09.事件の調査
「ウ、ウィンドブロウで起こっている通り魔事件の調査ですか?」
テオは怯えて言った。
「難易度も高くなくて、危なかったらすぐに助けも呼べますから、そんなに身構えることもないですよ」
「いや、でも、君ら初心者だろう? わざわざ危険な依頼を受けなくても、安全な採集やお使いだってあるんだから、そっちをやった方がいいんじゃ……」
「採取やお使いでは勉強になりませんから。それに、危険は慣れてますから、いざとなったら私たちが守ります」
「えぇ……。立場が逆のような気が……」
通常、ウィンドブロウの街の治安は衛兵と冒険者により保たれているため、よほどのことが無ければ事件にまで発展することはない。
今回の連続通り魔事件では、衛兵や冒険者、一般人と見境なしに被害を負っている。
どれも共通していることは、夜間に人通りが少ない道を通った時に襲われているということである。
高ランクの冒険者ですら犯人をその目で捉えることは叶わず、ギルド会館にある医療室で天井の沁みを数える生活を送っている。
死傷者は出ていないことが唯一の救いであったが、依然危険性があったために、ステラは全ての人間に夜間の外出を控えるよう指示を出した。
夜間に出歩いて警備をする人間がステラだけであれば、その時間帯にすれ違った全員が容疑者としてあがるのだ。
言うことを聞かない酒場の人間や、街を出入りする旅人は全て把握しており、何か変化があればすぐに報告がくる。
ステラは仲間や衛兵を疑っているわけではなかったが、犯人の目星がついていなかったために、全ての人間を平等に警戒しなければならなかった。
そして、今回の調査の依頼を出したのは、他でもないステラであった。
ひとりきりでの行動をしなければ、夜に出かけなければ、被害に合うことはない。
危険度、すなわち、依頼のランクが中程度であることも、犯人と会合することはないだろうという前提があるためである。
ステラも自分で散々調査をしたものの、やはりひとりでは限界があり、何も証拠が見つけられていない。
見落としや発想の多様性を考慮すれば、複数人の冒険者の力を借りて、証拠まではいかずとも少しでも何か手がかりが見つかれば、と思案していた。
しかしそれはあくまでそれなりのベテランを想定していたことであり、執務室の扉を開けて現れた冒険者が、昨晩宿屋で会った屍とその一行であったことは、ステラにとって完全に予想外であった。
「あなたは……!」
「約束しただろう。調査の手伝いをするってな」
執務室の中央奥、支部長兼館長の広い机には紙の束が高く積み上げられており、その隣りで目を丸くしたステラが思わず立ち上がって時雨たちを見た。
ステラは驚きでしばし固まったが、一度自分の頭の中をリセットし、時雨に言った。
「……そちらから来てくださって感謝します。あなたとギルドの人間とで組んでもらおうと思っていたので、手間がはぶけましたわ」
「呼びにきてくれるつもりだったのか」
「ええ。あなたにも夜間の警備を頼もうと思っていましたから。どうぞ、そこのソファに腰かけてください。具体的なお話を致しますわ」
向かいあった革張りの黒いソファに三人は座った。
ステラはそれを見て、そういえば、と思い出したように言った。
「トキサメさんと、そちらのテオさんは存じ上げているのですが、あなたは初めてお会いいたしますよね?」
「はい。ムルカ、と言います。死霊使い……いえ、トキサメの主人をやってるドライアドです」
「ああ、それではあなたがトキサメさんの!」
ステラはまるで憧れていた有名人にでも会ったかのように声色を変えた。
それを見て、ムルカも悪い気はしなかったのだが、人形魔法であるという嘘のせいで些か面倒な解釈をされているような気はしていた。
「そうです。私がこれを動かしているんですよ」
「これほどはっきりとした人間に近い人形を甦らせることが出来る術師であるなら、きっとご高名な方なのでしょう」
「いえ、そんな、無名も無名です。こんなことが評価される世の中ではありませんから」
ムルカはもちろん死霊術のことを言っているのだが、ステラは人形魔法のことだと思い、真っ直ぐにムルカを見つめて言った。
「私はそうは思いません。どのような魔法であれ、その年で習得するのは容易ではないはず。その才能と努力は称えられるべきものですわ」
「そう言ってもらえると少し救われます」
ムルカは少し照れて言った。
なんと正直に好意を伝える人間なのだろう。
長の立場に収まる人間としての資質とは、そういうところにあるのだろう。
「盛り上がっているところ悪いが、本題を先に話してもらってもいいか?」
時雨が何気なくそう口に出す。
褒め合いにでも発展すれば、話がいつまで経っても進まないと判断したからだ。
「まったく、冷めてるやつですね」
「いえ、仕事で来ているのですから、私が脱線させすぎました。申し訳ありませんわ。では、本題に入ろうと思います。三人には、昼間のうちに襲撃者の痕跡を探してもらいたいのです」
