41.宝玉と徒労
昼過ぎになるまで、時雨とムルカは試し切りを続けた。
おおよそ思いつく限りの防具や日用品、硬いものを全て両断した。
残骸はすぐ土に戻ってしまうため、いくつの物を斬ったか定かではないが、百は超えていたはずである。
それほど多くの物を斬っても、刃こぼれ一つしていないところを見るに、真鋼の形状記憶能力が異常に高いのだ、と時雨は言った。
「魔力で変形する鋼を、普通の金属の尺度で測れるものじゃないだろうしな」
「飲み込みが早いですね。初めて見たのに……」
「武器の性質を把握しておくのは武芸者の基本だ。ゴレムの真鋼も斬れなかったところを思えば、魔力以外の要素では姿を変えない物だとするのが妥当だろう」
つまり、普通の物であれば斬れないはずがないと言っているのだが、ムルカはもう突っ込まないでおいた。
しかしまあ、そこまで理解出来ているのなら、これ以上の試し切りも必要ないだろう、とムルカはアリアネとの約束を果たすことを切り出した。
「さて、カタナはそれくらいにして今日はマリスの住処を探しましょう。二日間で見つけないといけないんですから、時間はありませんよ」
「それなんだが、俺に考えがある」
「考え?」
「ああ。まだ話せないが、恐らく上手くいく。アリアネの体が治ったら教えるから、それまでは好きに過ごせ」
時雨はそう言って、ゼナを起こすためか、カロスのところへと向かった。
同じだけの情報を持っているはずなのに、自分にその考えが見当もつかないのはなんだか納得いかない、とムルカは地面を蹴った。
時雨が任せろと言ったため、その日は、ゼナの鍛冶の様子を見て過ごした。
ムルカに鍛冶の知識はないが、一目見ただけで、ゼナの製法が普通でないことは分かった。
ゼナの作った刀で真鋼を使っているのは表面だけで、それ以外の中の部分はフィロメラに調達してもらった高純度の鋼材を使い、硬くしなやかな刃を作り出していた。
これを可能にしたのは、ゼナの触れただけで本質を理解する能力と、大地から自在に材料を集められるフィロメラの能力である。
刀を作るにあたって、ゼナは道具というものを一切使わない。
鍛錬、形成や仕上げまでも、まるで粘土でも扱うかのように、素手で叩き、撫で、焼き入れまで工程を行う。
「熱くないんですか?」
ムルカは当たり前の疑問を投げかけた。
最後に真鋼を使うとはいえ、大まかな形を作るところまでは普通の金属を扱っているのだ。
赤く熱された鋼鉄の表面など、ドワーフですら火傷は避けられない。
「熱くないって言ったら嘘だけど、我慢できるくらいさ。そんなこと言ってたらこの仕事は出来ない」
「道具を使えばいいじゃないですか」
「素手で触らないと鉄の調子が分からないからね」
ゼナはそう言うと、出来上がった刀を一度置いて、今度は真鋼を取り出した。
真鋼を刃の表面に伸ばし、なめしていく。
「いやあ、よく混ざるね」
何度かに分けて魔力を流していくと、表面を水のように流れ、均等の薄さに覆った。
フィロメラが出した柄に黒い布を巻いて、立派な一振りの日本刀の姿となった。
「鍔も『雨天』と同じデザインにしておいたよ。あと鞘だけど、アンタの心の中で見たやつと同じ素材はないから、近いやつで作っておいた」
黒く装飾された鞘と、美しい刃紋の入った日本刀を渡された。
「本来の作り方とは違うから、本物ほど価値はないかもしれないけど、切れ味は保証するよ」
「ああ、感謝する」
下げ緒を巻き、太刀をつけると、時雨は何かを確かめるようにうんうんと頷いた。
「太刀はいい。剣なら何でもいいかとも思っていたが、やはり代えられないな」
「このカタナも雨天と呼ぶんですか?」
「まあ、見た目は同じだし、しっくりくるしな」
嬉しそうにそう言う時雨を見て、なぜかムルカまで嬉しい気持ちになっていた。
「そうだ。刀ばかりに気を取られていたが、宝玉はどうするんだ?」
「そうだねえ。この宝玉が最後のひとつになるんだけど、なんて言うか、これをその宝玉に合わせても何も起きないよ」
ゼナの言葉に、ムルカが驚いて言った。
「……あの、何も起きないって、どういうことなんですか?」
「所詮は生命力の結晶なんだ。最初にも言ったけど、これに特別な力なんてものはない」
「でも、大昔にガイアを封印したんでしょう?」
「ガイアを封印したのは兄ちゃんたちの力だよ。宝玉はあくまでそれを後押ししただけ。ただの『力』でしかない」
三つ合わせたところでガイアに対抗できる力などと言うものは何もないと言うのだ。
ムルカは愕然とした。
集めればなんとかなると思っていたからだ。
「じゃあ、結局のところ、ガイアってやつをどうにかしたかったら、倒すしかないってことか」
普段ならそんな力押しなど認めないところであるが、こうもはっきりと何もできないと聞かされてはムルカもそう思わざるをえなかった。
「そんな……」
「まあ、やってみたらいいんじゃない? 倒せたらラッキーだし。あれ、っていうか、母ちゃんって今どこにいるの?」
ムルカはゼナに事情を説明し、宝玉でガイアを封印できると思っていたことを話した。
ゼナもムルカの落胆する気持ちは充分に理解できたようで、慰めるように肩を叩いた。
「えーっと……この最後の宝玉はさ、このままだと何の役にも立たない。でも、それじゃあまりにも可哀想だし、アタシも助けてもらったし、ってことで、少し改良してみるよ」
「改良?」
「って言っても、そんな強い力を今更与えられない。アタシの生命力をここに混ぜて、違う性質を持つものに変えてみようと思う。役に立つかどうかはわからないけどね」
