25.宝玉と変局
「僕のことよりも、今は君たちが聞いておきたいことを解決しておこうじゃないか」
ゴレムは話題を変えることで、意志を変える気はないことを暗に匂わせる。
時雨はそれを察して口をつぐんだ。
硬い意志は変えられないことをよく知っているから、これ以上意見を無理に通そうとは思わなかったのだ。
「では、ひとつ聞いてもいいですか? 宝玉には他の宝玉の場所が分かる性質があると聞いたんですけど、なぜかトキサメには分からなかったみたいなんです。私が間違ったのか、トキサメと宝玉が合わなかったのか、理由を知りませんか?」
ムルカが聞くと、ゴレムは一切悩む様子もなく、口を開いた。
「それは中途半端な知識だね。宝玉はそれ一つじゃただの生命力でしかない。集めることで初めて特性が現れるんだ」
「えっと、それじゃあ、ゴレムの持っている宝玉と、トキサメの宝玉があれば、三つめの場所が分かるということなんですか?」
「宝玉同士を近づけて、同じ波長に調整する必要があるけどね。そもそも、一つじゃ効力を発揮しないのは、収集防止のためなんだ。使い道はほとんどないと言っても、力のある宝玉だからね。誰にも管理できないよう、神の子の手によって宝玉は秘密裏に隠された。いや、隠されていた、が正しいかな」
「……見つけ出した人がいるんですね」
ゴレムは頷いて答えた。
「それが、セレーネだった。僕が生まれた時、彼女はまだ八歳だった。幼子であるにも関わらず、大人顔負けの秀才っぷりと、口の上手さを手にしていた。ずば抜けて頭が良かったんだ。同年代はおろか、人間という種の中でも稀なくらいにね。彼女はその才能を活かして、あろうことか、神話の聖性を否定して、真実がどれだけくだらないかを暴こうとしたんだ。
なぜそんなことを思い立ったのか、僕も知らない。彼女は自分の開発した人形魔法を駆使して、宝玉を探し当てた。二つ見つけるまでに長い時間がかかったけど、彼女はそんなこと気にしてはいなかった。宝玉を二つ見つけられて、凄く喜んでいたことを覚えてるよ。でも、そのあとすぐに、宝玉を探すことを辞めたんだ」
「どうしてなんですか? あと一つじゃないですか」
「宝玉を二つ手にしたセレーネは、その宝玉の特性で三つめの場所を探し当てた。そこへは一人で向かったから、その場所で何を見たのか、僕には分からないんだ。でも、人の手には余ると言っていた。
だから、セレーネは宝玉を見つけ出した責任として、本当に世界に必要になる時まで、守っておくことにしたんだ。一つは僕に、そしてもう一つは別の人形に。必要になるまで守っていてくれと命令を出した。
二つが一か所に集まるとクロノスの再生能力が働いて、本能的に次の場所へ持ち主を引っ張っていってしまう。精神が弱い者が持っていると、すぐさま廃人になってしまうほどの強い力でね」
ゴレムは時雨に視線を送った。
まるで、君なら大丈夫だろう、とでも言うような、そんな表情をしていた。
「ごめん、話が逸れたね。宝玉の話をしているつもりが、僕の思い出話になってしまった」
「いえ、続けてください。私、もっと知りたいんです。セレーネさんの話、もっと聞かせてください」
ムルカがそう言うと、ゴレムは嬉しそうに、ひとつひとつ思い出を話し始めた。
セレーネと共に歩んだ七十年間を語りつくすには、長い時間が必要だった。
セレーネの魔法学校での成績、友人関係、初恋、たくさんの思い出がある。
楽しいことも、辛いことも、数百年前の出来事であるはずだが、ゴレムはまるで昨日のことのように話した。
よく覚えているな、と半ばあきれるように言う時雨に対して、おそらく千年経っても同じように話すだろう、とゴレムは言った。
くべる者のいない暖炉の薪が完全に燃え尽きるころ、ゴレムは話を終えた。
セレーネの一生と、それからのゴレムの話を聞いて、ムルカはいつの間にか、涙を流していた。
それは、共感や悲哀の涙ではなく、ただ純粋に感動して澪を引いた、静かな涙であった。
「僕の長話を聞いてくれてありがとう」
「私に出来るのは、これくらいですから」
ムルカは袖で涙を拭いて、ゴレムに笑いかけた。
ゴレムはムルカに敬意のこもった一礼をして、アリアネに話しかけた。
「アリアネ、待たせたね」
「いや、私も楽しませてもらった。人の昔話とは、良いものだな」
本当に楽しかったようで、アリアネは屈託のない笑顔で言った。
「マリスの居場所だが、教える前に、ひとつ約束してほしいことがある」
「約束?」
取引や契約ではなく、約束。
強制力はないが、出来ればやってほしいというお願いだ。
義理堅いアリアネにとっては、ただの口約束と言えど、契約と変わらない効力を持つが、ゴレムがそれを計算して語ったかと言えば、それは甚だ疑問である。
「三つめの宝玉を見つけ出してから、マリスの元へは向かってほしい」
「……私は元々マリスの追手を迎え撃つつもりだったから、旅路の予定に変更はないが、理由を聞こうか」
「これは、君らに知り得ないことだから、一から説明しよう。さっきの思い出話に出て来た、僕と共に宝玉を預けられた人形、それがマリスだ」
「……だろうな。それはなんとなく分かっていた」
アリアネは自身の推測と照らし合わせるように言った。
「彼は死期の迫ったセレーネの研究を引き継ぐためだけに作られた晩年の人形で、僕とは作られた目的が違う。だから、研究すること以外に存在意義を持たないから、人格が歪んでいて、とてもじゃないが、善人とは呼べない。それはもう分かっていることだと思う」
「そういう奴だったから、宝玉を体の中に埋め込まなかったのか?」
「それもあるけど、普通の人形に埋め込むには、宝玉の生命力が多すぎるんだ。今は理屈の説明を省くけど、僕は特別製だから、宝玉の生命力に潰されずに済んでいる。これは他の人形じゃ駄目だったんだ。ともかく、彼は人形で、僕と同じく宝玉を守る命を受けている。宝玉を盗んだムルカを捕えるためなら手段を選ばないだろうね」
初めから話し合う気などなく、部下を使って、殺してでも取り返す姿勢を見せている。
ゴレムの話は、三人にとって強い説得力があった。
「宝玉が三つ集まること。それは僕らの命令遂行の証でもある。セレーネから与えられたいくつかの命令のうちのひとつなんだ」
話を聞きながら、アリアネは目を閉じて腕を組んだ。
ゴレムが何を言おうとしているのか、察したのだろう。
「僕の同志に命令を遂行させてやってほしい。僕だって彼のことはあまり好きではない。でも、そんな彼だって、セレーネの作った人形のうちの一体なんだ。君たちの事情も充分理解している。彼のやったことは許せないだろう。だから、これは、僕の個人的なお願いだ。頼む、宝玉を三つ集めてから、彼の元へ向かってほしい」
ゴレムは三人に頭を深く下げた。
時雨はアリアネを見るも、硬く瞼を閉ざし、動かない。
「なあ、それは奴と戦うなってことじゃないんだよな?」
沈黙に耐えかねた時雨が聞いた。
「ああ。彼が彼のやったことの責任をとるのは、当然のことだ。君たちが、彼にどう接するかまでは関知しない。僕の願いはただ向かう順番を変えて欲しいってだけだからね」
そこまで聞いて、アリアネは口を開いた。
「私には時間がない。呪いでステラが力尽きるまで、どれだけの猶予があるのかわからない。一年というのは目安だ。もしかしたら、半年かもしれないし、十日後かもしれない。余計な手順を踏んでいる暇はない。
ムルカやトキサメと共にしているのは、これが今出来る最善だと思うからだ。急ぎ過ぎて空振りする猶予もないんだ。それは理解してくれ」
「ああ。分かっている。だから、これはあくまで『お願い』なんだ。それに、僕に君たちがどう行動したか知る術はない。ここで宝玉を渡してしまえばね」
それを聞いてアリアネは大きくため息をついた。
ゴレムの頑固さに折れたのだろう。
「マリスの居場所を教えてくれ。その場所と宝玉の場所が同じ方向なら三つめの宝玉を優先することを約束しよう。違う方角なら、その約束は守れない。ゴレム殿の知らないところで私が約束を反故にするのは、あまりにも主義に反する。だから、そのように取り決めたい。どうだ?」
「ああ。ありがとう。そうしてくれ」
ゴレムはもう一度、深々と頭を下げた。
ムルカの取り出した大陸の地図を見て、ゴレムはおおよその位置に大きな円を描いた。
その中のどこかにマリスの住処がある、と説明するゴレムに、アリアネはお礼を述べ、地図を見つめた。
「最後になったが、もうひとつ、君には伝えておきたいことがある」
ゴレムは今までになく真面目な声色で言った。
「――――『ステラ・リカンスロポスが消えた』宿にいた男は、マリスの部下だったようだ。どうやったかは分からないが、もうあの街に彼らはいない。ノームたちが気がつけなかったということは、恐らく特殊な魔法を使ったのだろうと思う」
アリアネは表情ひとつ動かさず、話を最後まで聞き、そして、しばらくして、嘔吐いた。
「お、おい。大丈夫か」
静かにへたり込むアリアネは、時雨ですら心配になるほどの動揺を見せていた。
「……わからない。私の中に、いろんな感情が渦巻いて、気持ちが悪い」
「少し休んでろ。無理に考える必要はない」
「ステラは、ステラはどこに行ってしまったんだ……?」
時雨にすがりつくようにして、彼女は言った。
