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02.乾いた体

 眩しい光を感じる。

 太陽ほどではないが、寝起きに浴びると一気に目が覚めるような光量だ。

 背中にかかる重力から自分が横たわっていることが分かると、とりあえず天井でも見てみようかと薄目を開けた。

 ぼやける視界の大部分を黒と白の何かが占めている。

 天井の茶色と混ざっていたその輪郭が、次第にはっきりしていく。

 白髪の少女が寝ている時雨ときさめを見下ろしていた。


「やった!!」


 少女は笑顔でそう叫んだ。

 時雨は何か言ってやろうと思ったが声が出ない。

 そう言えば数百年ぶりに動かす体だったな、と自分の手を動かして目の前に持ってくる。

 なんと醜い腕だろう。

 枯れ枝のように細く、水分の『す』の字もないほどに乾燥している。

 元の体は鍛え上げられて筋肉質であっただけに、なおさら貧相に思えた。

 周囲に目をやると、上下左右が石の壁で覆われている。

 そこで初めて、自分が石の棺の中で眠っていたミイラであることが分かった。

 現状を把握するためにゆっくりと起き上がった。

 壁には等間隔にろうそくが立てられ、辺りを橙色に照らす。

 部屋は狭く、出入り口であろう場所には絵の描かれた両開きの大きな扉がある。

 英雄の遺体というだけあり、恐らく、厳重に封印されていたのだろう。


「ああ! まだ動かない方がいいですよ!」


 棺の傍に立って様子を見ていた少女は言った。

 羊毛のような癖のある白い髪の毛に白い瞳。

 全身を覆う黒いローブは動きに合わせてひらめいた。

 そんな格好をしている彼女の背は小学生並で、どう見ても大人ではなかった。

 足元では骨で出来た犬が紫色の炎を揺らめかせながら、尻尾を振ってまとわりついている。

 異世界であるという前提がなければ夢でも見ているのかと思う光景であった。


「あ……う……」

「あ、ごめんなさい。声帯を作るの忘れてました」


 恥ずかし気に笑う少女の右手が紫色の光を放ち、時雨の喉の辺りに魔方陣が現れる。

 数秒もしないうちに、時雨は声が出るようになった。


「あー、あー。助かった。感謝する」


 まだ少し擦れるが、痛みもなく声が出せる。

 これが魔法というやつか、と時雨は感心していた。

 出来のいいCGを見ているような気持ちはあったが、特別驚きはない。


「いえ、こっちの不備なので感謝されるようなことは……」

「そうか。ところで、名前は何て言うんだ?」

「ムルカと言います」

「ムルカ、色々聞きたいことがあるんだが、まず先に言っておきたいことがある」


 時雨は経緯を正直に説明することにした。

 自分は英雄と違う人間なのだから、彼女が生き返らせた目的を果たせないかもしれない、と思ったのだ。

 黙っていて、あとでバレた時にその選択が自分に有利に働くことはない、と利己的な考えがなかったとは言いきれないが、今は少なくとも目の前で喜ぶ彼女を傷つけずに済ませるにはどうするかで頭がいっぱいであった。


「ええと、そうだな……。まず、俺は英雄じゃない」

「……え?」


 言葉を選んで発言したために、言葉足らずになってしまった。

 ムルカは何を言われたのか理解出来ていない様子で目を丸くしていた。


「なんていうか、説明が難しいんだけどよ、死後の世界で、ムルカが生き返らせようとしている英雄に会ったんだ。そこで頼まれて、代わりに生き返っただけの別人だ」

「え、え? あの、いったい、どういうことなんですか? なぜそんなことになったんですか?」

「あの世が楽しくて仕方ない様子だったが、知ってる人間ってわけじゃないからな。何を考えてこういう行動に出たのかはわからん。ともかく、俺はムルカの期待している人物じゃない。本当にすまない」


