表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
43/51

43.城への帰還

 二人は手分けして、全ての物品を洞窟の床に並べていった。

 魔道書数十冊、実験器具、大なべ、女神像、と様々な小物。

 今までの実験体の死体は全て、滝の流れ落ちる先の深い闇の中へ放り込んだのだろう。


 そこまで回収して弔ってやろうという気は時雨にはなかったが、ムルカはせめてここで安らかに眠れるように、墓碑を作った。


「うう、こういう時じゃなければ、魔道書を引き取りたかったんですが……」

「これ全部マリスの手書きみたいだな」


 文字の読めない時雨でも、それが全て同じ人物によって書かれた筆跡であることが分かる。


「あまり読まないでくれ。知識を得られるだけでも、気分の良いものではない」


 戻ってきたアリアネがそう言って、二人から魔道書を取り上げ、雷の左腕で、一冊ずつ丁寧に燃やしていった。

 欠片も残さないよう、復元されないよう、注意深く、全てを灰にしていく。

 本は全てその方法で処分できたが、ガラスや鉄で出来た実験器具や、大なべは燃やすわけにいかないため、粉々に砕いて滝壺へ沈めることにした。


「女神像はどうしますか?」


 ムルカはこれも砕くのか、とアリアネに聞いたが、即答せず、口ごもった。


「一体何の女神像なんだ?」

「……セレーネ様、いや、セレーネの、女神像だ」

「……壊すのか?」

「ああ、いや、待ってくれ……」


 マリスの記憶の断片に触れただけでも、壊すことを躊躇わせるほど、彼の中で大きな価値を持っていたものなのだろう。

 時雨はため息をついて、言った。


「魔法で人の記憶を読むのはやめた方がよさそうだな。影響を受けすぎてるぞ」

「私にもこれが自分の感覚なのか、マリスの感覚なのか、区別がつかなくなっているのを感じる。すまないが、代わりにやってくれ。どうにも私には出来そうにない。壊すどころか、見ているだけでも、まるで胸が裂かれるように、辛い」


