08.本命の依頼
簡単な試験を終え、二人はまた先程の小部屋へ戻ってきた。
しばらく待つと、試験を行ってくれた女性は小さな鉄製のカード二枚を手に持って現れた。
「こちらが会員証になります」
女性の差し出したカードを時雨は手にとって眺める。
当然のことながら日本語とは違うため、時雨にはこの模様のような文字の読み方が全く分からない。
見覚えのあるものは何ひとつ無く、数字すら見当たらない。
カードの角には穴が空いており、紐や鎖を通して無くさないよう持ち歩けるようになっていた。
「これを持っていないと依頼が受けられないので注意してください。依頼は、ボードに貼ってある募集用紙を受け付けまで持ってきて、会員証と照らし合わせての契約となります」
「このランクというのは何ですか?」
ムルカが名前の隣りにあるマークを指さして言う。
「ええ、冒険者には貢献度に応じてランクが設定されています。依頼に関しても重要度や危険度を考慮して、運営側がランクを設定します。その冒険者と依頼のランクが合えば受けられる、そういうシステムとなっています」
「つまり、難しい依頼を受けようと思ったら、ランクを上げるために長く働く必要があるということですね」
「はい。ですが、あなた方はすぐに上がると思いますよ。私の『鉄人形』があれほどあっさり倒されたのは初めてでした。さすがに自信を失いそうです」
顔は笑っているが、目は笑っていない。
彼女も鍛錬の末に手に入れた魔法であるだろうに、それが大した活躍も見せずに倒されたのだからよほど悔しかったに違いない。
そこまで黙って説明を聞いていた時雨が口を開いた。
「ここにいる他のやつのランクを教えてもらうことはできるか?」
「理由によりますけど、なぜそんなことを?」
「ああ、ステラってやつのランクが知りたい。友人なんだが、どれくらい凄いのか聞いておきたいんだ」
「ステラ様とお知り合いなんですか?」
女性は随分と意外そうに言う。
その反応だけでも充分な情報だったが、教えてもらえるのなら、とさらに言葉を重ねる。
「まあな。本人に聞きそびれてしまったんだ。俺たちはまだこの街に来たばかりで人の力関係がよくわからないし、教えてもらえるなら聞いておきたい」
「ここの館長ですよ」
なぜ知らないのか分からない、といった顔で彼女は言った。
「あ? ここって、ギルド会館の?」
「ええ。冒険者ギルド会館館長兼、冒険者ギルドウィンドブロウ支部支部長を務めています。まとめると、ここで一番偉い人ですね」
「そのうえお酒が苦手で単独行動を好む、と」
「よく知ってますね。ステラ様に連絡をとりましょうか? 今日は執務室に居ると思いますよ」
時雨は少し迷って、言った。
「いや、いい。今日は少しギルドの様子を見て回りたいからな。それに、もしかしたらこれから依頼を受けさせてもらうかもしれない。まあ、またゆっくり時間がとれた時にこっちから伺うと伝えておいてくれ」
「了解しました。ではまた御用がありましたらカウンターまでお越しください」
手を振って別れる時雨に、ムルカは小走りでついてくる。
ステラが誰だか分からないムルカにはいまいち話が分からなかったのだ。
「いつの間にそんな大物と知り合っていたんですか?」
「いや、俺もあいつがそんなに偉い人間だとは……。年齢もムルカよりちょっと上くらいみたいだったし、自警団か衛兵かの部類だと思っていた」
「でもこれで、ギルド内でランクを上げる必要もなくなりましたね」
手間が一つ減って喜ぶムルカを時雨は制した。
「いや、多少はやっておく。知り合いだからという理由だけで不用意にランクを上げてみろ。こつこつ努力して上げている連中は納得しないぞ」
「納得しないと言っても、高難易度の依頼を受けられること以外に特典はないんですよ?」
「ランク、というか肩書きっていうのはそれだけのものじゃないんだ。必ずそれを笠にして下の人間に偉ぶる奴はいる。
実力による上下関係ってのはそういう軋轢を生むんだ。だから、既にその位置にいるやつは、新しく、それも簡単に上がってきたやつを許さない」
その問題を解決する方法が何も浮かばないムルカは、ため息をついて言った。
「じゃあ、どうするんですか。余所者の新入りの死霊使いなんて嫌われる要素しか持っていないんですけど」
「一度実力を見せておくんだよ。これからもここを活用する気なら、信用は得ておかないとな」
時雨はフロアを見渡して、とある人物に目をつけた。
依頼の貼ってある掲示板の辺りをうろうろしていたエルフの青年だ。
彼は時雨たちがここに来た時からそこに居た。
「あいつだな」
「ちょっと、あんまり目立つ行動はやめてくださいよ」
「まあ、上手くやるから見てろ」
時雨は彼の肩を叩き、人気のないところまで連れ出した。
急にそんなことをされた青年は怯え、身構えていた。
「……あ、あの、なにか用なんですか?」
彼は消え入りそうな声で言った。
時雨はひとつ咳払いをして、口を開いた。
「急に話しかけてすみません。ちょっと頼みたいことがあるんですけど」
わざとらしく感じるくらいに初々しさを出しながら、青年に近寄った。
本来は時雨のような異様な見た目のものに話しかけたら、そちらが気になって仕方がないものであるが、彼にとっては状況が特異だったため、時雨の異質さまで気が回らなかったのだ。
見ようによっては、顔に酷い傷を負った強面の人にも見えないこともない。
「は、はい。なんですか?」
彼は青い瞳を震えさせながら言った。
色あせた深緑色のローブを纏い、先端に赤い石の装飾のついた木の杖を手に握っている。