ゼナは髪を抜いて、小さな宝玉と混ぜ合わせた。
すぐに変化は現れて、緑色の宝玉は灰色になった。
「たったこれだけでいいのか?」
時雨が聞くと、ゼナは笑って言った。
「簡単に見えるだろうけど、アタシにしか出来ないんだからね。小さいから効果が現れるまで時間がかかるだろうけど、たぶん、上手くいっているはず。一応、別のところに埋め込んでおこうか。何もこんなに目立つところに合わせることもないからね。万が一でも割られると困るし」
「ああ、頼む」
そんな二人の会話を聞きながら、ムルカは大きなため息をついた。
旅が徒労に終わったから、というのもあるが、何ひとつ目的通りにいっていないこともあった。
遺体は別人で、宝玉は意味がないと言われ、何のためにここまで来たのかも分からないような状態である。
「まあ、帰ったら兄ちゃんに聞いてみなよ。何か良い案があるかもしれないよ」
「……そうします」
ゼナの提案に力なく答えたが、すぐに両手で頬をパンと叩いた。
上手くいっていないのは、今に始まったことではない。
それに、いつまでも取り返せない失敗を悔やんでも仕方がない。
現状をしっかりと受け入れて、何をしたらいいのか前向きに考えることにした。
「こうなったら、ガイアを倒して、サヴァスさまを助けましょう!」
「おおう、どうしたんだ急に」
「いえ、思ったんです。サヴァスさまやヘラクレスだって、戦って勝って、ガイアを封印したのでしょう? 私たちにだって出来るはずですよ。絶対、そうに決まってます」
「……そうだな。負ける気はしないが、戦いで決着をつけられるなら、それが一番良い」
時雨もムルカの考えに同調し、無理矢理な前向き思考を肯定した。
どうあれ、自分に出来ることはそれくらいしかないのだ。
落ち着いたムルカは、心の中で見た時雨の姿を思い出して、一つ思い立った。
「……どうせなら服装も変えてみたらどうですか? ボロボロのマントとズボンが気になってたんですよ」
「いや、そうは言うが、これも凄いんだぜ? 耐久性が普通の服とは違ってな……」
それを聞いて、ゼナが口を挟んだ。
「そりゃ、土で出来てるからね。虫食いや風化とも無縁さ」
「火には強いのか?」
「当然。本物の布じゃないんだから、燃やせるわけないじゃん」
特別製は特別製だがフィロメラの作ったものだと分かり、その真実が時雨の想像とは違っていたのか、少し落ち込んでいた。
ともかく、フィロメラの作ったものならば、同様の性質を持つ衣服を作ってもらえるはずである。
ゼナは口頭で上手く道着の特徴をフィロメラへ伝え、すぐに紺色の道着が地面から現れた。
「不燃性もあるけど、頑丈だから半端な力じゃ破ることも出来ないよ」
「土で出来ているから燃えないのは分かるが、頑丈ってのは理屈が分からんな」
時雨は道着を着て雨天を腰に携えた。
先程よりもよっぽどしっくり来ているようで、ぶつくさ言っていてもその心地よさを隠しきれてはいなかった。
その様子を見ていたムルカも少し羨ましくなり、食い入るようにして言った。
「わ、私も何か作ってもらえませんか?」
「んー、アンタの着ているものより良いものは作れないよ。それ、サヴァス兄ちゃんからもらったものでしょ?」
「分かるんですか?」
「分かるさ。精霊にしか作れない魔法繊維だよ、それ。本当ならマニアに収集されてもおかしくない最高級品だからね。知らないかもしれないけど、価値の分かる人から見れば、身ぐるみはがしてでも手に入れたいものさ」
「えっ……」
知らなかった、とムルカはローブを確かめた。
確かに肌触りは良いし、十年程着続けていても、汚れたことはないし、穴が空いたことも、すり切れたこともない。
「それに、敵意を逸らす魔法もかけられてる。今まで標的になるようなことなかったでしょ? アンタを守るために作ったんだろうね」
「私を守るために……」
「アンタとサヴァス兄ちゃんの関係は知らないけど、愛されてたんだろうね。だから、アンタは危険を顧みずにサヴァス兄ちゃんを助けようとも思ったんでしょ。普通なら殺されるかもしれない相手のところに忍び込んで、宝を盗んで逃げようなんて考えないよ」
決死の覚悟を思い起こさせるためにも、それなりの理由がある。
愛は愛を以てのみ、返すことが出来る。
受け取った愛情は、体と心を動かし、一見無茶なことでもやってのけるだけのエネルギーとなる。
「そういうわけで、私からはサヴァス兄ちゃん以上のものをあげられない。悪いけどね」
「いえ、そうやって言ってもらえると嬉しいです。それに、助けなくちゃいけないって気持ちが強くなりました」
ムルカはそう言って微笑んだ。
ゼナもサヴァスの話をするうちにその姿を思い出したのか、懐かしむ顔をして言った。
「『軍団』のところに帰ったら、代わりによろしく伝えておいてね」
「ゼナさんは行かないんですか?」
「動けないんだよ。フィロメラの魂がこの場所に囚われている。これはもう二度と解けない母ちゃんの強力な呪いだ。妹を置いてひとりでどこかに行くなんてこと、絶対にできない」
「そうなんですか……」
封印が解かれたとしても、この場所から離れることは叶わないのだ。
ガイアがフィロメラを最も警戒していたであろうことが伺える呪いであった。
「でも、母ちゃんを倒したらさ。もしかしたら自由になるかもしれないから、アタシたちのためにも、頑張ってよ」
「……はい! 任せておいてください! ね、トキサメ!」
時雨は頭を指先で掻いて、困ったように笑った。




