05.墓守の竜Part.2
「トキサメ!?」
土煙が上がり、上空から時雨の姿は見えない。
ムルカは慌てながらもローブの袖から骨で出来た鎖を打ち出して、壁へと突き刺した。
鎖の表面には細かく小さな魔方陣が浮かび上がっており、紫色の魔力光を放っている。
その光が強くなると鎖がひとりでに袖の下へと戻っていき、それに引っ張られたムルカは壁へ張り付いた。
土煙が晴れ、血塗れになった時雨が姿を現す。
剣を縦にして左腕を沿え、尻尾を防御したと同時に、その勢いに任せて切断したのだ。
返り血を全身に浴びても動揺することなく、時雨は護り竜を見据えた。
楔で四肢の動きを、拘束具で吠えることを封じられ、唯一自由だった尻尾を失った竜は怒りに燃える瞳で時雨を睨んだ。
「毒は抜けたみたいだな」
時雨は剣を上段に構えた。
この剣があの硬い鱗にどれだけ通じるかわからない。
しかし、『鎧通し』が使えたのだから切れないはずはないのだ。
「来いよ。相手してやる」
体重差も筋量も違う。
無闇にこちらから仕掛けるよりは相手の出方を見て急所に攻撃を叩きこむ方が確実である。
そう思って気を張ったその時であった。
「こんなこともあろうかと、仕込んでおきました」
いつの間にか地上に降りて来ていたムルカが開いた右手の前を紫色の魔法陣を浮かばせ、悶える竜へ向けた。
「やって! カルディア!」
その合図と共に、竜はのたうち回り、呻きながら横たわった。
「今の内に逃げますよ!」
「逃げる? チャンスの間違いだろ」
「ダメですって! 早く!」
走り出すムルカに、時雨は背を向けた。
「トキサメ!?」
「悪いな。もう少しやらせてもらう。ドラゴンと戦うことなんて、初めてだからな。先に逃げていてくれ」
苛立たし気に、苦虫をかみつぶしたような顔でムルカは時雨の腕を掴んだ。
「なんで言うこと聞いてくれないんですか! こんなところで死んだら、生き返らせた意味がなくなるじゃないですか! 逃げてください!」
「おい、来るぜ」
護り竜は痛みに耐えながら重そうに体を持ち上げ、時雨を睨んだ。
口が開いていれば、怒りの咆哮を響かせていたに違いない。
ともかく、闘争心は満々で、今にも飛びかかってきそうであった。
「さっきやった魔法を解いてくれ。奴と一対一でやりたい」
「嫌です」
「なんでだよ。このままじゃ公平じゃないだろ」
「だから何だって言うんですか? 私は戦わないでくださいって言ってるんですよ。あなたの指示に従うことはできません」
時雨は頭をぽりぽりと掻いた。
なんという分からず屋なのだろう、と内心思っていたが、この世界において彼女以外に頼る人のいない状況を考えると、ここは従っておくべきである。
「護り竜の中にはまだカルディアが入っています。奴は気絶させますから、その間に回収して逃げますよ。いいですね?」
「…………」
「返事は?」
絶対に折れないことを理解したため、時雨はため息をついて、返事をした。
「ああ、分かった。そのカルディアってやつを回収したら、ここから出よう」
「よい返事です」
ムルカが魔法陣へさらに魔力を送り込むと、護り竜は糸が切れたように、倒れ込んだ。
その体を内側から突き破り、姿を現したのは、魚の中骨が連なったような形をした細長い骨百足である。
無数にある小さな足を蠢かせ、ムルカのローブの袖の中へと帰っていく。
「倒したのか?」
「神経を傷つけて気絶させただけです。これくらいじゃドラゴンはすぐに目を覚ましますよ」
「……そんな魔法が使えるなら、骸骨なんて倒せたんじゃないか?」
「唱えるのに時間がかかるんですよ。それに戦闘能力はそれほどありませんし、特にカルディアは条件も厳しいので、骸骨兵士のようなシンプルな敵には対処できないんです」
「条件?」
