04.墓守の竜Part.1
小部屋の中では外の音が聞こえないため、様子がわからない。
ムルカは石棺の置かれた台座に座ってじっと待っていた。
隣りには骨犬が座っているため、寂しさは感じていない。
時雨が出て行ってしばらく経った。
小部屋の中では外の音が聞こえないため、様子がわからない。
このまま帰って来なかったら、危険を犯してでも外に出なければならないと考えていた。
ぼうっと空中を見つめていると、コンコンコン、と扉のノックがなった。
骸骨兵士がノックしているのでなければ彼だろうが、どうにか身の安全を確保出来たのだろうか。
武器もなく骸骨兵士に立ち向かえる人間などいるはずがないという前提があったために、ムルカはローブの内に手を引っ込め、迎撃の態勢をとる。
「――――よう」
疲れ切った時雨が扉を開けて顔を覗かせた。
それを見て、ムルカは安心して深く息を吐く。
「やられたと思いましたけど、元気そうで良かったです」
「これが元気に見えるなら、俺は自分が思っているより強いんだろうな」
時雨は扉を全開にした。
部屋のいたるところで粉々になった骨の破片が散らばっている。
「全部倒したんですか!?」
「なんで驚くんだ?」
「いや、だって、そんなに弱い相手じゃ……」
「強くもなかったってところだな。まあ、ほとんどこの体のおかげだが」
不意に時雨は手に持った白い剣で手首を切り落とした。
それを見てムルカは目を丸くして大騒ぎで言う。
「え、ちょっと!? 何やってるんですか!?」
「見てろよ?」
断面から筋繊維のようなものが飛び出し、瞬く間に手を形成した。
切り離された手は床にぶつかった衝撃で、紙を燃やした後の灰のように粉状になって散らばった。
「こんな感じで再生するみたいだ」
「だからっていきなりそんなことやらなくてもいいじゃないですか!! 頭がおかしくなったのかと思いましたよ!!」
「ところで上の階には何がいるんだ?」
「無視!?」
時雨は階段から感じる気配に警戒していた。
部屋に蠢いていた骸骨兵士達を倒したことで、より一層感じやすくなっていたのだ。
彼らとも違う、禍々しく強い気配だ。
「……上のアレは私が無力化してますから、そんなに身構えなくても問題ないです。何が居るかは見れば分かりますよ。きっとびっくりしますから」
「ふーん、そうか」
「今、『残念』と思いませんでした?」
「少しだけな」
その答えに呆れたムルカは「戦闘狂ですか?」と呟いた。
「アグノス、戻ってください」
そう言うと、骨犬はムルカの袖の中へ潜り、小さくなって懐に収まった。
骸骨もいなくなったことだし、早いところ出てしまおうというのだ。
「あ、少し待ってくれ」
時雨はムルカの頭に手を置いてわしわしと撫でた。
「う、わ、何をするんですか」
「約束だったからな。それに確かめたいこともあった。起きた時から手の感覚が鈍いような気がしていたが、思い違いじゃなかったみたいだ」
何を触っても、厚い布ごしのようなぼんやりとした感触しかしない。
剣を握る力加減がまだよく掴めていないのは気のせいではなかった。
ムルカはくしゃくしゃになった髪を手で整え、言った。
「魂が入ったとはいえ、中身のない遺体だから仕方ないです。目が見えてるのも、耳が聞こえているのも、その宝玉と私のおかげですから、それ以外の部分で少し不都合があるくらいは大目に見てもらわないと」
「すまんな。ありがとう」
「どういたしまして」
バラバラになった骨を踏みつけながら、二人は階段へ向かった。
時雨は戦いながら『骸骨兵士達がどうやって動いているのか』などと少し思いはしたものの、全て魔法で片付けられることに気がついたため、余計なことは考えないように努めた。
魔法に関して言えば、映画やゲームで散々見ているのだから、今更何を見てもそうそう驚くことはない。
理屈など知らずとも、そういうものだと受け入れる方がすっきりする。
そのような思考回路を持っているために、この世界について、時雨が知りたいことはほとんどなかった。
彼にしてみれば、乗っていた電車が知らない駅で止まってしまい、せっかくだからと降りただけにすぎない。
そこが知らない土地であることは知っているのだ。
焦る必要も、取り乱す必要もない。
身を守る術もあり、早々に知り合いも出来て、これ以上何を望もうか。
階段を上がった時雨は、はたと動きを止めた。
先ほどと同じようなホール状の広間で巨大な黒いドラゴンが横たわっているからである。
顔に拘束具をつけられているが、まだ生きているようで、微かな呼吸の音が聞こえる。
「無力化したとは聞いていたが、いったいどうやったんだ?」
「魔法毒です。これが居ることはわかってましたから、そのために調達した強力な毒で自由を奪いました」
「飲ませるのだって、大変だろう」
「私はトキサメのように力でごり押しする人間ではないんですよ。ちゃんと魔法を使えば、造作もないことです」
ふふん、とムルカは胸を張って言う。
そんな彼女を時雨は褒めることなく、次の疑問を投げかけた。
「そういえば、下の階で追われた時、なんでこっちに逃げてこなかったんだ?」
「毒の持続時間がわからなかったからです。こうしてみれば全然心配することもなかったんですけど、もし骸骨を引き連れてきてはさみ打ちにでもなったら、私じゃ太刀打ちできませんから」
時雨はドラゴンに近づき、手のひらで表面に触れた。
表面の鱗は酷く冷たいが、その内側に血液の脈動がある。
拳で軽く叩くと金属板のような反響音がした。
