03.墓穴の骸骨
時雨にはある違和感があった。
先ほど扉を開けて顔を覗かせた時、骸骨たちは時雨に敵意を抱いていないように感じたのだ。
骸骨兵士はここに入り込んだムルカが痺れを切らして出てくるときをじっと待っている。
ムルカが骸骨に対して何をやったのかはわからないが、彼らの執着心を見ると、おそらく怒っているのだろう。
何はともあれ、この骸たちにはそういうことが判断出来るくらいの知能はあるのだ。
ならばムルカではなく、見た目も彼らに近いミイラであったならどうだろうか。
敵と判断するか、味方と判断するか。
時雨は堂々と骸骨兵士たちの前に立った。
彼らは目玉のない眼窩で時雨を見詰める。
しかし、武器を振り上げて追いかけては来ず、威嚇もしない。
時雨は安心して刺激しないように彼らの集団の外側を回って奥へと進む。
最後尾まで向かう間、数を数えていた。
全部で五十八体。
時雨はふと、百人組手をやったことを思い出した。
順番ではなく、一度に五十八人を相手にするとなると、百人組み手とは比べものにならないほどの難易度になるはずだ。
部屋の中はホール状になっており、天井は高く、空間は広い。
上階へ続く階段もあるが、通路は一人分の幅しかなく、上に何が居るかわからない状態で逃げ込むのは危険だと判断した。
しかし、武器のようなものはなく、使えそうな小物もない。
石造りの部屋であったが、壁に描かれた絵画を除けば、洞窟と変わりない様相であった。
「せめて棒きれでもあれば心強かったが、仕方ないか。さて、作戦も武器もないが、やってみるか」
最後尾、扉に向かって立つ彼らの後ろに立ち、一番近くに居た者の頭蓋を掴み、膝にぶつける。
想像よりも脆く、陶器のように軽快な音を立てて割れた。
それを見た周囲の骸骨たちが掠れた叫び声をあげる。
敵への威嚇と仲間への注意喚起だ。
彼らの動きが野生動物に近いことを確認して、時雨は間髪入れず隣の兵士を掴み、投げ飛ばした。
「いやに軽いな。骨だけだとこんなもんか?」
そのすかすかの体だけでなく、鎧にもあまり重さを感じない。
西洋鎧は全身合わせておよそ三十キロあるが、彼らの鎧はまるで紙かダンボールのように軽く、何を防ぐための防具なのだとすら思える。
亀のように骨が変化して鎧や剣になっているのだろうか、などと考えたが、今はそんなことどうでもいい。
襲い来る五十七体の骸骨を引き連れて、時雨は走った。
足の速さは時雨の方が上のようであり、骸骨たちは骨をぶつけ合わせてがちゃがちゃとやかましい音を立てながら、不恰好についてくる。
すかさず振り向いて、一番先頭を走っていた骸骨の頭を殴り飛ばす。
そしてまた逃げる。
振り向いて殴る。
幸いにも場所が広かったために、同じところをぐるぐると回りながら一体ずつ確実に倒していく。
十体ほど倒したころ、骸骨の動きが変わった。
散開して取り囲むようになってきたのだ。
今のような状況で囲まれることは絶対に避けたい。
時雨は羊の群れを誘導する羊飼いのように、彼らがばらけないよう誘導して動いた。
「やばいやばい。これじゃ駄目だ」
時雨は至って冷静であったが、少し焦った。
足の速い個体と遅い個体で差が開き、一斉に動かそうとすればするほど散らばってしまう。
なんとか試行錯誤していたものの、すぐに壁に追い詰められ、逃げ場を無くした。
「話し合いが出来そうな雰囲気じゃないか……」
すでに十体以上の仲間をやっておいては話し合いなど出来るはずもない。
正面に詰め寄った骸骨が剣を振り上げた。
「ここ!」
上段への対応は体に染みついている。
剣が振り下ろされる前に左手でこちらに向けられている剣の柄尻へ掌底を放つ。
骸骨がバランスを崩してよろめいたところで、屈んで左足をすくい上げる。
いとも簡単に骸骨は倒れ、その衝撃で白い骨で出来た剣が手元から離れて時雨の足元に転がった。
「ここからが本番だぜ。ド素人の白骨死体ども」
強気な宣戦布告をしながら、剣を手に取った。
想像通り、剣は異常に軽い。
角材と同等、いや、スポーツチャンバラのエアーソフト剣くらいだろうか。
こんなもので戦えるのか疑問であったが、相手も同じ装備なのだから、何も臆することはない。
しかし、気持ちは強くもっていたものの、時雨はブロードソードというものを使ったことがない。
使う者と立ち合ったことはあるため、構えが皆目見当つかないというわけではない。
しかし、これは言わば、銃を撃ったことのない人間に突然撃ってみろと拳銃を渡すような状況であり、傍から見れば、時雨が両手で肩にブロードソードを担ぎ上げている様子は不恰好であっただろう。