「カルディアは相手の体内の魔力を食べて大きく育つんです。元の大きさは、ほら、この通り」
ムルカが手の平に乗せて出して見せた骨百足は、ミミズかそれ以下の大きさであった。
「へえ、良く出来てるな」
「魔法に興味がありますか?」
「いや、ない」
「はっきり言いますね……」
そんなことより、とムルカは話題を変える。
「……トキサメ、わざと護り竜が起きるの待っていましたよね?」
「そんな危ないことわざわざやるやつがいるか?」
「この短時間でもそう思うに充分な信用を得ていますよ。鱗を集めて売るというのももっともらしいですけど、時間が稼ぎたかっただけだとも思えます。そもそもここから町までどれくらいの距離があるかもわからないのに、そんな重荷を持ってどれだけ歩くつもりだったんですか?」
ムルカは気を落ち着かせるため、一呼吸あけて続けた。
「あの、死に急ぐのは勝手ですけど、宝玉を見つけるまで勝手な行動は我慢してほしいんです。それに巻き込まれる身にもなってください」
本気でそう訴えるムルカを見て、時雨は申し訳なく言った。
「……悪い。初めて見る物が多くて少し興奮していた」
「分かればいいんです」
やりすぎた、と心の中で反省して、竜の鱗がつまった風呂敷に剣を包み、時雨は背負う。
これを売って食料を買うつもりだが、それよりも早いところ鞘が欲しい。
流石に抜き身の剣を持ち歩くわけにもいかないだろう。
「ここから町まではどれくらいの距離があるんだ?」
「三日ほど歩けばつきますよ」
「一日三十キロ歩くとして、九十から百キロくらいか」
「キロ?」
時雨が思っていたよりもこの場所は僻地であった。
具体的に言えば東京から熱海くらいまでの距離がある。
「そういや、どうやってここまで来たんだ? まさか一人で歩いてきたわけじゃないだろう」
「そうですよ。歩いてきたんです」
「ちっちゃいのにやるな」
「ちっちゃいは余計ですよ」
あの大きな護り竜も一人で拘束したのだから、見た目より凄い実力を持っているのだろう。
「そういえば、あの骨で出来てるやつは、強いのか?」
「骨生物ですか? いえ、私の魔力では魔物以下の強さしか出せません。残念ですけど」
「骨生物って言うのか」
「この魔法の正式な名前は『骨組みの我が子』と言うんですけど、長いので骨生物って呼んでるんですよ」
「立派なもんだな。そんなにちっちゃいのに」
「だから、ちっちゃいって言わないで!」
そんな会話をしながら、二人は外へ向かう階段を進んだ。
階段の先には外の光が見えている。
どうやら陽の光というものはあるらしい。
外へ出ると、一面に広がる草原と青い空と眩しい光が、同時に時雨の目へと飛び込んできた。
一瞬、眩暈を起こしそうになったがなんとか持ちこたえ、景色を見渡した。
遙か遠くに野生動物のようなものや背の低い木も見える。
上空には三羽の鳥が舞い、雲の合間を飛んで行く。
「想像していたよりも普通だな……」
時雨の思い描いていたファンタジー世界は、竜が空を飛び妖精が舞い、夢の中のようなあやふやな世界であったが、現実は元の世界とそれほど相違ないものであった。
気候の似通った土地で暮らす以上、生態系も似たようなものになるのであろう。
「あ、そうです。改めて」
ムルカは時雨に向かって手を出す。
「どうした?」
「握手ですよ!」
半ば無理矢理、ムルカは時雨と握手を交わす。
「トキサメ、助けてくれてありがとうございました。英雄でなかったことは本当に残念ですけど、あなたでも大丈夫な気がしてきました」
「それはありがたい評価だな」
「トキサメが強いことも、戦いが好きなこともわかりました。なので、約束してください。私の目的を達成するまで私に従ってくれたら、その後は何をしようと一切関知しません。無理矢理殺して遺体を回収することもしません。全て片付いたら、いくらでも強い相手を探して旅をしてください」