「こいつ、硬そうだな」
「ドラゴンの鱗は種類に関わらず、自然に存在する中で最高の硬度を持ってますよ」
時雨の世界ではフィクションの中にしか存在しないドラゴンだったが、その特徴はあまり変わらないように感じた。
「ドラゴンってのはどこでもそういうもんなんだな」
「……?」
時雨が何と比べたのかわからず、ムルカは眉をひそめて首をかしげる。
自然界で最も硬いということは、それなりに使い道もあるだろう。
これが防具になるとは思えないが、硬さの必要な建築物だったり装飾品だったりと用途はいくらでも思いつく。
「ああ、なんでもない、独り言だ。ところで、ムルカはお金を持ってるか?」
「唐突に何ですか。少しならありますけど……」
「これから長い旅になるんだよな?」
「それは間違いないです」
「だったら、路銀が必要なわけだ」
「その通りですけど、一体何の話をしているんですか?」
「こいつの鱗って売れないのか?」
先程叩いた感触だと厚さはそれほどない。
見た目よりも軽い素材だと時雨は思ったのだ。
「ば、馬鹿言うんじゃないですよ! こいつは護り竜と言って、とんでもない凶暴な竜で、ひとたび暴れ出したら三日三晩は殺戮を繰り返すと言われてるんですよ!」
「まだ戦うとは言っていないが……。そんな凶暴なやつだったら放っておかない方がいいんじゃないか?」
「逆です。二度と来ないから放っておいていいんじゃないですか」
「今は動けないんだから倒すなら絶好の機会じゃないのか。いや、それより、こいつの鱗は売れるのか売れないのか、教えてくれ」
ムルカが止めようがどうしようが、時雨はもうやるつもりであった。
それを察したのか、色々言いたいことを飲み込んだような複雑な表情をして、ムルカも答えた。
「う、ぐ、買い取ってもらえると思います……。ドラゴンの鱗はそれ自体が貴重なもので、種類が何であれ、需要はありますから」
「それだけ聞ければ充分だ」
時雨は片膝をつき、剣を腰の辺りに持っていき、柄に手の甲を当てて、居合の構えをとった。
骸骨の集団と戦っている時は試す暇がなかったことだ。
時雨にとって最も重要な、鏑木流の剣術は使えるのかどうかという問題をここで解決しておこうとしているのだ。
コンディションははっきり言って最悪である。
柄を握る手の平は感度が悪く、剣は太刀ではない。
さらに手の長さや体の大きさが若干異なる。
体験したことのない状況だ。
呼吸を整えて集中する。
時雨の得意な居合で失敗すれば、他の技も必然的に厳しいものになるだろう。
だから、絶対に成功させたい。
頭の中を空っぽにして、剣に意識を集め、右手を反転させ、刃を握る左手を滑らせる。
白い太刀筋は竜の体を左下から右上へと一直線に通過した。
まさに一閃。
閃光の如き斬撃である。
時雨はしばしの残心のあと、剣を元の位置に戻し、深く息を吐いて立ち上がった。
そこで一連の様子を見ていたムルカが声をかける。
「今の、何だったんですか? 見たことのない剣技でした……」
「鏑木流の居合術だ。まあ、覚えなくていい。それより上手くいったかどうかだ」
「ちゃんと刃は通ってたじゃないですか」
「これはそういう技だからな」
時雨は太刀がなぞった跡を、指で触って確認する。
「表面に傷は無し、中はどうだ?」
「何を調べてるんですか? ちゃんと説明してください!」
ムルカは興奮して言った。
武術とは無縁に育ってきたため、このような剣技は見たことがないのだ。
「今の技は『鎧通し』と言う。鎧を切らずにその中身、着ている人間だけを切る技だ。俺の一番得意な技で、これが出来ないと剣術が全然役に立たないということになる、が……」
時雨が鱗を一枚持ち上げると、簡単に外れた。
「上手く切れているな」
鱗の付け根の部分だけを切ったのだ。
皮膚にも鱗にも一切傷をつけずに切る、繊細な剣技である。
「すごい、すごいですよ! こんなことができるんですか!」
大喜びするムルカを見て、なんだかこの技を習得した甲斐があったような、そんな気分にさせられる。
人に見せて喜ばれたことは初めてであった。
「ムルカ、一枚辺りどれくらいの価値があるかわかるか?」
「たぶん、三日分の食料代にはなると思います」
「物価が分からんから推測も出来んな……。円で言うといくらになるんだ?」
「エン?」
一枚で三日と考えると、そこそこ高価なものだと分かる。
しかし、この世界の金銭の価値がよく分からないため、金の管理はムルカに任せることにした。
時雨は身にまとっていたボロ布を少し破り、持てるだけの鱗を剥がしてそれに包んだ。
持てた鱗は三十枚ほどで、歩けないほどではないが、ずっしりと重量がある。
「これだけあればしばらくは困らないんじゃないか?」
「集めさせておいてこう言うのも悪いと思うんですけど、旅費にはそれほど困りませんよ」
「食料は現地調達か?」
「いえ、このあと、町へ行って情報収集をするために、ギルドに参加する必要があるんですよ。そこにいればお金は自然に貯まります」
「ギルドがあるのか」
「……なんか、トキサメは知識に偏りがあって何を説明したらいいのかわかりませんね」
「出来る限り全部説明してくれ。間違った認識だったら困る――――」
二人は完全に護り竜に対して背を向けていた。
だから、それに気がつくまでに時間がかかった。
「ムルカ!」
「え?」
時雨は咄嗟にムルカを抱えて上へ放り投げた。
すると同時に、時雨の居たところを太い尻尾が凄まじい速さで薙ぎ払っていった。




