07.人間の練度
「ええと、もう一度説明してほしいんですけど」
ムルカが目を白黒させながら言う。
目が覚めてすぐに『ウィンドブロウの街で起きている事件を解決する手伝いをすれば有益な情報が手に入るかもしれない』と伝えられてもすぐに理解出来なかった。
「トキサメが昨日の晩にステラという少女に聞いた話では、この街に詳しい人はいないが、姉なら何か知ってるかもしれない、と?」
「ああ。だいたいそんな感じだ」
「あの、私にはあまり時間がありません。事件の解決に時間がかかって、もし持っている情報がガセだったらどうするんですか。
可能性はあるかもしれませんけど、そのステラさんだって、姉が確実に宝玉のことを知っているとは言っていないじゃないですか。なんで信じたですか?」
「事件を解決するために来ると言っていたからだ。この街には衛兵もたくさんいて、冒険者ギルドだってある。腕に自信のあるやつは掃いて捨てるほどいるんだ。それらが解決出来ていない事件を、わざわざ遠方から来て解決しようって言うんだぜ。
つまり、それなりの能力を持っていて、衛兵や冒険者からも頼りにされているということだ。そうでなければ、夜間の外出を控え、被害を最小限に留めて待つなんて選択はしないはずだからな」
「冒険者ギルドや街の機関よりも上の人物だと言うんですか?」
「そういうことだ。そして、そいつの妹と知り合った。太いパイプがすでに出来たというわけだ」
その手際の良さに、ムルカは呆気にとられていた。
日本に居た時はもっと緊迫した場面に何度も遭遇している。
洞察すること自体が癖になっているのだ。
「それで、その姉はいつ到着する予定なんですか?」
「それが分からない。だからそれまでは当初の予定通り冒険者ギルドで情報を集めるべきだと思う」
ムルカに反論や代案はない。
しかし、納得がいくことを認めるのが悔しく、憎まれ口を聞く。
「どんな生活をしてたらそんな思考が身につくんですか?」
「戦ってたら自然にこうなる」
疑問をはぐらかされたムルカは軽く眉をひそめた。
宿を出て少し街を見て回ったあと、昼前には一際大きな建物へとたどり着いていた。
ドーム球場のような形をしているギルド会館の一階はホール状になっており、二階と三階には冒険者が寝泊まりする部屋が完備されている。
中央は吹き抜けになっており、そこには巨大な竜の石像が置かれていた。
その竜の石像はこのウィンドブロウの冒険者ギルド会館が出来た時に、王都に住む貴族であるディアマンテス伯爵から記念にと送られた品物である。
竜は恐ろしい魔物であるが、逆にそれは強さの象徴でもあった。
商人の護衛や魔物の討伐、果ては薬草の採取まで、外で行う危険な仕事のほとんどがここに集まる。
ゆえに、それを遂行できる猛者が集まるというわけだ。
会館の中は大変賑わっており、半裸の荒くれ者や精巧な鉄の鎧を着た者、エルフ、ドワーフ、コボルトなど、種族と品位の上から下までがごった煮返したような空間であった。
ひとつ時雨の想像と違っていたのは、彼らは全く殺伐としておらず、皆仲が良さそうであったことである。
魔物という共通の敵が存在するため、人間同士での争いはほぼなくなっていたのだ。
多種多様な冒険者の集まりであったために、ムルカと時雨が入っても視線を集めることはなく、異質すぎて浮くこともなかった。
二人は宴会さながらの騒ぎを横目に見ながら、真っ直ぐ登録カウンターへと向かった。
「新しくギルドに入りたい方ですか?」
「そうです」
カウンターの女性はにこやかに対応しているが、恐らくこの人もただものではないと時雨は感じていた。
重心がわずかに左へ傾いている。
普段は右側に武器を持っているために染みついた癖だ。
冒険者ギルドの裏方になるためには、それなりの実績が必要なのだろう。
「ちなみに、入るための条件についてはご存知ですか?」
「知ってます。私もこっちの屍……いえ、人形も、両方お願いします」
「人形さんも、ですか。珍しいですね」
「出来がいいので、人間一人と考えてもらって構いません」
「人形魔法の登録も前例がないわけではないので、問題はありませんが……。報酬はひとり分になりますよ?」
「……たしかに、人形魔法をひとり分と考えるのは少し都合が良すぎました」
冒険者ギルドも馬鹿ではないのだから、そう簡単に報酬を増やせるはずもない。
ムルカは浅はかだった考えを改めて、話を先に進めるよう促した。
「では、少々説明がございますので、こちらへどうぞ」
女性はカウンターの横にある応接室へ二人を通した。
受付の対応はムルカに任せていたために時雨は話を半分しか聞いていなかったが、何か面倒なことになりそうな雰囲気を察した。
向かい合ったソファに二人を座らせ、女性は一礼をして説明を始める。
「我が冒険者ギルドでは、実力のない者、最低限の自衛力のない者の加入はお断りしております。そのため、ふるいの用意があります」
女性は懐から灰色の魔方陣の書かれた半紙を取り出す。
「これから、お二人は一人ずつ私の人形魔法で出した『鉄人形』と戦って頂きます。どんな方法でも構わないので動けなくしてしまえば、晴れて合格となります」
「それは、倒しても捕縛してもいいということですか?」
「ええ。規定に沿うならば、生殺与奪の権利を手にすることが出来れば勝利となります。まあ、あまり厳格なものでもないので、ぶっ倒してしまえば大丈夫ですよ」
