33.毒の撃退
「たかが二本の剣を手にしたとて、貴様はただの人間にすぎん。この精神世界でなら、神の子の体の恩恵も受けられぬ。どうして勝てると思うのだ?」
「体の性能だけに頼って戦ってるアンタらには分からんだろうよ。人が人を倒すために、派手な魔法は必要ない。それを教えてやる」
「ぬかせ!」
マリスの手が黄金に輝く。
眩い光は込められた魔力がどれだけのものか示していた。
「はあ!!」
電撃はさながら網のように広がりながら、時雨へと向かう。
どう動いたところで回避することはできない攻撃範囲である。
時雨は避ける素振りも見せず、刀に手をかけ、縄でも斬るかのように、電撃の網を切断した。
「馬鹿な。魔法が切れるわけ……」
「遊んでるのかよ。本気で来い」
「まだだ!」
マリスはもう一度、電撃を放った。
今度は一直線に、時雨だけを狙っての攻撃である。
しかし、それこそ時雨に当たるはずもなく、難なく躱される。
四回、マリスはそれを繰り返した。
黒く焦げた砂の上、地面に残った魔力が、ばちばちと火花を散らす。
「おい、それしかないのか」
「舐めるなよクソガキ! 魔法の怖さを思い知らせてやる!」
時雨の背後、黒こげになった地面から、雷の体を持つ人型が、音もなく沸いた。
マリスが不敵な笑みを浮かべる。
手から放たれるだけが魔法ではない、とでも言いたげな顔であった。
「やっぱりよ、あんた、経験不足だな」
時雨は振り返ると、雷人形を袈裟切りにした。
空中に散っていく黄色の魔力を払うようにして刀を一振りし、鞘に仕舞う。
「なぜだ。なぜ分かった……」
「まず、罠を張るなら、顔に出すな。それと、似たような魔法をこの間見たからな。軌跡には充分注意している」
ゴレムが自身から離れた真鋼をクロスボウに変えたように、手元から離れた魔力もある程度は操作が効く、と時雨は認識していた。
奥の手の魔法を破られたからか、ショックで怯んだマリスの懐へ、時雨は一気に近寄った。
流れるように雨天を引き抜き、マリスの胴へ柄尻をぶつける。
「かっ……!」
呼吸が止まり、体を屈めたところへ、時雨は鞘に入ったままの刀を腰から外し、後頭部を叩きつけた。
地面に打ち付けられたマリスは、そのまま地下へ吸い込まれるようにして消えた。
「あ? なんだよ。もう終わりなのか?」
マリスの居たところの砂を蹴って、地面の下に逃げたわけではないことを確認する。
「どこに行った――――うわ!」
足首を何かが掴んだ。
振り払う前に、時雨の体は放り投げられ、宙を舞った。
「この猿めが! わしを怒らせたな!」
雷神とでも形容しようか、雷の体をしたマリスは、バチバチと電光を散らす。
すでに老人の姿はしておらず、神々しさすら感じる身体であった。
受け身をとって、地面への激突を避けた時雨は、未だ戦いが終わっていなかったことに歓喜した。
「へえ、そういうのも出来るんだな」
「やかましい! わしが直接、貴様を殺す!」
いきり立つマリスを前に、時雨は笑いながら近寄った。
「それ、何か名前あるのか?」
「何だと?」
「名前だよ。何か名前あるのかって聞いてるんだ」
マリスは戸惑いながらも答えた。
「『雷身』と言う魔ほ――――」
その時、マリスの左目に、小太刀が深々と突き刺さった。
本来ならば物理的な実体のない魔力体であるため、剣によるダメージはないのだが、時雨の気迫に押されて、無いはずの痛みを感じているのだ。
斬られたというイメージが、錯覚を起こさせている。
声にならない叫び声をあげるマリスに対し、時雨は居合の構えをとり、胴を二分した。
雷の体であるマリスはそれだけでは絶命せず、苦しみながらも離れた下半身を上半身側へ移動させる。
「剣を投げるなど卑怯なやつめ!! それにわしの体がなぜ刃物で……!?」
「大層な自信だが、あんた、ゴレムより数段弱いぜ」
「奴と比べるな!!」
頭上に両手を上げて魔力を練り、今までで一番巨大な雷の槍を作り出した。
当たれば確実に消し炭になるであろう魔力量であったが、それを撃たせる時雨ではない。
心臓のあるはずの場所に刀を突き刺し、そのまま頭部へかけて刀を切り抜ける。
二つになった頭部はすぐ元に戻ったが、集中が途切れたことで、雷の槍は消えてしまった。
攻撃手段を奪われたマリスは恨めしそうに時雨を睨んだ。
手も足も出ないからか、額には冷や汗が浮かんでいる。
「隙だらけなんだよ、お前。自分の手を汚さずに人任せにし続けたやつが、急に強い武器を持ったとしても脅威にはならない。まず、何のための雷の体なんだ? 魔法の発動に時間がかかるのなら、時間を稼げる用意をするべきだろう。お前みたいにとりあえず強い道具を使うってやつは、その辺がどうも抜けてるというか、せめて何度か実戦で使ってみてもらいたいもんだな」