 アリアネは後ろを向いて、目を閉じた。

 雨天に手をかけた時雨はとりあえず、と腹部を二分しようとした。

 しかし、胴の真ん中で、何か感触の違うものに当たり、刃が止まった。

 何か入っているのか、とムルカと力を合わせて、女神像を倒すと、切れ目の入った腹部が割れ、中から封のされた水瓶が姿を現した。


「何が入っていると思う?」


 時雨がムルカに聞くも、分からない、と首を振る。


「これほど大事に仕舞われているということは、毒の類ではなさそうですね」

「普段使うものじゃねえってことだな。開けてみるから離れてろ」

「そんな、開けなくてもそのまま捨ててもいいと思うんですけど……」


 ムルカはそう言いながら、アリアネと同じところまで下がった。

 それを見て、時雨が水瓶の封を剥がす。

 すると、辺り一帯に生臭さと腐敗臭とが入り混じった、下水にも似た不快な空気が漂い始めた。


「これは、血か」


 顔をしかめながら、時雨は言った。

 それは血の腐ったもののようであった。

 密閉されていたために乾燥もせず、腐敗が進んだのだろう。

 魔力の要素があるかどうかは時雨では判断できないため、臭いことは承知で、ムルカを呼び、確かめてもらった。


 彼女が嫌々触ってみても、血であること以上のことは分からなかった。

 女神像が割れるだけでもショックを受けるアリアネに聞くわけにもいかず、何も出なかったふりをして、滝壺へと投げ込んだ。

 続いて、砕いた女神像も、同じく闇の底へと放り込んだ。

 一片残さず処理をし終えて、アリアネに終わったと告げた。


「これで全部片付いたが、他にまだ気になることはあるか?」

「いや、記憶の中で見たものは、これだけだ。隠し通路や隠し部屋もないから、マリスの私物はあと城に残っているものだけだな」

「『軍団レギオン』の城、か。ムルカ、城の場所は分かっているのか? ここから遠いならカロスにでも頼んで乗せていってもらうことになるぞ」

「ああ、それなら心配いらないです。さっき片づけをしてる時に見つけたんですけど、ここから城へ繋がる通路が作られています。だから、行こうと思えばすぐですよ」

「通路? ここから近いのか?」


「いえ、そういったものではなくて、ええと、『軍団』の城というのは、本来、大陸のほぼ中央にあります。だから、周囲には魔物が多く、歩いて行くというのは難しくて、出入りにはある特殊な魔法を使うんですよ。それを使えば好きな場所に出たり入ったりできる、というわけです」