短い髪の隙間からは、特徴のある長耳が見て取れた。
「俺たち今日ここに来たばっかりで、依頼のことがよくわからないんですよ。それで、もしよければ何か同行させてもらうことってできますか?」
「え、あ、はい。でも、なんで僕なんかに……」
「何を仰るんですか。その使い込まれたローブと杖を見ればあなたがベテランであることは分かりま-す。そして、あなたはほとんど一人で依頼をこなしている。違いますか?」
「なんで分かるんですか!?」
青年は驚いて言った。
「勘ですよ。裕福そうだったのでそう思っただけです。大人数なら報酬もその分少なくなりますしね」
「……なるほど。鋭い人ですね」
恐怖に感心が勝ったことで彼の表情が柔らかくなったことに時雨は気がつき、さらに詰め始めた。
「それほどでも。それで、今は依頼を迷っているんですよね? 失礼ながら先程から見ていました。何を選ぶか迷っていらっしゃるようでしたので」
「見ていたんですね。お恥ずかしい。たしかに、今日の依頼は一人で出来そうなものがなかったので、そろそろ諦めて部屋へ帰ろうかと思っていたところだったんです」
「それはちょうどよかった。三人なら何かしら出来るものもありましょう。もしよければ俺たちに選ばせてもらってもいいですか?」
強行ともとれる時雨の言動であったが、彼は笑って言った。
初心者だから、で許されている部分も少なからずあるだろう。
「いいですよ。せっかくですからね。初めての依頼だからそう難しくないものを選ぶのが良いですよ」
「ありがとうございます。ああ、そうだ。お名前教えてください。俺は時雨。あっちにいる白い娘がムルカです」
「ドライアド、ですか? 珍しいですね。あ、僕はテオです。よろしく」
二人は硬い握手を交わした。
テオは席についていてもらい、時雨とムルカは掲示板の前で依頼書を眺めていた。
「――――で、どうするつもりですか?」
「俺は字が読めないからムルカに探してほしいんだが、この中で絶対に達成不可能な高難易度の魔物討伐依頼はあるか?」
「ええと、三つあります」
「その地域と同じ地域で依頼されている低難易度の依頼を選んでほしい。出来れば場所が完全に被っているといい」
「……なんとなく、考えてることは分かりますけど、そう上手くいきますか?」
「まだこれだけじゃ駄目だ。あとは広告塔がいる。影響力があって、皆に話を聞いてもらえる――――」
時雨の脳裏にある名案が浮かんだ。
それとほぼ同時に時雨が何を考えているか、ムルカも気がついた。
「ちょ、ちょっと待ってください。それは駄目です!」
「なんでだよ。いいだろ」
「『ステラさんを使う』なんて、一歩間違ったらここにはいられなくなりますよ!」
「そうならないようにやるんだよ」
他の人間からは無理に見えても、時雨だけはそう思っていない。
しかし、事実としてハイリスクではある。
「でも、どうするんですか? 依頼についてこいとは言えませんよ」
「ついてこなくてもいいんだよ。ステラがこちらの素性や目的を知っていて、第三者からの証言があれば信憑性は充分だ。まあ、そっちは任せておけ。それで肝心の依頼だが、内容を教えてくれないか?」
ムルカは諦めたような顔をして、二枚の依頼を順番に注視した。
「ええと、高難易度の方が『人食い虫』の駆除で、低難易度の方が薬草取りです。両方メガロスの森での依頼になります。この街の少し北の辺りですね」
「『人食い虫』ってのはそんなに危険なのか」
「それはもう……」
ムルカは言い淀む。
安易に強いと言えば、時雨は必ず無茶をしてでも戦おうとする。
時雨に主導権を握らせることは直感的に危険だと感じていた。
「どうなんだよ?」
「……トキサメ、ひとつ確認しておきたいんですけど、これは本当に宝玉を探すためのことですよね? 決して高難易度の依頼をお手軽に受けようとしてるのではありませんよね?」
「俺を何だと思ってるんだ。確かに興味はあるが、今の所は宝玉を優先するつもりだぞ」
「だったら、もし、『人食い虫』とは戦わずに周囲の人間の信頼を得られるのなら、その方がいいですよね?」
「それは…………そうだな」
時雨は少し言い淀んで、答えた。
「今の間は何ですか。中難易度の依頼のひとつにウィンドブロウで起きている事件の解決を手伝う、というのがあります。これを私とトキサメとテオの三人でやるんですよ。街の中で起きている事件はみんなの身の安全に直結していますし、解決すれば感謝間違いなしです」
その依頼が出ているのならなぜ先に言わなかった、と時雨は言いそうになったが、黙って渋々ムルカの提案に乗ることにし、『人食い虫と戦う』という企みはひとまず頭の片隅へと追いやった。
事件の解決の手伝いはリスクこそ少ないが、手柄を確実にとれるとは限らないところがある。
周囲から感謝されるのは手柄を立てた人間だけだ。
時雨は確実に手柄をとるため、犯人を捕らえる道筋を考え始めた。
すぐに終わらせるとステラの姉に恩を売る機会を失うが、時間をかければ成功した時に得られる冒険者たちからの尊敬も少なくなる。
どちらかをとるのならば、普通はステラの姉を選ぶだろうが、彼女も確実に情報を持っているわけではない。
自分が分からなかったから、と他に連絡をして調べてくれるような人間であればいいが、不確定な要素である。
そうであれば、手の数が多い冒険者を味方につける方法を考えた方がいいのではないか。
延々と思い悩む時雨を他所に、ムルカは目的の依頼書を掲示板から剥がし、テオの元へと向かった。