「無茶苦茶な約束だな。俺がそれを破るとどうなるんだ?」
「破らないでしょう?」
「無茶苦茶な奴だな……。いや、まあ、いい。約束しよう」
ムルカからしてみれば時雨は全く素性のわからない人物なのだ。
それに時雨も嫌ではなかった。
決して喜んでいるわけでもないが、これをしていれば一応は信用してもらえるということに他ならないからである。
手綱を渡しておくことも場合によっては有効である。
それに、無自覚ではあったが、単純に人のために剣を振るえることが嬉しかったのかもしれない。
「じゃあ、次はそっちです」
「……何が?」
「トキサメにだって、何かやりたいことがあるんじゃないですか?」
ムルカの考えは時雨にも分かった。
契約内容をはっきりさせて不必要な争いは避けたいのだ。
しかし、この世界のことを何も知らず、この体が誰のものなのかもよくわからない状況で、やりたいことなど特に思いつかなかった。
「ないな。何だったら主従関係でも構わない。ムルカは宝玉を使って助けたい人がいるってだけだろう? それを邪魔する理由はない」
「そんなに信用するなんて人が良すぎませんか。私が宝玉を使って何か悪いことを企んでいたらどうするんですか?」
「だったら斬るまでだ。簡単なことだろ。それに俺には約束事を順守させる力はないからな。疑わしいと思ったら、その時はその時だ」
「なんて行き当たりばったりな……」
ある意味感心して、ムルカは言った。
たしかに時雨にはそれが出来るだけの実力があることを認めていた。
「――――ああ、そうだ。目的といえば、ひとつだけあるな」
「目的があるんですか?」
「ああ。まあ、俺のはそんなに難しいことじゃない。知っての通り、俺はけっこう強いんだが、生きていた時に戦う相手がいなかった。だから、今度こそ、俺は俺より強いやつと戦いたい。ムルカがやろうとしていることに、強さが必要だって言うなら、どこかで必ず強い奴とはぶつかることになるだろう。だったらこっちから何もしなくても、目的は自然と達成されるってことだ」
たった一人で大勢の骸骨兵士と戦ったのも、護り竜と戦おうとしたのも、全てはそのためである。
時雨は自分よりも強い相手と戦いたいという強い闘争心を持っていた。
異世界だったら、人間よりも強い相手がたくさんいる。
人間が生物の力関係のピラミッドで最下層であるなら、期待は高まろうというものだ。
「……トキサメの言うことは分かりました。でも、それも少しだけ条件を付けますよ」
「聞いておこう」
「戦うのは私が許可した場合のみにするんですよ。誰彼かまわず喧嘩を吹っ掛けられてはたまりませんから」
「確かに、指名手配なんかになったら困るからな」
「トキサメが一人で捕まるならこんな心配はする必要ないんですよ。街中で狂犬を連れて歩く飼い主の身になって考えてほしいんです」
「狂犬か。まあ、違いないな」
話はまとまり、そこに残ったものは主従関係であった。
時雨も要人に剣を振りかざすほど馬鹿ではないが、誰が要人であるかわからないままやりかねないことを考えると、間にストッパーが居た方が安全である。
そう考えた時雨はムルカの提案を快く了承した。
満足気なムルカは骨で出来た方位磁石のような道具を取り出して方角を確認する。
「地図とか持ってないのか?」
「持ってませんよ。街についたら買いましょう」
方位磁石をローブの内にしまって、先頭をきるムルカの背中に向かって時雨は小さく呟いた。
「……地図無しにどうやってここまで来たんだ?」
「何か言いました?」
「いや、まあ、いいか」
現在の時刻は分からないが、陽はまだ真上から大地を照らしている。
二人は街を目指して歩き始めた。