「ぶ、ぶっ倒す……」
そういう審査もあるだろうと思っていた時雨は特に動じなかったが、ムルカは見るからに緊張し始めていた。
彼女はそれほど筋力があるわけでもなく、武器や防具も持ってもいない。
骨を使った死霊術を主戦力としているために、一対一で正面から戦うことを得意とはしていないことはすでに墓穴の中で確認済みである。
「では、会館の奥に訓練場があるので、そちらで始めましょう」
女性に連れられて会館の裏へと向かう途中、時雨はムルカを心配して話しかけた。
「おい、大丈夫か」
「だ、大丈夫ですよ」
「声が震えてるぞ。いいか、よく聞け。さっきギルドの中を通っただろう。近接武器を持っている奴が多かったが、杖を持っているやつも少なくなかった。つまり、アイアンとやらは魔法で対処することが出来るということだ。ここまでは分かるな?」
ムルカは無言で頷いた。
「魔法の発動に時間がかかるなら、始まった瞬間に発動できるよう準備しておけ。開始の合図と同時に唱え始めるなんて間抜けなことはするなよ。勝負に公平なんてものはない。
戦う前に準備をしておくことは卑怯ではなく相手に対する敬意だ。これから先も魔法で戦うつもりならそういうことを頭に入れておいた方がいい。ドラゴンを気絶させられたんだ。発動できれば無敵だろう。自信を持て」
そう言ってムルカの背中を軽く叩く。
時雨の言った内容全てに従うことは難しいが、少なくとも勝負の精神において時雨の言う事は正しい。
だからではないが、ムルカはローブの内側で、外に漏れないよう魔法陣を作り出し、魔力を練り始めていた。
木製の柵で覆われた、円形の訓練場の前まで来て、女性は振り返った。
「はい、到着しました。どちらから始めます?」
「俺からやろう。ムルカ、相手がどういう奴か見ておけ」
時雨は腰に麻紐で結び付けた白い剣を取り外す。
昨晩、抜き身の剣を持ち歩くにはどうしたらいいか考えた結果、マントの下に隠すことにしたのだ。
外した紐は遠くへ放り、剣を肩にかついだ。
「いつでもいいぜ」
「では、いきますよ。召喚されたら開始です。頑張ってください」
女性が半紙を空へ投げ、小さな声で呪文を唱えると、ひらひらと空中を舞う紙が鈍色に光り、そこから全身鋼鉄で出来たつるつるの人形が現れた。
顔や手足の指はなく、ただ各部位と関節のみが存在する。
召喚された『鉄人形』は地面に勢いよく着地し、右手を剣へと変化させた。
「これで開始ってわけか。よし、来い」
時雨は剣を構え、出方を伺った。
あの変化を戦闘中にやられては厄介だと思ったからだ。
『鉄人形』は一直線に時雨へと走り寄り、剣を振り下ろす。
だが、しかし、やたらと遅い。
時雨の体感時間が過集中によりゆっくりと流れているからに違いないのだが、それでも骸骨兵士と比べると止まっているような感覚だ。
『魔物は人間より強い』とムルカが言っていたことを思い出し、その意味を完全に理解することが出来た。
戦いが身を守るための術であるためか、相手が魔物ばかりであるためか、技術的な練度が低い。
人を倒すための技術があまり発達していないのだろうということが分かった。
すっかり意気消沈した時雨は剣を地面へ突き刺して手放し、左手で人形の剣の根元を掴み、右手で右ひじをひねる。
すると、簡単に肩から先がバラバラに分解した。
「胴体から離れると体を保てなくなるのか」
独り言を言いながら、『鉄人形』の頭と顎を抑えてバルブを閉めるようにぐるりと回す。
対人間であれば即死しかねない鏑木流の技である。
頭部の外れた人形はパーツごとに分解して床へ転がり、灰色の煙になって消えた。
「終わりか?」
「え、ええ。合格です」
女性は呆気にとられた様子で言う。
時雨は剣と紐を拾い、元のように腰へと巻きつけた。
「ムルカ、あれ弱いぞ」
「だから、ずっと言ってるじゃないですか。一般的に見て、トキサメがおかしいんですよ」
ムルカはいつもの調子で言う。
どうやら緊張は乗り越えたようであった。
「で、では、気を取り直してもう一度いきます。はい!」
先程と同じように、『鉄人形』は着地と同時に剣を取り出す。
そして、ムルカもほぼ同時に袖を人形へと向ける。
「さっきのトキサメを見ていて弱点が分かりました。アグノス、喉を噛みちぎれ!」
閃光のように素早く白い骨犬が袖から飛び出し、まだ戦闘準備を行う前の人形へ襲い掛かる。
『鉄人形』はしばらくどうにかこの畜生を剥がそうともがいていたが、やがて首のパーツを噛み砕かれ、煙となり消えた。
役目を終えた骨犬はムルカの足元で尻尾を振りながらおすわりをして、彼女からひと撫でされると大人しく袖の中へと帰っていった。
「そんな、二度もあっという間に……。なんてこと……」
女性は信じられないといった様子で二人を見た。
本当はもっと四苦八苦して戦うものなのだろう。
「それで、どうなんだ? 俺たちは二人とも合格なのか?」
「はい、間違いなく合格です。あの、なぜそんなに強いんですか?」
「それに見合うことをやってきたからな」
「……落とすための試験ではないとはいえ、悔しいです」
ギルドの関係者としてではなく、彼女個人の思いなのだろう。
「リベンジはいつでも受け付けてるから、もし勝つ算段が整ったら声をかけてくれ」
「その勝ち誇った顔……!! 絶対負けたままで終わらせませんからね!」
彼女は胸を張ってそう言った。




