝よう。




