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28.末路と封印

 マケリはドワーフという種族であり、鍛冶は得意だが、魔法は苦手であった。

 ドワーフの特徴である鍛冶の技術を活かして作った、刃物に魔法を付与した魔法武具と呼ばれる武器を使って、魔法を発動させていた。


 彼は硬い皮膚と身体能力とナイフの魔法だけで、いくつもの命を奪ってきた。

 そうやって長い間、これまで彼が誰かに劣ることなどなかった。

 マケリは自身が強いから、負けたことがない、苦戦したことがないのだと思っていた。


 しかし、苦戦したことがないということは、自分より弱い相手にしか会ったことがないということでもある。

 時雨ときさめから圧倒的な武力差を見せつけられるまで、誰かに負けるなどとは、ついぞ思っていなかった。

 やろうと思えば、サヴァスですら倒せると思いあがっていたのだ。


 そんな彼が初めて、手も足も出ず、死にたくないと感じた。

 そして、何をやってでも勝ちたいと思った。

 こだわりを捨て、手甲を使い、毒を使い、魔法を使い、そのうえ油断をついて、そこまでやってやっと相打ちである。


 『不可侵ディスアピア』を付与するために、体の中に許容量を超える魔力を注入した結果、マケリの死は目前まで迫っていた。

 一勝のために、一生を捨てた。

 制御しきれない魔力が暴走し、体内で脈動する様子を感じる。

 溶岩にも耐える硬い皮膚がひび割れ、膨張して、今にも破裂しそうになっている。


「いくらお前でも、蒸発してしまえば再生できねえだろ」


 このまま爆発すればテーブルマウンテンの一部ごと焼失させられるだろう。

 そうなれば、時雨を倒すだけでなく、ムルカを始末出来る。

 自分の目的と、与えられた指令をこなせるのだ。


 命を賭す価値は充分にある、とマケリは考えた。

 体内の魔力を高め、暴走させる準備を始める。


「ククク、あばよトキサメ。先に行ってるぜ」


 そう言って最後の攻撃を仕掛けようとしたマケリの前に、銀の鎧を身にまとい、身の丈ほどもある大剣を携えた女性が現れた。


「そういうわけにもいかないのでな」

「誰だ、てめえ」

「ずっと居たのだが、目にも入っていなかったのか」


 アリアネは背にした剣を抜いた。

 叩き切ろうと言うのか、とマケリは身構える。


「俺の中にはすげえ量の魔力が渦巻いている。切ればお前なんか消し飛ぶぞ」


 脅しではなく、真実であった。

 正しい手順で魔力を輩出させなければ、体内に貯めこまれた魔力は衝撃に反応して、ただちに爆発を起こす。

 しかし、この場所にそのようなことが出来る魔法使いもいなければ、設備もない。

 アリアネとて、それは分かっている。


「それは承知している。――――私も魔法が得意ではない。使えるものはたった一種類といったところだ」

「何を言って……」


 アリアネはマケリの目の前まで歩いてくると、半身になって剣を右手に握り、肘を曲げて、刀身を右肩にくっつけた。

 普段なら、防御に使う型のうちのひとつである。

 剣の身で攻撃を受け、両足を踏ん張ることで飛ばされないようにする不動の構えであるが、今この場において、その構えの意味をマケリには理解できない。


「そんなもんで爆発を防ぐつもりかよ」

「まあ、確かに防ぐのにも使うが、こういうこともできる」


 紺色の刀身に淡い銀色の魔方陣が三つ浮かび上がる。


「話を戻そう。私に使える数少ない魔法だ」


 言うや否や、アリアネは左足で地面を蹴った。

 魔力で増強された筋力によって、地面にヒビが入っていく。

 しかし、両腕を失って命までも尽きようとしているマケリとて、何をされるか分からないにせよ、黙って撃たれるわけにもいかない。

 くるぶしに付けているナイフを上手く蹴り上げ、アリアネの顔を狙う。


「死ね!」


 意表をついた攻撃であったが、アリアネからしてみれば、マケリに残された攻撃手段は頭と足くらいのものであり、充分に警戒していたために、難なく見切ることが出来た。

 次の瞬間、ゴゥン、とまるで鐘楼が鳴るかのごとく、鈍い金属音と衝突音が響く。

 右肩に接した剣から銀色の残光が散る中、マケリは凄まじい力で空へと吹き飛ばされていた。


「『反射リフレクト』の魔法だ。君がナイフに魔法を帯びさせているのと同じように、私も剣に魔方陣を仕込んでいるんだ」


 その言葉は、すでにマケリには聞こえていない。

 反射の衝撃で気を失い、体は遙か彼方へと飛ばされ、しばらくして大爆発を起こした。

 人が意図的に起こせる限界とでも言うべき威力の爆発は、地を削り、雲を割った。

 アリアネは咄嗟にムルカの前へ立ち、剣を杭のように地面に突き刺して、衝撃に備えた。

 一瞬の発光のあと、まばたきする間もないくらいの速さで、巨大な火球が出現した。


「ムルカ! しっかり手をつなげ!」

「その前にトキサメを!!」


 ムルカは左手でアリアネを掴み、右手から骨の鞭を伸ばして時雨の足に巻きつけた。

 それとほぼ同時に、大質量の火球が出現したことによる衝撃波が、アリアネたちのいる地点まで到達した。

 うねる様な凄まじい烈風である。

 アリアネは何とか地に足がついていたが、ムルカは両足が浮いてしまい、その先にいる時雨など、まるで荒波にもまれる浮きのようであった。


「あっ!?」


 ムルカが突然叫び声をあげるも、衝撃の中ではアリアネもそちらを見る余裕がない。


「どうした!?」

「剣が!」


 時雨に剣を握る力は残っていない。

 白骨剣は荒れ狂う突風の中を、無抵抗で吹き飛ばされていった。

 衝撃波は剣を連れたまま、アリアネたちを通り過ぎ、次第に消えていった。

 急に風が止んだため、浮いていたムルカと時雨は地面にぶつかる。

 遠くで出来た眩い火球も、燃焼する魔力を失い、地面を五百メートルほど焼き溶かして、消滅した。

 これが間近で起こればいかなる生き物であれ、消滅していただろう。


「アリアネ、助かりました」

「ああ、もしかしたらぶつかった瞬間に爆発するかもしれなかったが、何もしないよりはいいと思って、な。トキサメは大丈夫か?」


 地面にぶつかったまま、指すらも動かない時雨に、二人は駆け寄った。


「トキサメ! 大丈夫ですか!?」

「大丈夫ではなさそうだな。解毒薬を持っているが効くかどうか……」


 普通の毒ならばそもそも時雨には効かないのではないか、とアリアネは思案した。

 ムルカもほぼ同意見で、この毒が魔法によるものであると感じていた。


「魔法毒による精神汚染、だと思います」

「精神汚染……。トキサメは大丈夫なのか?」

「宝玉は正常に光っていますから、動けないけど生きているはずです。精神も強い人ですし、後遺症も残らないと思います。でも、何か手を打たないといつ目覚めるかわからない、というのが現状です」

「すぐに治す方法は?」


 ムルカはかぶりを振った。


「ここでは無理です。このレベルの魔法毒を解くには、精神魔法に長ける者、二十年以上修行を積んだ熟練者が少なくとも二名は必要です。そんなベテランは冒険者ギルドの本部にでも行かなければいませんよね?」


 アリアネはそれがどれほど無理難題であるか理解し、肩を落としたが、すぐに気を取り直して次の行動を決めた。


「私がトキサメを背負おう。次の宝玉を手に入れることができたら何か変化が起きるかもしれないし、な」

「たしかに、その通りです。生命力の総量が変われば魔法毒の濃度も下がりますし、もしかしたら、それが最善の手なのかもしれません」


 二人は地図をもう一度確認し、時雨の示した場所がどこであるか、ここから見えないかと目を凝らす。

 生憎、地平線までの間に変わった物はなく、位置を目指してひたすら歩くしかないようだ。


 まず、二人はいかにしてテーブルマウンテンを降りるか苦心した。

 アリアネは飛び降りてもいいと思ったが、時雨を背負い、ムルカを抱いて、そんな芸当が出来る自信はなかった。


 そのため、ムルカの骨の鞭を壁面に突き刺し、少しずつ降りていくということに決まった。

 一度に出せる骨の鞭はそれほど長くなく、何度も刺し直しては伸ばしてを繰り返し、地面に降りるころにはすっかり辺りは夕暮れに染まっていた。


 高い木が少なく、地平線に沈む夕日に照らされた二人は、野営の準備を始めた。

 ムルカが骨犬を使って周囲から焚き木を集める様を見て、アリアネは感心して言った。


「賢いな」

「アグノスは自慢の愛犬ですから」


 そう言ってムルカは笑った。

 二人は簡易式の魔法陣でつけられた火にあたりながら、マントにくるまって、夜を明かした。


 遮る物のない高原であったが、視界に魔物の姿はなく、マケリのおかげなのだろう、爆発に驚いて隠れてしまっているようであった。

 野生動物の警戒心が都合の良い方向に働いたと言えた。

 一人が完全に動けない今、大型の魔物に襲われることは危険極まりない。

 風の音しか聞こえない静かな夜を越え、何事もなく朝日に照らされて、二人は目を覚ました。


「なんだか、今までの野宿で一番気持ちの良い朝ですね」

「環境と空気だろうな。他の生き物の気配が全くないというのもあるだろうが」


 それから三日、テーブルマウンテンの間を無限に続く高原を歩いた。

 その間も、魔物に出会うこともなく、無害な小動物を何匹か見かけただけであった。

 時雨の示した辺りが近づくにつれ、草もまばらになっていく。

 いつしか高原は荒野へと姿を変え、アリアネたちの前には巨大な岩山のようなものが姿を現していた。


「山と言うより、これは……」

「岩を積み上げたみたいですね……」


 意図的に誰かが岩を積み上げたとしか思えない形をした、一座の岩山であった。

 しかしそれが誰であれ、遊びで積み上げられる高さを超えており、地図に載っていないのがおかしいほどである。


「登るのはやめた方がいいな。崩れるかもしれない」

「ですよね……。これ、どうやって山の形を保っているんでしょうか……」


 ムルカは恐る恐る山へと近づき、そっと岩のひとつに触れる。

 手を伝わって、岩から膨大な魔力を感じ、ムルカは驚いて手を引っ込めた。

 それは、山を形成するための魔力ではない。


「アリアネ、登りましょう」

「……何か分かったのか?」

「呪術、いや、封印です。何かがこの中に封印されているみたいです」

「封印……。それが三つめの宝玉だと?」

「分かりません。でも、行ってみる価値はあります」


 ムルカが岩に手をかけて登ろうとするも、足を岩肌に引っかけられず、なかなか上がれない。

 奮闘する様子を見かねたアリアネがムルカを脇に抱えた。


「わっ、ちょっと、重いですよ」

「上へ向かえばいいんだな? なに、降りるよりは簡単だ」


 アリアネは全身に魔力をみなぎらせ、まるでヤギのように、軽々と岩だらけの山を登って行った。


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