 棺の乗せられている台の上に座ったムルカは、しばらく落ち込んでいた。

 時折聞こえてくるため息が、時雨の良心をちくちくと刺激する。


「ええと、なんだ、その……」


 こういう場面になれていないせいもあり、慰めの言葉が出てこない。


「ここまで来て……」


 そう言いながら落胆しているムルカを見て、毛の生えてない頭をぽりぽりと掻き、時雨は言った。


「……ちなみに、何を頼むつもりだったんだ?」

「……これ、言ってはいけないんですけど、もうこの際全部言います。あなたが英雄じゃなくてただの人間なら、どの道ここからは帰られないですし」


 ムルカはそう言って時雨の胸を指さす。

 つられて胸元を見ると野球ボールくらいの大きさの宝玉が緑色に淡く光っていることに気がついた。


「クロノスの宝玉っていう、世界に三つしかない超強力な生命石です。それが心臓の代わりになって、その体を動かしているんですよ」


 実感はないが、その宝玉の周辺の血管も蛍のように発光している。心臓だけでなく、生きるために必要な物質も作りだしているのだろう。


「その宝玉は他の宝玉とひかれあう性質があります。だから、英雄の力を借りて残りの二つも探すつもりだったんですけど……」

「集めるとどうなる? 願いが叶うとか?」

「……助けたい人がいるんです。宝玉の力があれば、助けられるはずなんです」


 質問には答えていないが、嘘は言っていないようであった。

 誰を助けたいのかは、時雨にとってさして重要ではない。

 時雨が生き返ったことで助けられなくなった人がいては、何とも胸が痛むではないか。


「その、宝玉を探すのって特殊な力が必要なことか? 例えば魔法だったりとか」

「魔法があるにこしたことはないんですけど、それよりも私に必要だったのは守ってくれる強さです。あなたのおかげでもう手に入らなくなりましたけど」


 なんとも恨めしそうに言うが、時雨は逆に安心していた。

 魔法が必要と言われたら、知識のない時雨では役に立つことができない。

 しかし、必要なものがただの強さであるならば、それ以外を持っていない時雨からすればこの上ない好条件である。


「まあ、そう気に病むな。本当に必要なのが強さだけなら、俺でも力になれるかもしれない」

「……何ふざけたこと言ってんですか? あなたがどれだけ強かったとしても英雄に比べれば虫みたいなもんですし、他人の体を自在に使えるほど、世の中甘くはないですよ」


 「俺が虫か」と時雨は笑った。


「そうは言っても、やってみなきゃわからんだろう。ところで、さっき言ってたここから出られないってのはどういう意味だ?」


 時雨は棺から出て自分の体の具合を確かめようと準備運動を始めた。

 見た目は悪いが、生身の体とそれほど使用感は変わらず、身長や手足の長さの違いに慣れることができれば、前と同じように使えるだろう。


「意味なんか、説明するまでもないですよ。そこの扉を少しだけ開けて覗いてみたらいいです」


 時雨は言われた通り、石の大扉を少しだけ開けて奥を覗いた。

 その光景に驚いて半歩後ずさった。

 無数の骸骨がこちらを見ていたのだ。

 少なく見積もっても四十体はいる。

 彼らは手に剣や槍を持ち、ボロボロの鎧兜を着て、この扉の前に密集しているのだ。

 まるでアイドルの出待ちでもしているかのように。


「……どういうことなんだ?」

「ここまで一気に走ったらこうなってしまいました。もうおしまいです」


 甦った英雄に助けてもらうつもりだったのだろう。

 とても子供一人に切り抜けられる状況ではない。


「どうにかならないのか」

「こっちが聞きたいですよ」


 時雨は強さに自信があったが、それはあくまで人間相手での話である。

 動く骸骨と戦ったことなどない。

 どうにか手助けしてやりたいところだが、このカサカサの体で武器もなく、あれだけの数の敵を相手にすれば絶対絶命、すぐにあの世へ逆戻りだ。

 彼女の目的へ同行する前に、まずここから無事に逃がせるかどうかもわからない。

 彼女よりも自分の命が惜しいというわけではなく、助けられずに無駄死にすることは避けたかった。

 英雄の体というのだから、何か特殊な魔法でも使えないかと考えるが、それを調べようにもここでは難しいだろう。


「あの骸骨はどれくらい強いんだ?」

「骸骨兵士は単体ならゴブリン以下、大ネズミ以上といったところです。魔物のランクで言っても最低のγです」

「その比較対象とランクはよくわからないが、要するに弱いってことか?」


 ムルカはやれやれとため息をつく。

 何も分かっていないとでもいうように顔をしかめ、時雨にも分かるように捕捉説明を付け加えた。


「一般的な人間は、魔物のランクに当て嵌めればγよりも下になります。鍛え上げた兵士でようやくγと同等とすら言われてるくらいです。私やあなたじゃ逆立ちしても敵わない強さですよ」

「ってことは、あれ全てが兵士と同じってことか。ちなみに、英雄は?」

「英雄は人間ではないので、ランクに当て嵌めることはできないです」

「人間ではない? 魔物か?」

「そうじゃなくて、もっと上です。まあ、そんなことより、ここで雑談しても事態は好転しないですし、強行突破でも試みてみますか?」


 ムルカはローブの内側に手を引っ込め、何かをごそごそと準備し始めたが、時雨はそれを制した。

 大人しそうに見えて、放っておくと勝手に突っ込みかねない性格であるようであった。

 相手の情報が足りないために作戦を立てることもできないが、とりあえず行動を起こしてみるしかなさそうだ、と時雨は腹をくくった。


「まずは俺がやる」

「あなたに何ができるんですか?」

「出来るか出来ないかってことは大して意味を持たない。重要なのはやるかどうかだ。それに、子供にそんな危ない真似はさせられない」

「子供って、馬鹿にしないでください! もう十四歳になるんですよ!」

「子供じゃないか」


 プクっとむくれるムルカの頭を撫でようとして無言で払われる。

 時雨は苦笑して扉に手をかけた。


「……もし、上手くいったら、撫でさせてやってもいいですよ」

「そりゃ楽しみだ。終わったらノックを三回する。そしたら開けてくれ」


 骸骨にノックする脳はないと考えての提案だ。

 ムルカは頷いて了承したあと、おずおずと言った。


「……そういえば、名前、何て言うんですか?」

「ああ、まだ名乗っていなかったか? 桐谷きりや時雨ときさめ。桐谷が苗字で時雨が名前だ」

「キリヤトキサメ?」

「あー、いや、そうだな。トキサメでいい」


 ムルカが苗字やファーストネームを名乗らなかったことを思えば、この世界では名前だけであることが一般的なのかもしれない。

 どちらであっても支障はないが、これから名乗る時には苗字は省こうと心に誓った。

 もっとも、次があればの話だが。


「トキサメ。骸骨兵士は頭を砕けば倒せます。頭以外の部分はどれだけ破損してもおかまいなしに攻撃してくるので気をつけてくださいね」

「ありがとう。じゃあ、期待して待っていてくれ」


 時雨は扉を一人分の隙間だけ開き、小部屋から外へ出た。

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