「説教をするな!」
怒りに我を忘れて掴みかかるマリスの腕を落とし、もう一度胴を二分する。
身体的にダメージがないにしても、精神的な疲労は溜まっていくはずである。
「うっ……」
「死なないってのは苦痛だな。あと何回殺せばいい?」
その言葉を聞いて、マリスはこれから自分がどういう目に会うか想像したのだろう。
先程地面に沁み込んで行った時とは違い、空中に浮かぶと、雷の体を捨てて純粋な魔力の塊へと変わった。
「貴様のようなわけのわからぬ奴の相手など、していられるか! わしはやはり当初の予定通り、ギガンテスの完成に全力を尽くさせてもらうぞ!」
「待て! 逃げるのか!」
マリスは激しい音を立てながら、空中で粒子となって、消えた。
時雨はしばらくマリスの消えた辺りを眺めていたが、何も起きないことが分かると、振るう先の無くなった刃を鞘に納め、ムルカたちの元へと向かった。
「逃げられちまった」
「多分、アリアネのところへ戻ったんだと思います。変な屍を連れていました」
「そういや、戦ってるんだったな」
「ええ、早く戻らないと……トキサメ?」
時雨はムルカの脇を通り、ゼナへ向かって一礼をした。
「おかげで助かった。あんたがいなかったら、俺はまだ目覚めていなかった。本当に感謝する」
「ん? アタシのおかげでここに来たって言ったっけ?」
「ムルカの魔法なら、あんたがここにいるはずないからな」
「あ、そっか。いや、お礼なんかいいよ。それよか、その剣見せてくれない?」
時雨が腰につけていた雨天をゼナに渡すと、喜んで鞘から抜いた。
刃を様々な角度で見たり、触ったりして、何かを調べているようであった。
「刀に興味があるのか?」
「カタナか。薄い刀身に片刃、素材も高純度の鋼だけじゃなくて、複数の素材を折りたたんでいる。これを作る技術はまだこの世界にはないね」
「作れるやつはいないのか?」
「ここにいる」
ゼナは刃を指で弾いて言った。
その顔は、未知の物に触れる楽しさで綻んでいた。
「あんた、鍛冶が出来るのか?」
「まーね。ドワーフに鍛冶教えたのアタシだし」
神の子と言うだけあって、人間の文明の発達に不可欠な存在であり、技術のきっかけそのものである。
彼女がどこから鍛冶を持ち込んだのか、時雨たちに知る由もないが、ともかく、西大陸の鍛冶技術は彼女が始祖なのだ。
「それなら、頼めないか? 太刀だけならどれくらいで作れる?」
「十日かなー。一回試作して、本番やって、って考えて十日かな」
十日もかかるの、と言いかけたムルカよりも先に、時雨が喜んで言った。
「随分早く出来るんだな」
「まあ、もう現物見たし。素材もすぐ作れるしね」
ゼナは刀を時雨に返しながら言った。
「あの、これがあったら、もっと早く出来ますか?」
ムルカは懐から真鋼を取り出して聞いた。
「真鋼? こんな貴重な魔法石なんで持ってんの?」
「もらったんです。これがあったらもう少し早く出来ますか?」
「うん。形を作る必要がないからね。これなら二日もあれば出来るんじゃないかな」
八日も短縮できたことに喜ぶムルカを見て微笑み、ゼナは言った。
「じゃ、そろそろ出ようか。外の様子も気になるしね」
魔法の準備をするゼナを、時雨は制止した。
「……おい、お前、まだ消える気はないんだろ?」
時雨は虚ろな顔で座り込む時継に向かって言う。
「…………」
「俺を倒せると思ったらいつでもかかって来るといい。何回でも相手になってやる。その代わり、また今度みたいなことがあったら、侵入者を倒せよ。それがここにいる条件だ」
時継は返事をしなかったが、時雨は同意したものとみなし、ゼナに「もういい」と用が済んだことを示した。
「あ、あと」
ずっと喋るタイミングを伺っていたムルカが時雨の袖を掴んで言う。
「マリスを倒したら、あの白骨の山のこと、聞かせてくれますか?」
時雨は散らばった骨の山を見て、困ったように頭を指先で掻いた。
ムルカが何を聞きたいのか、何となく察したのだろう。
「……ああ、あれか。話してもいいが、あんまり面白くないぞ」
「いいです。約束ですからね」
ゼナは二人のやり取りを見て、ニヤリと笑い、言った。
「お似合いだねー、お二人さん。こうしてみると、年も近いしさ」
「からかわないでください! 早く行きましょう!」
ムルカの白い頬が赤らむのを見て、時雨は頭を撫でた。
「ああ、行こう。アリアネが待っている」
魔力の粒子が暖かく体を包み、やがて、三人は消えるようにして、時雨の心の中から出ていった。
真っ暗闇の砂漠には、時継だけが残った。