「じゃあ、ムルカもそういう通路が作れるのか?」

「私には出来ません。トキサメ、いえ、ヘラクレスに頼んで歩いて帰るつもりでしたから」


 その魔法を使って、墓まで行ったのだとムルカは言った。

 通常は一度通ると消えてしまうため、帰る時には自力で通路を生成する必要があるのだ。


「だったら、すぐにでも行こう。ここで一晩明かす必要もあるまい。それに、ムルカもいい加減帰らないといけないんじゃないか?」


 アリアネがそう言って、ムルカは頷いた。


「家出みたいなものでしたから、心配しているでしょうね……」

「帰りたかったか?」

「少しは、ですよ。やっぱり、ずっと暮らしていたところですし、皆の顔を見たくなるものです」


 ムルカは城で暮らす仲間の姿を思いだしたのか、柔らかい表情をして言った。

 鍾乳洞の一角に、強大な魔力が発せられている場所がある。

 浅い洞窟であったが、壁に作られた木の扉からは瘴気のように魔力が漏れ出している。


 奥に通路が作られているようには見えないが、魔法で作られた通路は、物理的な距離を無視し、およそ四千キロを一万分の一、四百メートルにまで縮めることが出来る。

 歪んでぶよぶよとうねり、床や壁が淡い光を放つ魔法の回廊を、ムルカを先頭とした三人は、不安定な足元に注意を払いながらも、確かに歩んでいく。


 アリアネはその通路がまるで死体の肉であるかのように感じたが、同時に優しく包まれているような安心感も覚えていた。

 それは不気味な感覚であることを本能が訴えていたが、外から入って来る感覚がそれを薄れさせ、散らせていく。

 出口が近くにあることを知っていなければ、気がおかしくなってしまいそうであった。


 たかだか数十分だったが、何時間も経過したような疲労を受け、出口から質素な部屋にたどり着いた時も、大した反応を出来なかった。


「一応、消しておきましょう。もう誰も使うことないと思いますから」


 魔法で出来た通路は、ムルカが縁を撫でると、光の粒子となって扉ごと消えた。


「それにしてもなんだったんだ? 変な道だったな」

「何度通っても慣れません。不気味なんですよ、あれ」


 二人がそう言っているのを聞いて、アリアネは自分の感覚が間違っていなかった、と安心した。

 少し心に余裕が出来たことで、部屋の内装へ目を向けることが出来た。

 とはいえ、大して変わった物はなく、家具と呼べるものは本棚と椅子くらいである。

 到底暮らすための部屋ではなく、その数少ない家具にもホコリが被っており、長い間ここに帰ってきた様子はなかった。


「ムルカはここから宝玉を盗み出したのか?」


 時雨の問いに、ムルカは頷いた。


「はい。私が来た時はここの中心にガラスケースがあって、そこに保管されていました。ここなら外から盗みが入ることはありませんからね」

「まさか味方から盗まれるとは思っていなかったろうよ」


 本棚にある本は全て市販されている魔道書であることをアリアネは確認して、ここには何もない、と処分することすらしなかった。


「この他に部屋はないのか?」

「マリスに与えられた部屋はこの一室だけです。あそこで処分したものが全てだったみたいですね」


 部屋の鍵を開けて、白い石で出来た廊下へと出た。

 真っ赤な絨毯は真っ直ぐと伸びて、廊下を薄暗く照らしている。


「ここは地下ですから、窓がないんですよ」


 そう言ってムルカは迷いなく廊下を歩いていく。

 延々同じ景色が続く廊下を右へ左へと曲がり、階段を上がる。

 天井の高い大ホールがあり、中央階段へと赤い絨毯は続いていた。


「この城、とんでもなく大きいな」


 口に出すまでもないことであったが、アリアネはつい言ってしまった。

 これほど大きな城に比肩しうる建築物は、大陸内にいくつもない。

 ウィンドブロウのギルド会館と、王都にある宮殿くらいのものである。


「軍団は大組織ですからね。これくらい大きくないと支障が出るんでしょう。あとから建て増しできる立地じゃありませんし」


 ムルカがそう言って、二階を見上げると同時に、顔が固まった。


「げっ、グリゴリス……」


 上階から見下ろしていたのは、赤い毛の髪と髭をした大男であった。

 その顔には深いシワが刻まれており、ムルカを睨んだあと、アリアネと時雨にも目をやる。


「ムルカ、どこへ行っていた」


 低く、迫力のある声で彼はムルカへ告げた。


「……サヴァスさまを助けるために、宝玉を集めていました」

「何が助けるためだ。この非常時に、余計な手をかけさせやおって」

「だって、皆には指令を出していたのに、私には何も……」

「余計なことをせんのが、お前の仕事だ。この話はあとでゆっくりとさせてもらう。それよりも、その後ろの二人は誰だ」


 アリアネは前に出て、名乗った。


「アリアネ・リカンスロポスと申す者だ。こっちはトキサメ。共にムルカについて宝玉集めを手助けさせてもらった」

「子供の戯言に付き合うなど、よほど暇人なんだな」

「なんだと?」


 アリアネの眉がピクリと上がり、グリゴリスを睨んだ。


「二人ともやめてください!」


 一触即発の空気が辺りに満ちた。

 時雨は巻き込まれないようにするためか、少し離れて柱に寄りかかったが、不意に背後から肩を指でつつかれた。


「ねえ、何騒いでるの?」

「父性から八つ当たりをもらった猟犬が噛みつこうとしてんだよ」


 そう言いながら後ろを振り向くと、上半身は人間で、下半身は魚の、美しい人魚が立っていた。


「あ、ムルカちゃん帰ってきてたんだ」

「この状況じゃ話もできないぞ」

「私がなんとかしてみるから」


 人魚は指先で空中に蒼い魔方陣を描きながら、にらみ合うグリゴリスとアリアネの傍へ寄った。


「はい、そこまで!」


 人魚の両手から水球が発射され、両者の顔へ勢いよくぶつかる。

 飛沫が辺りへ飛び散り、あまりにも急な一撃に二人は人魚を睨んだ。


「おかえり、ムルカちゃん。急にいなくなったからみんな心配してたんだよ」

「テレサ、ごめんなさい。グリゴリスも、ごめんなさい。私が勝手な行動をしたせいで迷惑をかけました」


「いいんだよ。こうして無事だったんだし。ねえ、グリゴリス?」

「何を言っている! 自分勝手な行動をするような小娘など知らん! 竜のエサにでもなってしまえばいい!」

「そんな事言って、毎日毎日心配で落ち着かなかったくせに。これで今日からゆっくり眠れるね」

「黙れ!」


 テレサは、アリアネに向きなおって一礼した。


「ごめんね。あの人も苛立ってたから、つい喧嘩腰になっちゃったけど、悪気はないのよ」

「……いや、すまない。私も易々と買ってしまったのがいけなかった」


 簡単に場を制したテレサは、パンと手を叩き、言った。


「とりあえず、食事にしましょう! その方が話しやすいでしょ。ムルカちゃん、アリアネさんの着替えの用意をしてもらって、食堂へ案内して。私は厨房に何か作れるか聞いてくるから」


 テレサは手際よく指示を出し、会食の準備を始めた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