それでも骸骨よりはまともだと時雨は自分に言い聞かせ、相手の出方を伺った。
じりじりと間合いを詰め、骸骨兵士は飛びかかった。
「クアアアアア!!」
「うるせえ!!」
飛んだ瞬間を見て剣を下段に構え直し、骸骨の頭部へ切り上げる。
半円を描いた斬撃の軌跡は骸骨の体を綺麗に真っ二つに別った。
司令塔を失った骨がバラバラになり、床へ散らばる。
西洋剣の動きを頭で思い出そうとしていたが、魂に染みついた鏑木流の体捌きが自然に出てしまう。
(結局、身についた技術を使ってしまうもんだな)
そこで時雨は止まらなかった。
その流れに乗って二体、三体と次々に断っていく。
おもちゃだと思っていた剣の切れ味はとんでもないものであった。
これだけ切れるのだから、切られればどうなるか、想像するまでもない。
時雨は敵に背後を取られないよう立ち回っていたが、あまりにも数が違いすぎた。
突如、背中に鋭い感覚が走る。
舌打ちをして、真後ろで剣を突き立てていた骸骨を蹴り飛ばす。
体をひねったことで傷口が歪み、その痛みが体に走る。
普段ならアドレナリンが出ており、これほど早く痛みは感じないはずだが、ミイラになった体では誤差無く瞬時に感覚が伝わるようだ。
「余計な機能だ……!!」
呻く代わりに悪態をつき、近くにいた骸骨を切り倒す。
動きの鈍さを知覚するも対処法がない。
痛みを気合で抑えることはできないこともないが、我慢のしわ寄せは全て動きに出る。
骸骨はここぞとばかりに攻め入った。
敵が弱っていることを察したのだ。
これ以上の負傷は避けたいと敵の攻撃をひたすら躱し続けても、そう長くはもたずにかすり始める。
そして、攻撃を避けるために狭くなった視点では、次第に相手の位置を把握しきれなくなる。
距離をとろうと飛び退いた先で、どん、と背中が何かにぶつかる。
「……あ?」
時雨はすでに囲まれていたのだ。
振り向くことも間に合わず、視界の端で、骸骨が時雨に向かって剣を振り下ろした。
その剣を左腕で受けると、豆腐のように容易く切られ、腕が宙を舞う。
顔を歪めながらも右手に握った剣で報復を果たし、腕の断面を抑えた。
確かに耐え難い痛みだが、脂汗も出なければ、血も出ない。
自分が遺体であることを再認識させられた。
「勝てるとは思っていなかったけどよ、せめて十人以下には減らしておきたかったぜ……」
時雨が倒せた人数はせいぜい三十体であった。
十人くらいまで減らせればムルカでも逃げられるだろうと思ったのだが、残りは二十数体。
もとより拾った命だったのだから、誰かを救うための犠牲になるのであれば本望だったが、これで彼女が逃げられなければ無意味な頑張りに終わってしまう。
戦意喪失でもしてくれていれば良いかったのだが、半分以下の数になっても骸骨たちはまだまだ闘志に満ちている。
「万事休す、か。しかしまあ、戦って死ねるんだ。交通事故で死ぬよりは、いくらか贅沢だ」
時雨は死を覚悟して、右手に剣を持ち、半身になる。
あとはボロボロになって動けなくなるまで倒し続けてやる、と敵を見据え、次の動きを待った。
その時、左腕がむず痒くなる感覚を味わった。
毒でも塗られていたか、と無視していたが、どうも様子がおかしい。
呼吸が苦しくなるわけでもなく、痒みはすぐに止まったのだ。
敵から目線を外すことは極力したくなかったが、骸骨たちが動きを止めている間にちらりと目を向ける。
「左腕が、治っている……?」
先程確かに切り飛ばされた腕が、いつの間にか元に戻っているのだ。
「……どうなってんだよ。幻覚でも見てんのか?」
超常現象を目の当たりにして呆気にとられている間に、無数の剣が襲い掛かった。
やはり目線を外すべきではなかった、と後悔しながら切られ続けた。
何度も何度も、試し切りの巻き藁のようにずたずたにされながら時雨は確かに見た。
傷口から無数の繊維が飛び出し、筋肉と皮膚を作り、再生していく様を。
理屈は全く分からないが、その現象を理解したと同時に頭が冴え、焦りは消えた。
ムルカはこの再生能力のことを知らない様子であった。
と言うことは、これはこの体の、英雄の力なのか。
敵を一掃する力ではなく、永遠に戦い続けられる力だ。
遺体がミイラの姿で残り続けていたのも、このせいなのだろう。
切っても切れず、焼いても焼けず。
彼を葬るためには聖墓を作り、最奥に封印するほかなかった。
死に方を決めさせてもらえるだけかと思っていたが、死んでからが本番だったのだ。
世界というものは、かくも思い通りに行かないものか。
全身を切り刻まれながら、時雨は口を歪ませ、声を出さずに笑っていた。