「落ち着け。今は探しようがないだろ。十中八九、マリスの仕業だと思うが。ここからなら犯人を直接捕まえた方が早いんじゃないか?」
「トキサメの言う通りだ。ノームに関知出来なかったということは、裏を返せば、僕のことを知っているマリスが絡んでいることの動かぬ証拠でもある」
「そう、なのか? 私はここで、こうしていてもいいのか? 探しに行かなくては……」
力なく立ち上がり、どこかへ行こうとするアリアネを、ムルカが抱き付いて止めた。
「どこへ行くつもりなんですか! いつものアリアネらしくないですよ!」
「ムルカ……」
「呪いさえ解ければ、ステラも正気に戻ります。そしたら、どこに居たって、自力で帰ってこられるでしょう?」
アリアネはムルカの言葉に納得をしたような様子はなかったが、自分が少しおかしな行動をとりかけたことに気がつき、深呼吸をして、言った。
「……すまない。私はどうかしていた。今はやるべきことを優先しなくては、な。途中でふらふらと進路を変えては、出来ることも出来なくなってしまう。もう大丈夫だ。私は、私の為すべきことをしなければな」
「その調子です。早いにこしたことはありませんから」
「ああ、その通りだな」
そう言って、アリアネは笑顔を見せるも、どこかぎこちなく、明らかに無理をしていることが分かる。
「だいぶストレスが溜まっているようだが、本当に大丈夫か?」
「問題ない。無理だからと言って何もしないでいることの方が気が狂いそうだ」
「そう言うなら止めないが、危なくなったらちゃんと言えよ」
「肝に銘じておく」
何とかひと段落ついたところで、ゴレムが切り出した。
「さて、色々な話につき合わせてしまって本当にすまなかった。僕に思い残すことはない。トキサメ、剣を貸してくれないか?」
宝玉を取り出すために刃物が必要なのか、と思いつつも、時雨はゴレムに白骨剣を手渡した。
ゴレムは灯りに刀身をかざして、刃こぼれがないことを確認すると、自分の脇にあてた。
「おい、何をやってんだ!?」
「何って、こうしないと、宝玉を取り出せないんだよ。言っただろ。僕は鍵の壊れた箱なんだよ。比喩でもなんでもなく、壊さないと中身は取りだせない。すまないが、あとで宝玉を取り上げてもらってもいいかい? 僕には出来ないからね」
「馬鹿言うな。剣を貸せ」
時雨はゴレムから無理矢理剣を取返し、聞いた。
「宝玉は繊維で繋いであるのか?」
「あ、ああ。そうだが……」
特殊な機械でないならば、宝玉だけを外す方法はある。
時雨は剣を腰に構え、態勢を低くした。
「自分で胴を斬るなんて無茶をする必要はない。じっとしてろよ」
「いったいどうするつもり――――」
腰から素早くなめらかに剣を引き抜き、宝玉の埋まっている胸を通るように、線を描いた。
『鎧通し』は宝玉を包んでいたゴレムの体繊維だけを切り裂き、支えるもののなくなった宝玉は胸からポロリと外れた。
「なんだ今のは……。確かに体の内を剣が通ったが、切れていない。だけど、宝玉を繋いでいた組織だけが切られていて、どんな魔法を使ったんだ?」
「魔法じゃない。斬りたい部位だけを斬ることができる技術、剣術だ」
「またケンジュツか……。ここまでくると魔法と代わりない技術だな」
すでに一度この技を見ているムルカはそれほど驚かなかったが、後ろで見ていたアリアネは目を丸くしていた。
今日一日だけで、彼女の中の時雨に対する評価がどのように変化していったか、想像に難くない。
「それよりも、宝玉がなくなってもしばらくはもつのか?」
「一日くらいは、ね。貯蓄された生命力が無くなった時が本当の終わりだ。というか、君はそれを知らずに今切ったのか?」
「ああ。まあ、自分で切ろうとしたくらいだから大丈夫なんだろうと思っただけだ」
「君は肝が据わりすぎているよ……」
ゴレムは果実を枝から収穫するかのように、宝玉を胸から簡単に外した。
淡く緑色に発光していた宝玉は、今はくすんで、まるでガラス玉のようであった。
それを時雨に渡しながら、ゴレムは言った。
「もう一度言っておくけど、かなり辛いから、耐えてくれよ?」
「本能的に三つめのところへ向かいたくなるってやつか。辛いって言ってもやってみないとわからないし、とりあえずやり方を教えてくれ」
「方法は簡単だ。君の宝玉にそれを押し当てれば、勝手に吸収されて一つになる。ただ、変化はかなり早いよ。心の準備をしてからやった方がいい」
「随分待ったんだ。やるぞ」
時雨は全く躊躇せずに、自分の胸の宝玉へゴレムの宝玉を押し当てた。
二つの宝玉はまるで水面のように波打ち、混ざり合い、やがて溶けてひとつになっていった。




