46.黒い悪竜
サヴァスが目覚め、会議室に集まったのはサヴァス、時雨、アリアネ、ムルカ、四将の八人である。
ガイアの情報を聞くのは全員が集まってからの方がいいだろう、とアリアネが提案したため、まだ何も触れてはいなかった。
「ガイアってのは、どういうやつなんだ? 嫉妬深いとか傲慢だとかってのは、後になってつけられた属性だろう?」
少なからずそうであったとしても、それだけで構成された人格など存在しない。
性格を知っていれば、相手がどういった戦略を立ててくるかも予測が出来る。
戦うことになる前に、時雨が最も聞いておきたかったことである。
「そうでもないさ。嫉妬と傲慢、それに、神である自分への自己愛が彼女の本質そのものだ。会ったら分かるさ。少なくとも話の通じる相手じゃない」
「目的のために手段を選ばないタイプか?」
「いや、手段のために目的を選ばないタイプだ。彼女はただ生命体を作りたいのさ。それに何をさせるという目的はない。その中で気に食わないものが出来たら消滅させる。混沌からこの世界を作り出して、ずっと繰り返してきたんだ。そんな彼女が今一番気に入らない生き物が……」
「――――人間か。だとしても、なんでこんなに増えるまで放っておいたんだ?」
「気にも留めていなかったんだろうね。弱いから勝手に死に絶えると思っていたんだろう」
野生で生きていけるような大きな体もなく、力もなかった人間は、弱いからこそ寄り添って、強力な魔物により群雄割拠だった大陸でも生き延びたのだ。
「彼女は膨大な魔力を使って気に入らない生き物を殺すんだけど、その魔法も『空間を操る』という他の生き物には真似できないものなんだ。イメージしにくかったら、透明なガラスの箱を思い浮かべてくれ。体に突然箱が表れて、それを捻る。すると、体がちぎれるという仕組みだ。シンプルだろう。
単純で、それでいて、強い。知らなければ対処できない魔法だしね。それともうひとつ、ガイアは『時間を止める』。超高密度の宝玉によって引き起こされる事象だ。これも理解が難しいかもしれないけど、魔法の発動がより一層分からなくなる仕組みだと思ったらいい。この二つが組み合わさることがどれだけ危険なことか、分かるよね?」
「関知されることなく、相手を殺せる、と?」
「そういうことだね」
サヴァスはひと息ついて、次の話を始めた。
「それに、戦うことになるであろう悪竜、ジェラルドについてなんだけど、こいつは不死身だ。僕らの体の試作品だと思ってもらっても構わない。君らは充分知っているかもしれないが、僕らの体もかなり不死身だ。ジェラルドはそれを上回る再生速度を持っている。身体的な性能で言えば、完全に上位互換だね」
「回復は厄介だな。何か対策はないのか?」
「しているさ。ムルカの魔法は、そのための――――」
――――それは、光であった。
クリーム色の光が、決壊したダムの水のように、サヴァスの眼から溢れ出し、空中へと浮かんでいく。
やがてはゆらゆらと、蝋燭の炎のようにまとまり、大きな布を身にまとった美しい女神像となった。
顔はフィロメラにそっくりであったが、彼女とは違う異質さを感じさせていた。
高密度の魔力によって像のような体を為す彼女は細い両手で真珠のような玉を抱え、どちらを向くでもなく、口を開かずに透き通るような声を発した。
「これは、いったいどういうことなのでしょう?」
威圧するでもなく、怒号を飛ばすわけでもなく、ただそう優しく聞くガイアに、一同は毒気を抜かれたような気分を味わっていた。
噂でしか聞いたことのない悪神は、大方の予想よりもずっと穏やかで、大したことのない相手のように見えていた。
「ガイアよ、これが僕たちの答えです」
「サヴァス、ヘラクレスはどうしたのですか?」
まるでサヴァス以外は見えていないかのように、ガイアは言った。
「僕が冥界に送りました。兄さんの魂を焼けるのは僕だけだ」
「実の兄にそんなことをするなんて、信じられません」
「ゼナとフィロメラを閉じ込めて隔離したやつの言うことじゃない」
「あれは、醜き失敗動物です。あなたとヘラクレスの二人だけが、私の子。そうでしょう?」
サヴァスの表情は歪まなかった。
この程度の言い草は想定の範囲内なのだろう。
サヴァスは片手を上げて戦闘態勢をとるよう指揮を出した。
それと同時に、外と連絡をとっていた一員がサヴァスに伝えた。
「ジェラルドが姿を現したと報告が入りました」
彼は各地に人形魔法を飛ばし、情報がすぐに入ってくるよう準備をしていたのだ。
「やはりか。場所はどこだ?」
「それが、ウィンドブロウの冒険者ギルド会館です」
場所は想定外だったが、それ自体は事前に予測できていたことだ。
そのための魔法回廊でもある。
「トキサメ、ムルカ、頼んだよ」
「任せてください。トキサメ、行きますよ!」
「ああ。アンタらも死ぬなよ」