「痕跡?」
時雨が聞く。
「ええ。恥ずかしながら、痕跡すら見つかっていません。被害者の傷跡から、犯人が牙や爪を持つ獣人であることはほぼ間違いないのですが、それが何の獣人なのか、一切分かっていないのが、現状です」
ステラはさらに説明を続けた。
犯人は恐らく人間と獣の混血種である『獣人』で、何らかのきっかけで人を襲っているのだと言う。
獣人には必ず共通する特徴として『血の活性』というものがあり、活性が起こると先祖返りをして獣にほど近くなり、本能に全身を支配される。
人を襲う理由があるとするなら、自身でもコントロールできないほどの攻撃衝動が起こっているということでもある
『血の活性』が起こるきっかけはそれぞれ何との混血であるかによって違う。
獅子なら血肉の味、ネコなら素早い獲物を見る、という風に、獣人化するための要素が個体によって大きく違うために、何をきっかけとした誰が襲っているのかはっきりしていないのだ。
「それで、俺たちは何をどうしたら依頼完了なんだ?」
「あなた方は事件現場を巡って不審な点や不可解な点を探ってください。もちろん、何も見つからないことも考えられますが、報酬はきちんと支払わせて頂きます」
結果がどうなるかわからないことに無駄なことなどないとでも言わんばかりの好条件である。
何はともあれ、見つかっても見つからなくても徒労に終わることはない。
しかし、自分たちの役割を聞いて、時雨は少し誘惑に駆られた。
「現行犯を捕まえる手伝いも出来ると思うが……」
「トキサメ!」
時雨を諫める声が執務室に響く。
ムルカは少し厳しく振る舞うように決めたようで、時雨をじっと見つめる。
バツが悪くなった時雨は肩をすくめて、大人しく座りなおした。
「コホン。……私たちの仕事は理解できました。早速始めましょう」
「はい……」
ムルカに驚いたテオが小さな声で返事をした。
「次は……こっちです」
ムルカが両手で広げる地図には発光するマーカーが各所に打ってあり、自分たちの現在地も表示されている。
『自動地図』という、家が買えるほどの値段がする超高級品の多機能地図である。
時雨はこちらの世界に来る前はよく似たインターネットの地図を使っていたためにそれほど驚きはなかったが、最初、ムルカとテオは緊張してその地図に触れることすら出来なかった。
ステラに習って使い方を覚え、思っているよりも頑丈なものであると分かると、ムルカは意気揚々と手にとって先頭をきったのだ。
「ちゃんと足元見てないと転ぶぞ」
「子供扱いしないでください! ん、と、ここですよ」
何の変哲もない路地裏で三人は立ち止まった。
ここで事件が起きたなど俄かには信じられない、あまりにも日常的な路地裏である。
「こ、ここで三件目ですけど、血の一滴も落ちていませんね……」
テオが壁や地面を見ながら言う。
「何日も前の話だからな、とうの昔に雨や風で洗われてるだろうさ。それよりも探さないといけないのは壁に残った爪や牙の跡だ。跡の位置で身長が割れる。跡の深さから筋量が割れる。足跡があれば体重が割れる。痕跡っていうのは、そうやって使うんだ」
「そんなこと、よく知ってますね。前は調査機関でもやってたんですか?」
「そんなおしゃれなものじゃないさ。ただそういう知識が必要だっただけだ」
そう言う時雨の背中は少し寂し気であった。
太陽が真上を通り過ぎ、西へと傾く。
四つ目の場所、五つ目の場所と、次々に探索を続けて三人は何一つ見逃すまいと目を凝らし周囲を調べ尽くしたが、その甲斐もなく証拠は見つからない。
「なあ、『血の活性化』ってのが起こると理性を失うんだよな」
時雨がムルカに確認の意を込めて聞く。
「そのはずですけど」
「理性がない獣人の仕業とはどうしても思えないよな……」
周囲の環境に気づかい、対象を襲って殺しもせず去るだけの獣がいるとは考えづらい。
「人を襲った直後に人間に戻って壁を修復したのでは?」
テオが言う。
「そういう魔法があるのか?」
「い、いえ、僕は知らない魔法ですけど、あるかもしれません」
テオの言葉にムルカはかぶりを振った。
「ここまで綺麗に修復できる魔法なんかないですよ。壊した部分と全く同じ素材を持っているなら別ですけど、それでも大部分を削ったり砕いたりしたところは違和感があってバレます」
「だったら、無茶苦茶頭が良くて理性のない獣だったら、今回の事件は可能ってことか? 馬鹿げてるな」
いるかもしれないが、それほど規格外の獣人ならば、ステラが目をつけていないはずはない。
「それ、もう獣と言うよりは二重人格ですよ……」
「二重人格の人、いなかったのでしょうか?」
「一応、戻ったら聞いてみるか。説明の時、その話題は出てこなかったしな……」
三人は疲れ切った頭を鈍く回転させ、あと何をすべきかだけを考えて任務を続行した。
全ての現場、十五か所を周り終えるころには、夜空に星が瞬いていた。