何の前情報もない状態であったなら、軍団の人員を三割は割きたいところであったが、相手のことをよく知っているために、無駄なく最小限で確実に勝つには、二人がいいと判断できた。
すぐにサヴァスの作り出した魔法の回廊を抜け、二人はウィンドブロウの街の近くにある丘に出た。
ウィンドブロウの高い石壁のせいで中の様子が見えないにも関わらず、黒煙と爆発、それに次々に起こる悲鳴から、参事が起こっている様子が、外からでも分かった。
「ギルド会館のどこに隠れていたんだ?」
如何に建造物が巨大と言えども、ドラゴンが隠れていれば、誰か気がついているはずである。
すでに復活した今、どこにいたかなど考えても仕方がない。
二人はとにかく街へ走った。
大きな両開きの門は崩れ、そこから大勢の人が逃げ出していた。
そして、それを追うようにして、青い炎が津波のように押し寄せ、悲鳴を上げる間もなく、人々は炭へと変わった。
「そんな!」
「足を止めるな。ありゃ、普通の火じゃねえな」
炭になった人に触れると、まるで紙切れのように、もろく崩れて風に吹かれていった。
焼ける、焦げるといった工程を無視して、一律に炭化させる魔法の炎である。
ドラゴンの咆哮が響いた。
ギルド会館までの大通りを走る間、たくさんの怪我人と炭になった人を見たが、今はこれ以上の被害が広がることを防ぐことが先決だ、と時雨に従って、ムルカはできるだけ見ないようにして走った。
ジェラルドは、黒曜石のような光沢を持つ黒いドラゴンであった。
ギルドの冒険者たちは街を守るために必死で戦ったが、結果は芳しくなく半壊状態であり、残る者も戦意は残っておらず、逃げ出したところを焼かれたのだろう、と炭の様子がそれを物語っていた。
ジェラルドは会館の上に乗り、勝ち誇ったように街を見下ろしていた。
歩み寄る途中、見知った顔の女性が壁にもたれかかっているところを見かけ、ムルカは歩み寄った。
「大丈夫ですか!?」
「あ、あなたは……」
会館で受付をしていた、鉄の人形魔法を使う女性である。
彼女は立つ気力もなくなっていたのか、逃げることも戦うことも出来ずに、壊れた家屋に寄りかかって、皆がただ戦っているところを見ているしかなかった。
「ふたりとも、逃げてください。あれは、人間の敵う相手じゃありません。まさか、会館の中央に飾られていた石像が、本物のドラゴンだったなんて……」
彼女の話で、ムルカはドラゴンの石像を思い出した。
あれほど堂々と置かれていたものが、本物であるなど、誰が予測できただろうか。
「いいえ、私たちはあれを倒すために来たんです。あの、まだ魔法は使えますか?」
「え、ええ。でも、私じゃ戦力になりませんよ……?」
「あのドラゴンの気を引いて、外へ連れ出せますか?」
「囮、ですか。それくらいなら、なんとか、できるかもしれません」
女性は懐から半紙を一枚取り出した。
「奥の手として取っておいたんですけど、倒せそうにはありませんでしたから……」
女性の出した鉄人形は試験で使ったつるっとしたものとは違い、もっとはっきりとした輪郭のついた人形であった。
「『鉄人』、やつの気を引いて外へ連れ出しなさい」
鉄の人形は頷いて、ドラゴンの方へと飛んで行った。
「今ので、魔力を全て使ってしまいました。手伝いたいところですけど、もう何もできません……」
「いえ、助かります。動ける人たちに、怪我人の救出をお願いしてください。私たちは、あいつを倒します」
「……本当に、倒せるんですか?」
「倒します。絶対に」
ムルカは不安がる彼女の手を握り、そう誓った。
上空をドラゴンの影が通りすぎていく。
ジェラルドの顔にしがみつく鉄人は、衝撃で砕けながらも、立派に仕事を果たした。
そのあとを追うようにして、時雨が早馬のように走っていく。
ひと飛びで、建物の屋根へと上がり、ドラゴンが壁の外へ出たところを確認して、その翼へ向かって飛んだ。
「さて、雨天の初披露だ」
時雨は空中で刀を抜き、左の翼を切り裂いた。
しかし、血は出ず、傷が空中ですぐに繋がる。
ドラゴンは時雨に気がつき、しがみつく鉄人を振り払った。
草原へと落ちて行く時雨に、ドラゴンは照準を合わせ、口の端から火の粉を散らした。
「やべえ!」
咄嗟に時雨は左腕を切り落として、ジェラルドへ投げつけた。
動物の視線は動いている物へ過敏に反応する。
空中を舞う左腕へ向かって吐き出された青い炎は、それを一瞬で炭へと変えた。
それは、時雨の体でも耐えられない炎ではないか、と一抹の不安を抱くに充分な結果であった。
「避けるにこしたことはない、か」
草原を転がり、傷の治癒が終わると同時に、ドラゴンが目の前へと降り立った。
ちょっとした民家と同じほどの大きさを持つ黒いドラゴンは、鋭い瞳で時雨を睨み、吠えた。
「ヘラクレスに恨みがあるのか? 生憎別人だが、ここでお前はまたやられることになるぜ」
刀を鞘に戻し、居合の構えをとった。
何が来ても、斬るつもりでいるのだ。




